5年連続で売上高は過去最高だったのに…大ヒットした「大人ビスコ」戦略を江崎グリコが考え直した理由
プレジデントオンライン / 2023年8月3日 14時15分
■今年で発売90年を迎えたビスコの秘密
長年愛され続けるブランドにはどんな秘訣があるのだろうか。
今年、江崎グリコ(大阪府大阪市)のビスケット菓子「ビスコ」が発売90周年を迎えた。
「ビスコが子どもだけでなく全世帯に認知されるまでには、さまざまな試行錯誤がありました。とくにここ最近は、お客さまに何を届けるべきなのかをよく考えました」と話すのは、江崎グリコでビスコのマーケティングの吉田善一さん(取材当時)だ。
聞けば、2020年代にビスコの歴史の中でも大きな戦略の変換が行われたという。だれもが知るロングセラー商品に何があったのか。その顚末(てんまつ)を詳しく聞いた。
■名前の由来は「酵母ビスケット」
1931年、ビスコは江崎グリコの看板商品であった栄養菓子「グリコ」に次ぐ第2の栄養菓子として開発が始まった。
「当時は国民に十分に栄養が足りていない時代で、子どもの死亡率も高かった。創業者である江崎利一は『食品事業を通じて幅広く国民の健康向上に貢献したい』という強い思いを持っていました」(吉田さん)
ある時、江崎利一は、胃腸の働きを助けるなど、酵母に栄養効果があると知った。そこで酵母をクリームに含ませ、ビスケットで挟むことを考案したのだ。出来上がった酵母が入った栄養菓子は、「酵母ビスケット」の略称「コービス」が由来で「ビスコ」と命名された。
1933年、創業10年の江崎グリコが出した新商品は、新聞や百貨店での宣伝のほか、医師会や学校バザーを通じたキャンペーンなどが功を奏し、順調な売り上げを確保していったという。
「当時のビスコには酵母が入っていましたが、現在はその代わりに乳酸菌が入っています。食生活の変化を受け、乳酸菌・カルシウム・ビタミンを強化しています。発売当初は硬かったビスケットもサクサクとした食感のものに変更しました」
■売り場の転換
2000年代初頭からビスコはさらなる成長を図る。子どもを対象とした栄養菓子を大人にも届けようとした。
2002年、江崎グリコは小麦胚芽入りクラッカータイプの「ビスコ小麦胚芽入りクラッカー」を発売した。これまでにないサクサクとした生地の食感と、小麦の香ばしさが楽しめる商品だ。「これが女性に大好評となったのです」(吉田さん)
さらに、2010年ごろからは、ビスコの売り場の転換を行っている。
スーパーの幼児ビスケット売り場に置かれていたのを、「ポッキー」や「プリッツ」などが並ぶ一般菓子コーナーに売り場を移動したのだ。
単に売っている場所が変わっただけと思うかもしれないが、実はこれは大きな変革である。幼児用の売り場から一般の菓子へと、競争市場が変わるということだからだ。
その理由を吉田さんは「大人の女性からのニーズがわかったことで、新たな市場に打ち出すことにしたのです」と説明する。
■過去最高売り上げを記録
大人の女性を意識した商品として代表的なのが、2015年に発売された「ビスコ<発酵バター仕立て>」だ。その前々年、「80周年スペシャルビスコ」として期間・数量限定で発売されたものがあまりにも評判がよかったことから定番化されたものだという。
バターはもともとビスケットと相性がよい。さらに発酵バターを用いることで、バターの風味がしっかり感じられる、リッチな味わいのビスケットだった。
健康関連食品の市場規模拡大と、ビスコが朝に売れているという販売実績から、忙しい女性の朝食需要があると考え、「ビスコ シンバイオティクス」という商品も発売した。
2018年に発売した「ビスコ<焼きショコラ>」も同じ系譜に名を連ねる。ビスケットにカカオマスを練りこんだもので苦みとクリームの甘味のバランスが絶妙な商品だ。
子どもも大人も楽しめる商品開発、さらに売り場の変更で、売り上げは2014年度~2018年度までの5年間連続して過去最高記録を更新したのだ。
■まさかの戦略転換の理由
一般的には、成功した路線をひた走る。しかし江崎グリコは2020年ごろから大きく戦略を変えた。
理由のひとつは売り上げの伸び悩みだ。
「大人の女性にターゲット層の裾野を広げたことで、確かに売り上げは伸びました。ですが、この路線で続けるには、ブランドのあり方を大きく変える可能性がでてきました」
戦略を変えた理由はそれだけではないだろう。商品の原点である子どもから離れてしまったことではないか。
大人がビスコの新商品に反応したのは、味もさることながら幼少期にビスコに親しんだ記憶が大きい。あの懐かしいビスコが面白い新商品を出している、そんな意外性が注目を集めヒットにつながった。
だが、大人向けの商品に注力しすぎては、将来の顧客である子どもの支持を失うことになる。子どもの健康向上というビスコの原点が揺らぎかねない……。
そんな私の推測に対し広報は「お子さまが離れたというより、よりお子さまにビスコの価値を知っていただけるよう戦略変更をしました」と話す。
さらに、吉田さんは「お客さまからは『子どもに手軽に栄養をとらせたい』や、『子どもに安心して与えられることが購入動機』という声を聞いていました。そうした親子のお客さまこそがビスコの原点ではと痛感しました」と当時を振り返った。
■「おいしくて、つよくなる」の意味
江崎グリコは、創業者であり開発者である江崎利一の「健康増進に貢献したい」という思いに回帰することを選んだ。
「方針転換については社内でも議論がありました。子どものすこやかな成長に寄与する価値を提供することの方が重要であると結論を出しました」(吉田さん)
原点回帰への方針転換を受け、2020年にビスコは大幅なリニューアルを行った。
パッケージにある「おいしくて、つよくなる」の言葉そのままに、乳酸菌に食物繊維を一緒にとることができるようにし、ビスケットの食感も改良。「ビスコ史上最大のクリーム量」という従来比25%増のクリーム量に変更をしている。さらに、自社ホームページでは、母子をターゲットに、「子どもの成長」「乳酸菌配合」を強調していることがうかがえる。
■原点回帰は成功したのか
気になるのは、江崎グリコが選んだ「ビスコの原点回帰」の結果だ。
広報に確認すると、売上額の詳細は非公表ながら「コロナ禍の影響を受け、過去最高売り上げの2018年には届かないが、それに次ぐ程度まで回復した」という。中でも、ブランドの基幹商品である「赤い箱のビスコ」の売り上げは着実に伸びているそうだ。
「これからの課題は、『なぜビスコは子どもの成長によいのか』を理解してもらうことですね。ブランドが始まって90年もたちますが、ビスコには実は乳酸菌が入っていておなかからお子さまの成長を応援するという事実をお客さまにしっかり伝えていきたいです。中身もその期待に応えられるものを作り続けていきます」(吉田さん)
ビスコが広い世代に知られ、さらに90年売れ続ける背景には、こうした紆余(うよ)曲折があった。自らを客観的に見つめ、挑戦を続けていることはもちろん、数年先のブランドの価値を大事にしていることに、ロングセラー商品の秘訣(ひけつ)があった。
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フリーライター
東京都立大学人文学部史学科卒業後、トラック・物流の専門誌の業界出版社勤務を経てフリーに。健康・ビジネス関連を両輪に幅広く執筆する中でも、飲食に関わる業界動向・企業戦略の分野で経験を蓄積。保護猫2匹と暮らすことから、保護猫活動にも関心を抱いている。
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(フリーライター 圓岡 志麻)
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