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なぜ医者のアルバイトは「日給10万円」と破格なのか…偏差値エリートが医師に殺到している本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年7月31日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

医者という職業はどれだけ稼げるのか。東京女子医科大学病院の片岡浩史さんは「世間が思っているほど、医師の収入は多くない」という。作家の佐藤優さんとの共著『教養としての「病」』(インターナショナル新書)より、2人の対談を紹介する――。

■医者は思っているほど高給ではない

【佐藤】大学病院に勤務しているお医者さんは病院本体の給料は安いんだけども、アルバイトをしているからガバガバ金が入ってくるんだ、というイメージがありますが、これは昔ながらの誤解です。実際はそんなことはまったくない。

【片岡】宿直込みのアルバイトで、患者さんの急変などがあると、睡眠時間も体力も確実に削られてしまいます。私は社会保険の診療報酬請求の査定といった仕事もしていますが、その時給の設定は4000〜5000円になっています。基本的に、「医者の時給は数千円」というイメージなのかもしれません。

【佐藤】たとえば京大生が家庭教師のアルバイトをしたら、時給で5000円ぐらいはもらえるでしょう?

【片岡】現在の相場は知りませんが、私の在学中はそれとあまり変わりませんね(片岡医師は京大法学部卒業後、JR西日本に就職、その後に鹿児島大学医学部に進学)

■「これはもう地獄だ」と思った状況

【佐藤】しかも医者のアルバイトには、患者が重篤な状況に陥ってしまうリスクがあります。特に夜勤は怖い。

【片岡】そうですね。状態が悪くなった患者さんが1人だけなら何とかなりますが、ときに何人も同時に調子が悪くなることがあります。たとえば同時に3人が生命の危機を迎えるということも、医者をしていると経験することがあります。そんなときの医者は、もう地獄です。それもコミコミの「日給10万円」なんです。

急変対応や看取りをどんなにたくさんしても、その額は変わりません。また、そもそも人の命を扱う仕事なので、いわゆる「バイト感覚」のような気楽な雰囲気はまったくありません。

【佐藤】たとえば、アルバイト先の病院にしっかりした看護師さんたちがいればいいけれども、看護師さんたちがみんな若手であまり経験がなくて、なおかつ看護師長がやけに威張っていてお医者さんの言うことをまともに聞かない――なんていう病院にアルバイトに行ったら大変ですよね。

【片岡】そういうケースもあるかもしれませんね。

【佐藤】人間関係をよく見ないまま、よその病院にアルバイトで外勤に行ってしまったら、ただでさえ過酷なお医者さんの仕事が、さらに過酷なものになっても不思議はない。

それから、アルバイト先が必ずしも自宅近くで見つかるとは限りません。自宅から遠い病院でアルバイトをするということになると、そこでもお医者さんの負担は大きくなります。

■医学部ブームの危険性

【佐藤】そういうことを考えても、今の医学部ブームはちょっと危ないと私は思っています。わが子を医学部に入れたい、医者にさせたいという親は昔からいますが、今はそうした親のニーズを先取りする形で、いろんな専門予備校が出来たり、それどころか私立の中学校・高校では医学部入試に特化した教育をするところも出てきています。

【片岡】そういう話はときどき聞きますね。

【佐藤】中産階級の親たちは、自分の子どもが貧困層に転落するのが怖くて「医者を目指せ」とわが子の尻を叩くわけです。「医者になれば貧困層に転落することはないだろう」と親たちは思っている。

少年を励ます両親
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

【佐藤】しかし、今やお医者さんというのは必ずしも高収入の仕事ではないし、社会の中で特権的な立場を持っているわけでもありません。

たとえば大学病院の勤務医の場合、片岡先生のように50歳を過ぎても大学病院に残っているのは熾烈(しれつ)な競争を勝ち抜いた人か、人間関係のバランスの取り方がすばらしく上手な人か、あるいはその両方を兼ね備えている人ですよね。しかし、その割には物質的な報酬がきわめて少ない。

【片岡】たしかにそうかもしれませんね。

■医師の仕事はブラック労働か

【佐藤】2021年5月に成立した改正医療法で、医師の残業の上限は年間1860時間と定められました。この法律が適用されるのは2024年からですが、1年間の残業が1860時間ということは、ひと月あたり155時間ですよ。これは過労死のラインを軽く超えています。法律が改正されたからブラックな労働環境が改善されたのだろうと思う人もいるかもしれませんが、実はそうではない。むしろ、ブラック労働をオーソライズする法律なんですね。

それでいて、大学病院の勤務医が年収2000万円を超えるかと言えば、これはほぼ不可能です。お金の話はみんなしないけれども、大学病院勤務によっては若手医師で年収200〜300万円、20年勤務していても400〜500万円くらいというケースもあるのではないですか。

【片岡】勤務時間に関しては、医者の勤務時間を制限しすぎると、実際に医療がまわらなくなるという現実があります。収入に関しては、さすがに少しずつ待遇を上げる方向にあるので、われわれが医療練士(いわゆる研修医)をしていた頃の年収よりは上がっていると思いますが、私大で研究を頑張る医者の収入は一般的に少ないと思います。

【佐藤】だからみんな日給10万円というアルバイトをするわけですが、先ほど話題に出たとおり、そのアルバイト代はこの十数年ぐらいは10万円で頭打ちで、下がっているケースもある。

■安定的な生活は幻想である

【佐藤】それから、医師は激務である上に「人の生き死にを預かっている」という緊張感をつねに抱えています。むずかしい判断を求められることもよくある。さらに医療訴訟のリスクがあります。そういうことを考えれば、お医者さん、特に勤務医は決して高収入とは言えません。

【片岡】たしかに医療過誤対策の保険料も高いですからね。それから、医局に所属して転勤が多い医師は、勤務先がころころ変わるので、実は退職金の総額が異常に少ないという現実もあります。

【佐藤】それでも日本の医療が何とか維持できているのは、高いモラルや使命感を持って働いている医師がいるからです。社会の仕組みとして医学の水準を守ろうというのではなく、個人的資質に頼り切ったシステムになっている。それが現状です。

ところが、そうした現状は報道されないから「国家試験に合格して、医師免許を取れればそのあとの安定的な生活が保証される」という、そういう幻想の上に医学部ブームが成り立っている。

■「金儲けがしたい」は間違っている

【佐藤】それ以外にも――研究に深い関心がある人たちは例外として――臨床が嫌いな人が医師になってしまうと不幸です。研究する動機が「金儲けがしたい」とか「有名になりたい」ということだと、やっぱりいい仕事はできないだろうと思うんです。

【片岡】そういう理由で医者になるのは、本当に間違っています。

【佐藤】そこは「人の病気を治したい」という気持ちを持っていなければならないし、臨床に関心がなければいけない。

いわゆる偏差値エリートの中にときどきいるのは、「医者になりたい」という強い動機はなくて医者になってしまう人です。そういう人の中には、たとえば高校時代にさほど成績が良くなかったことがコンプレックスになっていて、自分よりも成績が良かった連中を見返すためだけに医学部に入る人もいます。

自分をバカにした連中よりも高所得になって、立派な家に住みたい――そのために手っ取り早いのが医者になることだ、と思って医学部に入るんです。

【片岡】信じがたい発想ですね。

■日本の大学病院のいいところ

【佐藤】医者になるのなら、「人を救いたい」「人の役に立ちたい」というところがないといけません。

それから、大学病院というのはある意味では巨大な権威と権力を持っていますから、それに対する世間の反発が結構強い。それを利用して、大学病院などの既成の権威に対してものすごく敵対的なスタンスで開業するという、一種のビジネス・モデルが生まれているように思います。実際、昨今は大学病院については叩くのがトレンドになっていて、メディアで扱われるときには、マイナス面だけにプリズムが当たっています。

もちろん大学病院にはそれなりに問題がありますよ。しかし、これは実際に入院してみれば分かることだけれども、たとえば女子医大のお医者さんたちはみんな能力が高くて、横のネットワークもきちんとしています。看護師さんたちも力のある人が多い。同様に、他の大学病院でも一生懸命やっている医師たち、看護師たちがいます。

ところが過度のバッシングが行われているために、そのことが消費者――つまり患者に伝わっていません。一種、異常なマーケットになっているわけです。こうした悪意や偏見に基づく情報操作を取り除かないと、適正な医療が行われません。やはり大学病院というのはきわめて重要な医療の拠点で、それを示すことには社会的な意義があると思います。

【片岡】そうですね。

【佐藤】私は患者として、片岡先生を筆頭に東京女子医大病院のお医者さんたちに何度も命を助けていただきました。

日本の大学病院のいいところは、安い値段でみんなが平等に診察を受けることができて、なおかつお医者さんや看護師さん、あるいは医療技師さんたちの士気が適度に高い、ということです。

「使命感に燃えに燃えさかってやっていく」というのは短期的にはいいことかもしれませんが、長期的には続きません。その点、女子医大でも長期的に最適な医療システムが出来ています。持続可能なシステムがある中で、適度な競争もある。

■気概だけでは成り立たない

【片岡】そこで気になるのは、やはり今のままの報酬システムで日本の医療は続いていくのだろうかということです。

これは何も医者だけの話ではなくて、官僚の人たちも昔は滅私奉公と言いますか、「自分たちが国を支えている」という気概だけでやっていたのでしょうけど、メディアが官僚叩きをするようになったら成り手は減ってしまって、今や優秀な東大生たちの多くがビジネスの世界で起業をするようになりました。

私は素人なので分かりませんが、官僚の人たちは今、相応の待遇を受けているんですか。

【佐藤】官僚の生涯所得は総合職で手取り約3億円ですから、全然悪くないですよ。外務省なら4億円から5億円くらいあります。

【片岡】それは天下りの分を入れて、ですか。

【佐藤】いや、3億円というのは天下りを抜いた額です。そのあとの天下りでは、今やいくら減ったとはいえ、1億円は取れます。そうすると生涯所得は4億円です。

【片岡】それを聞くと、人の命を預かるプレッシャーやリスクに比して医師の仕事の対価は少ないような気もしますね。

【佐藤】大学病院や地方の総合病院では、医師よりも看護師のほうが年収が高い、という事例がいくらでもあるそうですね。

【片岡】公立病院の場合、若い医者よりも看護師長のほうが年収が高いと聞いたことがあります。

■実質年収は500〜600万円という院長も

【佐藤】大学病院の勤務医の給料が安いことはわりと知られている話でしょうが、今は開業医でも億以上稼ぐ人は本当に限られています。

佐藤優、片岡浩史『教養としての「病」』(インターナショナル新書)
佐藤優、片岡浩史『教養としての「病」』(インターナショナル新書)

2021年に公表されたデータ(第23回医療経済実態調査)によれば、開業医(一般診療所)の平均年収は約2730万円です。2730万円というのは平均値ですから、年収5000万円をこえている開業医も昔よりずっと少なくなっているのではないかと思います。

【片岡】個人病院の場合、院長が身銭を切ることがあるので、院長の実質年収が5〜600万円ということもあるようです。

【佐藤】医師は高給だと思われているけれど、意外とそうではないんです。名誉のほうが大きい職業だと思います。

【片岡】昔は「先生」と言ってもらえるからそれだけで納得していたとか、患者さんから感謝の気持ちをもらえるので自尊心を満たしていたという世界でした。

【佐藤】「お金が稼げるから」という形で子どもを医者にしようとする親たちは、医療界の現実を知らないわけです。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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片岡 浩史(かたおか・ひろし)
東京女子医科大学 腎臓内科医
1970年、NY生まれ。京都・洛星高校を卒業後、京大法学部に入学。卒業後はJR西日本で働くが、その現場経験を通じて、医療に携わりたいと思い、退社。鹿児島大学医学部で学ぶ。腎臓内科医として日々患者と向き合う一方で、社会保険診療報酬請求書審査委員や診療ガイドライン作成委員を務める。医学博士。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優、東京女子医科大学 腎臓内科医 片岡 浩史)

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