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「日本のアニメを乗っ取る」と言われていたが…動画配信サイトの赤字が止まらない中国アニメ業界の大異変

プレジデントオンライン / 2023年7月30日 12時15分

「封神演義」や「山海経」など、中国の古典や神話のキャラクターが登場する人気アニメ - 「フェ~レンザイ -神さまの日常-」公式Twitterアカウントより

中国のアニメ産業は短期間で急成長を遂げ、日本のアニメ産業を脅かすと言われてきた。ジャーナリストの高口康太さんは「中国のアニメ産業に異変が起きている。配信サイトは赤字が続いており、似たようなテーマの作品が増えてきた。世界市場で成功するのは難しいだろう」という――。

■クオリティーもビジネスも急成長

中国アニメに異変が起きている。クオリティーも市場規模も急上昇と日本での評価は高まっているが、実はその裏では大きな転機を迎えつつあるという。

この7月から放映が始まったのがアニメ「フェ~レンザイ -神さまの日常-」。2018年に中国の動画配信サイト「テンセント・ビデオ」で公開された作品だが、このたび日本語吹き替え版のテレビ放送が始まった。内田真礼、杉田智和といった人気声優に加え、ジャニーズから高橋優斗、中村嶺亜の2人が出演していることで、早くも話題となっている。

日本市場における中国アニメの成功例とされるのが「魔道祖師」。ボーイズラブ小説を原作としたアニメだが、高く評価されている。原作者の墨香銅臭(ぼっかどうしゅう)、ラジオドラマの監修をした括号(かっこ)と、小説家・綿矢りさの鼎談(ていだん)が掲載された文芸誌『すばる』2023年6月号は売り切れが続出し同誌史上初めてとなる重版を行った。熱烈なファン層を獲得したことを象徴するエピソードだ。

また、映画『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』は2019年に日本のミニシアターで公開されると評判になり、翌年には日本語吹き替え版が全国ロードショーされた。2020年10月にはテレビアニメ版も放映されている。

目の肥えた日本人ファンも認める作品が中国から生まれているわけだ。

■市場規模は5年間で1.8倍に

作品の評価だけではない。ジェトロの報告書「中国のアニメに関する市場調査 2022年度更新版」によると、キャラクタービジネスなども含めたマンガ・アニメ産業は2021年に2420億元(約4兆7000億円)を記録したという。

2016年から1.8倍という猛烈な成長ぶりだ。絶好調の日本アニメだが、その産業市場規模は2兆7422億円である(2021年、日本動画協会「アニメ産業レポート2022 サマリー版」)。統計基準が異なるとはいえ、中国の市場規模には改めて驚かされる。

アニメ作品のクオリティーが上がり、その影響で市場規模が拡大し、新たな投資を呼び込んでさらにクオリティーがアップする……こうした正の循環が続けば、中国のアニメはすさまじい勢いで飛躍していくのではないか。

■この5年間でかつての勢いは失われつつある

「表向きは好調に見えますが、5~6年前と比べると停滞しています」

中国アニメ業界関係者に話を聞くと、意外な答えが返ってきた。2010年代中盤からの中国アニメ・ビジネスの急成長を支えたのは動画配信サイトだった。大手検索サイト・バイドゥ系の愛奇芸(アイチーイー)、EC(電子商取引)大手アリババグループ系の優酷土豆(ヨークトゥードウ)、ゲーム・メッセージアプリ大手テンセントのテンセント・ビデオ、アニメファンに強いビリビリ動画などの配信サイトがしのぎを削っていた。

アニメは映画、ドラマ、バラエティーと並ぶ有力コンテンツという位置づけで、他社との差別化を図るためにアニメ作品の配信権購入に巨額の資金を投入したほか、アニメ制作会社への出資の動きも広がっていた。

このチャイナマネーの恩恵を受けたのが日本だ。「アニメ産業レポート2017 サマリー版」(日本動画協会)では、次のようにその衝撃が描かれている。

産業界の話題となっていたのが中国ビジネス。3〜4年前からの中国における大手プラットフォームのための日本アニメ爆買いからはじまり、2016年には日本製アニメの製作委員会への投資、さらには自らの企画・製作のIPを日本のアニメスタジオへ制作発注するまでになった。2015年からは中国での日本製アニメ上映も解放され、その経済的波及力が年々高まることで海外市場急伸の大きな原動力となっているのである

ところが最新版である2022年版では中国についての景気のいい話はすっかり消えてしまっている。同報告書に掲載されている、日本アニメの国別海外契約数を見ると、2017年版では中国の契約数は355件と世界一だが、2022年版では199件の世界3位にまで後退している。足元の今年はさらに契約件数は減少しているもようだ。

中国国旗の背景にビジネスチャートの矢印
写真=iStock.com/GOCMEN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GOCMEN

■赤字に苦しむ動画配信サイト

「アニメ産業レポート2017 サマリー版」はチャイナマネーの恩恵を強調しつつも、一方で中国は政治リスクが高く規制によって、「爆買い以前の状況に戻ってしまう可能性が高いことも忘れてはならない」と警告している。中国国産アニメ振興のために海外アニメを排除する動きが広がるのではないかとの懸念だが、冷え込みは意外な形でやってきた。それは動画配信サイトの“節約志向”だ。

前述のとおり、中国の動画配信サイトは大枚をはたいてコンテンツ獲得競争をくり広げていたが、コンテンツ制作費や配信権料の支払いは売り上げを上回る規模に達していた。赤字を垂れ流してでもシェアを取れ、トップになればいつか資金は回収できるというロジックだったわけだ。

だが、いつまでたっても競争は終わらず、赤字はかさむばかり。各社はシェアよりも利益をと戦略を転換するようになる。2020年末から始まった一連の中国IT企業規制によって投資マインドが冷え込んだことがこの転換の決定打となった。

中国・徳邦証券が2022年7月に公開したビリビリ動画に関する調査レポートによると、コンテンツ獲得費用は2021年第4四半期をピークに縮小へと転じている。総額が減少したばかりではない。アニメやドラマなどのプロ制作コンテンツにかける費用は年々減少し、かわりにユーチューバーのようなインフルエンサーへの支払いが増加している。2018年初頭時点ではコンテンツ獲得費用のうち6割強がプロ制作コンテンツで占められていたが、2022年初頭時点で3割を切るまでに減少した。

■興行収入1000億円を突破したアニメ映画も

インフルエンサーの作った短い動画のほうが隙間時間に気楽に見られる。高額の投資でプロのコンテンツを作るよりも視聴者を集められるという構図は日本も中国も変わらない。

こうして日本アニメの中国での配信数は大きく減少した。同時に中国国産アニメへの投資と配信も減少している。子ども向けのアニメや昔から人気があるシリーズ物などはいまだに視聴者を集めるが、新たなコンテンツにはなかなか金が回らないのだという。

かくしてネット配信アニメはかつての勢いを失ったが、代わりに中国アニメを支えているのがアニメ映画である。2010年代後半から興行収入100億円超えの作品が次々と誕生している。とくに2019年の『哪吒之魔童降世』(邦題『ナタ~魔童降臨~』)は興行収入50億元(約1000億円)を突破し、中国映画市場歴代興行収入ランキングで4位という記録を打ち立てた。

動画配信サイトという“タニマチ”から金をもらうのではなく、チケットの売り上げで直接資金を回収する映画ならばまだまだ勝負はできるというわけだ。2023年のアニメ映画では『熊出没』が14億4000万元(約288億円)、『ディープ・シー(深海)』が8億8000万元(約176億円)、そして日本の『すずめの戸締まり』が8億元(約160億円)、『THE FIRST SLAM DUNK』が6億5000万元(約130億円)と、上半期が終わった時点で4作品が興行収入100億円超えを達成している。

中国・上海の映画館『THE FIRST SLAM DUNK』を鑑賞するファンたち
写真=Sipa USA/時事通信フォト
2023年4月20日、中国・上海の映画館で、日本の人気バスケットボール漫画のリメイクであるアニメ映画『THE FIRST SLAM DUNK』を鑑賞するファンたち - 写真=Sipa USA/時事通信フォト

■中国アニメは世界市場で成長できるのか

当たれば大きなリターンが見込めるだけに投資額もすさまじい。今年公開の『ディープ・シー』は7年間にわたり1500人ものスタッフを動員し、宣伝費抜きの純粋な制作費で3000万ドル(約42億円)を投じたという。確かにその映像美は驚くべきレベルに達している。

前述の『ナタ~魔童降臨~』は10億元(約200億円)を投じて記録的な興行収入を打ち立てた。この成功体験がある以上、巨額投資によって、凝りに凝りまくった大作アニメを作るというトレンドはしばらく続きそうだ。動画配信サイトが財布のひもを締めたが、それを補ってあまりあるチャイナマネーがアニメ映画に注がれている。

こうなると気になるのは、中国アニメ映画がどこまで成長を遂げるか、だ。日本のアニメ映画は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が日本市場以外の全世界興行収入で500億円を超えるなど次第に存在感を高めているが、資金面で上回る中国アニメがそれを追い抜く日は近いのだろうか。

おそらくはそう簡単にはいかないと、私はにらんでいる。というのも、中国アニメ映画は大きな“弱点”を抱えているからだ。

■政治体制の影響で内容が画一的なものに

ヒットした中国国産アニメ映画は興行収入歴代1位の『ナタ~魔童降臨~』、歴代2位の『姜子牙』(邦題は『ジャン・ズーヤー:神々の伝説』)のように神話をモチーフにした作品か、『熊出没』や『喜羊羊と灰太狼』のような子ども向けアニメのシリーズ映画の2種類に分かれる。オリジナルストーリーの映画ではヒットは難しい上に、中国共産党の検閲を通すことは困難との判断もある。

神話といっても、「西遊記」あたりならばともかく、ナタや姜子牙(太公望)は北米や欧州での世界市場での知名度は低い。中国アニメ映画がさらに飛躍するためには、世界の観客が共有できるようなテーマで映画を作る必要があるが、検閲というハードルはあまりにも高い。

問題は中国共産党批判だけではない。過去にはアニメ『デスノート』が迷信を助長するとの理由で批判されたこともあった。また、戦闘シーンが過度に暴力的だと指摘されたこともある。検閲の壁にぶつかって、巨額の資金をつぎ込むアニメ映画が台無しになるリスクを考えれば、安全なテーマである神話から離れる判断はとりがたいというわけだ。

政治体制という重たいハンデを背負う中国アニメ映画は、果たして世界に飛び立つことができるのだろうか。

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太)

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