史記にはこう書いてある…キングダムにも登場する「両足を切断された兵法家」が実行した復讐の中身
プレジデントオンライン / 2023年8月6日 15時15分
※本稿は、島崎晋『いっきに読める史記』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。
■「お国にも宝物はござろうな」威王の答え
威王の23年、王は趙の成(せい)公と平陸(へいりく)において会見した。あくる年には魏の恵王とともに都の郊外において巻き狩りをした。「お国にも宝物はござろうな」という恵王の問いに、威王は、「ござらぬ」と答えた。すると、恵王が重ねて問いかけた。
「わたしの国は小さいとはいえ、それでも上等の珠(たま)が10粒もある。万乗の国でありながら、何も宝がないことはないでしょう」
すると威王は答えて言った。
「わたしの国では宝というのは、そういうものとは違っております。
わが家臣に檀子(だんし)という者がいて、これに南城の守りをさせたところ、楚(そ)の軍勢はわが国の南の国境に手出しをしなくなり、泗水(しすい)のほとりの12の諸侯もわが国に来朝するようになりました。
また、わが家臣に肦子(はんし)という者がいて、これに高唐(こうとう)の守りをさせたところ、趙の軍勢はわが国の西の国境を侵さず、黄河での漁すらしなくなりました。
また、わが下僚(かりょう)に黔夫(けんぷ)という者がいて、これに徐州の守りをさせたところ、燕(えん)の者は斉の北門に向かい祀りをして、斉の軍が攻撃してこないように祈り、趙の者は斉の西門に向かい祀りをして、斉の軍が攻撃してこないように祈るようになり、燕と趙からわが国へ移住した者は7千戸あまりもありました。
また、わが家臣に種首(しょうしゅ)という者があって、この者に盗賊の取り締まりをさせたところ、道に落ちている物をひろう者さえいなくなりました。この4人の家臣こそわが国の宝です」
これを聞いて魏の恵王は恥じ入り、悶々としたまま去っていった。
■「趙から援軍要請に応えるべきか」
威王の26年、魏の恵王の軍が趙の都、邯鄲(かんたん)を包囲した。趙から援軍要請がきたので、威王は重臣を集めて協議した。
「援軍を出すのと出さないのとでは、どちらがよかろうか」
威王の問いに、まっさきに答えたのは騶忌子(すうきし)で、彼は、「出さない方がよろしゅうございます」と言った。
次に発言したのは段干朋(だんかほう)で、彼は、「援軍を出さないのは信義に外れるうえに、わが国にとって不利でもございます」と答えた。
威王が、「何ゆえか」と問うと、段干朋は次のように答えた。
「利益があるからでございます。南に向かって魏の襄陵(じょうりょう)を攻めて、魏の軍勢を疲れさせるのがよろしゅうございます。たとえ邯鄲が落城しても、そのとき魏の軍勢は疲れきっているはず、それにつけこんで攻めるのがよいかと存じます」
威王はこの策に従い、桂陵(けいりょう)において魏の軍勢を打ち破った。
35年、重臣の騶忌子と将軍の田忌(でんき)の対立が武力衝突に発展し、敗れた田忌は国外へ逃れた。
■田忌を上回った孫臏の戦略
36年、威王が没して、子の辟疆(へききょう)が後を継いだ。これが宣(せん)王である。あくる年、魏の軍勢が趙に侵攻した。趙は韓とよしみを結んでいたので、共同して魏を迎え討ったが、勝利を得ることができなかった。そこで韓は斉へ援軍を要請した。
これをうけ、宣王は田忌を呼び戻して将軍の地位に復帰させた。重臣を集め、「急いで援軍を出すのとゆっくり出すのでは、どちらがよいか」と諮(はか)ったところ、騶忌子は、「援軍を出さないほうがよろしい」と答えた。一方の田忌は、「援軍を出さなければ、韓は弱気になり、魏と手を結ぶでしょう。早く援軍を送るのが得策です」と主張した。
だが、最終的に宣王の心にかなったのは、孫臏(そんぴん)のつぎのような意見だった。
「速やかに援軍を出せば、わが軍は魏の軍の矢面に立たされます。韓には承諾の返事を与えておいて、ゆっくり援軍を出すのがよいでしょう。魏の軍が疲れるのを待って、それにつけこめば、利益は重く、高い名誉が得られるでしょう」
■能力が高すぎて龐涓に陥れられた
ところで、ここに名のあがった孫臏について少し説明しておこう。孫臏は春秋時代の呉の将軍孫武(そんぶ)の末裔(まつえい)で、同じ師のもとで、龐涓(ほうけん)と机を並べていたことがある。
龐涓は魏の恵王に仕え、将軍になっていた。龐涓は嫉妬深い性格で、自分の能力は孫臏に及ばないと自覚していた。そこで、ひそかに人をやって孫臏を呼び寄せておいて、いざ孫臏がやってくると、罪を着せた。両足を切断したうえ、顔に入れ墨をして、人前に出られないようにしたのである。
ときに斉の国の使者が魏の都へやってきた。その使者が孫臏のことを知っており、ひそかに連絡をとったうえで、自分の車に隠して斉へ連れ帰った。孫臏は将軍の田忌に気に入られ、その食客となった。
■「競馬の必勝法」で兵法の師に上り詰めた
ある日、田忌は公子たちと競馬を楽しんだ。孫臏はそれぞれの用意した馬の脚力に大差はないが、上・中・下の3級に分かれるのを見てとり、田忌に進言をした。
「どうか大きな賭けをなさいませ。必ず勝てるよう、わたくしが工夫をしましょう」
田忌は孫臏を信じて、千金をかけて勝負をすることにした。いよいよ馬場へ出たとき、孫臏は言った。
「あなた様の下の馬で相手の上の馬と競争をさせ、上の馬は中の馬と、中の馬は下の馬と競争をさせるようなさいませ」
果たして結果は2勝1敗で、田忌は首尾よく大金を手にすることができた。孫臏の能力を知った田忌は、彼を威王に推薦した。威王もまた孫臏を気に入り、兵法について師と仰ぐようになった。
■孫臏、見事な作戦で敵を破る
以前、魏の軍勢に邯鄲を包囲され、趙から救援要請がきたとき、威王は孫臏を大将にしようとしたが、孫臏が、「わたしは刑罰を受けた身ですから、適当ではございません」というので、田忌を将軍、孫臏を軍師として、荷馬車の上から作戦の指図をさせることにした。
田忌はまっすぐ邯鄲に向かおうとしたが、孫臏は反対して言った。
「もつれた糸をほどくには、むやみに引っ張るものではありません。ただいま魏の精鋭部隊は趙との合戦に出払って、国内には老人や弱卒がいるばかりにちがいありません。あなた様は兵を率いて、すみやかに魏の都、大梁(たいりょう)へすすみ、都へ通じる街道を押さえてしまえば、魏は趙との戦いをさしおいて、自国の防衛に戻りましょう。そうなればわが軍は、趙の包囲を解くと同時に、魏の軍の力も衰えさせることができます」
田忌はこの策に従い、桂陵(けいりょう)で魏の軍勢を大いに破った。
■今度は韓から救援要請がきた
このような経緯を経て、宣王の代に、今度は韓から救援要請がきたのだった。このときも田忌と孫臏はまっすぐ大梁へ向かった。これを知った龐涓は、急ぎ軍を返した。
それを計算に入れたうえで、孫臏は田忌に献策した。
「魏の兵は、もともと勇ましくて気も強く、斉の兵を侮っております。斉の士卒は臆病者ばかりだと。与えられた条件を利用し勝利に導いてこそ、戦い上手というものです。兵法にも、『利を貪(むさぼ)って百里の道を駆けつづける場合には、すぐれた大将でもつまずく。五十里の道を貪って百里の道を駆けつづける場合には、到着するのは軍の半数』とあります。斉の軍が魏の領内に入ったなら、10万人分の竈(かまど)をつくらせ、後退しながら、次の日には5万人分を、また次の日には3万人分をつくらせましょう」
田忌がこの策に従ったところ、龐涓はまんまと引っ掛かった。龐涓は撤退する斉軍のあとを追い続けること3日、日ごとに竈が減っていくのを見て、脱走兵が後を絶たないのだと勘違いをした。勝利を確信した龐涓は歩兵をあとに残し、精鋭の騎兵だけを従え、昼夜兼行で追撃した。
■「あのこわっぱに名をあげさせてしまった」
孫臏は、龐涓が夕暮れには馬陵(ばりょう)まで来るはずと読んでいた。馬陵は道が狭いうえに、道の両側に険阻なところが多く、伏兵を置くには都合がいい。そこで大木の幹を白く削って、そこに次の文字を書かせた。「龐涓はこの木の下で死ぬ」。孫臏は弩(ど)の達者な者1万人を選び、道の両脇にひそませ、「日が暮れてここに松明の灯が見えたらいっせいに発射せよ」との命令を下した。
果たして龐涓は夜になって馬陵にさしかかった。白い木の肌に何やら字が見える。どれどれと松明で照らさせ、字が鮮明に見えたとき、1万の弩がいっせいに発射され、魏の軍勢は大混乱に陥った。矢で射られる者もいれば、同士討ちで倒れる者もいる。
大敗したことを悟った龐涓は、「あのこわっぱに名をあげさせてしまった」と言い残し、みずから首をはねて命を絶った。斉の軍は勢いにのって魏の歩兵にも襲いかかり、太子の申(しん)を捕虜にするなど、ここでも大勝利を博した。この戦いのあと、韓・趙・魏の三国は博望(はくぼう)の地で宣王に謁見し、誓いをたてて協約を結んだ。
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歴史作家
1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に、『ウラもオモテもわかる哲学と宗教』(徳間書店)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『古事記で読みとく地名の謎』(廣済堂新書)、『ホモ・サピエンスが日本人になるまでの5つの選択』(青春新書プレイブックス)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)などがある。
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(歴史作家 島崎 晋)
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