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1500万人以上が飢餓で死んだ…毛沢東の指示で「1億羽のスズメを一斉駆除」した中国で起きたこと

プレジデントオンライン / 2023年7月29日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SCM Jeans

人類の歴史において、最悪の政策とは何か。イギリス人ジャーナリストのトム・フィリップスさんは「毛沢東による四害駆除運動が挙げられる。この政策の結果、イナゴによる食害が発生し、少なくとも1500万人が飢え死にした」という――。

※本稿は、トム・フィリップス著、禰冝田亜希訳『メガトン級「大失敗」の世界史』(河出文庫)の〈第3章 気やすく生物を移動させたしっぺ返し〉の一部を再編集したものです。

■最悪の結果を招いた毛沢東の四害駆除運動

人間の進歩の物語は、思考と創造性に幅が出てきたことに始まる。これが人間とほかの動物との違いだが、同時にこの幅があるせいで、私たちは日ごろからどうしようもないあんぽんたんになってしまうのだ。

生態系は複雑なもので、自然の微妙なバランスを乱せば、かならずや揺り戻しがくる。人類は痛い思いをして、そのことを学んできた。これからする話は、人類史上、後にも先にも例がないほどきわだっている。

毛沢東の四害駆除運動は、過去最悪の公衆衛生の政策で、何もかも破壊することに完璧な成功を収めてしまったものと位置づけるべきだ。この政策は社会のあらゆる面をまとめあげて総力で目標を目ざし、驚嘆すべき度合いで目標をしのいだ。

目標の半分は、ほぼ確実に国民の健康状態を広範にわたって大きく改善した。したがって、四害のうち二つは悪くないと思われるかもしれない。悪かったのは、四つ目の目標が何千万人もの死を招いたことだ。

この問題の根っこは、生態系の複雑さのために予測ができないことにある。そうだね、ちょっと種を一つ、ここに足してみよう、いくつかの種をそこから減らしてみようか、と私たちは思う。そうすれば何もかもがよくなるだろうと。

そのとき、「想定外の結果」が起こって、お友達の「ドミノ効果」や「カスケード故障」を連れてくる。言い換えれば、事態が「わらしべ長者」や「風が吹けば桶屋がもうかる」の厄災版みたいになってきて、皆で仲よく思いあがりのうたげを開くのだ。

■国難は生物のせい

1949年の後半に、毛沢東主席の共産主義が中国で権力を掌握すると、国は医療危機に見舞われ、コレラやペスト、マラリアなど感染性の病気がはびこった。毛沢東の目標は、ほんの数十年前に封建主義を脱したばかりの農業国を、一挙に近代の産業大国に変えるというもので、この帳尻を合わせるには何かをする必要があった。

解決策のいくつかは、当たり前で分別あるものだった。集団ワクチンの計画や、衛生状況の改善などである。問題は毛沢東が国難の批判の矛先を生物に向け、国難は生物のせいと決めつけたときに始まった。

蚊はマラリアを広めるし、ドブネズミはペストを広める。ここまでは否定できない。だから、その数を減らすための国家規模の計画が立てられた。まずいことに、毛沢東はそこでやめておかなかった。もしこれが二つの害を撲滅する運動だったなら、計画はうまくいっていたかもしれない。

だが毛沢東は(専門家の意見を訊くこともしないで)ほかの二つの種も加えることにした。槍玉に挙げられたハエは、鬱陶(うっとう)しいからという理由で撲滅されることになった。

四つ目の害は? こともあろうにスズメだった。

■なぜスズメを駆除したのか

理屈はこうだ。スズメがいけないのは穀物を食らうからだ。スズメが穀物を食べる量は、1羽につき毎年最大で4.5キロである。中国人が飢えをしのぐために使えたはずの穀物をだ。

これを計算すると、100万羽のスズメが駆除されたら、6万人の食いぶちがまかなえると考えたのだ。理にかなっているだろう?

スズメ
写真=iStock.com/Andyworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andyworks

四害駆除運動は1958年に始まり、これには全精力が注がれた。全国展開された運動のポスターを使って、子どもからお年寄りまで中国人全員が義務を果たし、該当の生物をなるべくたくさん殺害するように呼びかけ、「鳥は資本主義の公共の動物だ」と高らかに宣言した。

人々はハエ叩きから拳銃まで携えて武装し、学童はなるべく多くのスズメを投石機で撃つ方法をしこまれた。スズメを目の敵にした群衆は、旗を振り、熱に浮かされたように街中を練り歩き、鳥との戦いに加わった。スズメの巣を壊し、卵をかち割った。

市民は鍋や釜を叩き鳴らし、木からスズメを追い払ったものだから、スズメは休むことができずに疲れ果て、空から落ちて息絶えた。上海だけでも20万ものスズメが戦闘初日に死んだと推定されている。

■スズメの駆除で大量増殖したある昆虫

「戦士たるもの、戦いに勝つまで撤退してはならない」と「人民日報」は書いた。結果、戦闘には勝った。宣言された目標を達成することにかけては大勝利だった。小さな生物の軍勢に対し、人類は圧倒的な勝利を収めた。

四害駆除運動は、合計すると1億5000万匹のドブネズミに1100万キロの蚊、10万キロのハエ……そして1億羽のスズメを殺したと推定される。

あいにく、この戦いの何が悪かったかはすぐにわかり始めた。1億羽のスズメは穀物を食らうばかりではなく、虫も食べていた。とくにイナゴを食べてくれていた。突如として1億羽の天敵がいなくなってせいせいした中国のイナゴは、毎日が正月だとばかりに祝い始めた。

スズメはそこかしこでほんのちょっと穀物をつまみ食いしていただけだったのに、イナゴの集団はというと、とめどない巨大な雲のようになって、中国の作物を荒らしまわった。

実際の専門家はこの考えの何もかもがどんなによくないかとかねてから人々に訴えてきたが、1959年、鳥類学者の鄭作新の忠告はようやく聞き届けられ、公的な「殺すべき害虫」のリストにあったスズメはトコジラミに変更された。

だが時すでに遅し。1億羽のスズメを殺戮(さつりく)し尽くしてから、今度は戻ってこいと虫のいいことを望んでも、そうはいかない。

■1500万人が飢餓で死ぬ

はっきりさせておくが、1959年から1962年まで中国を襲った大飢饉(ききん)の原因は、スズメの駆除だけではなかった。

複数の恐ろしい決断ミスが同時に重なって、引き起こされたのだ。従来の自給農業から、価値の高い換金作物へと党が命じたことで変化が起こったこと、ソ連の生物学者トロフィム・ルイセンコの疑似科学にもとづく一連の農業の新技術が破壊的だったこと、そして中央政府がすべての農産物を地元の社会から取りあげたこと、このどれもに原因がある。

また、よい結果を報告するようにという励ましが圧力となって、あらゆる階層の役人にのしかかったとき、上層部の官僚のなかには、すべてはうまくいっている、そして国民にはたっぷり食べ物があるという絵空ごとを胸に抱いた者たちもいた。

実際には、何年もの過酷な天候にやられたあとで(国土のあちこちで洪水が起こった一方で、ほかの地域では干ばつが起こった)、国民が食える蓄えなどありもしなかったのに。だがスズメ殺しと、続いて起こった本物の害虫による作物の食害は、襲いかかった大飢饉の元凶だった。

トム・フィリップス著、禰冝田亜希訳『メガトン級「大失敗」の世界史』(河出文庫)
トム・フィリップス著、禰冝田亜希訳『メガトン級「大失敗」の世界史』(河出文庫)

飢餓による死者数の概算は1500万から3000万人。ただでさえ背筋の凍る話なのに、1500万人もの人間の生死がわかりさえしないとは、怖さがいっそう上乗せされる話だ。

このことから学べる基本的な教訓(自然を荒らしてはならない。そうしていいのは、どんななりゆきになるかが前もってよくわかっている場合だけだ。それでも、おそらくはよいことではない)が胸に浸みたと思うだろう。

ところが2004年になって、中国政府はまたしても、ジャコウネコからアナグマにいたるまで、哺乳類の大量駆除を命じた。SARSウイルスの発生を受けてのことだった。このことから、人類は過去の過ちからなかなか学べないことがわかる。

Tom Phillips, HUMANS: A Brief History of How We F*cked It All Up
Copyright © 2018 by Tom Phillips

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トム・フィリップス ジャーナリスト、作家
ロンドンを拠点とするジャーナリスト兼ユーモア作家。ケンブリッジ大学で考古学、人類学、歴史学などを学んだ後、テレビや議会でコメディーを披露。バズフィードUKの編集ディレクターを経てフルファクト編集者。

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(ジャーナリスト、作家 トム・フィリップス)

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