「関節痛の幹細胞医療が始まっている」…手術不要で"悪魔の慢性痛"を根治する最新治療法の中身
プレジデントオンライン / 2023年7月28日 10時15分
■関節痛と腱鞘炎は最新再生医療で完治
日本国内に3000万人もの患者がいるとされる「関節痛」。これだけ多くの人が関節痛に悩まされているにもかかわらず、完治を諦めている人が多いのが現状です。近くの病院にかかっても湿布を渡されるだけで、根本的な治療をしてもらえない。しばらくするとまた痛んでくるが、年齢のせいだと諦めてしまう。そんな方が多いのではないでしょうか。
近年では、関節痛にも「再生医療」の提供が始まっており、関節痛は完治する病気になりつつあります。メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手が、肘の治療に「幹細胞治療」という再生医療を試したことで話題になっています。関節痛を年齢のせいだと諦める必要はありません。
そもそも、関節痛はどのようにして起きるのでしょうか。よく「軟骨がすり減って痛む」と言いますが、これはある面では合っていて、ある面では間違っています。というのも、軟骨の中には神経がなく、軟骨自体が痛むことはないからです。
軟骨がすり減ってくると、付近の組織が本来のバランスを保てなくなり、関節にガタツキが生じます。軟骨はなめらかな動きができなくなり、骨のへりがぶつかったり、筋肉が引っ張られたりして炎症が起こってしまいます。
炎症を繰り返すうちに、関節を修復する「滑膜(かつまく)」が過剰に反応して腫れ始めます。関節の痛みが長く続くと、あまり動かさず安静にしたくなりますが、安静にしていると靭帯が硬直したり、筋肉の伸びが悪くなったりして、かえって痛みが悪化してしまいます。こうして、慢性的に「関節痛」に悩まされるようになるわけです。
関節痛は、初期の頃には痛みが緩和することがありますが、完治していない場合、いずれさらに強い痛みが起きます。
たとえば、皆さんが関節に痛みを感じたとしましょう。数日で回復して、その後再発もない場合は、たいてい滑膜などの一時的な炎症が原因です。一方で、痛みが長く続いたり再発したりするようであれば、炎症が続いている可能性が高いです。MRIやレントゲンなどの精密検査で原因を特定する必要があります。早期発見・早期治療できれば、再生医療を用いることによって完治の可能性が高くなりますから、違和感があったら早めに病院に行ってください。
関節痛と似た痛みが生じる「腱鞘(けんしょう)炎」は、その名前のとおり、筋肉の動きを伝達する腱に炎症が起きています。靭帯と関節は近い位置にあるため、区別が難しい場合もあります。ただし、別の病名で呼ばれてはいますが、腱鞘炎と関節痛の治療法は大きくは変わりません。
膝の腱の周辺に炎症が起こり、腱鞘炎と呼べるような症状が見られたとしても、関節痛と診断することもあります。関節周辺には多くの組織が密集しているので、全体を指して関節痛と診断することが多いのです。
■ヒアルロン酸注射では効果が短時間のみ
人間には、「ホメオスタシス(生体恒常性)」という、体の状態を一定に保つメカニズムがあります。標準的な関節痛治療では、痛み止めや湿布で痛みを和らげているうちに、「ホメオスタシス」によって組織を修復します。痛みを抑え、リハビリテーションで患部に適度な動きを加えることで、筋肉などの組織が正常な状態に戻ろうとする働きを促進します。
リハビリには「物理療法」と「運動療法(運動器リハビリテーション)」があります。「物理療法」は超音波や電気の刺激で痛みを緩和するもので、「運動器リハビリテーション」はトレーニングでの体づくりを指します。
十分な筋力と柔軟性があれば、関節痛にはなりにくくなります。しかし、筋力がある方は柔軟性が足りず、逆に柔軟性がある方は筋力が足りない傾向にあります。だからこそ、理学療法士とのリハビリを通して、バランスのとれたケガをしにくい体づくりを行う必要があります。
患部への「ヒアルロン酸注射」も関節痛治療のひとつです。関節と関節の間にある関節液にはもともとヒアルロン酸が含まれており、ヒアルロン酸を注射することで関節の動きをなめらかにしたり、痛みを抑えたりする効果が期待できます。しかし、関節痛の進行度合いによっては、効果が短時間で失われることも珍しくありません。
■人工関節手術は衰弱を招く
軟骨がほとんどなくなってしまっているなどの、重度の関節痛の治療では、人工関節を埋め込む「人工関節手術」を行うことが多いです。もちろん、人工関節の技術は素晴らしいものですし、私自身、多くの人工関節手術を担当してきました。
しかし、人工のものゆえのデメリットもあります。人工関節が劣化してしまった場合、関節を取り替える手術を行うのですが、取り替えるたびに骨を削る範囲が広がります。
また、手術を行うと一定期間寝たきりの状態になります。高齢の方の場合だと、体を動かせないことで筋力が低下し、急速に衰弱してしまう可能性もあります。職場や家庭から長期間離れる必要がありますし、日常生活がままならない状態でない限りは、可能であれば避けたい治療法です。
■ほとんどの痛みを幹細胞治療が解決!
その意味で「幹細胞治療」は、今まで治療で懸念されてきたデメリットを解消しながら、より大きな効果が期待できる画期的な治療法です。
幹細胞治療では、「幹細胞」を患者の体から取り出して培養し、体内の損傷がある部位に注入します。
幹細胞には、自分と同じ能力を持った細胞に分裂できる「自己複製能」があります。そのため、腹部の脂肪を0.2ミリリットル採取すれば十分な幹細胞を培養できます。皆さん、もっと多くの脂肪を取ってほしがるのですが、米粒ひとつ程度しか採取しません。
幹細胞は、骨・軟骨・腱・神経・皮膚など体をつくるさまざまな細胞に変化する「多分化能」も持っています。培養された幹細胞は、体内の損傷がある部位を探し当ててくっつき、炎症を抑えるとともに傷を修復していきます。
「関節の中にある幹細胞で十分じゃないのか」と思われるかもしれません。しかし、幹細胞は血流の多いところに存在するため、ほとんど血流のない関節や腱には、幹細胞もわずかにしか存在しません。そこで、患部に幹細胞を注射し、炎症や損傷の回復をうながすわけです。
傷の修復だけでなく、すり減った軟骨の回復や変形した関節の修復に効果があることが明らかになっています。当院には、接骨院や整形外科での標準的な治療では回復できなかった方が来院されることが多いです。それでも、7~8割の方は幹細胞治療で症状が改善しています。リハビリやヒアルロン酸注射の効果が感じられなくなった方には、ぜひ幹細胞治療を検討していただきたいです。治療期間は、症状の進行度合いによって変わりますが、たいてい3~6カ月です。1年以上かけて改善するような人もいます。
とはいえ、怪我したときに、擦り傷は綺麗に治っても、えぐれた傷は痕が残ってしまったという経験をお持ちの方は多いでしょう。同じように、関節でも損傷の大きい傷は完全には修復しません。だからこそ、損傷が深くなり手遅れになる前に幹細胞治療を行うことを推奨しています。
■大谷翔平も使った日帰り再生医療とは
再生医療には幹細胞治療のほかに「PRP治療」という方法があります。
「PRP(Platelet-Rich Plasma)」とは、日本語では「多血小板血漿(けっしょう)」と呼ばれていて、新しい組織や細胞の成長を促す栄養素が含まれています。PRPは患部に幹細胞を引き寄せる効果があり、炎症を抑える効果や組織の修復を促すことが期待できます。
患者自身の血液を利用するため安全性も高く、日帰りでの治療が可能です。ケガに素早く対応できるのも大きなメリットで、スポーツ選手の治療にも導入されています。
冒頭でもお話ししましたが、大谷翔平選手は、PRP治療と幹細胞治療を併用したようです。素早い治療が可能だが患部に幹細胞を引き寄せるのみのPRPと、幹細胞による治療をかけ合わせたのでしょう。
自己修復力を活性化させる方法として、「体外衝撃波」という治療法もあげられます。もともとは腎臓の結石を砕くために行われてきた治療法ですが、衝撃波の出力を10分の1ほどに設定して患部に照射することで、細胞組織の動きが活性化することが研究でわかりました。実際に、膝の滑膜の炎症に悩む患者に照射したところ、数分後には腫れが引き始め、痛みが軽減したと帰られる方も多いのです。
■幹細胞治療も即日治療が可能に
幹細胞治療は多くのデメリットを解消した画期的な治療法です。しかし、患者自身の細胞を採取し培養する必要があるため、治療に時間がかかってしまいます。
現在、幹細胞治療は他人の細胞から培養したものを使用しても、技術的にも安全性的にも問題ないとわかっています。ただ残念なことに、現在の法律では、研究目的以外での投与が認められることはほとんどありません。
法律が改正され、他人の幹細胞による治療が認められれば、治療のスピードは断然速くなるでしょう。また、大量生産が進めば低コストでの受診が可能になるはずです。今のところ、当院での治療には1カ所60万円以上の費用が必要です。相場よりかなり安いのですが、それでも決して安い額ではありません。ちょっと膝の調子が悪いからサクッと来院して注射を打つ――早期治療で関節痛に悩むことがなくなる未来も近いのかもしれません。
■肩を回すだけで関節痛予防になる
幹細胞治療で関節痛が治ったとしても、運動不足や栄養不足のような生活習慣によって、痛みが再発してしまっては元も子もありません。
たとえば、体のバランスが悪い人は歩くだけで腰や膝に負担をかけてしまいます。歩き方を改善するためには、ジムや整体でプロのトレーナーや理学療法士に正しい姿勢や筋トレ方法を教えてもらうべきです。姿勢や歩き方は、自分では正確に認識できないものです。筋肉のバランスが悪いのもよくありません。客観的に自分の体を見てもらう機会を設けることが重要です。
本来であれば、週2~3回は30分程度の有酸素運動をしたほうがいいでしょう。加えて筋力トレーニングもできれば理想的です。しかし、多くのビジネスパーソンは平日に運動の時間はとれません。そんな方は、仕事中に「20分に1回立ち上がる」「両手を肩にのせて肘を回す」ことを意識してください。たったこれだけでも、十分に関節は動き、関節痛の予防になります。
通勤や会社内で歩くことも立派な有酸素運動です。エスカレーターで立ち止まるのではなく、階段を上ってみたり、帰りに一駅分歩いてみたり、できるだけ歩く意識を持つとよいでしょう。
自宅にストレッチポール(長い丸太のようなエクササイズ器具)を置いて、その上に仰向けで寝そべるのもオススメです。ポールの上で背伸びするだけで胸郭が開いたり、背骨のそりを矯正できたりするので、寝る前のストレッチに有効です。
一方、ふだんから運動している人は、負荷のかけすぎで関節を痛めることがあります。トレーニングは追い込むほど効果的に思えてしまいます。しかし、正しいフォームで、適切な負荷をかけてこそトレーニングに意味がでます。しっかりとしたトレーニング方法を身に付けるためにも、やはり理学療法士など第三者に見てもらうべきでしょう。
■手術不要の再生医療は最高の治療
肥満体形の方はどうしても関節に負担がかかり、痛めてしまう傾向にあります。だからといって、むやみに食事量を減らして体重を落とせばいいわけでもありません。筋肉量が不足してしまうと、関節の強度が下がります。
つまり、良質な食事とトレーニングの両立が重要になるわけですが、もっっとも大切なのは「タンパク質」「アミノ酸」を十分に摂取することです。「ささみ」や「大豆」には多くのタンパク質とアミノ酸が含まれているので、食事に取り入れることを推奨しています。それでも、タンパク質は不足しがちなので、コンビニで手軽に買えるプロテインを飲むのもいいと思います。
完治はありえない、手術以外の選択肢がないと考えられていた症状も、再生医療ならば治療することが可能です。しかし、私生活の見直しを忘れてはいけません。規則正しい食生活を意識し、適切な体の使い方を理学療法士といった第三者の視点から学びましょう。時間的に難しい人はオフィスや自宅でストレッチをしましょう。ほんの少しでも構いませんから、無理のない範囲で自分の体と向き合うことが、関節痛や腱鞘炎に悩まないための近道といえるのではないでしょうか。
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お茶の水セルクリニック院長
1997年、東京医科大学卒業。東京医科大学病院勤務などを経て、2007年、京都大学大学院医学研究科修了。09年、プライマリ整形外科麻布十番クリニック開業。19年より現職。
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(お茶の水セルクリニック院長 寺尾 友宏 構成=井之頭こうしん 撮影=宇佐美雅浩)
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