なぜボブ・サップは国民的人気者になれたのか…格闘技の世界では「強さ=人気」とはならない本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年8月3日 13時15分
■上に立つ人間はニコニコしていたほうが良い
「THEMATCH2022」のメインイベントに据えた、那須川天心対武尊の交渉の過程で、「ノーコメントおじさん」は生まれた。
実現すれば、世紀の一戦といっても過言ではない夢のカード。自らを“ノーコメントおじさん”と呼んだのは、試合開催をなかなか発表できずにいる状況を、マスコミに否定的に報じてもらわないようにするための策でもあった。
「今日こそ何か発表するんだろうな」という緊張感に包まれた会見の場を、少しでも和やかにするには、置かれた状況を逆手にとって笑いに変えるしかないと思った。
ネット記事に、「榊原は今日もノーコメント」と書かれるのと、「ノーコメントおじさん、何も語らず」と書かれるのとでは、受け取る側のイメージも違うはずだ。
この一件に限らず、どんなにしんどくても、上に立つ人間はニコニコしていたほうが良いと常に思っている。きっと、ほかのさまざまな企業のトップも同じように考えているのではないだろうか。
難しくもない話を小難しく説明したり、あるいは、聞かれても答えられないことに終始無言を貫いたりして、それを渋い表情で受け取られるよりは、笑いに変えたほうが良い。私たちは、格闘技で単に泣かせたいと思っているのではない。
大会が行われる数時間の空間のなかに、喜怒哀楽のすべてを持ち込みたいと思っている。そのなかでも、格闘技に笑いを持ち込めたら最強だ。
■ボブ・サップが愛されるワケ
ただ、笑いを引き出すというのは、ハードルも高い。笑いを起こすという点で見れば、2018年「RIZIN.13」で行った大砂嵐金太郎対ボブ・サップは完璧だったといっていい。
ファンが選ぶRIZINベストバウト(2015-2019)でも4位にランクインしている。それから、「RIZIN.14」で、“世界最強の女柔術家”ギャビ・ガルシアが勝ち名乗りを上げたリングに乱入した神取忍。
過去に2度も試合を組みながら、実現に至らなかった幻の対戦を要求する姿は、会場に大きな盛り上がりをもたらした。彼女のプロ魂には、ただただ脱帽した。
梅野源治の「YAVAY(やばい)だろ」もそうだろう。真剣勝負だからこそ生まれる笑いは、RIZINの世界観を広げる、重要なピースだ。
■セルフブランディングはどうすべきか
社員が何百人、何千人といる会社なら話は別だが、RIZINは社員20人ほどの会社だ。だからこそ、社長である私が最大の営業マンであり、そして宣伝マンでなければならないと思っている。その点では、自身のセルフブランディングについても考える必要がある。
私のパブリックイメージというと、「怖い人」「恐ろしい人」という声が圧倒的に多い。実際にはそんなことはないと思っているのだが、「表面上はすごくフレンドリーなのに、内心では何を考えているか分からない」なんて言われることもある。
この自著で大いに反論したいが、また怒っていると言われそうなのでやめておく。冒頭のノーコメントおじさんもそうだが、相手の意表を突くようなアプローチや、意外な一面をのぞかせることで、印象が変わることはある。
■あえて道化になることも必要
2022年のエイプリルフールには、RIZINの公式Twitterに、何かの折に撮影していた、上半身裸にオープンフィンガーグローブ姿でファイティングポーズを取った私の画像がアップされた。
「地獄のプロモーター榊原信行、ついに参戦決定!!」という文字が躍り、合成なし、対戦相手募集、ラスボス降臨のハッシュタグがつけられたツイートには、さまざまな反応が寄せられた。
会社の代表がこんなことをする必要はない、という意見もあったが、こういう馬鹿馬鹿しいことをするのは嫌いではない。
むしろ、立場に縛られずに馬鹿なことをやるのは必要なことだと思っている。自ら表に出て立ち回っているが、本来はナンバー2向きだと思う。
私自身はキャスティングボードを握って、さまざまな調整事に奔走し、表には別の人が立って表現してくれるのが理想。本当ならPRIDE時代も、そういうポジションに就くつもりでいた。
■スーパースターの条件
イベントの成功には、サプライズが欠かせない。だから、みんなを良い意味で裏切ることが起こる確率を高めるような努力は常にしている。
高いお金を払い、貴重な時間を費やして会場に足を運んでくれた人たちが、「来て良かった」「面白かった」と言ってくれるかどうか。それには後味の良さが関係している。終わりよければ、すべてよし。ピークエンドの法則だ。
格闘技でいうならばセミファイナルやメインの試合を任せた選手たちが、どのように締めくくるのかにかかっているといっていい。
たとえ、前半にダラダラとした試合が続いたとしても、最後の最後に負のエネルギーをプラスに変えられさえすれば、今日はいい一日だったと、好印象を抱いて帰ってもらうことができる。
その確率をどうすれば高められるか。プロの格闘家、特にメインイベンターに求められるのは、そういうことなのだと思う。それをきちんと表現できる人こそが、スーパースターになっていくのだ。
■大事なのは、いかに勝つのか、いかに負けるのか
RIZINの試合順は、基本的には私と広報事業部長の笹原圭一の2人で決めているが、メインを張れる選手というのは、決して多くない。そのため、おのずと「今回のメインは彼に任せよう」というのは決まってくる。
ただし、PRIDEの時代も、そしてRIZINでも、実力ナンバーワンの選手が必ずメインを張るわけではない。大会を見に来てくれた人たちに、格闘技のダイナミズムを、喜怒哀楽を享受して帰ってもらうのにふさわしい人を選んでいる。
それらを与えられるファイターの条件とは、まず勝敗だけに固執していないこと。特に日本人の場合は、負けの美学というのか、散り際の美しさを理解できる感性があるから、常にアグレッシブに攻める姿勢を見せられることが重要。
大事なのは結果ではなく、いかに勝つのか、あるいはいかに負けるのか、だ。
相手から一本を取るためには、攻めるしかない。そして攻めるということは、勝つ可能性が増える一方で、負ける可能性も増えることになる。だからこそ、負けを恐れずに、最後まで攻め続けられるかどうかがファイターの魅力となる。
■桜庭和志だけが見えていること
例えば、“サク”こと桜庭和志くらいになると、試合中でも冷静に、自分が今、客席からどう見えているのかをイメージできている。
真剣勝負の最中にありながらも、「今、みんなはつまらないと感じているだろうな」「ここでこれをやったらウケるんじゃないか」という意識が持てているのだ。
ある試合で、サクから仕掛けて負けてしまったことがあった。私たちからすれば、そんな感覚は全くなかったのだが、試合後、サクは「会場が盛り上がっていなかったから、行かないといけないと思いました」と敗戦を振り返った。
サクの試合は、判定に持ち込まれることが少ない。何故なら常に、華麗に一本を取りに行こうとする、決着をつけに行こうとするからだ。ダメージを抱えていても、疲労困憊だったとしても、それでもファンの求めるものを優先的に選択して、実行できる稀有なファイターだ。
PRIDE時代、そういった学習能力の高い選手たちには、私の発言からその意図を汲み、それを具現化する者もいた。負けてもいいんだということに気づき、アグレッシブに行けるようになった選手もいる。
■ヴァンダレイ・シウバがファンの心を掴んだ瞬間
ヴァンダレイ・シウバも、その一人だ。彼の試合を見たことのある人なら分かると思うが、彼はどんな形であれ、常に勝つことを強く意識していた。強い選手ではあったので、勝つ機会はもちろん多かったが、昔からアグレッシブだったわけではない。
けれども、2004年の大晦日かに行われた「PRIDE男祭り」で、対戦予定だったサクの欠場に伴い、直前に対戦相手がマーク・ハントに代わった。体重差のある相手に真っ向勝負を挑み、見事に散ったのだが、この一戦をきっかけに、ヴァンダレイは「負けてもいいんだ」「真っ向勝負こそがファンの心をつかむのだ」ということに、はっきりと気がついた。
そして、ヴァンダレイの人気は不動のものとなった。
直近でいえば、朝倉海。彼もまた、ファンが何を求めているのかを理解し、勝利を最優先させるのではなく、局面に応じた戦い方、繰り出す技の選択ができるセンスを兼ね備えている。あえて相手の土俵で闘う勇気が、海にはあるといっていい。
強さだけではスーパースターにはなれない。ある種の儚さや美しさも必要だし、それ以上に、相手と完全決着をつけるため、果敢に前へ出ることが求められる。そういう臆さない気骨がある選手こそ、業界を引っ張る人物となり得る。
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ドリームファクトリーワールドワイド社長
1963年11月18日、愛知県生まれ。大学卒業後、東海テレビ事業株式会社に入社。1997年に「PRIDE.1」を開催し、2007年の売却まで携わる。2015年より、「RIZINFIGHTINGFEDERATION」始動。2022年開催「THEMATCH」では、那須川天心×武尊戦を実現させ、総売り上げ50億円超を記録。伝説的なマッチメイクを実現させるなど、現在の格闘技シーンを牽引するキーマン。
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(ドリームファクトリーワールドワイド社長 榊原 信行)
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