「暴走老人が増えている」はウソである…和田秀樹が「高齢者に免許を返納させるのはおかしい」と訴えるワケ
プレジデントオンライン / 2023年8月5日 14時15分
※本稿は、和田秀樹『頭がいい人、悪い人の健康法』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■高齢の免許保有者が増えても死亡事故件数は変わらない
インパクトがあるので確率の低いことがニュースになります。高齢者の起こした死亡事故もまた、ニュースの典型です。
珍しいから報道されるのであって、よく発生しているから報道されているわけではありません。2022年11月、福島市で97歳の男性が運転する車が歩道を暴走し、40代女性を死亡させる事故がありました。事故の直後も大騒ぎで報道されましたが、3カ月ほどして裁判で禁錮3年、執行猶予5年を言い渡されたこともニュースになっていました。
私の周囲でも、「97歳はさすがに運転させないほうがいいわよね」といった声が多く、ワイドショーでは、「どんなに運転がうまくてクルマが好きでも、15歳では公道を運転できないのだから、85歳とか年齢を定めて免許を取り上げればいい」と言っているコメンテーターもいました。
でも、ちょっと待ってください。高齢の運転者が起こした死亡事故の件数は、ここ10年ほど、ほぼ横ばいになっています。警察庁の統計によると、2009年に75歳以上による死亡事故は422件(そのうち80歳以上は180件)でしたが、2019年は401件(224件)でした。
この期間、高齢者で免許を保有する人は増加を続けており、75歳以上は約1.8倍、80歳以上は約1.9倍に増えています。つまり、高齢者の免許人口は約2倍になっても、死亡事故自体は増えていないことがわかります。
■「高齢者の運転は危ない」に数的根拠はない
高齢者が高速道路を逆走したり、ブレーキとアクセルの踏み間違いによって事故を起こすたび、テレビなどで大きく報道されます。認知症のリスクのある高齢者の運転は危険だ、高齢者は事故を起こしやすいと思われていますが、これには根拠がありません。
「平成30年中の交通事故の発生状況」で、免許所持者を年齢別に見ると、人口10万人当たりの事故件数(死亡事故とはかぎりません)が最も多いのは、16〜19歳の年齢層でおよそ1500件、次いで20〜24歳は876件、25〜29歳は624件です。年齢とともに少なくなって、30代から60代が450件前後と落ち着きます。
高齢者はというと、70代で500件前後、80代前半でも604件です。たしかに少し増加はするのですが、とりたてて事故率が高くなることはありません。
ましてや死亡事故を起こす確率は、高齢者だから高いわけではないのです。
「頭がいい人」は、これを峻別しています。感覚と感情で発言していると、頭が悪くなります。「頭がいい人」の思考では、「本当かな。データに戻って考えてみよう」となるわけです。
■高齢運転者がみんな暴走するわけではない
とはいえ、高齢者によるインパクトの大きな交通事故が起こると、ニュースになりがちです。東京・池袋で乗用車を暴走させて、母子2人が死亡、9人に重軽傷を負わせた事故では、当時87歳の元高級官僚で叙勲歴もある男性が運転していました。
逮捕されずに捜査が進められたため、ネットでは「上級国民」として非難囂々(ごうごう)となり、広く注目を浴びたので記憶している人も多いでしょう。
ただ、この例も、事故の悲惨さに加えて、高齢男性が車の不具合による無罪を主張したこと、逮捕されなかったことなどが珍しかったから大きなニュースになったといえます。
何を言いたいかというと、80代後半の高齢運転者がみんな暴走するわけではないし、死亡事故が多く起こっているわけではないということです。「80代、90代に運転させるのはよくない」と言うのは簡単ですが、地方に行けば90代で運転している人はたくさんいます。
100歳を超えても運転する人はいるでしょう。自家用車がないと生活できない地域に住んでいる高齢者は多いのです。
■「高齢だから」と返納する必要はない
ついでにいうと、私の調べたかぎりでは、97歳の人が死亡事故を起こした最年長でした。逆に、それより年上の人は一人も死亡事故を起こしていないのに、免許証を取り上げろといわれたりするわけです。
地方の道路を運転していると、ものすごくゆっくり走っている軽自動車がしばしばいます。みんな高齢者で、昼間に近所を移動するために運転しているのです。朝夕のラッシュの時間帯に走ることはまずありません。地域の人も見守るようにして路上で共存しているわけです。
私は、高齢になったからといって、運転免許を返納する必要はないと思っています。
地方に住んでいて、買い物や通院に車を使っているような人であれば、とくに高齢になったからという理由で免許を返納してはいけません。
不便になるだけでなく、生活の自由度が大きく低下して、老いを一気に加速させる可能性があるからです。
■要介護になるリスクは運転を続けた人の2.16倍
65歳以上の男女約2800人を追跡した筑波大学などの研究チームの調査があります。
それによると、2010年の時点で運転をやめていた人は、運転を続けていた人に比べ、6年後には要介護になるリスクが2.16倍になっていました。
地方では、免許を返納すると、ほとんど外に出なくなってしまうのが原因です。
運転をやめて、バスや自転車の利用に切り替えた人なら外出は続けていたはずですが、こちらも運転を続けた人に比べ、要介護リスクは1.69倍高くなっていました。
脳機能、運動機能の状態をチェックすることは必要ですが、少なくとも70歳前後であれば、運転をやめるリスクのほうが高いと考えられます。
起こりうる確率で考えるためには、こうした数値になっているデータが必要になります。ネット時代の現代、検索すれば、データはさほど難なく見つけることができるでしょう。
「頭がいい人」は、ネット上の信頼できる情報を集めてくることに長けています。反対に、自分の信じたい情報を集めてくるのが「頭が悪い人」といえます。
■他人をはねて死なせる確率は5万分の1
高齢者専門の精神科医である私は、よく80代くらいの親の運転免許を返納させるかどうかの相談を受けます。その際、必ずといっていいほどするのが次の話です。
「あなたの親御さんが免許を持ちつづけていて、来年、死亡事故を起こす確率はおよそ1万分の1です。また、高齢者が起こす死亡事故のおよそ4割は“自爆”で、事故を起こした本人が亡くなっています。他人をはね殺す事故は2割なんです。つまり、来年も運転をしつづけたとき、他人をはねて死なせる確率は5万分の1しかないんですよ。この確率はもう少し若い50〜60代の人とほとんど変わりません」
そう言うと、怪訝(けげん)な顔をする人がほとんどです。
「みなさん、保険に入っていますよね」と尋ねると、一様に「入っています」とうなずくのですが、そもそも保険とは、確率の低いことが万が一、起こったときに対する備えです。
50〜60代の人と変わらない5万分の1という確率も許せないのなら、「いままでなぜ、運転させてきたんですか」と詰問されなくてはいけなくなります。
50〜60代は死亡事故を起こす確率がゼロで、高齢者にだけリスクがあるのなら、運転をやめさせるのもまだわかります。
ですが、50〜60代は運転を続けて、高齢者だけに免許を返納させるのは、確率をまったく考慮していないことになります。
■事故を絶対に起こしたくないなら何歳でも返納すべき
こうした話をしたうえで、要介護になる確率と比べてもらいます。
「いまの親御さんの年齢で、6年後に要介護になっている確率は、運転を続けた場合は1割ですが、免許を返納した場合は2割に増えますよ」
要介護になる確率が2倍になっても、5万分の1の確率で他人を死亡させる事故を起こされるのは嫌だ、と考えるならそれも一つの選択です。また、どんなに確率が低くても絶対に死亡事故を起こすのは嫌だというのなら、50〜60代の頃に運転をやめさせなくてはいけません。それどころか、何歳であっても運転をしてはいけないことになります。
かなり低い確率ながら、事故を起こす可能性は誰にでもあります。でも、それを上回るメリットがあるから自動車を運転するわけですし、万が一に備えて保険があるのです。
そのことを思い起こしてみる必要があります。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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