「男女平等は反道徳の妄想である」自民党の女性議員がそんな“女性を貶める暴言”を繰り返す根本原因
プレジデントオンライン / 2023年8月1日 13時15分
※本稿は、山崎雅弘『この国の同調圧力』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■ユダヤ人迫害に加担したドイツ人女性の話
二〇一三年、アメリカで一冊の歴史書が刊行され、大きな反響を呼びました。
著者はアメリカ人の女性歴史家ウェンディ・ロワーで、二〇一六年に日本で出版された邦 訳版のタイトルは『ヒトラーの娘たち─ホロコーストに加担したドイツ女性』(武田彩佳監訳、石川ミカ訳、明石書店)でした。
この本は、第二次世界大戦中に起きたナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(いわゆるホロコースト)において、さまざまな形でユダヤ人の迫害や虐殺に加担したドイツ人女性に光を当て、一般的にレイプ被害や爆撃の被災などの「戦争の犠牲者」として語られることの多い女性の中にも冷酷な「加害者」が存在した事実と、なぜ当該の女性たちはそのような行動をとったのかという構造について考察する内容でした。
ドイツやウクライナ、アメリカなどに残る厖大な記録文書(一次史料)に基づいて記された同書を読むと、ホロコーストに加担したドイツ人女性のタイプは多様で、ユダヤ人を「ゴミ」と呼ぶ粗暴な人間もいれば、国家のために自分にできることをするという使命感を持って任務に従事した人間もいました。
■「男性に対して自分が有能だと証明したかった」
著者のロワーは、そんなドイツ人の女性の一人について、こう書いています。
この最後の一文が示す通り、エルナ・ペトリという女性がナチス親衛隊員の夫と共に、ナチ占領下のポーランドにあった自宅の庭で少年を含む複数のユダヤ人を射殺した行為の動機は、私的な領域に留まるものではなく、当時のドイツ国民が共有した「ユダヤ人は社会にとって害悪であり、それを『駆除』することはドイツ国民の務めだ」というナチスの非人道的な世界観に突き動かされたものでした。
いやいや同調圧力に従ったのではないにせよ、自らの手でユダヤ人を殺すことによって「〔自分は女性だが〕男性と同じくらいに有能だと証明したかった」という彼女の行動は、当時のドイツ社会を支配した心理的圧力に、自らの意思で同調したのだと言えるでしょう。
■「みんながそうしているから自分もそうした」
エルナ・ペトリは、自分の行為について、裁判で次のように弁明しました。
この証言の最後で述べられたのは、「みんなもそうしているから自分もそうした」という、集団内で「みんな」が行っている行動への同調という弁明です。そう言えば、自分の責任を軽くできると、彼女は考えたのかもしれません。
■「集団内での立場」が倫理観よりも優先された
集団全体がホロコーストのような残虐行為に手を染めている時、自分が集団内で異端視されたり排除されることを恐れて、自らの意思でそれに加担するという「同調」行為は、女性だけでなく男性の場合にも多く見られた現象でした。
ドイツの第101警察予備大隊(ホロコーストで中心的な役割を担った親衛隊とは別組織で、ナチ占領下のポーランドで四万人近いユダヤ人を殺害)について、厖大な文書記録で詳細に研究した、アメリカ人の歴史家クリストファー・R・ブラウニングの著書『増補 普通の人びと:ホロコーストと第101警察予備大隊』(谷喬夫訳、ちくま学芸文庫)に、以下のような記述があります。
この本では「順応への圧力」という言い方がなされていますが、実質は同調圧力と同義だと考えて間違いはないでしょう。倫理的あるいは道徳的に考えて、その命令への服従や行動の是非を考えるのでなく、集団内での自分の「立ち位置」という観点でいちばん最適な行動をとる。そうすることで、集団の中で自分の立場は保たれる。
ナチスのホロコーストが、あれほど大規模かつ組織的に実行された背景には、同調圧力という我々の身近な問題とも繋がる、心理的な動機も存在していたのです。
■「エルナ・ペトリ」はナチスだけの話ではない
所属する集団内で、自分の地位を向上させたり、周りの「みんな」に自分の有能さを認めてもらうために、内部で共有される価値観や行動原理に沿った行動をとる。
このような「集団内の同調圧力への積極的な対応」の事例をいくつか見てきましたが、それは時として、論理的に説明がつかない「矛盾」や「自己否定」へと実行者を導くことがあります。
例えば、前出のエルナ・ペトリのような女性が「男たちに自分の有能さを証明してやりたい」と考えた時、ナチスの迫害対象が「ユダヤ人」ではなく「女性」であったならどうでしょう。女性であるペトリは、「自分の有能さや存在価値を男たちに認めさせるため」に、男たちによる女性差別や女性迫害に自らの意思で加担することになります。
これは決して、言葉の遊びや絵空ごとではありません。
二〇二〇年九月二十五日に自由民主党の党本部で行われた党の内閣第一部会などの合同会議において、同党の杉田水脈衆議院議員が、女性への暴力や性犯罪に関して「女性はいくらでもうそをつけますから」と発言したとして、大きな批判が湧き起こりました。
■杉田水脈議員「女性はいくらでもうそをつけますから」
同年九月二十五日一三時三四分に公開された共同通信記事(ネット版)によれば、「杉田氏は、会議で来年度予算の概算要求を受け、女性への性暴力に対する相談事業について、民間委託ではなく、警察が積極的に関与するよう主張」し、「〔性犯罪〕被害の虚偽申告があるように受け取れる発言をした」とされています。
杉田水脈議員は、自民党に入党する前には、日本維新の会や次世代の党などに在籍していましたが、次世代の党時代の二〇一四年十月三十一日には、衆議院本会議で「伝統や慣習を破壊するナンセンスな男女平等」や「男女平等は、絶対に実現し得ない、反道徳の妄想」などと発言し、物議を醸しました。
その半月前の十月十五日には、衆議院内閣委員会で「私は、女性差別というのは〔日本に〕存在していないと思うんです」と述べ、やはり批判の的となっていました。
■男尊女卑な政党で評価されるための“迎合”
自らも女性である杉田水脈議員が、どうしてこんな「女性差別」や「女性蔑視」の暴言を繰り返すのか? 表面的な言葉だけで考えても、答えは出ないと思います。
しかし、先に紹介した「順応への圧力」という視点で読み解けば、どうでしょうか。
杉田議員が所属する自民党は、昔から女性蔑視の発言が目立つ政党です。
第一次安倍政権時代の二〇〇七年一月二十七日、柳沢伯夫厚生労働相は松江市で開かれた自民党県議員の決起集会において、人口減少と少子化問題に関する話で「女性は一五歳から五〇歳までが出産をしてくださる年齢。『産む機械、装置の数』が決まっちゃった」と、女性を出産のための機械や装置と表現する発言をして、激しい批判を浴びました。
ところが、当時の安倍晋三首相は、柳沢大臣を罷免せず、厳重注意に留めました。
このような、古い時代の男女観(社会的・文化的な性自認を表すジェンダーという言葉が日本に入ってくる以前の思考)、つまり男性の方が女性より優位だという前提の男尊女卑が支配する政党の中で、女性の国会議員が「自分の有能さや存在価値を男たちに認めさせる」にはどうするのが一番効果的なのか、杉田議員は考えたのかもしれません。
■集団内での地位向上の引き換えに捨てたもの
その結果として導き出された結論が、内部で共有される男尊女卑の価値観や行動原理に沿った行動をとり、それを目立つ形でアピールすることなら、杉田水脈議員の「女性なのに女性を貶める」という不可解な行動にも一応の説明がつきます。
女性差別に加えて、LGBTの人には「生産性がない」という暴論(月刊誌「新潮 45」二〇一八年八月号への寄稿、同誌はこの記事が原因で同年十月号を最後に休刊)など、杉田議員は数々の問題発言で社会的な批判を浴びましたが、にもかかわらず、彼女は二〇二二年八月十日に発足した第二次岸田改造内閣で、総務大臣政務官という政府の役職に任命されました(国民の批判と国会での追及を受けたのち、十二月二十七日に辞任)。
この抜擢人事は、杉田議員の自民党内での「アピール」が成功した結果だと見ることも可能です。けれども、自民党の議員として自らの「女性差別」の暴言を撤回せず、謝罪もせずに居直り続けた杉田水脈議員は、男尊女卑の価値観を共有する集団内での地位向上と引き換えに、人間として大事な何かを自ら捨ててしまったのではないか。
私には、そんな風に思えます。
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戦史・紛争史研究家
1967年大阪府生まれ。軍事面に加えて政治や民族、文化、宗教など、様々な角度から過去の戦争や紛争を分析・執筆。同様の手法で現代日本の政治問題を分析する原稿を、新聞、雑誌、ネット媒体に寄稿。著書に『[新版]中東戦争全史』『1937年の日本人』『中国共産党と人民解放軍』『「天皇機関説」事件』『歴史戦と思想戦』『沈黙の子どもたち』など多数。
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(戦史・紛争史研究家 山崎 雅弘)
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