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「脱炭素・脱原発」を急いだばかりに…雇用不安が広がり、極右政党が勢いづくドイツは、どこで間違ったのか

プレジデントオンライン / 2023年7月31日 7時15分

ベルリンの首相官邸で行われた会談後のドイツのオラフ・ショルツ首相 - 写真=EPA/時事通信フォト

■生産が落ち込んだままのドイツの化学工業

ドイツのリーディングインダストリーといえば自動車工業を思い浮かべる人も多いはずだが、化学工業もまたそれに勝るとも劣らない重要な産業である。

例えば、ドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州は、古くから化学工業が栄えており、州都デュッセルドルフには多くの日系メーカーが拠点を構えていることで知られる。

そのドイツの化学工業が不振に喘いで久しい。コロナショック前の2019年を100とする指数で測ると、化学工業(含む医薬品)の生産水準は、目下80程度での推移にとどまっている(図表1)。化学工業の生産量の減少は、コロナショック直後よりも2022年に入ってからのほうが深刻であり、なお現在進行中である。

【図表1】ドイツの製造業生産

比較のために自動車工業の動きを確認すると、その生産量はコロナショックを受けた直後に半減し、また半導体不足の影響などからいくつかの波を経験したものの、足元の生産水準はコロナショック前の9割を超える程度まで回復している。自動車工業と比べても、ドイツの化学工業の不振がことさら深刻であることが分かる。

それではなぜ、ドイツの化学工業の生産は落ち込んだのか。ドイツ化学工業連盟(VCI)は2022年12月15日に発表した報道資料の中で、エネルギー価格と原材料価格の急騰がその主因であるという見解を示した。エネルギー価格の中でも、特に化学工業にとって打撃となったのが、天然ガスの価格が高騰したことだった。

■天然ガスの安定供給が不可欠だが…

化学工業とは、原料を化学反応によって加工し、それで得られた物質を製品化する工業である。化学工業の中には、原料としてガスを用いるガス化学工業がある。具体的には、硫酸工業やアンモニア合成工業などがあり、アンモニアやメタノール(メチルアルコール)、アセチレンなどが天然ガスを原料として作られる。

また幅広い意味では、化学製品の合成を目的とする石油化学工業(燃料油などの石油製品は除く)も、ガス化学工業に含まれる。それ以外でも、化学工業では、工場での自家発電の燃料として天然ガスが使われることが少なくない。化学工業にとっては、天然ガスの安定調達こそが、生産を行ううえで何よりも重要な要素となる。

ガス
写真=iStock.com/Frank Wagner
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Frank Wagner

その天然ガスの価格が、ヨーロッパでは2021年後半から上昇していた。コロナショック後の急速な景気の回復や、異常気象の影響(春季が冷涼だったため冬季のガス備蓄が遅れたこと)の影響に伴うものだが、それに追い打ちをかけるように、2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が発生し、天然ガス価格がさらに急騰した。

ヨーロッパの天然ガス取引の指標となるオランダTTFは、ピーク時である2022年8月に一時340ユーロ/MWhまで価格が上昇したが、2023年7月24日現在の終値は30.6ユーロ/MWhまで価格が低下し、2021年前半の水準まで落ち着いた。しかしドイツの産業用ガス価格(生産者物価ベース)は、依然として歴史的な高値圏にある(図表2)。

【図表2】ドイツの産業用ガス価格(生産者物価ベース)

そもそもTTFは、ガス事業者間の取引価格である。そのため、TTFの価格の低下が産業用ガス価格や家庭用ガス価格に波及するまで、タイムラグがある。高止まりしているドイツの産業用ガス価格も、しばらくすれば価格が低下すると見込まれるが、その水準がコロナショック前に戻る展望は描けず、化学工業の苦境が続くと予想される。

■脱炭素・脱原発・脱ロシアの「三兎」を追う戦略の誤算

ではなぜ、産業用ガス価格はコロナショック前の水準まで戻る展望が描けないのか。

その理由は、オラフ・ショルツ首相が率いる左派連立政権が、環境保全と安全保障を理由に、脱炭素・脱原発・脱ロシアの「三兎」を追う戦略にまい進した結果、産業用ガス価格がコロナショック前に比べて構造的な上昇を余儀なくされたことにある。

欧州議会議員と討論するドイツのオラフ・ショルツ首相
欧州議会議員と討論するドイツのオラフ・ショルツ首相(写真=European Parliament/CC-BY-2.0/CC-BY-4.0: © European Union 2023– Source: EP/Wikimedia Commons)

そもそもショルツ政権は、脱炭素・脱原発を強く志向し、再エネ発電の普及とともに、ガス火力発電の積極的な利用を奨励していた。その火力発電のための天然ガスを、ドイツはロシアから安定的に調達できるはずだった。ドイツとロシアをダイレクトに結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」は、その切り札だったわけだ。

しかし、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したことで、ロシア産の天然ガスの利用に黄色信号が灯った。結局、他の欧米諸国との関係もあり、ドイツはロシア産ガスの利用を諦めざるを得なくなった。代わりにドイツは、液化天然ガス(LNG)の輸入に努めるようになり、バルト海沿岸に洋上ターミナルの建設を急いだ。

ロシア産天然ガスの利用を削減する代わりにLNGの輸入量を増やしたドイツだが、LNGは液化や海上輸送、再気化などのコストがかかるため、ロシア産天然ガスに比べると費用が高い。つまり、ガスの調達をロシア産ガスからLNGにシフトしたことで、ドイツの天然ガス価格は、構造的な上昇を余儀なくされたのである。

それでもドイツは、ガス火力発電に依存せざるを得ない。脱原発で原子力という電源を放棄し、石炭火力も削減するためだ。つまり、電気事業と化学工業は、天然ガスを奪い合う関係になったわけだ。いわば、ドイツのリーディングインダストリーだった化学工業は、ショルツ政権による「三兎」を追う戦略の最大の犠牲者だと言えよう。

■失業者が増え、極右政党が勢いづく

ドイツ化学工業連盟(VCI)は7月21日、2023年上期の化学工業企業(医薬品を含む)の売上高が1140億ユーロと、前年同期比で11.5%減少したと発表した。天然ガス価格が低下せず、歴史的な高値圏にあることがその主因である。同時にVCIは、2023年通年の売上高も前年比で14%減少するという見通しを示した。

高インフレで生産量が減っても売上高が増える産業が多い中で、ドイツのリーディングインダストリーであったはずの化学工業の不振は際立っている。このままでは業界の再編は回避できず、多くの雇用が失われる事態が想定される。VCIはドイツ政府に対して支援の必要性を訴えているが、その声がショルツ政権に届くだろうか。

そのドイツでは今、極右政党であるAfD(ドイツのための選択肢)の支持率が急速に高まっている(図表3)。

【図表3】ドイツの政党支持率

AfDの支持率は、すでに最大野党であり中道右派のCDU/CSU(同盟)に次ぐ2位であり、政権与党でありショルツ首相を擁するSPD(社会民主党)や、パートナー政党であるB90/Gr(同盟90/緑の党)の支持率を上回っている。

■「脱炭素・脱原発」を急いだツケは大きい

過激な主張で知られるAfDだが、一方で同党が、主流の政治に対して不満を持つドイツの有権者の受け皿になっていることも確かである。有権者の主な不安とは、記録的なピッチで増加する移民・難民の問題に加えて、やはり脱炭素・脱原発・脱ロシアの「三兎」を追う戦略と裏腹の関係にあるエネルギー高・物価高の問題である。

もともとAfDは、寛容な移民・難民問題に対して批判的であり、またメルケル前首相以来のドイツ主流政治の伝統と化した再エネ一辺倒のエネルギー政策に関しても否定的なスタンスに立っていた。そのため、ショルツ政権が推進する脱炭素・脱原発・脱ロシアの「三兎」を追う戦略に対して不満を持つ有権者の民意を引き寄せる力を持つ。

政権に対する逆風は強まるばかりであり、2025年10月までに予定されている総選挙での敗北も視野に入るショルツ首相だが、依然として手をこまねいているように見受けられる。このままでは、化学工業のみならず、労使全般の支持離れが進むだけだ。副作用に配慮せず急進的な戦略を推し進めてきたツケは大きいといわざるをえない。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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