富裕層の「タワマン節税」がついに終了…これからタワーマンション住民にのしかかる"大増税"の現実
プレジデントオンライン / 2023年8月3日 10時15分
■2024年1月、タワマンの税金が大きく変わる
今世間を賑わせているのが、「タワマン節税」が税制改正によって封じ込められることになるとの話だ。ことの発端は今年1月に行われた国税庁の有識者会議において改正の方針が固まったとの報道があったためである。適用は2024年1月からだが、どんな改正が行われ、結果どんな人たちに影響が及ぶのだろうか。
不動産を所有するとかかる税金として代表的なものは、所有している期間中に毎年課税される固定資産税、都市計画税と、相続時に相続人に対して課せられる相続税である。
このうち、タワマンをめぐって最初に問題となったのが、固定資産税負担だ。
固定資産税は土地と建物に対して課せられる税金だが、分譲マンションの多くは、土地は敷地権の共有、建物は区分所有となっている。このうち土地部分の固定資産税は敷地全体の固定資産税評価額を持分割合で、建物は区分所有面積に共用部面積を持分に応じて案分したものを加えた部分について課税される。
■タワマンは時価と課税評価額の差が大きい
マンションは戸建て住宅と比べて土地が高度利用されているため、戸当たりの所有面積は小さい。特にタワマンがそうで、敷地面積が4000坪あっても住戸が1000戸もあれば、単純計算で戸当たりの土地所有面積は4坪に過ぎなくなる。したがって都心部の土地であってもマンションなら土地の所有権が小さいがゆえに固定資産税評価額(総額)も低くなる。
特にタワマンなどの超高層マンションは上層部に行くほど時価は高くなり、戸当たりの時価と税務上の評価額の乖離(かいり)が大きくなる。これでは税の公平性が保てないということで行われたのが2017年の税制改正で、階層によって評価額に差をつけ、高層部にいくほど評価額を高くするよう調整したのである。
今回の改正では、さらに相続発生時点での相続税評価額にもメスを入れたのが特徴だ。相続税評価額の計算は、土地は路線価、建物は固定資産税評価額をベースにする。路線価はおおむね公示価格の8割相当とされる。固定資産税評価額が同じく7割相当なので、固定資産税評価額よりもやや高めに設定されているが、昨今のように不動産価格が急上昇しているような場合、時価との乖離は大きくなる。
注意すべきは今回の改正対象はタワマンだけでなく、マンション全体について相続時での評価額の算定方法を変えるという点だ。
■「億ション」なのに相続税はわずか12万円
国税庁の資料には、東京、福岡、広島でのマンションの実例が掲載されている。東京都内にある43階建てのタワマンの実例。23階67.17m2の住戸の実勢価格(時価)は1億1900万円。ところが相続税評価額を算出すると価額は3720万円。なんと実勢価格は評価額の3.2倍にもなっている。
相続人が子1名とすると、基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人数)3600万円を引くと課税価格は120万円。マンションだけが相続財産だとすれば、税金はわずか12万円(税率10%)となる。
同資料では福岡のマンション(築22年、9階建ての9階部分、78.2m2)での実勢価格との乖離が2.36倍、広島のマンション(築6年、10階建ての8階部分、71.59m2)で2.34倍などと実例を示しながら、タワマンとは呼べない普通のマンションでの相続税評価額が実勢価格と乖離しているさまも掲げている。
マンションでの乖離率の平均は2.34倍と言われている。つまり時価1億円のマンションであれば評価額は4273万円(1億円÷2.34)になる。タワマンに限らず、マンションは現金で持つよりもはるかに税負担の少ない、いわば節税商品のような役割をもってきたことがわかる。
■マンションと戸建てとの税金格差を是正へ
そこで今回予定されている改正では、実勢価格との乖離率が1.67倍以上になる場合においては、「相続税評価額×乖離率×0.6」で評価することになった。「相続税評価額×乖離率」でいったん実勢価格に調整しなおしてから0.6掛けする根拠はなんだろうか。
これには一応の理屈がある。戸建てにおける平均乖離率は1.66倍であるからだ。戸建てと同じ水準の乖離率以下ならオーケー。それ以上の場合はいったん時価に戻してから、戸建てと同様の調整を掛ける、つまり1÷1.66=0.6だから、これによって戸建ての場合との格差を是正しようとしたのである。
この改正が適用されるのは2024年1月1日以降、相続や贈与によって取得する財産だ。タワマンだけが対象ではなく、マンションの場合はすべてが該当する。
さてここで困った問題が発生した。時価と評価額の乖離に着眼して相続税対策を行ってきた人たちだ。これまで時価の3~4割に評価額が圧縮されることによって、大きな節税が実現できるはずだった富裕層にとっては、まさに「寝耳に水」ともいえる改正なのだ。
■12万円だった相続税が、42倍の508万円に
さきほど掲げた東京都内のタワマンを例にとると、乖離率は3.2倍であるから
課税評価額:7142万円-3600万円(基礎控除)=3542万円
相続税:3542万円×20%-200万円=508万円
なんと496万円、42倍もの大増税ということになる。
「父さん(母さん)が死んでも税金は大丈夫」
と思っていた相続予定の人たち(息子や娘)には計算外の増税である。今年中に亡くなれば、想定内だが、まさか「今年死んでくれ」とはならない。相続税対策のやり直しを迫られる世帯が急増するだろう。
■タワマン特需でウハウハだった業者にも大打撃
だが、今回の改正で震え上がっているのは富裕層ばかりではない。タワマンを建てまくっているデベロッパーやゼネコンだ。彼らにとってタワマンはとてもおいしい商品だった。考えてもみれば節税を目論む富裕層にとっては時価と評価額の乖離が大きいほど節税になる。つまり価格は「高ければ高いほど」節税効果は大きくなる。買う際に借り入れをすれば借入残額も評価額から差し引けるので、マンション価格が高騰し続けている限り、デベロッパーも金融機関もウハウハの状況だった。
ところが今回の改正によって相続時の評価額が戸建てのそれと変わらないものとなってしまえば、節税という営業にとっての錦の御旗は降ろされることになる。タワマンの販売は好調と言われているが、購入者のうち節税を意識した顧客はどれだけいるだろうか。
販売元のデベロッパーこそ「そんなにいない。ほとんどが実需層」などと口をそろえるが、購入アンケートなどで「節税します」と言って買う客はいないところを鑑みると、一定の割合を占めてきたことは間違いないだろう。
特に地方の富裕層は、節税を意識しながら自らが住む地方の中心都市に建つタワマンを好んで買う傾向がある。やはり自分に馴染みのある立地で買いたいという思惑もあるだろう。
■デベロッパーが推進する地方都市の駅前再開発
デベロッパーの一部は現在、こうした需要を取り込もうと地方主要都市や郊外衛星都市の駅前で数多くの市街地再開発事業を推進している。この開発方式は、郊外や地方都市の主要駅の駅前で、既存の商店などに声をかけて市街地再開発組合を設立。彼らの持つ店舗などの権利を再開発で出来上がる新しい商業施設やマンションなどの床に権利変換できるものである。
商店主らにとっては高齢化もし、子供たちも引き継がないお店や事業をたたむのに、単独では開発できなくとも、組合を結成して自らの不動産を差し出し再開発することによって無償で新しい建物の床を取得できるという誠に夢のような開発方式なのだ。
なぜ彼らが無償で取得できるかと言えば、彼らの持つお店などの不動産価値を測定し、その価値分の床に変換できるからだ。そして新しい建物は自治体から容積率のボーナスをもらい、超高層建物を建設。その建設資金をデベロッパーがすべて負担してくれるからだ。
■タワマン分譲で開発資金を回収するつもりが…
もちろん、デベロッパーは出来上がる建物の床を買い取り、タワマンにして分譲。開発資金を回収し利益を得る。マンション分譲にあたって有力な顧客は、その地域で相続が心配になった富裕層などに買ってもらう、この事業はこういった図式によって成り立っている面もあるのだ。この方式には自治体も容積率のボーナスを認める代わりに、建物内にホールや図書館などの公共施設を整備することができるので、喜んで開発を認める傾向にある。
だが、肝心の相続対策で買ってくれる人がいなくなってしまうと売れ行きはどうだろうか。東京都心部であれば、不動産投資を目的とした国内外投資マネーが入るし、なんとか富裕層の仲間入りがしたいパワーカップルがたっぷりのローンを組んで買ってくれるかもしれない。だが郊外衛星都市や地方都市ではそんな顧客は少数だ。
この改正で実は打撃をくらうのは、相続対策のつもりで買い、いまだに相続が発生していない現所有者と、これから郊外衛星都市や地方都市などでタワマンを想定した市街地再開発事業を積極的に手掛けているデベロッパーだ。
■中古で売ってローンを返済する計画はうまくいかない
現所有者にとっては、したはずの対策が不十分になるばかりでなく、相続発生後に売却して相続対策のために組んだローンも返済しちゃえば良いと思っていた人たちに暗い影を投げかける。これまでは価格は高いほうが節税効果は高いため、中古で販売する際にも、新たに相続対策をやりたい顧客に売れていたのが、税制改正後は売れなくなることが予想されるからだ。
いっぽう市街地再開発事業は現状でも国内で100件以上が計画されているが、この事業は権利者の意見調整に時間がかかるため、たいていの事業は10年から15年の長い期間をかけている。
これから起こることとは、まだ正式に保留床の買い取りを表明していないデベロッパーやゼネコンは静かに事業から手を引くだろうし、組合が設立され参加組合員になっている場合には条件の引き下げなどが叶わず、想定どおりに売れず、物件を抱え込むことも懸念される。
■節税対策に励むのはいいが「欲張るのもほどほどに」
はてさて困った事態になったものだ。この改正のきっかけになったのが、昨年最高裁で判決があった、札幌市のマンション2棟の相続評価額を巡って相続人と税務署が争った事例と言われている。
これはタワマンではなく2棟のマンションを相続したケースだが、相続対策を考えた相続人が13億円強の価格で賃貸マンション2棟を父親名義で買い、相続が生じた際に評価額3億3000万円で評価して相続税を激減させた事例に対し、税務署がその評価が実勢価格とかけ離れているとして12億強での評価を新たに行い、課税を主張した裁判だった。
税務署の対応に不服を唱えた原告が最高裁まで上告してしまったがゆえに大きな話題となり、今回の評価の見直しにつながったとされる。原告としてはよほど悔しかったのだろうが、節税などというものはしょせん納税者と税務署のいたちごっこにすぎない。「欲張るのもほどほどに」ということだ。
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不動産事業プロデューサー
1959年生まれ。東京大学卒業。ボストン コンサルティンググループ、三井不動産などを経て、2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT(不動産投資信託)市場に上場。15年オラガ総研株式会社を設立し、代表取締役を務める。全国渡り鳥生活倶楽部代表取締役。主な著書に『空き家問題』『ここまで変わる!家の買い方 街の選び方』(いずれも祥伝社新書)、『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄 その相続は重荷です』(文春新書)など。
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(不動産事業プロデューサー 牧野 知弘)
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