「がんの早期発見」が望ましいとは限らない…老年専門医が「65歳を過ぎたらがん検診はするな」というワケ
プレジデントオンライン / 2023年8月8日 18時15分
※本稿は、和田秀樹『65歳から始める和田式心の若返り』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■がんに向き合うときの“2つの選択肢”
医療とのかかわりにおいて、強い不安を覚えるのが「がん」ではないでしょうか。
日本は、2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死ぬ時代になっています。私が浴風会病院に勤務していた当時、年に100人ほどの解剖(かいぼう)結果を目にしていましたが、85歳を過ぎた人の体内には必ず、がんがありました。つまり、2人に1人どころではなく、85歳を過ぎれば誰もが、がんを抱えることになるのです。
この事実を知って、不安にならない人はいないでしょう。将来、高確率で自分の身に起こる災いに不安を感じるのは、当然の感情です。
ただし、むやみに恐れては、予期不安が強くなります。日本人のよくない点は、予期不安が強いわりに、現実にそうなった場合の対策を立てていないことです。また、2人に1人は、がんの存在を知らないまま死んでいくことも忘れてはなりません。
まめにがん検診を受けに行く人はたくさんいます。ですが、がん検診はがんを発見するもので、大事なのは、そのあとの対策です。どのような治療を行っていくかを考えておけば、いざ、がんが発見されたときにも自分の死生観を見失わず、むやみにがんを恐れる気持ちもなくなります。
65歳以降でがんが発見されたとき、選択肢として考えられるのは、次の2つです。
②なるべく苦しまずに一日一日を好きに生きるため、たとえ残りの人生が短くなったとしても治療は最小限にして、がんとともに生きていく
■「良い医師と良い病院」を探すにはどうしたらいいか
①を選ぶ場合、大事になるのが、医師と病院の選び方です。多くの人は、「病院に行けば、最善にして最新の治療が受けられるはず」と考えていますが、残念ながらそんなことはありません。病院によって治療の方法が異なれば、医師によって治療方針も手術の腕も違います。「通いやすいから」などの理由で選ぶと、のちのち自分や家族が後悔する可能性は極めて高くなります。
では、どのように医師や病院を探すとよいでしょうか。
一つは、その病院の病気別の手術成績をチェックすることです。病院のホームページなどに公開されています。術後のフォローがよいかを調べることも大切です。今の時代、名医の治療を受けるには、「お金を持っているか」よりも「正しい情報を持っているか」がものをいいます。
もう一つは、実際に診察を受けて、「この先生にお願いしたい」と希望を持てる人かどうかを見極めることです。自分でいろいろとデータを調べ、それを並べて医師に話を聞くのもよい方法です。熱心に話を聞き、そのうえで最善と思われる治療方針を示してくれればよい医師ですし、「患者が医者に指図をするな」などと怒ったり、不機嫌になったりするようならば、命をゆだねる価値のない人物と判断できます。
![病院で携帯電話を使用している男性医師。メディカルヘルスケアとドクターサービス。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/3/1200wm/img_73138af3482514e2fee9d2694cc64243326996.jpg)
■治療しても延ばせる余命には限界がある
②のがんとともに生きる治療法を選んだ場合、普段通りの生活をしながら、一日一日をやりたいことをして生きられます。がんという病気は、積極的な治療をしなければ、死ぬ少し前まで普通の暮らしができる病気です。また、自分の余命もだいたいわかるので、「そのときまではやりたいことをやり尽くして、あの世に逝こう」と開き直ることもできます。
しかし、「もしかしたら、寿命が短くなるのではないか」と不安にもなるでしょう。実のところ、治療を受けたほうが長生きか、受けないほうが長生きか、その答えはわかりません。日本の医学界が大規模な比較調査を行っていないからです。ただし、②を選んだ場合、病院のベッドに縛られずに済むため、健康寿命(日常生活が制限されることなく生活できる期間)は、①よりも確実に延ばせるでしょう。
皆さんは、「がんはとても苦しい病気だ」と思い込んでいませんか。実は、がんは治療するから、いろんな意味で苦しい病気になります。60代で発症し、「治療をしなければ余命1年」と宣告された場合、手術を受け、抗がん剤治療を受ければ、2年は寿命を延ばせる可能性があるかもしれません。しかし、どんなに治療を頑張っても、おそらく、それ以上は余命を延ばせないでしょう。
■「余命を伸ばせる=治療は成功」は本当か
がんの三大治療法である「手術」「抗がん剤治療」「放射線治療」は、原則的に、がんの根絶を目指す療法です。一方で、正常な組織や細胞も傷つけ、患者さんの生命力を弱めてしまいます。それでも医師は、「余命を1年も延ばせて、治療は成功だった」といいます。
しかし、当人としては、ヨボヨボの状態になって心身の自由を失ったまま1年を長く生き延び、「あぁ、自分の人生、幸せだった」と笑って逝くことができるでしょうか。医師の考える成功と、患者さんの願う成功は、こんなにも大きな隔たりがあります。
しかも、手術によって体の機能が損なわれれば、食欲も落ちるでしょう。がんを叩く作用の強い抗がん剤を使えば、体の自由も奪われます。髪の毛もごっそり抜けるかもしれません。そのうえ、莫ばく大だいな治療費がかかります。食事もできず、体の痛みも激しく、ADL(日常生活動作)もQOLも低下すれば、以前と同じ生活に戻るのは、ますます難しくなります。
65歳を過ぎて、がんを治すための治療を受けると決めた場合には、そのことまで見通すことが重要です。自分でわかっていて治療法を決めるのと、医師や家族に勧められるがままに治療を受けるのでは、心のあり方がまるで違ってきます。
■「早期発見・治療」は高齢者にとって有効なのか
大病を患うと、老人性うつを発症するケースが多くなります。こうなると、生きていることがつらくなり、「今日も生きている」という喜びを感じにくくなるでしょう。反対に、老人性うつを治療して心の回復を図っていくと、体も元気を取り戻していくケースがたびたび見られます。
がんは、一つの細胞から突然変異したがん細胞が細胞分裂をくり返すことで、腫瘍へと進行します。そのがんが1cm大になるまで、一般的に10年はかかるとされています。転移するがんの場合、この10年の間に、すでに転移しているはずです。手術でがんを一つ切り落としたところで、ほかのがんの芽がすでに出ていることでしょう。こうなると、もはやイタチごっこです。考え方を変えれば、「転移した」といわれたがんも、実際のところは、別に発生したがんかもしれないわけです。
![がん患者と医師がアジアの治療計画を協議](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/d/1200wm/img_cd41da2339e9fda2f6aea47953c79c83592845.jpg)
高年者の特権は、がんとともに生きやすくなる局面に入っていることです。高年者の場合、がんの進行が緩やかになるため、いくつもがんを抱えながら、QOLを損なわずに暮らしている人は珍しくありません。
「がんで死なないためには、早期発見・治療が必要」というのが、世間の常識です。しかし、高年者以降は、早期発見をしたがために、ベルトコンベア式に治療が始められ、健康寿命がそこで終わってしまうことが多くなります。ですから、65歳を過ぎていて、寿命より健康寿命を延ばしたい人は、もうがん検診を受けないほうがよいのではないか、というのが私の考えです。
■65歳を過ぎたら健康診断を見直したほうがいい
とくに高年になると、がんの進行が遅くなるので、放っておいても大丈夫なケースは意外と多くあります。実際、先述のように、2人に1人はがんの存在を知らないまま亡くなっているのです。食事がおいしくとれて、好きなことも続けられるなど、生活にも支障なく過ごせます。治療に使うはずだったお金で、旅行も楽しめるでしょう。高年者専門の医師として思うのは、余計な検査と治療さえしなければ、がんになって亡くなるのは、わりとよい死に方です。
65歳を過ぎたら、健康診断が必要かも見直していきましょう。そのくらいの年齢になると、実は、がん検診や健康診断ほど無意味なものはないと私は考えています。むしろ、害にもなります。私は多くの高年者を診てきましたが、がん検診と健診は、病人を製造するシステムではないのか、とさえ思うのです。
検査の結果、血圧が高い、血糖値が高い、メタボだ、レントゲンで肺に影が見えたとなれば、さあ大変! 投薬だ、手術だ、と進められていきます。薬には副作用があり、臓器にメスを入れれば必ず体に変調が起こります。
また、胸部エックス線撮影やCT(コンピュータ断層撮影)による放射線被ばくも問題です。放射線を浴びれば、ご存じの通り、発がん率は上昇します。アメリカの喫煙者を対象とした大規模な調査によると、定期検診を受けている人のほうが、肺がんの早期発見数が多くなりました。ところが、肺がんによる死亡数は、定期検診を受けていない人のほうが少ない、という結果が出たのです。
■「心臓ドック」と「脳ドック」は受けたほうがいい
この結果から、何がわかるでしょうか。エックス線による被ばく、投薬の副作用、手術のダメージなど、検診と治療が寿命に影響を及ぼしたことが推察できるのです。エックス線撮影によるリスクは、世界ではだいぶ前から認識されています。
実際、胸部エックス線撮影は1964年にWHO(世界保健機関)から中止勧告を受けています。ところが、厚生労働省はいまだに無視を続けています。CTはさらに危険です。イギリスの調査では、たった一度のCTでも脳腫瘍や白血病が増えることがわかっています。オーストラリアの未成年を対象とした調査では、CTを一度受けるごとに発がん率が16%ずつ上昇することが判明しました。
![医師は、患者室病院でmriまたはctスキャン脳によって脳のX線フィルムをチェックする。医療の概念。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/4/1200wm/img_842abc336fea3f9be65adcf5bfdcfee5557292.jpg)
欧米で実施される比較試験や調査は、対象の母数が大きく、かつ、長期にわたっています。医学が科学である以上、医師は常にエビデンス(科学的根拠)に基づいた判断をしていく必要があると、私は考えています。
高年になると、健康に気を遣うあまり、こまめに検査を受ける人が多くなります。検査の数は、不安の数であり、「健康に生きていきたい」という生の欲望の表れです。ですから、どんなふうに生き、どんな死に方が理想なのかと向き合うことで、必要な検査を選べばよいと思います。
数ある検査のなかで、受ける価値があると私が考えるのは、「心臓ドック」と「脳ドック」です。これらは、予期できない突然死を予防するためにも有効です。ただし、CTによる検査は、5年に1回程度にしておきましょう。
■血管に関する病気のリスクを軽減できる
血管は、加齢によって動脈硬化が進みます。動脈硬化が問題なのは、心筋梗塞や脳梗塞につながることです。これらの病気は、突然死を招くリスクを高めます。心筋梗塞は、心臓を取り巻く冠動脈(かんどうみゃく)が動脈硬化によって狭くなり、それがなんらかの原因で詰まって、心臓に血液が流れなくなることで起こります。
![和田秀樹『65歳から始める和田式心の若返り』(幻冬舎)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/4/1200wm/img_c4d01c5ea3930237469e6ae937e7704c284008.jpg)
心臓ドックでは、CTなどの画像診断で冠動脈の状態を調べます。もし、血管の狭窄(きょうさく)が見つかれば、血管を広げるための処置を行うことで、心筋梗塞を起こすリスクを軽減できるのです。また、脳の血管の壁が膨らんでもろくなる脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)という病気を抱えている人が、一定の割合でいます。
脳動脈瘤が破裂すると、くも膜下出血(まくかしゅっけつ)を起こし、命を落とす可能性があるのです。そこで、脳ドックによって脳動脈瘤が見つかれば、今は破裂を防ぐ処置を、開頭しなくてもできるようになっています。ただし、高年者の脳では、萎縮や微小脳梗塞も起こっています。これらは治す方法がありません。
検査を受ける際は、がっかりしないよう心づもりをしておきましょう。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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