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「人生で初めての紙おむつ」と同じ効果…ネットフリックスが日本上陸の際にリモコンに仕込んだ仕掛け

プレジデントオンライン / 2023年8月7日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eoneren

ある商品を普及させようとしたときに効果的な手段は何か。高千穂大学准教授の永井竜之介さんは「動画配信サービスのネットフリックスと紙おむつのパンパースには共通点がある。それは“入口を押さえる”戦略でユーザーを獲得していることだ」という――。

■「入口を押さえる」というしたたかな戦略

マーケティングにおける「したたかな戦略」の1つに、「入口を押さえる」というものがある。これは、スポーツ・習い事・趣味の「初心者から押さえる」や、ベビー・キッズ・ジュニアの「幼少期から押さえる」といったように、「入口」の段階で顧客にすることで、囲い込みを狙う戦略である。ユーザーではない時点から、ユーザーになり、リピーターになり、ファンになっていく道のりの入口に「関所」を設けるようなイメージが分かりやすいだろう。

「関所」を通らせることで、なかば強制的な誘導によって顧客化する「入口を押さえる」戦略は、顧客にとってベストな選択肢や状態を提供する「顧客志向」には当てはまらない場合も少なくない。必ずしも「ユーザー第一主義」とはいえない戦略だが、商品やサービスを広めるにあたって、有効な「したたかな戦略」であることは確かだ。

日本では、心のどこかで「本当に良いモノを作れば、自然に売れるはず」という古き良き時代の名残が、開発の現場でも、マーケティングの現場でさえも、今なお持たれていることがある。しかし、その結果、したたかな海外企業に競争で敗れる場面は増える一方だ。「良いモノ」だからこそ、しっかり普及させるための「したたかなマーケティング」を学び、自らも実践していくことは大切な一手である。

■日本の紙おむつ市場を拡大したパンパース

P&Gの紙おむつ「パンパース」は、赤ちゃんが誕生する病産院という「入口」を押さえることで、紙おむつのトップブランドになっているヒット商品だ。

パンパースはアメリカに紙おむつを普及させたヒット商品として、1977年から日本での販売が開始された。当時、日本ではまだ布おむつが主流で、子供用紙おむつの普及率はわずか1~2%、市場規模は15億円ほどしかなかった。それが、パンパースの登場によって一気に市場を広げて、2年後には7倍以上の111億円規模にまで拡大し、そのうち90%のシェアをパンパースが独占する状況になった。

その後、日本のユニ・チャームが、当時のパンパースを徹底的に分析し、より優れた構造と素材の紙おむつ「ムーニー」を発売してシェアを奪い取ったり、大王製紙や花王が参戦したりして、日本の紙おむつ市場では激しい競争が繰り広げられながら、製品開発・改良競争とシェア獲得競争が続けられた。

2010年頃までライバルたちに先行を許していたパンパースだが、その後の10年で売上を2倍に伸ばし、2017年12月~2022年1月には50カ月連続で子供用紙おむつのブランド別売上シェアでトップの座を守り続けている。一度はトップシェアを奪い取られたパンパースが返り咲きに成功した背景には、3つのマーケティング戦略がある。

■アプリを使って購買データを直接集めている

1つめは、専用アプリ「パンパースクラブ」を通じたユーザーとの関係強化だ。通常、商品の販売情報は小売店がそれぞれに持ち、メーカーは間接的・部分的にしか把握できないが、アプリでユーザーと直接つながり、ポイントや特典を提供する代わりに購買データを自ら集めている。その購買データから、現状の分析や改善、ユーザーとの直接的なコミュニケーションなどを、より効果的に行える体制が整えられた。

2つめには、「お母さんの悩み」に寄り添って支える、という情緒的な価値を訴求するプロモーション戦略がある。商品の機能性をアピールするよりも、子供の誕生日を「ママになった記念日」としてお母さんを祝福したり、「子育てを社会全体で支えよう」というポジティブなメッセージを発信したりするなど、ユーザーの感情に訴えかけるプロモーションに重点を置いている。紙おむつは、どの商品もすでに一定以上の品質をクリアしており、その意味では、過剰品質を追求しているに近い現状がある。そのため、商品の詳しい構造や素材をアピールするよりも、ユーザーに安心や喜びを感じさせるプロモーションの方が、ブランドイメージの向上に有効に働いたと考えられる。

■販売額よりも「入口を押さえる」メリットを重視

そして3つめが、赤ちゃんが生まれて「最初のおむつ」をはく、病産院という「入口を押さえる」戦略である。パンパースは、病産院への卸売を重視し、強力な営業をかけ、戦略的な割引価格によって他社を圧倒して、全国の病産院を押さえた。小売店での一般販売と比べて、病産院への卸売の販売額そのものは小さいが、それ以上に「入口を押さえる」ことがもたらすメリットを重視したといえる。

赤ちゃんにおむつをはかせているところ
写真=iStock.com/Urilux
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Urilux

入口を押さえた結果、パンパースはこの10年以上にわたって、「病産院で最も利用される紙おむつ」となることに成功している。そうすることで、商品のパッケージや広告に「病産院に選ばれてNo.1」と明記できるようにしたのだ。ユーザーは、「病産院で選ばれているなら間違いない」と感じ、この上ない強力な信頼の証として、大きな効果を発揮している。また、紙おむつは「買う人」と「使う人」が別になるため、使ってみた実体験の良し悪しが分かりにくく、一度使ってみて問題がなければ、そのまま継続利用されやすい。「プレミアム品」と呼ばれる高価格帯の紙おむつの場合は、特に、病産院で「入口」からプレミアム品を使わせることで、その後も中・低価格帯に変更せず、使い続けやすくする効果が仕掛けられている。

■DVDレンタルサービスから始まったネットフリックス

世界に2億3075万人(2022年12月時点)の有料会員を抱える「世界最大のコンテンツ・プラットフォーム」のネットフリックスも、じつは日本市場の攻略にあたって「入口を押さえる」戦略を有効活用していた。

動画配信大手ネットフリックス=2023年5月19日、東京都
写真=時事通信フォト
動画配信大手ネットフリックス=2023年5月19日、東京都 - 写真=時事通信フォト

1997年にDVDの郵送レンタルサービスから始めたネットフリックスは、翌年に世界初のDVDレンタル・販売サイト「Netflix.com」を開始、さらにその翌年には、定額制借り放題のサブスクリプション・サービスをいち早くスタートさせた。ドットコム・バブルの崩壊やレンタル最大手ブロックバスターとの消耗戦に苦しみつつも会員数を伸ばし、2007年にストリーミング配信サービスを導入し、DVDから配信へビジネスを脱皮させていった。

ネットフリックスをさらなる飛躍に導いたのは、2013年から始めたオリジナル作品の製作だ。特に、ハリウッドのトップクラスの監督や俳優を揃え、巨額の製作費をかけた「ハウス・オブ・カード」シリーズは大成功を収めた。これを機にネットフリックスは、作品を買い付けて配信するだけの立場から、意欲的な作品を製作するスタジオの顔を持つことで、サービスの価値を高め、会員数を伸ばしていった。

■リモコンに「ネットフリックス専用ボタン」を仕掛けた

そのネットフリックスが、初めてアジアに進出したのが、2015年の日本市場だった。当時はアメリカ、カナダ、ヨーロッパ諸国と南米でサービスを展開しており、文化や慣習が異なるアジアの日本への進出は大きな賭けだったという。そこで、ネットフリックスが日本攻略の一手として仕掛けたのが、「テレビで見るサブスク・コンテンツの入口」として、リモコンボタンとテレビ内アプリを押さえることだった。

ネットフリックスは、日本のテレビメーカー各社に営業をかけ、テレビのリモコンに「ネットフリックス専用ボタン」を入れてくれれば、その代わりにリモコン製造コストの10%を負担する、という提案をした。コスト削減を追求したいメーカー各社は、この提案を喜んで受け入れていった。その結果、日本の大多数のテレビには、テレビの初期仕様にネットフリックスのアプリが内蔵されており、リモコンの良い位置に搭載された専用ボタンを押すだけで、ネットフリックスが立ち上がるようになっている。

2015年当時、日本のネット対応テレビの出荷台数は250万台とされており、リモコンの製造コストは約100円、その10%の10円ほどを負担したネットフリックスは、およそ2500万円という同社にとって破格の低コストで、日本市場の「入口」を押さえることに成功したといえる。新しくテレビを買って、テレビ画面で配信コンテンツを楽しもうと思った人は、誰もが、まずネットフリックスを「第一候補」にすることになるわけだ。必ずテレビに入っていて、リモコンのボタン1つで利用できる。この抜群の便利さによって有料会員へ誘導する仕掛けが功を奏し、ネットフリックスは日本でもユーザーを順調に伸ばしていくことに成功を収めた。

このように、「入口を押さえる」したたかな戦略を駆使するP&Gやネットフリックスのような海外企業に対して、日本企業が競争に敗れる場面は増えている。日本企業には、ルール・モラル・前例を守り、「正攻法」にこだわろうとするマインドが根強いが、もうそれだけでは勝てない現状から目をそらさずに、したたかな戦略を選択肢に入れていく必要があるだろう。

【主な参考資料】
柳川高行(1995)「新製品開発プロセスの日米の違い ―事例研究, ユニ・チャームとP&Gの紙オムツ事業―」『白鴎大学論集』9(2), 1-22.
ジョン・ライアン(1996)「P&Gの日本市場におけるマーケティング活動 1972-1985(3)」『京都大学 經濟論叢』158(2), 75-87.
Marketics「The P&G Way マーケティング・プリンシプル 現役P&Gブランドマネージャーたちが語るマーケティングのすべて」
日経XTREND「高価格帯パンパース好調のワケ 消費者心理を見誤った失敗が糧に」2020年3月11日
週刊粧業オンライン「P&G、「パンパース」が大型改良でシェアNo.1を堅持」2022年3月17日
『週刊東洋経済』2015年4月25日号
strainer「Netflix 4Q22決算:売上再加速に向けた「二つの打ち手」とは」2023年1月21日
AV Watch「Netflix、日本で有料会員数500万人突破。約1年で200万人増」2020年9月7日

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。

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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)

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