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「メディアがつくった"安倍晋三像"は間違いだらけ」…なぜ安倍元首相は根強い人気があったか

プレジデントオンライン / 2023年8月4日 9時15分

2023年7月8日、安倍晋三元首相の追悼集会が開かれた。(時事=写真)

■安倍さんなら今の日本をどうするか

安倍晋三元首相が亡くなって1年が過ぎた。2023年7月8日に一周忌の法要が営まれ、故人をしのんだ。

この1年は私には長かったという感覚がある。1年の間に、経済や外交上で様々なことが起こり、そのたびに、「安倍さんだったらどう対処するだろうか」と問い返さずにはいられなかったからである。なお、生前は「総理」とお呼びしていたが、ここでは直接話しかけたく思うので、「安倍さん」と呼ぶのをお許しいただきたい。

23年2月に発売された『安倍晋三回顧録』は、たちまち売り切れ、アメリカで手にするのは大変だった。回顧談話の最後に、防衛大卒業式訓示の動画に関する思い出が書かれている。防衛省がつくった式辞の動画を本人が確認したところ、自分の顔だけ映す映像が15分も流れていた。安倍さんは、「こんな映像、誰だって2、3分で見るのをやめちゃうよ」と修正を指示。訓示には最初からBGMをかぶせ、映像を自衛隊の国際的活動や留学生の姿などに大幅に変更した。

その結果、動画は防衛省始まって以来の再生回数を記録したという。これは映画好きだった安倍さんの映像に対するセンスが身を助けた話である。同時に、ピアノ、美術などに造詣が深く多趣味だった安倍さんが、「どうすれば自分の表現が人の心に響くか」を深く考えていたことを示すエピソードでもある。

外交面では、国民の安全のために何が一番いいのかをプラグマティック(実利的)に追求しようとした。たとえば、ドナルド・トランプ前米大統領にはその当選後、いち早く連絡を取って親しくなった。日本国民にとってアメリカの大統領は重要な存在であるので、距離を詰めるのが得策だと判断したのであろう。

回顧録で各国首脳の印象について語る中で、トランプ氏に対する考察は特に面白い。世間では、彼はいきなり軍事行使をするタイプだと思われがちだが、実際は全く逆なのだという。「根がビジネスマンですから、お金がかかることには慎重」「お金の勘定で外交・安全保障を考える」と指摘し、莫大なお金がかかる米韓合同軍事演習は「もったいない。やめてしまえ」と主張していたという。そのような彼の人格を安倍さんは把握して、まるで子守をするような感覚で接していたのではないだろうか。バラク・オバマ元米大統領を「友達みたいな関係を築くのは難しいタイプ」と評したのと対照的である。

中国の習近平国家主席に対しては、「私の任期中、だんだんと自信を深めていった」「孤独感はものすごいあると思います」と述べている。特に当初は、中国と安定した関係を築こうと努力していた。習政権が台湾問題で立場を硬化させるまでは、安定した関係の上で、是々非々で言うべきことを言おうという姿勢だった。

日本国会議事堂
写真=iStock.com/istock-tonko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/istock-tonko

一部のメディアが醸し出そうとする「安倍晋三像」と、安倍さんの下で仕事した人が感じた印象とでは大きな差がある。実際の安倍さんは明るい性格で、建設的な意見を述べ、常に前向きな指導者だった。安倍内閣の某閣僚によると、「安倍氏は目標を決めたとき、それを実現しようとする意志が徹底していた」と言う。

安倍さんと親交が深かった森喜朗元首相は、次のように語っていた。「1度でも息をかけた人やお世話になった人は大事にするし、決して裏切らない」。これは私もよくわかる。政策は得意でない国際的学者を紹介して、首相に時間を空費させてしまったことがあったが、お叱りを受けることはなかった。

■根強い支持があった本当の理由とは

メディアには、安倍内閣の経済政策や外交政策について、はじめからダメなものと決めつける論調が一部で見受けられる。しかし否定派の人たちは、はたして安倍内閣のどの政策が国民に負担を与えたのかを、具体的に示すことができるだろうか。

私が内閣官房参与を務めた経歴から、多少のひいき目はあるかもしれない。しかし、安倍さんはアベノミクスで雇用を拡大し、多方面外交と防衛力強化を実践して、国民の安全を保障しようとした。病身に鞭打って政務や海外出張を続け、最後には一命を国民のため捧げたのである。

これについては中高年以上の世代と若い世代とでは評価が異なるかもしれない。アベノミクスの効果によって、有効求人倍率は大幅に上がり、若者たちは大きな恩恵を受けた。日本の安全がより重要なのも若者である。追悼集会などで若者が多くの花を手向けたのは、このような感謝の表明なのである。

金融・財政政策については、当初は安倍さんもほかの政治家と同じように、「金融のことは専門家である日本銀行が一番よく知っており、財政のことは財務省に頼ればよい」と考えていたようである。しかしその後、20年以上も続く不況や、ゼロ金利政策の早すぎた解除といった政策の誤りを観察して、日銀や財務省の言うことに従うばかりでは、国民のためにならないと気づいたらしい。

■「異次元の金融緩和政策」は大成功

第2次安倍政権のころは金融政策に関して、世界的経済学者とも議論を重ねて考えを深めていた。結果、金融引き締めに走らない黒田東彦氏を日銀総裁に任命し、「異次元の金融緩和政策」は大成功を収めた。

第2次安倍政権の誕生からコロナ禍が起きる前の2019年半ばまでに、日本は500万人分の新規雇用を達成した。それは、それまでの過剰な金融引き締めによる不必要な円高が是正され、雇用の拡大とともに投資が国内に戻ってきたからである。これはプラザ合意以後の歴代内閣では手の届かなかった成果であった。

しかし、安倍さんも述べるように、日銀の金融引き締め政策を転換したのは成功であったが、財政政策はもう一歩及ばなかった。14、16年には消費増税を2回延期し、その間の麻生太郎財務相(当時)との交渉を回顧録では生々しく語っている。19年には増税を実現してしまい、私との生前の対談では、消費税の引き上げは「ある種、デフレ圧力となってしまった」と語り、デフレから脱出するロケットの推進力が弱まってしまったと反省されていた。

国際比較してみても、実物資産を含め資産をたくさん所有している日本政府にとって、「プライマリーバランスを黒字化せよ」「国債残高をGDP(国内総生産)の何%に収める」という議論はほとんど意味がない。国民にとって将来的に重要なのは、政府が国民にどれだけ借金しているかという国内での分配関係でなく、政府を含めた国民がどれだけの純資産を持つかなのである。当時は私も、「政府も貸借をバランスさせよ」という議論にまどわされていて、十分な論理で安倍さんをサポートできなかったことを残念に思う。

暗殺事件に関わる責任は、民主社会を守るため厳格に追及されるべきである。そして、信仰の自由の下で、布教の仕方の是非も真剣に議論すべきであろう。一方で、安倍さんが実施した「アベノミクス」と、提唱した「自由で開かれたインド太平洋戦略」は国民に残された贈り物である。その価値はかぎりなく大きい。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 構成=川口昌人 写真=時事)

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