紙のようにペラペラで曇りの日も発電可能…日本人が開発した夢の太陽光電池「ペロブスカイト」の超技術
プレジデントオンライン / 2023年8月3日 8時15分
■世界をリードする「次世代太陽光発電」とは
日本発の画期的な新しい太陽光パネルの開発に熱い視線が注がれている。
6月17日、大阪府島本町に西村康稔経済産業大臣の姿があった。「水無瀬イノベーションセンター」という積水化学工業の開発研究所である。西村大臣の目的は、ここで開発が行われているフィルム型の次世代太陽光発電、ペロブスカイト太陽電池を視察するためだった。
この日、西村大臣は熱心に研究者に質問を行い、加藤敬太積水化学工業社長とも意見交換をした。その後の、記者会見で西村大臣は「日本のペロブスカイト太陽電池の技術は、世界をリードしている技術だ。引き続き日本が、この分野で先頭を走れるように社会実装と量産化に向けて経産省として支援していく」と大きなエールを送った。
■岸田首相も「日本が強みを持つ技術」と強調
実際、ペロブスカイト太陽電池の技術開発には、グリーンイノベーション基金(GI)による支援が行われている。さらに、経産省の関係者は、新しい国産の太陽光電池の量産化に向けて、今国会で成立したGX推進法とGX脱炭素電源法の二つ、いわゆる「GX関連2法」をベースに、その法律の肝の「GX債」(※)も積極活用して、バックアップしていくことになるのではないかと話す。
※GX経済移行債。ゲームチェンジを起こす可能性があるが、現状は採算性が低いため民間企業が投資しにくい先進的な技術に、国が国債として調達した資金を活用して積極的に投資を行うもの。今後10年で20兆円規模を投資予定。
この西村大臣の視察に先立つ4月4日、岸田文雄首相は官邸で「第3回再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議」を開催した。会議で、首相はGX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針を具体化。再エネ・水素の一層の推進を指示した。
その上で「次世代の太陽電池として期待されるペロブスカイト太陽電池について、日本が強みを持つ技術と材料を活かして、量産技術の確立と需要の創出、生産体制の整備を進め早期に社会実装を目指す」と特別に言及した。
■太陽光パネル製造では中国が圧倒している
岸田首相の言葉や西村経産大臣の強い言葉の裏には、ペロブスカイト太陽電池への政府の期待の大きさが滲(にじ)み出ている。
現在の太陽光パネルの生産は、中国企業の独占が続いている。国際エネルギー機関(IEA)は、昨年7月に太陽光パネルの主要製造段階での中国のシェアが8割を超えていると発表した。
もっと問題なのは、同じIEAの発表にある、太陽光パネルの主要素材のポリシリコンやウエハーについては、2021年、中国は世界の生産能力の79%を占めるという点。その中国製のうちの42%は中国の人権侵害が指摘される新疆(しんきょう)ウイグル自治区で作られ、強制労働と弾圧の関係すら指摘されることも言及しておく。
世界の再エネの鍵を握る、太陽光パネルの製造覇権を中国に握られたままで良いのか。IEAはこの不均衡状態に対して、世界各地でもっと生産を多様化しないと危機管理のうえで問題と、警鐘を鳴らしている。
■厚さ0.13ミリ、紙のようにペラペラなパネル
しかしだ。世界的な再エネ需要の高まりで、中国の太陽光パネルの独占と生産拡大は止まらない。
その点でも、次世代の太陽光パネル技術に注目が集まるのは当然のことだし、しかも、日本発の技術で作られる新型太陽光パネルなのだから日本人としては胸を張りたくなる。政府も熱い視線を送る理由だ。
私は「石川和男の危機のカナリア」(BSテレビ東京・毎週土曜日朝7時放送)で、実際に積水化学の研究開発者をスタジオに招き、ペロブスカイト太陽電池も持ってきていただいた。
「ペラペラに薄いですね」。司会の石川和男(元経産省・政策アナリスト)さんが、実物のペロブスカイト太陽電池の薄さと軽さに驚きの声をあげた。黒いビニール状の四角いそれは、大判の壁にかけるカレンダーくらいの大きさ。重さも紙のカレンダーより軽い。
スタジオの照明と太陽を模したスポットライトがペロブスカイト太陽電池に当たると、電線で繋がれた小型卓上扇風機が勢いよく回り出した。見ていた出演者やスタッフは目を丸くした。「こんなペラペラでも電気が起こせるなんてビックリだ」。石川さんがつぶやいた。まるで科学の実験のようだった。
そもそもペロブスカイト太陽電池は超軽量で、丸めたり、折ったり、曲面にも貼れる柔軟性を持つ。厚さは、たった0.13ミリの超薄型。このフィルム状で紙のようなペラペラの新型太陽電池は、いったいどのようにして生まれたのか。
■これ以上、国内にパネルを設置することは難しい
この太陽光パネルの発明者は、毎年ノーベル賞候補にも挙がる世界的な科学者、桐蔭横浜大学特任教授の宮坂力さんだ。光を吸収する材料にペロブスカイト結晶構造(※)を持つ化合物を用い、2009年に宮坂さんらが開発に成功した。その後、発電量を上げ、次世代の太陽光パネルとしての注目度が急上昇している。
※チタン酸カルシウムの結晶構造を発見したロシアの鉱物学者・レフ・ペロフスキーにちなんで命名された結晶構造
島国で平地が少ない日本。飛行機で日本を上空から眺めると、すでにいたるところに太陽光パネルが貼られている。設置された太陽光パネルやメガソーラーを見たことのない人はいないだろう。日本の平地面積あたりの太陽光発電の容量は世界のトップクラス。この狭い国土でだ。
しかし、「日本で太陽光パネルを設置していくには、住民合意の取り付けや、環境問題のクリア、土地取得などが難しく、これ以上狭い国土に設置していくのは難しいと思う」と元経産省・政策アナリストの石川和男さんが指摘する通り、容易なことではない。
ちなみに、今年春には、国から太陽光発電の事業者として認定を受けていたのに、未稼働で滞留したままだった5万件が認定許可を失っている。石川さんは「認定取り消し」を経産省の大英断としながら「まだ認定取り消し件数は、1万〜2万件以上増えるのではないか」と続ける。
その難問を一発解決してくれる夢の太陽光パネルが、ペロブスカイト太陽電池なのだ。
政府が力を入れるのは当たり前だが、もっと私は力を入れてもいいと思っている。それほどまでに画期的な電池だからだ。
■軽量で柔軟、そして変換効率も成長中
菅義偉前首相は、2020年10月26日の所信表明演説で、日本は2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出ゼロ)を目指すという、いわゆる「2050年カーボンニュートラル宣言」を出した。この大胆な取り組みを成功させるためには、野心的な研究開発や社会実装を展開していかなければならない。
特に、太陽電池の分野では、これまでシリコン系、化合物系、有機系の太陽光電池が開発されてきたが、95%以上がシリコン系となっている。理由はコストを含めて性能面において、シリコン系が圧倒的に優位だからだ。そこから、新しい太陽光電池は難しいとされてきた。しかし、有機系のカテゴリーのペロブスカイト太陽電池はここ数年で目覚ましい開発が進み、変換効率が約2倍に向上した。シリコン系に対抗できる太陽光電池として有望視され始めたのだ。
2022年11月の資源エネルギー庁の「次世代型太陽電池に関する国内外の動向等について」によれば、シリコン系太陽光電池のシェアは95%で変換効率は26.7%(出典:カネカ)、化合物系は高価なため人工衛星などの高付加価値用途に使用されている。変換効率は37.9%(シャープ)。対するペロブスカイト太陽電池は、変換効率17.9%(パナソニック)となっていて、併せて軽量で柔軟、そして低コスト化も視野に入る。
■トタン屋根の上や建物の壁面にも設置可能
開発者の宮坂力教授は国立研究開発法人 科学技術振興機構の「ペロブスカイト型大洋電池の開発」報告の中で、「ペロブスカイト膜は、塗布(スピンコート)技術で容易に作製できるため、既存の太陽電池より低価格になる」と説明。また、「フレキシブルで軽量な太陽電池が実現でき、シリコン系太陽電池では困難なところにも設置することが可能になる」とその優位性を力説する。
この画期的な太陽電池を世界で最初に提案し、実用技術化プロジェクトのトップを走る宮坂教授の言葉に夢が広がる。
宮坂教授によれば、従来のシリコン系太陽電池は薄くすると太陽光のエネルギーが吸収できなくなるため、重く大きなパネルが必要となるそうだ。重たい太陽電池パネル設置のためには、強度のある屋根や設置場所を選ぶか、建物を補強するしかなかった。地面に設置する場合も、風雨に耐えられるように設置土台を堅牢にすることが欠かせない。
しかし、ペロブスカイト太陽電池は太陽光の吸収係数が大きいため、フィルム状の太陽電池が可能となるのだ。そうなると加工しやすく、どんなところにも設置できる。例えば、自転車を停める駐輪場のトタン屋根の上。建物の壁面。波打つ屋根などの曲面も大丈夫。屋外や屋内、建物の強度をあまり考えないでもいい。つまり、建築物のデザイン性をそこなわない。
■主原料のヨウ素は国内で安定して確保できる
宮坂教授らの実験ではペロブスカイト太陽電池を100回以上曲げる試験を実施しても性能は安定していたという。耐久性についてはまだ、未知数だが、宮坂教授らは30年の耐久性を目指し研究を続けている。
もう少し、ペロブスカイト太陽電池のメリットを続けると、弱い光でも発電が可能。つまり曇り空でも発電できる。そして、この電池の主原料はヨウ素なのだが、日本のヨウ素生産量のシェアは、驚くことに世界の3割を占めているという。世界第1位のチリに次いで、なんと第2位のヨウ素生産国なのだ。私も知らなかった。
レアメタルフリーだから、原料輸入で悩むことはない。原料の安定調達ができて、経済安全保障的にもメリットが大きいというわけだ。また、製造時の環境負荷が小さい上に、技術が確立化できれば高速での大量生産も可能だという。現在はヨウ素の他に、少量の鉛が必要なのだが、これも代替物質で補えることが最近の研究開発でわかっている。
■各企業が実用化に向けて実験・研究を進めている
ペロブスカイト太陽光電池の実用化を推進するため、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)も200億円を投じて開発支援を行っていて、実用化と販売の動きも大きくなってきている。
例えばリコーは、光量が少なくても発電が可能な点に着目し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同開発で、宇宙空間での実用化を模索し成層圏での実証実験を行っている。
また、総合電子部品メーカーのホシデンは、電子機器や情報通信機器での軽量化に繋げられないか、搭載応用を視野に研究を行っている。
ほかにも東芝は、2018年6月に世界最大サイズ(703平方センチメートル)のモジュールを開発し変換効率を向上。15.1%の変換効率を記録している(最新の変換効率は16.6%)。
■今すぐの量産化は難しく、価格面に課題も
開発のトップを走る積水化学工業は、屋外耐久性10年を確認し、2025年に全面開業するJR西日本「うめきた(大阪)駅」広場部分にフィルム型ペロブスカイト太陽電池を設置予定だ。一般供与施設でのペロブスカイト太陽電池の採用計画は世界初だそうだ。
また、積水化学工業は、東京都環境局、下水道局と組み実用化に向けて、5月24日から森ヶ崎水再生センター(大田区)で実証実験を開始している。大きさの異なる、面積9平方メートルに、電池3種類を3枚設置して、発電効率の測定や腐食性、設置方法を検証する。定格出力は約1キロワットと国内最大規模の検証実験で、2025年1月まで続けられるそうだ。
ペロブスカイト太陽電池に対しては、「まだ量産化は無理」(政府関係者)。あるいは「低価格を実現できるか疑問」と懐疑的に見る人もまだ多い。しかし、どこでも設置ができ、自由度も高く、変換効率も従来型に追いついてきているペロブスカイト太陽光電池が、そう遠くない未来に、日本中の太陽光発電の主流になっている気がしてならない。
なぜなら、イノベーションというものは、爆発的な技術革新で引き起こされるものだからである。便利で安ければ必ず普及する。しかも国産。衣服や自動車、学校や市役所、病院などにも導入されるに違いない。それこそ、2025年の大阪・関西万博でも施設されるのではないかと私は見ている。
■日本政府は夢の新技術の開発と流通を急ぐべき
日本はかつて2000年代前半まで、従来型の太陽光発電で世界トップのシェアを誇っていた。パナソニック、シャープ、三菱電機、ソーラーフロンティアといった企業が先頭を走っていたが、価格の安い中国製に負け、事業撤退を余儀なくされた。
あの時、なぜ日本政府は自国産業を保護しなかったのか。返す返すも残念だ。半導体もそうだし、太陽光電池についても、風力発電についてもそうだ。せっかくの自国技術を中国や海外に取られてしまった。
今回のペロブスカイト太陽光電池についても、現在は世界のトップと開発ノウハウを持ってはいるが、中国や海外のメーカーもしのぎを削っている。ましてや画期的な技術で、しかも従来型を上回る性能と安価を実現できる可能性があると知れば、黙っていないだろう。せっかく日本で開発した素晴らしい技術も海外に持って逃げられたのではどうしようもない。
政府は日本の夢の新技術・ペロブスカイト太陽電池の開発と流通をできるだけ急ぎ、同時に技術の流出は、絶対に避けねばならない。
意外にも「2050年カーボンニュートラル宣言」はビジネスチャンスにつながるかもしれない。ペロブスカイト太陽電池という単語をみなさん覚えておいてほしい。必ず注目のキーワードになるはずだ。そして数年後には、街中で普通に見かけることになるだろう。
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テレビプロデューサー
1962年鳥取県境港市生まれ。駒澤大学法学部卒業。元読売テレビ報道局兼制作局チーフプロデューサー。「そこまで言って委員会NP」「ウェークアップ!ぷらす」「情報ライブミヤネ屋」の取材・番組制作を担当した。現在はBSテレビ東京「石川和男の危機のカナリア」の総合演出や、プロデューサーとして各局の番組制作を続ける。その他、鳥取大学医学部付属病院特別顧問と境港観光協会会長を務める。合同会社ANOSA CEO 。著書に『オオサカ、大逆転!』(ビジネス社)、『吉村洋文の言葉101』(ワニブックス)、共著に『“安倍後"を襲う日本という病』(ビジネス社)がある。
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(テレビプロデューサー 結城 豊弘)
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