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ビッグモーター予備軍は全国にウヨウヨ…日本の中小企業で「理不尽な左遷」が横行してしまう根本原因

プレジデントオンライン / 2023年8月2日 14時15分

保険金の不正請求問題を受け、記者会見する中古車販売大手ビッグモーターの兼重宏行社長=2023年7月25日午前、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

ビッグモーターが引き起こした自動車保険の不正請求問題の背景には、ノルマ至上主義の「成果主義」と、頻繁に実施された有無を言わせぬ「降格処分」があった。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「“社畜”を量産する恐怖人事がまだ日本に残っていることを認識させられた」という――。

■1件当たりの工賃と部品粗利を「@(アット)」と呼ぶ

ビッグモーターの自動車保険の不正請求問題で、故意に車体を傷付ける悪質な手口が注目を浴びた。

具体的には、ヘッドライトのカバーを割る、ドライバーで車体を引っ掻いて傷をつける、ローソク・サンドペーパーなどを使って車体に擦過痕様の痕跡を付けていたことも報告されている(特別調査委員会「調査報告書」2023年6月26日)。

そして極め付きは「ゴルフボールを靴下に入れて振り回して車体を叩き、雹害痕の範囲を拡大させる」(報告書)ことが行われていたことがメディアでも大きく報じられた。

異常天候で急に雹(ひょう)が降ると、テレビで「ゴルフボール大の雹が降った」と表現されるが、それをヒントに編み出した知恵なのかもしれない。そんな知恵が良い方向で使われることなく“悪知恵”でしか働かなかったところに同社の悲劇がある。

しかもアンケート調査では不適切な保険金請求につながる不正な作業に関与していたのは回答者382人中104人、他の者が不正な作業に関与しているのを見聞きしたことがある人が68人もいた。板金・塗装の工場で組織的に行われていたことがわかる。

なぜ社員は不正な作業に手を染めてしまったのか。

104人中61人が「上司からの指示」を挙げ、44人が「営業所の売り上げ向上を上げるため」と答えている。ではなぜ上司は売り上げ向上を図るため不正な作業を指示したのか。その根本的原因は、ノルマ至上主義の「成果主義」と、頻繁に実施された有無を言わせぬ「降格処分」にあった。

同社では車両修理案件1件当たりの工賃と部品粗利の合計金額を「@(アット)」と呼び、アットの目標達成が強く求められていた。

報告書はこのアットで示されたノルマ重視の方針が不適切な保険金請求を行うことによって営業目標を達成しようとする者が増加したと見ている。そしてこう証拠を挙げている。

「実際、本調査においても、経験の浅い工場長を中心に、工場長会議で追及を受けることがプレッシャーとなり、過大見積り等の不適切な行為に手を染めるようになった旨説明する者が少なくなかった。その一方で、アットを始めとする営業成績を過度に重視した昇格人事が行われていたため、工場長の中には、酒々井店の工場長を務めていたGのように、出世欲から、自ら率先して車両の損壊行為に及ぶだけでなく、部下のフロント従業員にもこれを強いるなどまでして営業成績向上を図る者も現れるようになった」(報告書、原文ママ)

もっとも事故車両の工賃は対象車両の損傷状況によって決まるものであり、中古車の買取・販売部門の営業職と違い、いくら努力しても工賃が増える性質の部門ではない。

■降格処分頻発で従業員は萎縮、経営陣に盲従の風土

過度のノルマを課すこと自体がおかしい。かつてソーラーパネルを販売していた会社の営業マンが屋根のないアパートに住む老人にパネルを販売し、訪問販売法違反で逮捕されたことがある。過度のノルマは犯罪に走らせてしまうが、同社の工場の従業員もノルマのプレッシャーから“犯罪”に走ってしまったことになる。

しかし従業員の中には、そんなことまでして出世したいとは思わない社員もいただろう。そんな社員を突き動かしたのがもう1つの「降格処分」だった。ノルマ達成による昇格がアメであるとするなら、「降格」はムチである。

降格処分の実行者は、次期代表取締役社長への就任が確実視されていた兼重宏一副社長だった。2020年から2022年にかけて延べ47人の工場長が一担当のフロントへの降格処分を受けている。

通常の降格人事は、人事評価制度に基づいて、3期連続で一定の評価基準を下回った場合に降格対象になる。もちろんその過程で「このままでは降格になるよ」と、本人の自覚と奮起を促すのが一般的だ。

しかし、この会社の降格は特異だ。報告書ではこう述べている。

「これらの降格処分は、主に、B副社長ら経営陣によりBP(ボディーペイント)工場を含む全国の営業店舗を対象として定期的に実施されている環境整備点検における成績や対応が不良であることを理由とするものであったとのことであるが、いずれの降格処分に際しても、被処分者には弁明の機会を与えられなかったばかりか、降格処分の理由さえも明確に伝えられないまま、一方的に降格処分が通告されていた」

自動車整備用リフトで上げらている車体
写真=iStock.com/Ziga Plahutar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ziga Plahutar

「環境整備点検」とは一般的に整理、整頓、清掃の3Sなどを意味するものだろうが、この不手際で降格する事例は初めて聞くが、そもそも降格による給料減額などの不利益変更が許されるとは思えない。報告書でもこう言っている。

「降格処分は、基本給の大幅な減額という経済的な痛手を強いることはもとより、場合によっては転勤を伴うこともあって、被処分者の生活に大きな影響を与えるものである。そのため、経営陣によるこのような有無を言わせない降格処分の頻発によって、全社的に従業員らを過度に萎縮させ、経営陣の意向に盲従することを余儀なくさせる企業風土が醸成されていったことは容易に推測されるところである」

理由を明らかにしない降格は不気味だが、本人にとっては恐怖でしかないだろう。しかも名目が3Sの不備だとすればなおさらだ。また、報告書も降格の理由が単純に「環境整備点検」の結果だと見ていない。

「当社においては、強権的な降格処分の運用の下、従業員らが経営陣の指示に盲従し、これを忖度(そんたく)する歪な企業風土が醸成されていたといわざるを得ない。そのような企業風土を背景として、BP工場従業員らが、アット平均を目標値とする営業ノルマを達成するために、一連の不適切な保険金請求に及んでいたという側面があることは明らかである」(報告書)

■ビッグモーター式の恐怖人事は日本全国に蔓延している

過度のノルマ達成のプレッシャーを与えながら、予測不可能な「降格処分」を振り回す。そこから逃れるには、不正な作業による保険金請求という“犯罪”に手を染めざるを得なかった構図が浮かび上がる。

実は降格人事について、兼重宏行社長が7月25日の記者会見で奇妙な発言をしている。

「昔から創業当初から、人事に関しましては抜擢人事です。この人だったらできるだろうという抜擢人事。そして、仕事やってもらって、ちょっとまだ十分な力がないねという場合はすぐ降格します。(中略)ちょっと一歩下がって全体を見てもらって、それで人間は成長するんですね。すぐ敗者復活。(中略)今回の頻繁(な降格)といわれていますけど、復活した人間も同じくらいおりますので」

常識的に考えて、理由の説明もなく降格された社員はショックで打ちひしがれ、モチベーションが維持されるとは思えない。それでも敗者復活ということで引き上げられたらどうなるか。それは社長が言うような「人間的成長」などではなく、会社に盲従する社員、つまり「社畜」が出来上がることになる。

くしゃくしゃに丸められた「辞令」と書かれた紙
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

降格や転勤といった人事異動は日本企業の特権であり、昭和の時代は理不尽な人事異動が横行した。

意に沿わぬ突然の転勤がサラリーマン人生を変えてしまうことも度々起きた。会社主導の昇格・降格、左遷など人事権を駆使することで日本企業は、会社のために懸命に働く忠誠心の強い社畜を育ててきたが、もはやそうした企業文化は崩壊しつつあると思っていた。

だが、それは大きな間違いだったようだ。ビッグモーター式の恐怖人事は、中小企業や非上場のワンマン企業などでいまだ猛威を振るっている可能性もある。いや、過去に会計不正や不正検査などの不祥事を起こしたオリンパス、東芝、スズキなどの上場企業でも、「上を忖度し、もの言えぬ」組織の弊害が度々指摘されていた。日本の企業がビッグモーターのようにいまだに過去の“悪習”を引きずっているとしたら、日本の未来は絶望的だ。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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