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人生で最もヤバい4年間だった…ラグビー日本代表が「二度とやりたくない」と口を揃える狂気の練習メニュー

プレジデントオンライン / 2023年8月5日 15時15分

ラグビー日本代表の姫野和樹選手 - 撮影=岡本武志

2019年ラグビーW杯日本大会で、日本代表は史上初の8強入りを果たした。なぜそれだけの成果を残せたのか。ラグビー日本代表の姫野和樹さんは「W杯までの4年間は、それまでの僕の人生の中でも間違いなく最もタフな4年間だった。人生で心身ともに一番追い込まれた。それだけのトレーニングをこなしたからこそ、世界の強豪とも戦えたのだろう」という――。

※本稿は、姫野和樹『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■エディー・ジャパンは早朝5時から練習開始

みんなのために、チームのためにベストを尽くす――。口にするのは簡単だが、実際に行動に移すのは簡単なことではない。

簡単ではないからこそ、試合だけでなく練習中から、常時全力の献身的な考え方とプレーが求められる。チームのために、自分のすべてを捧げなければいけない。

特に、日本代表ではそれが厳しく求められる。いや、求められ続ける。

これまでにも日本代表のトレーニングの厳しさは、何度か話題になったことがあった。

2015年のワールドカップで南アフリカ代表を破ったエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチ時代の日本代表合宿も相当タフだったと聞く。練習開始時間は朝5時だったそうだ。

■世界と戦えるチームを作った過酷なトレーニング

「あんなキツいことはなかった」
「あれほど追い込まれたのは人生で初めて」
「エディーが何度も鬼に見えた」

ワールドカップ後、代表選手の誰もがそう口を揃えた。当時の日本代表の“顔”だった五郎丸歩さんも、日本代表のトレーニングの凄まじさをこう振り返っていた。

「“もう一度、この4年間をやれ”と言われても絶対にできない」

南アフリカ代表戦のアップセットを含めて予選リーグで3勝をあげて世界中を驚かせたあの日本代表は、今の日本ラグビー界の大きな転換点になった。

当時大学生だった僕を含めて、あの試合を見ていたすべての選手、子どもたちが「日本も世界と戦える」という意識を持つことができた。

ほんのわずかの差で予選突破こそならなかったが、“史上最強の敗者”と世界中から称えられる結果を残せたのも、そうした過酷なトレーニングが実を結んだからだ。

■「今日1日を生き延びる」ことだけを考える

だが、エディーとジェイミー両方の日本代表を経験している選手誰もが真顔で言うのは、

「ジェイミーの4年間のほうがキツかった」
「エディーもキツかったけれど、ジェイミーとはキツさの質が全然違う」

エディー・ジャパンを経験していない僕には比較できないが、たしかに初めて日本代表候補として過ごした2019年ワールドカップまでの4年間は、それまでの僕の人生の中でも間違いなく最もタフな4年間だった。

いや、タフなんて生易しいものじゃない。

めちゃくちゃにヤバかった。

どれくらいの厳しさかを言葉で伝えるのはなかなか難しいけれど、人生で心身ともに一番追い込まれたことは間違いない。僕の母校・帝京大学ラグビー部の練習やトレーニングもかなりの厳しさ激しさで知られているけれど、それが「楽だったな」と思えてしまうくらい苛烈を極めた。

そんな中で追い込まれていくと、人間は今日のことしか考えられなくなる。明日のことを考えられなくなる。

「明日は、このトレーニングがある」
「明日は、もっとこうやってみよう」
「明日が終わればオフだ」

そんな先のことを頭に浮かべている余裕やエナジーが、一切なくなるのだ。ただただ「今日一日をどう生き延びるか」だけが頭の中を占めていく。

■18時に夕食も、疲れ切って体が受け付けない

それほどまで、ひたすらに体もメンタルも追い込まれ続ける練習は3部制だ。

朝8時スタートの午前練は、ジムでのフィットネストレーニングとコンタクトプレーを行う。朝イチから“ピンピン”――1対1でオフェンスとディフェンスに分かれて、全力フルスピードでひたすらに真っすぐにコンタクトし合いタックルし合う。これをみっちり1時間。ジムでのトレーニングと合わせて、2時間ほどで午前練は終わる。

14時半からの午後練はチーム練習がメインだ。フォワード、バックス、そしてチーム全体でボールを使ってサインプレーや連動性を高める全体練習。全体練習の最後にフィットネストレーニングで息を上げて、17時に午後練は終了。

午後練が終わると18時から夕食になるのだが、選手はみんな、ほとんど食べられない。食えないのだ。

ここまでの練習で体だけでなく内臓まで疲れ切っているので、固形物を体が受け付けない。時間をかけてゆっくり味わえば食べられるのだが、19時から夜練がスタートするので、のんびり食べている時間もない。

■ようやく眠ったかと思ったら、また練習が始まる

少しでもエナジーを蓄えるために、食べ物を胃に押し込んだら、夜練の1時間半はバチバチのフルコンタクトだ。僕たちフォワードは、敵味方に分かれて、ひたすらモールとラックを繰り返しボールを奪い合う“モールゲーム”をする。

一日の全工程が終了するのは21時過ぎだ。

クールダウンしてお風呂に入り、軽く夜食を食べ終えるともう力は残っていない。ベッドに倒れ込む。

だが、今度は寝られない。すぐにでも寝たいのに、眠ることができない。

夜練で激しい練習をした直後なので、体中の筋肉が熱を持ってしまっているからだ。なかなか寝付けないまま、目をつぶっているうちに気づくと空が明るくなっている。

そしてまた、8時からの全力のぶつかり合いが待っている。

フィールドで走っている若いラグビー選手のグループ
写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

■チーム全員が“狂気”を感じた持久力テスト

中でも最も僕が……いや、チームの全員が“狂気”を感じたメニューが“Yo-Yoテスト”と呼ばれる持久力のテストだ。

ラグビーだけでなくサッカーやバスケットボールなど、世界中のスポーツ・シーンで行われているスタンダードなテストで、10秒のインターバルを挟みながら決められたタイム内での20メートル走を延々繰り返す、というもの。回数を重ねるごとにだんだん短くなっていく制限時間に2度遅れたらそこで終了。終了した選手から抜けていく。つまり、長く残れれば残れるほど、持久力、回復力が優れている選手という判定になる。

このテストの憎いところは、体力、フィットネス能力の低い選手のほうが先に体力をすべて使い果たしてしまうので早く終われるという点だ。逆に、フィットネス能力が高い選手ほど、力を出し切るまで、自分の体力が尽きて空っぽになるまで、長時間全力で走り続けることになる。

フォワードの中ではフィジカルの能力が一番高いのは“ラピース”ピーター・ラピース・ラブスカフニだ。ラピースは本当にフィジカルモンスターで、ウェイトトレーニングだと彼と僕は同じくらいだが、フィットネスでは彼が1番、僕は2番という位置付けだろうか。

だから、Yo-Yoテストになると、僕やラピースは20分も30分も走り続けることになる。

終わりが見えないものが一番しんどい。

どんなに厳しいトレーニングでも「ここまでいったらOK」「そこで終わり」というゴールや数値があれば、人は誰でもそれを目指して頑張れるものだ。

だが、このテストにはそれがない。

終わりが決められていない中で全力を出し続けなければいけないのは、メンタルも激し
く消耗していく。もはや“無間地獄”だ。

■コーチが見ているのは「もう1歩を踏み出せるか」

この猛烈に辛いテストが、代表合宿1カ月間のうちになんと2度も行われる。

通常、このテストはどんなスポーツのどんなチームでも、年間に1度、せいぜい半年に1度程度しか行われない。持久力を短期間に何度も測定しても、あまり意味がないからだ。

それが1カ月間で2度。

「頭おかしいんじゃないかな」と僕だけではなく、選手全員が思っていたはずだ。

実は、このテストでジェイミーが見ていたものは記録や持久力ではない。

「誰が、最後まで全力で走るのか」

彼が知りたかったのは、その一点だ。

極限に苦しい時、どんな状況でも、もう1歩を踏み出せる選手、自分の持てるエナジーの全てを絞り出せる人間かどうか。ジェイミーはそこを見ているのだ。

だから、測定結果的に良い記録を出しても、ゴールラインを余裕を持って越えていたような選手は評価されない。記録自体は悪くても、最後の最後、ゴールラインに倒れ込むようにダイブしてなんとしてでも制限時間内に入ろうとする選手が評価される。

■真面目さ、我慢強さが日本代表の大きな武器に

大事なのは結果じゃない。

自分の全てを、最後の1滴まで絞り出せるかどうかだ。

ジェイミーからの、そういうメッセージだ。

こうしたトレーニングは、世界の強豪国を見渡しても絶対に日本代表しかやらないし、やれない。断言できる。どんなにキツい厳しいトレーニングでも、「全部、真面目に取り組む」という国民性を持っているのは日本だけだ。

それを裏付けるような、こんな笑い話がある。

姫野和樹『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)
姫野和樹『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)

前任のエディー元ヘッドコーチは日本代表ヘッドコーチを退任した後、イングランド代表のヘッドコーチに就任したのだが(2023 年7月現在、オーストラリア代表ヘッドコーチ)、彼は日本代表の時と同じように練習開始時間を早朝5時に設定した。

だが、イングランド代表の選手は誰1人、グラウンドに来なかったそうだ。

「朝5時でもちゃんと全員来る」というのが日本代表、日本という国の真面目さであり我慢強さを表していると思う。

そして、それこそが、日本代表の大きな武器の1つでもある。

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姫野 和樹(ひめの・かずき)
ラグビー日本代表
1994年、名古屋市生まれ。リーグワン・トヨタヴェルブリッツ所属のプロ・ラグビー選手。ポジションはNo.8、フランカー。中学からラグビーを始める。高校時代から高校日本代表、U20セブンズ日本代表に選出される活躍を見せる。帝京大学では、ケガに悩まされながらも大学選手権8連覇に大きく貢献。2017年、トヨタ自動車ヴェルブリッツへ入団。1年目からキャプテンに任命されチームの中心選手に。同年、日本代表に初選出。2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップでは、得意プレー“ジャッカル”をはじめ攻守にわたってチームを牽引、日本代表初のベスト8入りに貢献した。2021年には、ニュージーランドの名門ハイランダーズに期限付きで移籍し、“ルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人賞)”を獲得するなど、日本ラグビーを代表するプレーヤーとして活躍中。

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(ラグビー日本代表 姫野 和樹)

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