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家のカギをかけたのか何度も確認してしまう…ジワジワと増えている「大人の発達障害」の典型的症状【2023上半期BEST5】

プレジデントオンライン / 2023年8月6日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LumineImages

2023年上半期(1月~6月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。健康部門の第4位は――。(初公開日:2023年2月20日)
ジワジワと増えている「大人の発達障害」とは、どんな症状があるのか。認知神経科学者の井手正和さんは、不安を振り払うために同じ行動を無意識に繰り返し、エスカレートさせてしまう傾向があると指摘する。井手さんの著書『発達障害の人には世界がどう見えているのか』(SB新書)からお届けする――。

※本稿は、井手正和『発達障害の人には世界がどう見えるのか』(SB新書)の一部を再編集したものです。

■最新研究で見えてきた発達障害と不安障害の密接な関係

――大学生のJさん。ゼミの授業で研究発表することになり、迎えた当日。

教授:「では、次はJさん。お願いします」
Jさん:「はい……」
教授:「顔色がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
Jさん:「あ、はい……大丈夫です……」
教授:「では、始めてください」
Jさん:「……(無言)」(どうしよう……全員が私のこと見てる)
教授:「ん? どうしましたか?」
Jさん:「……(無言)」(みんな「お前なんかがうまく発表できるわけないだろ」って思ってるんじゃないかな……)
教授:「Jさん? Jさん?」(初めての体験でガチガチに緊張しているのかな? まあいい経験だよね)
Jさん:「……(無言)」(そうだよね……今までうまくいったことないしね。そんな私がみんなのようにうまくできるわけがない。どうせ今回も失敗するよね……)

――大学からいったん帰宅。アルバイト先に向かうため、駅へと急ぐJさん。

Jさん:(あれ、そういえば家のカギって掛けたっけ?)
~家に戻って確認する~
Jさん:(掛けてたか……よかった。汗かいたから顔を洗ってから出かけよう)
~再度出発するが~
Jさん:(あ、そういえば顔を洗った後に蛇口は締めたかな? 家のカギもちゃんと掛けたかな? また心配になってきた)
~再び家に戻る~
Jさん:(掛けてるよね……)
~駅に向かって出発する。そのとき携帯電話が鳴る~
Jさん:「店長すみません! あと15分で着きます。本当に、本当にすみません!」(いくら確認しても少し時間が経つと不安が襲ってくる……いったいどうすれば私は安心できるの?)

■ASD者5人のうち1~2人は不安障害を併発

ASD者(自閉スペクトラム症)の中には不安障害に悩まされている人も多くいます。

不安障害は、社会不安性障害(周囲の注目が自分に集まるような状況で強い不安や恐怖、緊張を感じる)と強迫性障害(強迫観念が強迫行為を引き起こし、日常生活に影響が出てしまう)に大別できます。

この両方を併発している人も、一定数います。

ここでは、ASD者が抱える不安障害の実情と、それらを少しでも和らげるために周囲の人々ができることについて、解説していきます。

「ASD者は社会不安性障害や強迫性障害を併発しやすい」という研究結果があります。2019年に発表された、デンマークの約3万人を対象とした人口統計データを用いた調査では、約20%の不安障害の併発率を示しています。

アメリカのケネディクリンガー研究所の准教授であるVasaたちが2014年に報告した調査なども考慮に入れると、約20~40%、つまり「ASD者5人のうち1~2人は不安障害を併発している可能性がある」ということです。

イギリスのブリストル大学の名誉アカデミッククリニカルフェローであるNimmo-Smithたちが2020年に報告した調査では、不安障害の中でも社会不安性障害や強迫性障害の発症割合が、定型発達者と比べて特に高いことが報告されています。

■同級生の輪から排除されてしまうのではないか…

1つめの社会不安性障害は、社会不安障害、社交不安障害とも呼ばれます。周囲の注目が自分に集まるような状況で「何か失敗して恥をかくのではないか?」という強い不安や恐怖、緊張を感じることを指しています。

社会不安性障害のある1人の当事者の方に、ご自身がどんな場面で不安を感じるのかを尋ねました。

この方は、幼少期に海外に住んでいた経験があり、小学生の時に日本の学校に転校しました。集団の中での協調性を重んじる文化の日本の学校の中で、自分だけ外れた行動をしないように大変な苦労を経験したことを語ってくれました。

最初は、同じクラスの人たちは、なにかしらコミュニケーションの訓練を受けているんだと思い、自分もそれを身につけるために、テレビを見て、人がどんな時に相槌を打ち、笑い、振り向くのかといったことを勉強したといいます。

そうして少しずつ自分をカモフラージュしていったそうです。そうした行動は、自分が人と違う行動をとることで、同級生の輪から排除されてしまうのではないかという不安からとった行動だったといいます。

特に苦手としているのは、いわゆるスモールトークだと教えてくれました。仕事などの具体的な内容について話すのは緊張しないものの、目的のないちょっとした会話をすることに大きな不安を感じてしまうそうです。

孤独な少年
写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

■嫌われることへの不安に敏感になる当事者

例えば同世代の人と食事をする場面では、会話の輪に入っている空気を出さないといけない、目を見なければいけないなどといったたくさんの不安を抱えます。

こうした会話の場面では、自分が暗黙に想定している定型発達者の期待する返しを自分ができているかが気になり、あたかも狭い橋から落ちてしまわないようにバランスをとっているような感覚でいることを教えてくれました。

ずれた言動をして相手を怒らせてしまうのではないか、相手に不快感を与えてしまうのではないか、そんなたくさんの不安を抱えながら、何とか定型の集団から浮いた存在にならないように努力してきた様子を、この方との会話から深く理解しました。

「ASD者は社会的な情報に対して無関心」というイメージが根強いからでしょうか、社会不安性障害の高い割合を意外に感じる方もいるかもしれません。

しかし実際にはASD者は社会的な情報に鈍感なわけではなく、受け取った情報に対する反応の様式が定型発達者と異なることから来る失敗の経験の蓄積により、定型発達者よりも社会的な情報にナーバスになり、強い不安を持っている場合が多いと考えられます。

■日常生活に大きな影響を及ぼす強迫性障害

2つめの強迫性障害は、意志に反して頭に浮かんでしまった考えが頭から離れず(強迫観念)、その強迫観念で生まれた不安を振り払おうと何度も同じ行動を繰り返してしまう(強迫行為)ことで、日常生活に影響が出てしまう状態を指しています。

例えば、

「不潔に思い(強迫観念)、過剰に手を洗う(強迫行為)」
「戸締まりがしっかりできているか不安に思い(強迫観念)、何度も確認する(強迫行為)」
「手順どおりに物事を行わないと不吉なことが起きるという不安から(強迫観念)、常に同じ方法で仕事や家事をする(強迫行為)」
「同じ状態になっていないと不安という思いから(強迫観念)、物の配置・レイアウトにこだわる(強迫行為)」

などが挙げられます。

「不安を生じる事態を抑えられる」と学習した行動(=強迫行動)を無意識に繰り返すようになり、その行動が安定した日常生活を阻害するほどエスカレートしてしまうわけです。

■闘争か、逃走か、フリージングか

そもそも不安とは、危険が迫ったときに適切に緊張状態を高め、身を守るために起こる、生体としてはごく自然な反応です。

こうした場面では、自律神経の調節機能が働き、心拍数や脈拍や発汗の増進などが生じ、「闘争か逃走か(Fight or Flight)」と呼ばれる、自己防衛反応、つまり「危険となる対象に立ち向かうか、それとも逃げるか」のいずれかの行動をとりやすい状態がつくられます。

なお、「闘争か逃走か」の反応の他に、第三の反応として「フリージング(凍結する、固まる)」という反応も挙げられます。これは危険に対して自己防衛反応をとることができない状態を意味します。恐怖場面にさらされて何かしらの行動をとったものの、その行動が事態を好転させることに結びつかない経験を繰り返すと、「何をしても状況は変わらない」ことを学習することになります。

■恐怖や不安の表情が、不安をさらに高める

闘争、逃走、フリージング……不安への反応はさまざまですが、ASD者の中には不安障害を抱えている人が多くいます。

車内でうつ状態の女性
写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

では、ASD者が不安を高めてしまうのは、どんな状況なのでしょうか?

1つは、恐怖や不安の表情を目にしたときです。例えば、恐怖の表情を浮かべた顔画像を提示すると、ASD者にさまざまな変化(縞模様のコントラストへの感度が上がる、わずかな角度のズレも認識できるようになるなど)が生じます。

このときfMRIで脳の活動を計測すると、恐怖や不安といったマイナスの情動に深く関わる脳の扁桃体(へんとうたい)の神経活動が強くなることが報告されています。

また、私たちの研究チームの研究では、視覚刺激の時間分解能も上がることがわかりました。つまり、恐怖や不安の表情を目にすると、ASD者は刺激に対してさらに敏感な状態になるのです。

■しっかりと言葉で伝えることが重要

もう1つは、ストレスのかかる環境にいるときや、体調がすぐれないときです。

私たちのチームでは、恐怖の表情を浮かべた顔画像を提示したときに「時間分解能の向上の効果」と「不安の強さとの関係」について質問紙(状態・特性不安検査/STAI:State-Trait Anxiety Inventory)を用いて検討しました。

その結果、状態不安(注:この場合は実験場面での不安の高さを意味します)が高いASD者ほど、嫌悪顔画像の提示による時間分解能の向上の程度が大きい傾向が見られました。

ASD者から感覚過敏についてのさまざまな話を聞かせてもらいますが、

「会社や学校で人前に立って発表する前に感覚過敏が強まった」
「体調が悪いなあと感じていたときに感覚過敏が強まった」

という声が多いのです。

井手正和『発達障害の人には世界がどう見えるのか』(SB新書)
井手正和『発達障害の人には世界がどう見えるのか』(SB新書)

ですから、周囲にいる人たちがASD者の不安を高めないようにできることは、「不必要に表情を用いて相手への怒りや嫌悪を表さないようにすること」ではないかと思います。

ASD者は感情的な顔に対して不安を高めやすい一方で、表情の読み取りが苦手な傾向があるということも報告されています。感情的な表情によって漠然とした不安を高めているのかもしれません。ASDの方に対して自分の意思を伝えなければならない状況では、しっかりと言葉で伝えた方が、余計な不安感を与えることがないかもしれません。

また、ストレスや体調不良によって感覚が鋭敏になることを考慮すると、「ストレスのかかった環境をヒアリングし、できるだけストレス要因を取り除いておく」「体調をくずしやすい状況を把握できるように促し、その場合は無理をさせない」……といったことも重要ではないでしょうか。

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井手 正和(いで・まさかず)
認知神経科学者
立教大学大学院現代心理学研究科博士課程後期課程修了。博士(心理学)。専門は実験心理学、認知神経科学。学位取得後からASD者の知覚の研究を開始し、MRIによる非侵襲脳機能計測手法を取り入れることで、感覚過敏や感覚鈍麻が生起するメカニズムの解明を目指す。アウトリーチや執筆を通してASD者の感覚の問題についての科学的な理解促進に取り組む。著書に『発達障害の人には世界がどう見えるのか』(SB新書)がある。

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(認知神経科学者 井手 正和)

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