注文殺到で新規受注は停止中…ホンダの「500万円のマニュアル車」がとんでもない人気を得ているワケ
プレジデントオンライン / 2023年8月6日 14時15分
■世界一速いFF車ホンダ「シビックタイプR」
ホンダを代表するスポーツカー「シビックタイプR」が、今年4月、ドイツにあるレーシングコースであるニュルブルクリンク北コースにて、前輪駆動車(FF車)最速となる7分44秒881のラップタイムを記録したことを公表した。
通称「ニュル」と呼ばれるドイツのニュルブルクリンクサーキットは、世界でも有名なサーキットのひとつだ。特に、北コースは、世界最長となる20.81キロという距離だけでなく、山間部という立地をいかした高低差やカーブを取り入れた複雑なコースレイアウト、天候の変化の大きい環境などから、世界有数の難関コースとしても知られる。
世界の名だたる自動車メーカーが、新車開発の舞台として活用していることでも知られ、ラップタイムの記録が、新型車の高性能を示す指標のひとつとなっている。
つまり、現時点では、シビックタイプRが世界一速いFF車というが証明されたことになる。
■受注をストップするほどの人気
シビックタイプRは、2022年9月2日に発売。メーカー希望小売価格499万7300円にもかかわらず、瞬く間に注文が殺到。
世界で高まるカーボンニュートラルの流れで自動車の電動化が進む中でも、最後になるであろう純粋なエンジンを搭載するスポーツカーの人気の高まりや、コロナ禍での趣味性の高い商品の購買力の向上が要因と考えられる。
筆者が、2022年11月に販売店を尋ねた際は、セールスマンに「最低でも3年待ち」になると告げられ、驚愕した。その後、受注分の確実な納車を実現するべく、2023年1月より新規受注を一時停止。現時点では、新車購入ができないという状況が続いている。
■「タイプR」が意味すること
そもそもシビックタイプRとは、どういうクルマなのだろうか。少し歴史を振り返りたい。
シビックは、1972年に小型大衆車としてデビュー。初代モデルから輸出が行われ、ホンダを代表する世界戦略車として活躍してきた。そのラインアップの中には、ホンダらしい高性能エンジンを搭載したスポーティグレードを用意。若者を中心にクルマ好きから愛されてきた。
その最高潮となるタイプRの第一弾は、1990年にホンダが発売した国産初のスーパーカー「NSX」に、92年に追加された。サーキットで、より速く走るために快適性を犠牲とし、各部の専用チューニングと徹底した軽量化を図ったモデルである。
スーパーカーである「NSXタイプR」は、高性能だが、800万円と超高価。そのエッセンスを大衆車に注ぎ込んだのが、95年登場の「インテグラ タイプR」と97年登場の「シビックタイプR」なのだ。
1997年に登場した初代シビックタイプRは、6代目シビックをベースとしており、高性能化を図りながらも、なんと200万円という安さ。シビックのスポーティグレード「SiR」と比べても、20万円程度高い価格に収められており、買いやすいモデルだった。
その後、「NSX」と「インテグラ」は販売終了したこともあり、シビックだけが、タイプRの歴史を守り続けてきた。だが、2012年、排出ガス規制への対応が困難になったこともあり、3代目をもって国内販売を終了した。
■4代目から続く歴史
大きく流れが変わったのは、2015年登場の4代目タイプRだ。自然吸気エンジンの歴代モデルとは異なり、高出力のターボエンジンを採用。さらに高性能を示すべく、ニュルブルクリンク北コースでのタイム計測を行い、当時FF車最速記録を持つフランス車「ルノー「メガーヌR.S. 275トロフィーR」の記録を打ち破り、トップタイムをマークした。
タイプR復活モデルかつ750台の限定車ということもあり、購入希望者が殺到。購入の抽選倍率は10倍を超えた。
当然、シビックタイプRに王座を奪われたルノーメガーヌR.S.も黙っているわけがなく、そこにドイツの高性能ハッチバック「VW ゴルフ GTI」も参戦。3台による激しいトップ争いが繰り広げられた。シビックタイプRは新型となる度に記録更新を続け、王座を獲得してきた。
これが近年のシビックタイプRがニュルでの記録を発表する理由でもあるのだ。
■普段使いできるMT車
通算6代目となる最新型シビックタイプRも、現行型シビックがベースだが、誰もがスポーツカーと感じるアグレッシブなデザインに仕上げられている。
エンジンを冷やす空気をたくさん取り込めるように、開口部を拡大した結果、フロントバンパーは大型化。もちろん、走行安定性を高める空力特性の向上も狙いだ。さらに、高速域で後輪をしっかりと路面に設置させる力を発生させる巨大なリアスポイラーも目を引く。
通常のシビックよりも大きく感じるのは、巨大なタイヤを収めるべく、全幅が+90ミリ拡大されているため。基本形状は同じなので、それだけ前後のフェンダーが膨らんでいるというわけだ。各部に装着されるホンダエンブレムが、赤となるのも、タイプRの証しのひとつだ。
インテリアは、赤を基調としたド派手なデザイン。専用フロントシートとフロアマットは真っ赤に染まっている。その一方でリアシートを黒とすることで、前席を強調したスポーツカーらしい空間に仕上げている。この前後でシートカラーが異なるのも、歴代タイプRで使われてきた演出のひとつだ。
トランスミッションが6速MTのみとなるので、AT限定免許の人は運転できない。ナビやオーディオなどはシビック同等で、先進の安全運転支援機能である「ホンダセンシング」も標準。普段使いにも困らない内容となっている。
■意外な乗り心地
高性能な専用エンジンは、2.0L直列4気筒DOHCターボで、最高出力330ps/6500rpm、最大トルク420Nm/2600~4000rpmを発揮。1.5Lターボエンジンのシビックと比べると最高出力が1.81倍、最大トルク1.75倍と、2倍に迫る性能差がある。
それでいて最も軽いシビックの1.5Lターボ車と比べて各部の性能強を図りながらも重量を100キロ増におさえられているのだ。燃費性能については、1.5Lターボ車の方が16.3km/Lに対して、タイプRは12.5km/Lだが、高性能スポーツカーであることを考慮すれば、優秀だと思う。
ホンダが本気で作ったスポーツカーだけに、速いが運転が難しく、乗り心地の悪いのではと想像する人がいるかもしれないが、その予想は良い意味で裏切ってくれる。
意外なことに、すごく運転しやすく、乗り心地も良いのだ。これは高い剛性を持つボディと電子制御サスペンションが生む恩恵だ。
タイプRには、乗り味を変化させるドライブモードがあり、「コンフォート」「スポーツ」「+R」の基本となる3種類のモードがある。
日常運転では、「コンフォート」を選んでおくと文字通り快適な運転が楽しめる。性能をいかした走りを望むならば、「スポーツ」を選べばよい。ちなみに、「+R」は、サーキット走行など本気で走りたい機能だ。
■決して「スピード狂」向けの車ではない
MT車に乗りなれていない人は、変速操作が苦手という不安があるだろう。変速によるギクシャクした走りは、周りから見ても分かるからだ。それについては、「レブマッチシステム」が助けてくれる。これはドライバーがギアを変速する際に、エンジン回転数が最適になるように自動的に制御してくれる機能。
一番わかりやすいのは減速時だ。通常、低いギアに変速しようとすると、クラッチをつないだ際に、一気にエンジン回転数が上昇し、強いエンジンブレーキが生じる。しかし、タイプRでは、ギアが変わる前に最低なエンジン回転数に合わせてくれるので、スムーズなシフトチェンジが行えるのだ。
だから、マニュアル車での急速なシフトダウンの際に使われる「ヒール&トゥー」という技も必要ない。だれでも上手にマニュアル車が操れてしまうのだ。これはサーキット走行でも便利な機能だが、日常運転でも活躍してくれるので、マニュアル車が不慣れな人も運転しやすく、楽しいと思えるのだ。
■シートに体が押し付けられるような加速
またクラッチ類も重くないので、半クラ操作もしやすい。また多くの人が苦手とする坂道発進では、電動パーキングブレーキが活躍。クルマが動き出すと、自動的にブレーキを解除してくれる。このようにシビックタイプRは、誰でもラクチンに運転できるMT車でもあるのだ。
しかし、それは世を忍ぶ仮の姿ともいえる。アクセルを全開にすれば、シートに体が押し付けられるような加速を見せ、瞬時に次のギアへのシフトアップが求められる。やはり、FF最速の称号はだてでない。
だから、タイプRを公道で乗る際は、その性能を抑制させる心のブレーキが必須だ。もちろん、速く走らせなくとも、刺激的なエンジンサウンドやガチッガチッとシフトチェンジするたのしさがあるため、クルマ好きの心を高揚させてくれる。実に、ホンダらしい情熱的なクルマなのだ。
■新車価格500万円は安い
タイプRの納期が長期化しているのは、コロナ禍における半導体などの部品調達に加え、世界で販売される全てのタイプRを日本から供給していることも大きい。タイプRは、先代モデルが2017年より米国に導入されているが、シビック自体が人気の高い市場だ。
ホンダのアメリカ法人によれば、シビックは、09年より12年連続で米国販売のコンパクトカーでトップを記録しているベストセラーであり、ミレニアル世代やZ世代からの支持も厚いという。当然、タイプRも人気車となっている。
価格は約500万円と高価だが、世界最速のFFスポーツカーが買えると思えば、安いといえる。何しろ、最大のライバルであるメガーヌR.S.は559万円~で、MTのあるグレードだと589万円もするからだ。
世界的な電動化の波を受け、ライバル・メガーヌR.S.も現行型が最後となる見込みだ。シビックタイプRも、ピュアエンジン車はこれが最後と目されている。もちろん、日本車だけに信頼性は高く、リセールも期待できる。
クルマ好きならば、一度は乗っておいて、損のないクルマだ。
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自動車ライター
1980年埼玉県生まれ。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者へ。その後、フリーランスになり、現在は自動車雑誌やウェブを中心に活動中。主な活動媒体に「GOONETマガジン」「ベストカーWEB」「webCG」「モーターファン.jp」「マイナビニュース」「日経クロストレンド」『GQ』「ゲーテWEB」など。歴代の愛車は、国産輸入車含め、ほとんどがMT車という大のMT好き。
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(自動車ライター 大音 安弘)
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