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「おカネを貯める」ばかりで「おカネを借りる」がない…中学・高校の「金融教育」に経済学者が抱く違和感

プレジデントオンライン / 2023年8月14日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

2022年から中学・高校で「金融教育」が始まった。東京外国語大学の中山智香子教授は「おカネを上手に貯めて、賢く増やすことを重視し、若いうちから投資をしておカネを増やすことが推奨されている。だが、それではおカネを学んだことにならない」という――。

※本稿は、中山智香子『大人のためのお金学』(NHK出版)の一部を再編集したものです。

■おカネが増えれば幸せになれるのか

2022年から中学校と高校で金融教育が始まりました。その内容は、「上手に貯めて、賢く増やす」というものです。

要するに、「将来苦労しないように、若いうちから投資をして、おカネを増やしておこう」と推奨しているのです。ここで言われている「投資」はむしろ、「投機」に近いように思われます。だとすれば、金融教育というものは、子どもたちを「投機家」に育てようとしていることになります。

私たちにとっておカネとは、単に増やせばいいだけのものなのでしょうか。私は、それだけでは足りないと思います。そのことは、おカネの本質を知らないと理解できません。

■人と人とをつなぐバトン

おカネは使ったら「ハイ、終わり」ではなく、そこから始まる関係があります。おカネは、いわば人と人との関係をつなぐバトンのようなものです。今おカネを持っている人は、バトンが回ってきていて、次の人に渡す前の状態だと思えばいいでしょう。

「基礎から学べる金融ガイド」(金融庁)
「基礎から学べる金融ガイド」(金融庁)

すぐに渡さなくてもいい。誰に渡そうかと考えて、決まってから渡せばいいのです。何なら、おカネを貯めて大きくしてから渡してもいい。おカネを使う人は、バトンを渡すことでつながりを確認できます。同じところで繰り返しおカネを使えば、もっとつながりが強くなります。

死ぬまで貯め込んで子孫にバトンを渡してもいいのですが、やはり、おカネは使ってこそ活かされます。かつてケインズは、「人生は短い」「長期で考えれば人はみな死んでいる」と言いましたが、まさに生きているからこそ、おカネが活きるのです。

死んでしまって誰にもバトンを渡せなければ、死んだおカネになってしまいます。だからこそ、そのバトンをどこに渡すかが大切です。小さなことで言えば、どこのお店で何を買うか、どんなサービスにおカネを投じるか。自分はどのお店を、どんな事業を応援したいのか、それは、あたかも選挙で一票を投じるようなものです。おカネを使うことが、意思表示になるのです。

■おカネを払うことの意味

わざわざ隣町にまで足を運んで、小さな本屋さんで本を買う。ネット通販で買えば早いし楽だけれど、そのお店や店主が好きだから「応援します!」と、意思表示をすることができます。実際、そこでときどき買い物をすることで、好きなお店が潰れなくて済むかもしれません。

コロナ禍では、近所の飲食店が潰れないように、テイクアウトをしたり、お弁当を買ったりする現象がありましたね。なるべく地元のお店に行き、地域通貨があればそれを使って、地元を盛り上げようとしました。これはまさに、おカネを使った意思表示です。そういう行動に一歩踏み出すとき、人は穏やかで優しい気持ちに満たされるのではないでしょうか。

金融商品を買うときも、同じです。本来は、応援したい企業にバトンを渡すべくおカネを出すことに、投資の醍醐味(だいごみ)があるのです。

同じぐらい儲かりそうな株であれば(そんなことがわかれば、ですが)、たとえば「自分は自動車が好きだから、自動車会社の株にしよう」とか、「この企業は環境保護に熱心だから、ここの株を買おう」などというように、自分が応援したい企業の株を選ぶ。そういうおカネの使い方をしていけば、本来の意味の社会的な投資になります。

■銀行に預けたおカネも社会を変える力になる

銀行におカネを預けるときでも、その銀行がどんな活動をしているか、人道上よろしくない活動に融資していないか、まずは確認しておきたいものです。たとえ微力であっても、単に儲けを求めるのではなく、みずからが一員である社会の一角を変えていくことが、積もり積もれば大きな何かを変えていくのです。

ただしそのためには、信頼できる情報を得られる情報源を、しっかり持っておくことが同じぐらい重要です。企業でも銀行でも、ネットなどで簡単に手に入る情報には、よいことだけが書いてある可能性があります。

自分の大切なおカネを、どこに「投じる」のかを考える。そのために必要なことがらを、日々の暮らしの中でつかみ、押さえておく。こうした目配りは、一朝一夕にできるわけではありません。確かな情報収集の努力(ここにおカネをかけることも含めて)、それを地道に持続できる力、それによって培(つちか)われていく眼力が試されますね。

■「給料の高さ」で就職先を選ぶ危うさ

ところで、大学の授業で聞いてみると、かつての学生は、希望する就職先として「給料がいい」ことをわりと第一にあげていましたが、今の学生にはそうでない人が増えているようです。給料はともかく、労働条件が重要です。

ブラック企業に就職して、自分の時間や労力を犠牲にするくらいなら、そんなに高賃金でなくてもいい。このように考える人が多くなっているようです。NPOや小さな集団で、もっと柔軟に働くことを選ぶ人もいます。

通りを歩く中学生の後ろ姿
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

ただし、あまりにも世の中の動きに関心がないのも危ないと思われます。自分の所属するコミュニティの中で楽しく暮らせれば、世の中や世界の動き、政治はどうでもいいという考え方は、結果的に為政者の恣意(しい)を助長する危険があるからです。

市民が政治に参加するというと、デモや署名活動などを思い浮かべる人が多いと思いますが、よく言われるように「投票する」ことが、まずは大事な政治参加です。そして、先にも述べたとおり、おカネを使うことは「投票する」ことと同じです。

■おカネを「上手に使う」方法を身につけたほうがいい

一方で、現代人はおカネを使うことを我慢しすぎる傾向があるようです。

「自己責任」の圧力にがんじがらめになっているからでしょうか。欲望のままに無分別に使うのはもちろんダメですが、「おカネがもったいないから」と我慢してばかりいるのは、それこそもったいない。

今、「無分別」という言葉を使いましたが、分別があるとは、ひたすら節約するとか計算高いとかいう意味ではありません。大切なこととそうでないことを見分ける力があるということです。おカネを使う場面は、その恰好の訓練の機会となります。

節約というのは、やっているうちに楽しくなってきて、止められなくなるところがあるようです。本人が楽しいならいいという側面もありますが、やはりおカネに関しては「使ってなんぼ」。使わなければ、おカネを活かすことは決してできません。

おカネの価値は、それで何かを得られるところにあります。「おカネを使わない」ではなく、「上手に使う」にシフトしたほうが、人生ははるかに豊かになります。

■投資や投機とは異なるおカネの使い方がある

近年は、応援したい人や事業に「クラウドファンディング」という形でおカネを提供することが一般的になりました。インターネット上で「こういうことをしたい」と表明すれば、見ず知らずの人たちが出資してくれて、大きなおカネを集められる仕組みです。それなりに普及しており、おカネの動き方としては興味深いものです。

「クラウドファンディング」と書かれたノート
写真=iStock.com/designer491
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/designer491

大手クラウドファンディングのサイトを見ると、「自分の音楽CDをつくりたい」「こんな便利なグッズを開発したい」「築100年の古民家を保存したい」「捨てられたペットの保護費用を集めたい」など、実にさまざまなプロジェクトが掲載されています。

こういった大きな事業は、かつては借金なしにできるものではありませんでした。しかし、クラウドファンディングができたことで、一人でも、小人数の団体でも、夢を実現しやすくなったのではないかと思います。

プロジェクトが成立すると、出資した人たちには何らかのリターンがあります。たとえば、「完成したCDを一枚あげます」とか「イベントの入場券をあげます」などというお返しが、あらかじめ提示されているのです。中には「お礼状を出します」とか「メールでお礼します」などという、コストのかからないリターンもあります。

ここが投資や投機と違う重要な点です。

■誰かの夢を応援することができる

投資や投機における株の配当金のような大きなリターンは、クラウドファンディングでは期待されていないのです。自分が応援したいからおカネを出すだけで、見返りがなくてもいい。「おカネを増やそう」という投機的なニュアンスはありません。

かといって、ただ寄付をするのとも違います。自分が出資したおカネがどう使われ、プロジェクトがどのような結果を出したのかが出資者に明示されます。見返りはなくてもいいけれど、達成したことの喜びを共有したいという気持ちに応える仕組みなのです。

本書(第4章)で、被災した気仙沼市の民宿の女将(おかみ)さんの負い目の話をしました。そんな負い目を払拭(ふっしょく)する役割も、クラウドファンディングにはあります。たとえわずかでもリターンを提示して、賛同してくれた人だけが出資するシステムなので、気持ちよく助けてもらえます。

日本でクラウドファンディングが流行したのは、2011年、東日本大震災の復興支援がきっかけだったということです。それから10年以上経っても衰退していないのは、「困っている人を助けたい」「何か社会のために貢献したい」という潜在的な思いが、人間にはあるからではないでしょうか。その思いを受けとめるツールの一つが、クラウドファンディングであると思います。

■おカネがつくり出す「支払い共同体」

どんな種類の「おカネ」であれ、支払い手段があるところには、必ずその支払い手段を共有する共同体があります。いわば「支払い共同体」です。それは、とても小さな集団かもしれないし、大きな集団かもしれません。

いずれにせよ、クラウドファンディングでも、地域通貨でも、もっと小さな商店街のクーポンでも、そこに支払い手段があれば、支払い共同体があります。逆に言えば、おカネの使い方一つで、地縁も血縁もないところにも共同体をつくることができるのです。

おカネを払うときは、向こう側に必ず人がいて、共同体がある。共同体、つまり人びとが集まれば、一人ではできないことを成し遂げたり、単純な足し算以上の力を発揮したりすることもできるでしょう。だからこそ、おカネの使い道を決めることは、社会の一画をつくっていくことそのものであるとも言えるのです。

スクランブル交差点を行き交う人々
写真=iStock.com/JohnnyGreig
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JohnnyGreig

■借金は「将来の先取り」である

最後にもう一言、付け加えさせてください。どうも日本人は借金に対して負のイメージを強く持っていて、「人でなしがすることだ」と思っている人が多いようです。

みなさんも、「借金なんて、とんでもない!」と思うでしょうか。でも、こうして見てくると、おカネを借りるのは「将来の先取り」であり、決して悪いことではないとわかったのではないでしょうか。

本書(第1章)で述べたように、事業を興す人は必ずと言っていいほどおカネを借ります。借金をすることで、おカネを元手におカネを稼げるのです。そして、そもそもおカネは「貸し借り」から始まっているのです。重要なことなので繰り返しますが、貸し借りは、すなわち人間関係です。

「借金」というと「早く返さなくちゃ」と焦るかもしれませんが、それがある限り相手とつながっているという、関係性の持続の手がかりでもあります。ずいぶん借り手寄りの自分勝手な解釈だと思われるでしょうか。しかし歴史学や人類学の素養を身につければ、古今東西、現代に至るまで、あえて借りを返さずにおこうとするケースも、さまざまにあることがわかります。おカネとは、儲けを出したり得たりするだけのものではないのです。

■人を大切に思い、信頼し、共有する

IOU(I owe you=私はあなたに借りがあるの略、借用証書の意がある)で考えると、おカネを出す側は、「わたしはあなたに賭ける」という立場にあります。このうえ、ギャンブルまで勧めるのか! と仰天しないでください。儲けを出すための賭け事のことではありません。儲けを出そうとして失敗して人生を棒にふるなど、もってのほかです。

そうではなく、相手を大切に思い、信頼して明日を一緒に考え、自分の一部を相手と共有するという意味での「賭け」なのです。一生を賭けるというほど重たいものではなく、しかしおカネという大切なものを媒介として、相手とともにあろうとすることです。

だから、何なら「あなたに借りたい」という借り手の側も、「あなたに賭けます」という立場にあると言ってもいいぐらいです。

そんなわけで、このIOUによってつながる関係には、「いつか返せればいい」「特定の金額そのもので返さなくてもいい」、あるいは特定の金額では返せない、つまり「かけ値なし」の場合も含まれています。

たとえば、子ども食堂でご飯を食べさせてもらっていた子どもが、大きくなって食堂を手伝ったり、自分で子ども食堂を始めたりすることがあるそうです。震災ボランティアに助けてもらった人が、別の地域で地震があったとき、「今度は自分の番だ」と駆けつけることもあります。

■おカネは「上手に貯めて、賢く増やす」だけのものではない

今の金融教育に欠けているのは、この視点だと思います。おカネを「使う」「備える」「貯める・増やす」ことについては教えますが、そこにはあくまで「個人」で完結する視点しかありません。でもおカネとは本来、そこに他者が存在するからこそ成り立つものであり、金融とは本来、そういうおカネを融通するという意味の言葉なのです。

中山智香子『大人のためのお金学』(NHK出版)
中山智香子『大人のためのお金学』(NHK出版)

誰かを助けたい、応援したい、誰かに賭けたいという気持ちでおカネを使う人たちがいて、自分がそれを受け取ったら、いつか自分も誰かを助ける。それは「ニーズ&ウォンツ」とはまったく違うスタンスのおカネの受け取り方であり、使い方です。

「わたしはあなたに賭けます」「ありがとうございます。わたしはあなたに大いに負っています(恩義があります)」。こうした「大人のたしなみ」が他者との関係における心のあり方や行動の仕方を支え、少しずつでも社会に広がっていくなら、おカネとわたしたちの社会の未来も、捨てたものではない、いや、ずいぶんと希望に満ちたものになるのではと思います。

さあ、あなた自身に任されている次の一歩へ、どうか勇気と自信を持って踏み出してください。この賭けに勝ち負けはないのですから。

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中山 智香子(なかやま・ちかこ)
東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授
1964年、神奈川県生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。専門は経済思想史。早稲田大学大学院博士後期課程単位取得退学、ウィーン大学大学院経済学研究科博士課程修了。著書に『経済戦争の理論 大戦間期ウィーンとゲーム理論』(勁草書房)、『経済ジェノサイド フリードマンと世界経済の半世紀』(平凡社新書)、『経済学の堕落を撃つ 「自由」vs「正義」の経済思想史』(講談社現代新書)、『ブラック・ライヴズ・マターから学ぶ アメリカからグローバル世界へ』(共編、東京外国語大学出版会)など。「NHK 100分de名著 for ティーンズ」(2022年8月)では、バルファキス『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の解説を担当。

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(東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授 中山 智香子)

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