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なぜ中国で「ひとりカラオケ」が国民的娯楽となったのか…日本とは違うカラオケBOXの新しい遊び方

プレジデントオンライン / 2023年8月16日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

日本貿易振興機構のレポートによると、中国のカラオケの市場規模は約2兆円で、日本の5倍以上になる。このうち勢いのあるサービスが「ひとりカラオケ」だという。深セン市越境EC協会日本支部代表理事の成嶋祐介さんは「ユーザー同士の交流を促すコミュニティ機能が、市場拡大に寄与している」という――。

※本稿は、成嶋祐介『GAFAも学ぶ! 最先端のテック企業はいま何をしているのか』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。

■急成長している中国テック企業の共通点

現在の消費の現場では、商品やサービスを購入する際、その機能や内容よりも「あの人がお薦めしているから」「あとひとりで共同購入が成立するから」といった「ヒト」が意思決定の主軸になっています。

マーケティングの分野では、プロダクト中心の「モノ消費」から体験中心の「コト消費」への変化、などとよくいわれますが、そこからさらに「ヒト消費」ともいえる人間中心の評価軸へと大きく変化しています。

この「ヒト消費」への変化を加速させているエンジンこそエンターテイメントです。ユーザーが楽しみながら(エンターテイメントとして)自己実現を追求することで、結果として信頼性の高い情報が集まり、商品やサービスの価値が高まっていくのです。

このように、「エンターテイメント=ユーザーにとっての楽しさ」の追求によって大量のユーザーデータを獲得し、サービスを急成長させているテック企業には、ある共通の特徴があります。その特徴を、私はDXをさらに一段階進化させたEX(エンターテイメント・トランスフォーメーション)と呼んでいます。

EXを実践している世界最先端のテック企業をご紹介しましょう。いずれも、ここ10年ほどの間にサービスを立ち上げた新興企業です。彼らはどのように「エンターテイメント=ユーザーにとっての楽しさ」を、自身の成長曲線に位置づけているのでしょうか?

■伝統的なエンタメ「カラオケ」が中国で大進化している

日本のカラオケ業界は、長く苦境が続いています。

市場規模は1996年の1.2兆円をピークに2019年は約4000億円まで縮小。全国カラオケ事業者協会の「カラオケ白書2022」によると、2020年は新型コロナウイルスの感染拡大にともなう政府の緊急事態宣言(4~5月)の影響もあり、前年比48.1%減と半分近くまで激減。2021年はさらに2割減少し、市場規模は1550億円となりました。

カラオケボックスは、賃借料や人件費などの固定費が80%を占めるビジネスモデルであり、需要の減少がそのまま収益を圧迫しています。中国でもカラオケは人気の娯楽のひとつですが、日本と同様、近年では大人数でカラオケを楽しむ習慣はだんだん減ってきていました。

一方で、若年層を中心に少人数や個人でカラオケを楽しむ傾向が見られています。そのトレンドにいち早く対応した企業が「北京小唱科技」です。

■電話ボックス型カラオケボックス、そしてアプリへ…

同社では従来のカラオケボックスのほかに、公衆電話ボックスの倍ほどの「ミニカラオケボックス」を商業施設や映画館などの中に設置。「買い物や映画鑑賞のついでに歌いたい」というニーズに対応し、かつ無人化によって人件費を削減しています。

大型商業施設によく設置されているミニカラオケボックス
大型商業施設によく設置されているミニカラオケボックス(出所=『GAFAも学ぶ! 最先端のテック企業はいま何をしているのか』)

「カラオケを通じたコミュニケーションをいつでもどこでも、みんなと楽しめるよう追求する」を経営理念に掲げる北京小唱科技が、いまビジネスの軸足を置いているのは「チャンバ」という音楽コミュニティアプリです。

チャンバはカラオケという、もともとエンターテイメントだったものを、EXの視点から、時代に合ったエンターテイメントへと進化させた点に特徴があります。

「こっそり練習して上達したい」「自宅でもカラオケを楽しみたい」というニーズに合わせ、いつでもどこでも「ひとりカラオケ」を楽しめるように開発されたアプリがチャンバです。スマートフォンにチャンバのアプリをインストールすれば、いつでもどこでもひとりカラオケを楽しめます。

さらにBluetoothスピーカーつきのマイクがあれば、自宅でもカラオケボックスさながらの臨場感が体験できます。音漏れを気にする人や歌声を聞かれるのが恥ずかしい人にとっても、イヤホンマイクを使って、周囲に配慮しながら安心してカラオケを楽しむことができます。

■なぜチャンバは中国人ユーザーに支持されるのか

チャンバには、ユーザーにカラオケを楽しんでもらうために歌声を盛り上げるエコーやリバーブなどのエフェクト機能が搭載されています。

また、自分の歌声をAIで美声にしたり、伴奏を高音質化できる課金プランもそろえており、誰でもプロ歌手になったかのような体験が得られます。ほかにもオンラインでのティーチングプランや、歌唱力をスコア化して定量的に成長をチェックできる機能など、ユーザー自身が「成長」を楽しめる工夫が随所に盛り込まれています。

ただ、「ひとりカラオケ」といっても、文字どおりひとりでカラオケを楽しむだけではありません。カラオケ体験を仲間と共有し、交流を深めるコミュニティ機能こそが、チャンバの大きな魅力です。

チャンバのアプリにはSNS機能があり、ユーザーはそれぞれ「部屋」をつくって自身の歌を投稿しています。その歌をミュージックビデオのような動画にして公開したり、歌っている様子をライブ配信して「中国版LINE」のWeChatで共有したりします。

自分の「部屋」にフォロワーがつくと、ユーザーは承認欲求をかきたてられてどんどん投稿を増やしていきます。

■競争心をかきたて、承認欲求を満たしたくなる仕掛け

また、チャンバには地域別、作品別、歌手別など、歌唱力を競うチャートが無数にあります。GPSの位置情報をオンにしていれば「町内ランキング1位」と表示されたりと、競争心をかきたてられる仕組みが用意されています。

中には「○○小学校の卒業生で1位」などの「謎ランキング」もありますが、こういう豊富なチャート機能によってユーザーはついついアプリを開いてしまうようになります。

本書に登場する企業にもあてはまりますが、こういったユーザーデータを活用したセグメント機能やチャート機能によってユーザーのモチベーションを高めるのは、中国テック企業の得意とするところです。

このほかにも人気投票、友だちとの個室歌謡ショー、お気に入りユーザーに対する「投げ銭」機能など、チャンバにはコミュニティ機能が充実しており、ユーザー同士が思い思いの交流を楽しんでいます。

ユーザー同士の「ヨコの交流」だけでなく、アプリ内にはプロの歌手や読者モデルのようなインフルエンサーもいるので、彼らとの「タテの交流」を楽しむこともできます。

次第に「みんなでコミュニティを盛り上げていこう」とする気運が生まれ、自ら歌うだけでなく、プロの歌手をめざすユーザーを応援する人、そのコミュニティ内でMCになって仕切る人、DJのようにセレクションする人など「裏方」に回るユーザーもあらわれます。

■アーティストへの道を拓く「夢がかなうアプリ」

これらのコミュニティにほかのユーザーも自然に巻き込まれ「友だちの輪」がさらに広がっていきます。実際、このチャンバからプロデビューするユーザーも出てきており、どんな田舎に住んでいてもアーティストへの道が拓けるとあって、チャンバは「夢がかなうアプリ」として若者たちの新しい文化をつくりました。

また、どの曲をどのユーザーがどれくらい聞いているか、または、どの曲のどの部分がうまく歌えていないか等のデータを音楽レーベルに提供して、ミュージックシーン自体を変えていったり、その曲を好むユーザーにプロモーションをすることで、大きな利益を手にし、ユーザーの応援とビジネスをうまく融合しています。

チャンバの開発によって、北京小唱科技は「カラオケボックスを運営する企業」から「ユーザーの自己実現を応援する企業」へと、文字どおりトランスフォーム(変革)しました。

自社の変革だけでなく、中国に「ひとりカラオケを『みんな』で楽しむ」という新たなカルチャーを定着させたという意味で、社会をも変革したといえるでしょう。

チャンバ(唱吧、changba)のウェブページ
チャンバ(唱吧、changba)のウェブページより

■成功する最先端テック企業の3つの特徴

特徴① 「便利」を超えた「楽しい!」の追求でユーザーデータを獲得

EXの最大の特徴は、ユーザー同士が自由に交流するプラットフォームを提供することで、ユーザー側に「楽しい!」と感じさせるベネフィットをもたらしていることです。チャンバは「カラオケ」を軸にユーザー同士が思い思いのコミュニケーションを楽しみながら、承認欲求を満たしたり、ゲーム感覚で体験を共有したりしています。

言い換えると、これらはユーザーの「自己実現」を応援するプラットフォームでもあります。「歌手としてデビューしたい」「多くのフォロワーを獲得したい」という自己実現の追求がコミュニティを大きくし、「ヒト消費」を加速させています。

楽しいから自然にユーザーが集まって投稿や買い物をし、多くのユーザーデータが日々蓄積されます。そのデータをAIが解析し、アジャイルでサービスを改善していくことで、さらにユーザーが増え、大きなコミュニティになり、ひとつのマーケットを形成していきます。これが、DXを超えた「EX」と私が呼ぶ理由です。

■ユーザーと企業がウィンウィンの関係になっている

ところで、こういったユーザーデータ活用の話題になると、日本ではまだ慎重な見方をする人が少なくありません。「中国だから喜んでユーザーデータを提供するのではないですか?」という人もいます。

日本と中国の文化や国家規制の違いはあると思いますが、中国でも特に若年層は日本と同様、データをとられることに慎重な姿勢を見せます。

それでもこれらの企業がユーザーデータを獲得できているのは、それに見合うだけのベネフィットをユーザーに提示できているからです。データを提供することで、より気持ちのよいユーザー環境が実現することを知っているから、納得してデータの提供に応じるのです。

この「データ提供の対価としてのベネフィットを提示する」ことは、ユーザーデータ獲得における重要なポイントです。

ここでおさえておきたい大事な点は、ユーザーはいつでもそのデータの提供を停止、再開できるということです。

データを停止すれば、当然ユーザーにとってのベネフィットもなくなります。しかし、その選択肢を企業は制限せず、ユーザーが自ら選択できることが大事です。つまり、お互いがフェアな状態が必要なのです。

■企業が表に出ることはほとんどない

特徴② 企業は「ユーザーの遊び場」の管理人

EXを実現しているケースでは、企業自体が表に出ることはほとんどありません。それぞれのプラットフォームの「管理人」的な立場で、ユーザーに最大限遊んでもらうための環境づくりに徹しています。サービスを開始した当初は一生懸命商品やサービスを販売していたのですが、気づいたらユーザーを応援したり、褒めることしかやっていない、という企業が多いのです。

チャンバでは、お気に入りのユーザーを応援する動きや、ユーザーの中からMCやDJ役があらわれるなど、ユーザー側が勝手にコミュニティを盛り上げてくれます。企業側はさまざまな種類のランキングでユーザーをやる気にさせたり、「投げ銭」機能で応援する仕組みをつくったりするなど、ユーザーに楽しんでもらう「裏方」に完全に徹しています。

企業側はこれらの仕組みをつくるだけで、あとはインフルエンサーが勝手にそれぞれのコミュニティを運営してくれます。プラットフォームを運営する企業側が過剰に干渉せず、ユーザーを応援したり、褒める側に徹することで、ユーザー自身もやる気になり、さらに投稿などのアクションを増やしていきます。

このように、ユーザーに自由に楽しんでもらうことで、「ユーザーの自己実現」と「企業の成長」の2つのループがブーストされます。その結果、どんどんユーザーデータが蓄積されていくのです。

■ユーザー同士の「ヨコの交流」、プロ歌手との「タテの交流」ができる

特徴③ コミュニティを活性化し、縦横無尽のつながりを生む

このケースでは、コミュニティを通じてひとりのユーザーから別のユーザーにつながるといった「多角形」の交流が数多く生まれています。この多角形の交流を私は「パーソナルトラフィック」と呼びます。

チャンバではカラオケを通じたユーザー同士の「ヨコの交流」やプロ歌手との「タテの交流」が無数に生じています。

このパーソナルトラフィックは、自然に発生しているようで、じつは「管理人」である企業側が「こうしたらもっとフォロワーが増えますよ」「こうするとランキングが上がりますよ」などと「制約」をかけながらユーザーを誘導しています。

制約、というと自由度がないように思われますが、要はユーザーがより自己実現できるよう、適切に条件づけをしてあげるということです。最終的にはユーザー自身が選択するのですが、この条件づけを企業側が設けることで、結果としてフォロワーが増え、ユーザーの自己実現につながるのです。

チャンバのような企業は、もはや自社のオフィスで経営企画やマーケティングは行いません。会議室でしかめ面をして考えたお客さま像、いわゆるペルソナ通り、そんな人間は存在しないことを経験則から知っているのです。ただひたすら、ユーザーを楽しませながらユーザーデータの獲得に徹しています。データほど、ユーザーの行動特性を雄弁に物語るものはないからです。

■「お客さまの声」を重視する日本企業に欠けていること

データは、予測と現実のギャップを埋めてくれます。たとえば、ある企業に販売戦略を練る優秀な人材がいるとしましょう。平均的なユーザーはこう感じて、購買するだろうと彼は予測し、戦略を練ります。

成嶋祐介『GAFAも学ぶ! 最先端のテック企業はいま何をしているのか』(東洋経済新報社)
成嶋祐介『GAFAも学ぶ! 最先端のテック企業はいま何をしているのか』(東洋経済新報社)

しかしこの人材はかなり優秀なため、現実には平均的なユーザーではないのです。そのため、予測と現実はしばしば乖離(かいり)します。したがって、予測をもとにした戦略が、現実に対応しているかどうか判断するため、データが重要になるのです。

生のデータをよく観察することは、特に変化の速い時代において、自身の予測とのギャップを埋めていくために必要なことといえます。

多くの日本企業が「お客さまの声」を聞くためにアンケートやヒアリングにいそしんでいる一方で、海の向こうの新興テック企業はユーザーデータとAIで日々サービスをアジャイルで進化させているのです。

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成嶋 祐介(なるしま・ゆうすけ)
深セン市越境EC協会日本支部代表理事
世界の最先端企業1800社とのネットワークを持つ中国テックビジネスのスペシャリスト。中央大学、茨城大学講師などを歴任。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。株式会社成島代表取締役。2019年から深セン市政府公認の深セン市越境EC協会日本支部の代表理事を務める。全世界の中小企業をつなげることを目指し、情報テクノロジー、通販分野にて日本と中国の橋渡しを行い、世界規模のグローバルECの開発に向けて活動をしている。

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(深セン市越境EC協会日本支部代表理事 成嶋 祐介)

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