「打倒スタバ」をわずか4年で達成…中国「ラッキンコーヒー」の急成長のウラにある"3つの特徴"
プレジデントオンライン / 2023年8月18日 15時15分
※本稿は、成嶋祐介『GAFAも学ぶ! 最先端のテック企業はいま何をしているのか』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■絶妙なタイミングでグルメサイトから通知が届く
週の終わりの金曜日。あなたは仕事帰りに、居酒屋に立ち寄ってお酒を楽しんでいます。ふと時計を見ると、夜の21時を回っていました。
「締めにラーメン屋にでも立ち寄ろうかな……」
そう思ったそのとき、あなたのスマートフォンに1通のプッシュ通知が入りました。
「22時からタイムセールやります。ラーメン1杯900円が450円に!」
そのラーメン店を調べてみると、最近オープンしたばかりのお店で、徒歩で数分の場所にあるようです。ジャンルもあなたの好みにマッチしています。しかも半額となれば、行かない理由が見当たりません。
あなたはお酒をもう1杯注文し、22時まで待つことにしました――。まるで、「飲んだあとは締めのラーメンを食べる」というあなたの消費行動をスマートフォンが見透かしているかのような内容とタイミングのプッシュ通知です。
でも、本当にそれが「見透かされている」としたら……すごいことですよね? テック企業の最前線では、こんなSFのような世界が実現しています。
■24時間、需要と供給をマッチさせるアルゴリズム
中国の最大手グルメサイト「メイトゥアン」では、ユーザーの属性、過去の注文履歴、店舗に対する評価など、さまざまなユーザーデータを取得しています。これらのデータをもとに、個々のユーザーにカスタマイズされた内容、タイミングのプッシュ通知を送っているのです。
ラーメン店の側も、じつは「まだオープンしたばかりで、22時以降の来客が少ない」という悩みを抱えています。メイトゥアンのようなプラットフォーマーは、店の側にも「この時間にはこういうユーザーにタイムセールをかけるといいですよ」と裏でプッシュ通知を送っています。
こうして、消費者であるあなたのニーズと、来客を増やしたいお店側のニーズが、双方のプッシュ通知によってうまくマッチングされたというわけです。
さらに、稼働率の低い深夜などの時間帯に営業していれば、そのお店は瞬間的にランキング上位に表示される設計になっています。これが店側にとって強力なインセンティブとなり、冒頭のような深夜営業の「夜鳴き蕎麦」のサービスが現に増えています。
こうして、24時間すべてが自然と需要と供給のマッチングで埋め尽くされていきます。しかも、その絶妙なマッチングは、AIのアルゴリズムによって自動的に行われているのです。
■中国全土に6000店舗を展開する「スタバキラー」
「フードデリバリー大国」の中国では、デリバリー網が発達しており、数十分程度ですぐに届けてくれます。需要と供給のマッチングに加えて、即座にデリバリーまでしてくれるとあって、取引の行われない「空白の時間」がますます埋められていきます。
プラットフォーマーは、膨大なユーザーデータと、きめ細かい配送網を武器に、グルメから通販、美容、医薬品、生鮮食品へと、取り扱う領域を次々と拡大しています。最先端のテック企業は、どのような仕組みで24時間の空白を埋めるサービスを展開しているのでしょうか?
上海が、世界でもっともコーヒーショップの軒数が多い都市になった――。2021年11月5日、こんなネットニュースが中国のネットメディアでトレンド入りしました。
同日の「人民網日本語版vi」は、「上海市には現在、コーヒーショップが6913軒もある。その数はニューヨークやロンドン、東京に比べてもはるかに多く、世界でコーヒーショップが最も多い都市となっている」と報じています。
中国でもっともポピュラーな飲み物といえば中国茶で、ひと昔前にはコーヒーを飲む習慣はほとんどありませんでした。それが、今日ではスターバックスが5000店舗以上を構えるなど、中国でもカフェ文化が広まりつつあります。日系企業もプロント、コメダ珈琲店、ドトールなどが中国に進出しています。
その中で、2017年に突如登場し、破竹の勢いで規模を拡大していった中国の新興コーヒーチェーンがあります。それが「ラッキンコーヒー」です。
![ラッキンコーヒーのカップ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/c/1200wm/img_5cef27f4a9bedac320a1caf7f6a967c2406003.jpg)
■創業4年で「スタバ超え」
スターバックスと同じ品質のコーヒーを、スターバックスの半額で提供する――。トナカイのイラストがトレードマークのラッキンコーヒーの戦略コンセプトは、実に単純明快です。
職場でも家庭でもない「第三の場所(サードプレイス)」の提供がコンセプトのスターバックスに対抗して、テイクアウトに絞って店舗面積と人件費を最小限に抑えることで、高品質・低価格のコーヒーサービスを実現しました。
スターバックスへの対抗軸であるこのローコスト戦略が的中し、ラッキンコーヒーは創業して1年あまりで2000店舗を突破し、当時の中国企業としては最速でユニコーンの仲間入りを果たしました。
そして2019年5月、設立わずか18カ月で米ナスダックへの上場を実現します。
しかし、好事魔多しとはこのこと。2020年4月に売上を水増し計上していた不正会計が発覚したラッキンコーヒーは、同年6月にはナスダックでの上場廃止、当時のCEO(最高経営責任者)とCOO(最高執行責任者)も解任され、アメリカで破産申請するという事態にまで追い込まれました。
ところが、刷新された経営陣のもとで不正会計を処理したラッキンコーヒーは、わずか1年で黒字転換を果たしました。そして、2021年時点での店舗数が6024店舗と、スターバックスの5557店舗を上回りました。
創業当初に「スターバックスを追い抜く」と宣言したラッキンコーヒーは、創業からわずか4年で見事にそれを有言実行し、名実ともに中国最大のコーヒーチェーン・ブランドとなったのです。
■ユーザーの消費行動に合わせたプッシュ通知
このラッキンコーヒーの復活劇は、当初のビジネスモデルが消費者の支持を失っていなかったことを表しているといえるでしょう。価格に敏感な中国の国民性にもマッチしたともいえます。
ラッキンコーヒーもたんなるコーヒーチェーンではなく、その実態はまぎれもない「テック企業」です。ラッキンコーヒーの注文はすべてスマートフォンアプリから。メニューを選択して注文し、できあがる頃に店舗まで受け取りに行くか、宅配を選びます。
このスマートフォンアプリこそ、ラッキンコーヒーのビジネスの要です。アプリをとおして大量のユーザーデータを取得し、AIのアルゴリズムを裏側で回しています。
それによって、同じ商品でもユーザーによって半額になったり、3分の2になったり店舗やユーザーに応じてパーソナライズされた異なる価格を、プッシュ通知で呼びかけています。「2人で買うと割引」「5000円分のチケットを購入したら半額」など、さまざまなパターンの割引サービスもあります。
![【図表1】注文はすべてアプリから行われる](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/1/1200wm/img_e1b6a3972e771e67a37bc564a9c02cdb404627.jpg)
■AIを駆使したマッチングで「空白をつくらない」
さらに、稼働率が悪い店舗があったら、その周辺にいるユーザーに、しかも、割引に敏感なユーザーをセグメントして、割引のクーポンをプッシュ通知で送るなど、ここでも「空白をつくらない」需要と供給のマッチングが常に行われているのです。
ユーザーデータから「このユーザーはこのくらい割引しないと買ってくれない」というミクロレベルまで消費行動を把握できているので、プッシュ通知の内容も常に最適化されているのです。ある意味、ダイナミック・プライシングにも近いシステムといえます。
さらに、ラッキンコーヒーではユーザーの位置情報も、スマートフォンのGPSから常にリアルタイムで「見える化」されています。
その情報を表示するBIツールも非常に優れもので、たとえば、「赤いドットは20代女性」「青のドットは10代男性」などと視覚化され、ダッシュボードに表示されています。どの属性の人が、どの場所で、どのくらいコーヒーを買っているのかがヒートマップで、ひとめでわかるようになっているのです。
このBIツールなら、データ分析の専門家でなくても「どのエリアでコーヒーが売れている/売れていない」というのが一目瞭然です。結果、データに強くない社員からも多くのアイデアが生まれ、採用されることもあるそうです。
■いまや新興企業のロールモデルに
このように、データの収集やAIによる解析というテクノロジーに目が行きがちですが、その結果を視覚的に伝え、共有するシステムにも、世界のテック企業にはおおいに学ぶべきものがあります。
アメリカでの上場廃止のピンチを乗り越え、短期間で「打倒スタバ」を果たしたラッキンコーヒーは、中国国内の新興企業にとっても優良なロールモデルとなり、同社の成功を模倣したさまざまな飲料サービスが生まれています。チーズティー専門店の「ヘイティー(喜茶/HEYTEA)」はその代表です。
中国茶にフルーツとクリームチーズをトッピングした独自のフレーバーで、健康志向の高い若者を中心に大人気の喜茶は、スマートフォンアプリで注文したドリンクを専用のロッカーで受け取る「喜茶GO」というサービスを2018年から展開しています。
スマートフォンを通じてユーザーのペルソナ、購入履歴、地域分布消費ピーク時間帯などのデータを取得し、AIが解析して購買体験の向上につなげるモデルは、まさしくラッキンコーヒーが築いた常道といえるでしょう。
■なぜラッキンコーヒーは「打倒スタバ」を実現できたのか
特徴① 24時間働き続けるAIが「空白」を埋める
世界の最先端のテック企業においては、マーケティングはもはや「人」ではなく「AI」が担っています。本社のマーケターが机上で一生懸命ペルソナを考えなくても、ユーザーデータという「ファクト」が日々膨大な量で収集・蓄積されており、それをAIが24時間解析し続けることで、個々のユーザーのペルソナや消費性向がおのずと浮かび上がってきます。
そのペルソナをもとにプッシュ通知を送り、その結果をチェックする、という仮説検証を高速で繰り返すことで、あらゆる時間帯で需要と供給のマッチングの精度が上がり、空白がどんどん埋まっていきます。
さらに、デリバリーフードサービスのプラットフォームでは、配送の路線データもすべて収集し、AIが日々解析しています。ユーザー属性から注文履歴、決済履歴、移動履歴にいたるあらゆるデータを、ユーザーIDを軸に統合することで、ミクロレベルまでユーザーのペルソナを浮かび上がらせることができるのです。
特徴② 「プッシュ型」の強力なマッチングシステム
世界のテック企業は、「待つ」ことをしません。ユーザー、そして店舗をプッシュ型で常に誘導し、マッチングさせるシステムを持っています。
AIによって解析された「誰が、どの商品を、いくらで購入したいか」という個々のユーザーの消費行動をもとに、カスタマイズされたプッシュ通知を日々発信しています。「このユーザーはこれくらい割引しないと買ってくれない」というレベルまで消費行動がわかるので、その特性をふまえ、ユーザーによって異なる割引サービスを提案しています。
![ラッキンコーヒーの紙袋](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/5/1200wm/img_4539ec3adbe34f1e88ab32c4e4f5fae7407960.jpg)
■一人ひとりに最適化された情報が届く
あまり頻繁にプッシュ通知が鳴るとうんざりしてしまいそうですが、そこも個々のユーザーごとに最適化された絶妙なタイミングと内容になっているので、不思議とうるささを感じないのです。
ユーザー側だけでなく飲食店側にも、細かいセグメンテーションとランキングシステムによって「いま、この時間にサラダを食べたい人がこのくらい増えています」「この時間まで延長しませんか?」といった形でプッシュ通知が送られています。
その結果「ライバル店が店を閉めている間に集客しよう」との強力なインセンティブが働き、稼働率の低い深夜などの時間帯にも開店する店が増え、そこでも需要と供給が最適にマッチングされる仕組みになっています。こうして24時間すべての空白が埋まっていきます。
ユーザーの側にしてみれば、24時間いつでもお得な値段で買い物ができ、短時間で自宅まで届けてくれるので、これほど便利な消費体験はないでしょう。
でも、その裏ではプラットフォーム側が強い制限をかけてユーザーを誘導しているのです。もはや、強大なプラットフォーマーが人々のライフスタイルをも変革しているといえるでしょう。
■前集金型の割引サービスを展開する中国企業も
特徴③ 「前集金型」で未来の空白も埋め尽くす
「空白をつくらない」消費体験は、何年も先の「未来」にも及んでいます。つまり、数カ月先、数年先のサービスも一括で購入する「前集金型」のビジネスが普及しています。
飲食のみならず美容やフィットネスなど、多くのジャンルで前集金型の割引サービスをよく見かけます。たとえば、1カ月の料金が1万5000円のパーソナルトレーニングジムがあるとします。そのジムがあなたに「5年契約して一括して前払いすると月額8000円になります」という前集金型の割引サービスを提案してきたりします。
おもしろいのはここからで、あなたが計48万円(=8000円×12カ月×5年)を一括で払って購入する必要はありません。実際の支払いは信販会社が前払い一括で払い、あなたは毎月8000円を信販会社に払います。つまり、結果だけ見ると、1カ月の料金が1万5000円から8000円へと割引になっているのです。
さらに、あなたは「あそこのパーソナルジム、すごくいいよ。一度行ってみたら?」と知人を勧誘し、8000円のチケットを1万円で販売して、まるで株式売買のように差額の2000円を儲けることが可能なのです。
■今も、未来もAIが需要と供給を結びつける
パーソナルトレーナーも、ジムの回数券を100万円分買い、自分の取り分を上乗せした金額でユーザーに販売する、といったことを行っています。ジムは自動的な集客になり、トレーナーは自分専用のジムを保つ必要がありません。
![成嶋祐介『GAFAも学ぶ! 最先端のテック企業はいま何をしているのか』(東洋経済新報社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/0/1200wm/img_400a94523392e6d27fc899906946932d406864.jpg)
さらに二次流通のプラットフォームも用意され、期間の途中でジムを退会する人は、会員権を転売することが認められており、前払いのリスクヘッジができます。
ジム側にとってみると、会員権が転売されるということは、誰かが退会しても実質的な会員数が減らないということです。会員数はそのまま、あるいは増える一方なので財務が安定し、豊富なキャッシュにより、出店を一気に加速させることができます。
このように、未来の「空白」を埋める前集金型のビジネスから新たなビジネスが派生するダイナミックさに、人口14億人の中国マーケットの底知れなさを感じずにはいられません。
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深セン市越境EC協会日本支部代表理事
世界の最先端企業1800社とのネットワークを持つ中国テックビジネスのスペシャリスト。中央大学、茨城大学講師などを歴任。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。株式会社成島代表取締役。2019年から深セン市政府公認の深セン市越境EC協会日本支部の代表理事を務める。全世界の中小企業をつなげることを目指し、情報テクノロジー、通販分野にて日本と中国の橋渡しを行い、世界規模のグローバルECの開発に向けて活動をしている。
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(深セン市越境EC協会日本支部代表理事 成嶋 祐介)
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