マイナ保険証のIT現場は「死の行進」が起きている…日本が「デジタル敗戦」を繰り返す4つの根本原因
プレジデントオンライン / 2023年8月10日 9時15分
■なぜこんなにも日本はダメなのか
マイナンバーカードをめぐってトラブルが続出している。国民の不安や反発を増幅しているのは、現在の健康保険証を来年秋に廃止し、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」に移行すると政府が言い続けていることだ。
岸田文雄首相は8月4日に記者会見し、「マイナ保険証の不安を払拭する。デジタル敗戦を二度と繰り返してはならない」と強調したが、なぜ日本はこんなにデジタル化に弱いのか。根本から考えることも必要だ。
今年春以降、マイナンバーカードに関わるトラブルが次々と明るみにでた。
「コンビニで他人の住民票が発行された」「マイナンバーカードと一体化された健康保険証に、他人の情報が登録されていた」「マイナンバーカード取得者向けサイト『マイナポータル』で他人の年金記録を閲覧できた」「公金受け取り口座に別人が登録された」など。
いずれも政府が「マイナンバーカードを使えばこんなに便利になる」と、大々的にアピールしてきた分野だけに、衝撃は大きい。
■政府が急ごうとするほど国民は不安になる
マイナンバー制度が2015年に導入された当時は、「マイナンバーは個人情報であり、絶対に他人に知られてはいけない」などと言われ、保管用金庫の売れ行きが伸びるといった騒ぎもあった。なのに、他人の目に情報をさらすようなことが続出しているとは。なんともショッキングだ。
コンビニでの誤発行は、富士通の子会社が開発したシステムに問題があった。健康保険証は、健康保険組合などがマイナンバーを紐づける際に入力ミスをしたことが原因だった。公金受け取り口座の誤登録は、自治体の支援窓口での操作ミスによって引き起こされた。
政府は、こうしたトラブルは、マイナンバー制度の根幹にかかわるものではないと考えている。6月末に「マイナンバー情報総点検本部」を設置し、「マイナポータル」で閲覧できる年金や税など29項目の情報の点検・修正、情報漏洩の有無の調査などを秋までに行うと決めた。
点検本部発足時には、中間報告を8月末にまとめると発表したが、岸田首相の指示で8月8日の公表に前倒しした。
前倒しは、普通ならやる気を示すと受け止められるが、今回は、逆に人々の不安をかきたてた面がある。急がせることによって、新たなミスやトラブルを誘発したり、何か本質的な問題を見過ごしたりしないかという心配があるからだ。
■現場では「デスマーチ」が起きている
点検・修正作業を担うのは、地方自治体や関係機関の人々で、ひとつひとつ確認し、結びつけていく。全国知事会が7月、「業務を担う地方自治体の負担を鑑み、現場の声を丁寧に聞きながら、点検を進めていただきたい」という要望書を松本剛明総務相に提出するなど、現場が疲弊している様子がうかがわれる。
点検・修正に関する政府の進め方には、コンピューターのソフト開発などでよく言われる「デスマーチ(死の行進)」になりつつあるのではないかという不安も感じさせる。
「デスマーチ」とは、1990年代以降、コンピューターのソフト開発の関連でよく使われるようになった。上に立つ人が甘い見通しやメンツにこだわり、不可能と思われる締め切りに向けて、十分なマネジメントやリソース配分をしないまま、現場に負担を押し付けて、乗り切ろうとすることを指す。プロジェクトが失敗したり、現場が疲弊しきってしまったりする恐れがある。今回の騒ぎを見ていると、そうならないか心配になる。
新型コロナであぶり出された日本のデジタル化の遅れのひとつとして、接触確認アプリ「COCOA」の問題がある。2020年に政府が導入したが、接触したことが通知されないなどの不具合が多発したため、目指したほど利用が広がらず、昨年11月に機能を停止した。
■「日本を最先端国家に」20年たっても…
今年2月に政府がまとめたCOCOAに関する統括報告書は、「導入を急ぐあまり、開発・保守運用などの体制整備が十分になされなかった」ことなどを問題点として指摘した。マイナンバーカードをめぐって起きていることと重なる面がある。
ここに、日本のデジタル化がうまく進まない原因が凝縮されていると思う。
日本政府がデジタル化に力を注ぐと表明したのは、2000年の森喜朗首相(当時)の時だ。
国会の所信表明演説で、「5年後には、わが国を世界の情報通信の最先端国家にする」と打ち出した。
当時、日本のインターネット普及率は2割強と低く、通常の電話回線を使ってネットに接続する方式が大半を占めていた。超高速通信ネットワークの必要性などが指摘され、電子商取引や電子政府を推進することなどが目標に掲げられた。
ただ、世界最先端の情報通信国家とはどういうものかについて、政府内でも専門家の間でも共通認識はなかった。その意味では青写真が明確にされないまま、動き出した。
その後、超高速通信ネットワークの整備や電子商取引は広がったものの、電子政府に関しては曖昧な状況が続き、進まずにいた。
新型コロナウイルスの定額給付金のオンライン申請をめぐって、日本のデジタル化の遅れが指摘された際に、「そういえば、世界最先端のIT大国を目指すという話があったよね。あれどうなったんだっけ」と話題になるまでは、忘れられていた。
■デジタル敗戦する4つの根本原因
今回のマイナンバーカードのトラブルを含めて、日本のデジタル化への動きには、共通する構図がある。
1.まず政治家や官僚などが、海外動向を見て「日本も負けてはならじ」と走り出す。
2.しかし、政治家も官僚も十分な知識がないため、的確に注文をつけたり、指導力を発揮したりすることができない。
3.司令塔が不在のまま、自治体やメーカー任せになる。各省庁もばらばらに進めるので、官庁ごとのシステムが温存される。長年続く省庁間の縦割りの壁が、デジタルでも続く。
4.政治家などが思いつきで注文をつけ、開発などの現場をいっそう混乱させる。
こうして時間が過ぎる間に、デジタル化が遅れていく。
使い手への配慮不足もある。
多くの人々が使うということは、どんな使われ方をされるかわからないということだ。そのために製造業やIT業界では、「fool proof(フール・プルーフ)」が重視される。間違った使い方ができないように設計することで、日本では、「ポカよけ」とか「バカよけ」と言われたりする。
例えば、今回、自治体の支援窓口の端末を使って口座登録をした時に、ログアウトを忘れた人のマイナンバーに、次に使った人の口座が登録されてしまうトラブルが続出した。ログアウトしないと警報が鳴るなどの仕組みを設けていれば、防げたと思われる。他にもミスを誘発するものはないか、使い手側の視点で点検する必要がある。
■エンジニアを下請けのように見なしてきた
省庁縦割りの弊害も強く残る。
日本の公的制度は、いろいろな官庁が担当している。システムもそれぞれの官庁にとって使い勝手が良いようになっている。
その問題を根本から解決することなく、いろいろな制度を紐づけようとしたことから問題が深刻化したとみられる。
例えば、マイナンバーやマイナンバーカードには、氏名の読み方・フリガナが登録されていない。戸籍に記載されていないためだ。これが間違いを誘発する土壌となった。法改正により来年から戸籍に読み方も記載されるが、旧字や異体字、住所表記などの課題は残る。
8日の中間報告では、政府が統一的なマニュアルを策定しないまま、現場に対応を丸投げしたため、紐づけ機関によって手続きがバラバラだったという実態も判明した。
ルールの作成や、入力したデータの見直し・点検作業に十分な時間をかけることも欠かせない。こうした問題の背景には、長年にわたって日本の組織では、コンピューターのシステムエンジニアなどを、下請けのように見なしてきた影響もあるだろう。組織の上層部の「自分はコンピューターのことはよくわからないが、エンジニアが意をくんで、ふさわしいものを作るだろう」という発想だ。「ど根性でやればできるはず」という考えも生み出した。
■オムレツを出せば「目玉焼き」を指示される状況
あるベテランのシステムエンジニアが以前、こう表現したことがある。
「上層部の人が注文の時に『卵料理』としか言わないので、オムレツを出すと『食べたいのは目玉焼きだ』とシステム担当者に文句を言う。そんなことが頻繁に起きている。コンピューターは人間のように忖度(そんたく)しない。上に立つ人は、何をどうしたいかを明確に伝えないと、われわれも最適のシステムを作ることができない」
使い手にとってわかりやすいものにする努力も、もっと必要だろう。マイナンバーカードには役所用語がふんだんに使われている上、混乱を誘う要素が目につく。
例えば、「署名用電子証明書」「利用者証明用電子証明書」「住民基本台帳用」「券面事項入力補助用」の4つのパスワードを設定しないといけないが、いかにもとっつきにくい。
有効期限も2つある。カードに記録されている電子証明書の有効期限は、発行日から5回目の誕生日まで。カード自体の有効期限は発行日から10回目の誕生日まで。1枚のカードでありながら、別々の有効期限が設定されていることが混乱を誘う。
■本当に使い手のことを考えているのか
取得時に未成年だった場合は、カードの有効期限は5回目の誕生日までとなっていることや、引っ越しで住所が変わった場合などには、期限内にマイナンバーカードの変更手続きもしないと失効してしまうなどの条件がある。ネットには、そうした「落とし穴」に落ちた人の体験談が寄せられているが、気づかなければ慌てることになる。
セキュリティーを高めるために設けられた仕組みだというが、使い手側の視点で見直し、よりわかりやすく、使いやすいものにする努力や説明を重ねることが必要だろう。
先に述べたCOCOAも、接触通知を受けた場合の対応は本人任せで、どう活用すべきかの位置づけが曖昧だったことが混乱を招いた。
使い手あってこそのマイナンバーカード。デジタル敗戦国から脱出するためには、その精神が問われているのだと思う。
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ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。
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(ジャーナリスト 知野 恵子)
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