なぜサントリーのビールは45年間も赤字だったのか…鳥井信宏社長が目標未達を今でも悔やむ理由
プレジデントオンライン / 2023年8月18日 11時15分
■ビールは1種類あればいい時代だった
サントリーがビール事業に再参入したのは1963年のことです。その当時は主に街の酒販店さんと商売をしていたわけですが、当時は缶ではなくて瓶が中心の時代。街の小規模な酒販店さんは商品を置くスペースに限りがあるので、極端に言えば、「ビールは1種類置いておけばOK」という時代です。先行する大手3社の牙城を崩すのは相当に難しかったと思います。サントリーはそんなビール市場へ果敢にチャレンジしたということです。
私は1997年にサントリーに入社し、酒類の営業からスタートしました。ビールの営業というと「自社のビールを毎晩飲んで飲食店に営業攻勢をかける」といったイメージもあるかもしれませんが、ここ何十年の間にビールの販売チャネルは大きく変化しており、私が入社した頃には、「とにかく飲んで営業」という世界ではありませんでした。いまやビール類の売り上げのうち、缶容器の比率が8割ですから、家庭向けのウェイトが大きい市場になっています。
■慣れるのに苦労した金融→メーカーの転職
入社して最初に担当したのは飲食店チェーンです。これは、同じ営業といっても前職の金融機関で経験したのとはずいぶんリズムの違う仕事でした。
前職の場合、月間でこれだけ借入金や預金が減る、ということが前もって分かっているから、それならば、どの会社でこれだけ融資を増やせばいいなというリズムで、計画は比較的立てやすかったのです。
ところが、酒類の営業は、「来月ビールの新商品を発売するので、その新商品をこれだけ売りましょう」という考え方。個人の目標でも商品ごとに数量を決めて販売計画を立てるため複雑になることも多く、慣れるのには少し苦労しました。
前職ではお金を商品として扱っていましたが、お金にはある意味、色がついていない。だから「トータルでこれくらいの金額に達したらいい」という世界です。ところがメーカーであるサントリーが扱うのは多種多様な商品ですから、お客さまに新商品の味わいをお試しいただいたり、定番品をリピートいただいたりするために、この商品はこれだけ売らないといけない、あの商品はこれだけ、といった商品ごとの販売計画が存在する。最初の頃は、「どの商品が売れようと、全体で売り上げの目標金額を達成したら、それで良いのでは」などと思ったこともありましたね。
今では、すっかりメーカーの考え方になり、お客さまそれぞれに合った商品を提供することが使命だと思っています。
■やりたくない仕事
失敗はいくつもしてきていますが、振り返ると決断が遅れたときに起きていた気がします。
どんな時に決断が遅くなるかというと、例えば人事異動です。とりわけ、ある役職に就いている人をそのポストから外す、本人の意に反する配置転換をするということは本当に辛く、やりたくない仕事です。やりたくないからついつい決断が遅れる。
少し前の話になりますが、あるグループ会社のトップを代えるのが遅れたことがありました。配置転換であれば「交代してもらいますが、別の仕事でがんばってください」と言えますが、会社のトップの場合はサントリーグループから離れてもらうこともあるため、本人への思いや情も手伝って判断が遅れてしまったのです。トップの交代が遅れると、それに関連する人事異動や事業の判断にも大きな影響が及んでしまう。この経験もあって、現在は経営者である以上、覚悟して向き合わなければならない仕事であると心しています。
■仕事人生における最大の失敗
もうひとつ、自分の仕事人生における最大の失敗談があります。先ほど申し上げた通り、サントリーは1963年にビール事業に再参入して以来、長年、シェア最下位の4位で赤字の状態が続いていました。私が入社した後もシェアは10%前後と伸び悩んでいました。
そこに2003年、「ザ・プレミアム・モルツ(以下、プレモル)」が登場します。ビール醸造家が原材料や製法にこだわり「高くても本当においしい高品質なビールを」との思いからスタートしたのですが、当初はそれほど販売に力を入れていませんでした。
プレモルへの注力のきっかけの1つが、05年以降のモンドセレクション最高金賞の受賞です。中味の品質には自信があったので、受賞が後押しとなってマーケティングに力を入れ始めました。
私は06年にビール事業部プレミアム戦略部長に就任し、プレモルのブランド責任者になりました。これを、「鳥井信宏は自らプレミアム戦略部長に手を挙げた」と、カッコいい見方をされることがあります。実際そういう側面も無くはなかったのですが、どちらかというと、そのポジションが空席になることがわかったので、それなら創業家の自分がやった方がいいんだろうなと考えて希望したというのが、事実に近いと思います。
実を言うと06年当時、営業統括本部の部長も務めていたのです。当時、営業側から見ると、どうも事業側と距離があるというか、目線が合っていない印象がありました。それなら、営業と事業それぞれのトップをひとりの人格が担当した方がうまくいくんじゃないかという思いもありました。
ですから、ビール事業部プレミアム戦略部長になった時は、営業統括本部の部長との兼務。二足のわらじを履いた、ということです。
■創業家が指揮を執る意味
創業家の人間がそういうポジションに立って音頭を取ることについては、当然、やったほうがいいと思っていました。よく、「創業家出身のプレッシャーはありませんか」と聞かれますが、それはあまり感じません。一方で、創業家がやった方が良い仕事、創業家が担うことで生まれる効果というのは間違いなくあると感じています。みんな「よし、やろう!」という空気になるし、「このブランドは絶対に売らなければ」という意識も生まれる。私がプレモルに関わった時も明らかに、いろいろな動きが変わりましたから。
一番わかりやすかったのは、飲食店さんへの対応です。当時、飲食店さん向けの樽生ビールは基本的に「モルツ」でした。プレモルの樽生をお勧めしても、飲食店さんからは「なんでわざわざ高いビールに変えなきゃいけないの?」「誰のためにそんなことをするの?」という反応が返ってくるばかりでなかなか進まない状況でした。
ところが私が担当するようになった06年ぐらいから、飲食店さんに対して、「そうじゃありませんよ。外食は特別な機会だから、外出の時こそ、値段は少し高くてもおいしいプレモルを飲めればいいじゃないですか」と、社員が切り返して提案するようになってきたのです。これは私が言い出したのではなく、社員みんなが議論する中で出てきた発想です。
この発想を社内用語で「ランクアップ」と呼ぶようになりましたが、ランクアップがさまざまな活動の軸になって、モルツを扱ってくださっていた飲食店さんが、徐々にプレモルに変えてくださるといううねりになっていきました。飲食店さんも、実際プレモルに変えてみたら単価は上がるし、お客さまもせっかく飲むならおいしいプレモルを、という流れになりました。そして、この良い流れが家庭用の缶ビールにも波及していったのです。
■心からおいしいと思えるビール
社員がプレモルを「心からおいしい」と思い、中味に自信を持つことで、営業現場でのおすすめの言葉も「1番安いですよ」とか「今日は○○がおまけで付きますよ」ではなく、「おいしいですよ」と中味で勝負するようになりました。ビール4社の中で最も値段が高く、品質にこだわったビールをサントリーが売っているのです。社内がだんだん盛り上がっていきました。
■自分の意見を通したワケ
プレミアム戦略部長になった年に、前年比4倍以上の550万ケースを売り上げ、翌07年には951万ケースを売り上げました。はたから見れば大躍進だと思いますが、私にすれば、これは失敗でした。理由は単純で、販売計画が1000万ケースだったからです。要するに、計画未達ということです。
実を言うと、06年末に佐治信忠会長(当時は社長)から、「07年の販売計画は1200万ケースでどうか」と言われていたのです。
話はそれますが、創業家のなかで敬三さん(佐治敬三・故人)やその息子の佐治会長は、熱く夢やロマンを語るタイプ。一方、私も含め長男系(鳥井信宏は、創業者・鳥井信治郎の長男・吉太郎の長男・信一郎の長男)は、比較的淡々としているように見られることが多いです。
そんな会長が「目標は高く1200万ケース」だと。しかし、1200万ケースというのは前年比2倍以上の数字です。
私が目標として掲げたのは1000万ケース。会長の目標とは異なるものでした。なぜなら決まった数字は、全国の営業拠点ごとに「北海道はこれだけ、九州はこれで」と割り当てられ、さらには営業担当者一人ひとりに「あなたはこれだけ」と予算が割り当てられるのです。
トータル1200万と聞いた瞬間に、「絶対に達成できるわけない」と彼らのモチベーションが下がってしまうことは目に見えていました。それどころか、1000万という数字にすら食らいついていかなくなってしまうおそれがありました。ですから、実現性があり、しかも高い販売計画である「1000万ケースをきっちり売ります」という私なりの考えを押し通したのです。
■頭をよぎってしまった数字
サントリーでは、毎年1月末に全社のマネジャーが集まる大きな会議が開催されます。私は07年1月末のその会議に合わせてプレモルの販売計画を1000万ケースとした資料を作り、「プレモル1000万ケースに向けて」というタイトルのスピーチをしました。
1200万よりは少ないものの、1000万だって大変な数字です。この高い計画を達成するには酒類の営業部門だけでなく、サントリーグループ全員でプレモルのことを考えなければいけないという話をしました。
その一方で私は、「年間では」「季節ごとでは」「毎月では」と売り上げを頭の中で計算していました。その計算結果は、「ビールの最盛期の夏には他社がこのぐらい、自社はこれくらい売れるから、販促活動をこれだけ入れて、年末には限定品も販売して、可能な限りの手を打って、おそらく940~960万ケースくらいだろう」というものでした。
すると、その数字が私の頭の中に入ってしまったというか、どこかに居座ってしまうことになったのです。それが、07年の「951万ケース」という未達の結果を招いてしまった原因だと私は思っているのです。
■部下は上の人間をよく見ている
創業家の人間には、合理性だけで経営判断を下すのではなく「狂になってやりぬく」という側面があります。40年以上も最下位のビール事業を継続してきたのもこの「狂」の面であり、そうした(時に合理性を欠く)ことができてしまうのが、サントリーという会社だと思います。
ところが、当時の私には「狂になってやりぬく」気持ちが足りなかった。頭のどこかで、「年間の着地は940~960万だろうな」と思っていた。
恐ろしいもので、部下というのは上の人間のことをよく見ています。上の人間が1000万ケースという大変な数字に対して、一瞬でも「おそらく達成できない」と思ってしまうと、それが部下に伝わってしまうのです。「1000万には達しない」なんてひと言も言っていないのに、「たぶん届かない」と思っていることが伝わってしまう。これが、私がやってしまった大きな失敗です。
今の自分だったら、この1000万という数字に対して、やれることを徹底的に考え、全員でできるすべてのことをやろうとするはずです。あらゆる取引先に会いにいって、1ケースずつでも買っていただく努力をしようとするでしょう。しかし、あの時の私には、そこまでの執着心がなかった。狂になり切れなかった……。
この07年のことを思い出すと、会長がよく社員によびかける言葉、「へこたれず、あきらめず、しつこく」の「しつこく」が、自分には足りなかったと思うのです。
この反省が強くあり、一人でも多くのお客さまにサントリービールの魅力をお伝えしようという社内の取り組みを始めました。例えばプレモル1本を友人に勧めてみる、知人にギフトとして贈ってみるなど、まさに1ケースでも、1本でもサントリービールを買っていただくための地道な草の根的な活動で、社内では"麦の根運動"と呼んでいます。一つひとつの動きは小さくても、グループ一体でサントリービールを応援するこの活動は「狂になってやりぬく」気持ちで、私が中心となり進めています。
■官僚主義と前例主義
近頃は狂気の重要性を感じることが多くなりました。狂気というか、物事を考えるときの目線を非現実的なほどに高めにしておくことの重要性です。トップがそういう目線を持っていないと、組織はだんだんダメになってしまう。人間はどうしても、楽をしたいと思ってしまいますから。
おかげさまで現在サントリーの業績は悪くないのですが、私はこういう時期こそ悪しき官僚主義や前例主義がはびこりやすいから気をつけろと、事あるごとに社員に伝えています。注意喚起だけでなく、例えば、前例踏襲とおぼしきことを見つけたら、嫌な役回りではありますが、「なぜこれをやっているのか?」といちいち指摘して回っています。
最近も、ある研修で、前年と同じ形での実施ありきで話が進んでいたので「なぜ前例踏襲から入るのか。もっと今年の事情に合わせた最適な実施形態があるだろう」とたしなめる場面がありました。そうしたら、担当者はちゃんと自分の頭で考え始めてピシッとやるのです。できるのです。「だったら、最初から考えて動こうよ」と思うわけですが、私が「目線を高く」と口を酸っぱくして言うのは、社員の一人ひとりが、各々の持ち場で、自分の頭で考えて仕事をしていかないと、会社はよくなっていかないからなのです。
■失敗の先にあったもの
07年の「1000万ケース未達」の失敗を糧に臨んだ翌08年のプレモルの売り上げは1149万ケースとなりました。
実はこの08年に、サントリーはビール事業への参入から46年目にして初の黒字化を達成し、シェア3位に浮上することができました。「サントリーの魂」とも言えるビール事業で、しかも担当したプレモルが牽引しての黒字化とシェア3位は本当に嬉しかった。
あれから15年、現在私は国内の酒類事業全体を率いていますが、「へこたれず、あきらめず、しつこく」「狂になってやり抜く」は、私が社員に伝え続けている言葉です。
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サントリー 社長
1966年、大阪府出身。91年米ブランダイス大修了、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。97年サントリー入社、2011年サントリー食品インターナショナル社長、16年サントリーHD副社長、22年サントリー社長。
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(サントリー 社長 鳥井 信宏 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山田清機)
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