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「自動販売機」のように改造されている…ブラック企業の社員が「理不尽な命令」にも従ってしまう理由

プレジデントオンライン / 2023年8月22日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/iLexx

「ブラック企業」の社員はなぜ理不尽な命令にも従ってしまうのか。組織心理学者のジョン・アメイチさんは「そうした企業は従業員を『自動販売機』のように扱っている。人間性や個性が失われ、いつしか顧客にすら理不尽な態度を取るようになる」という――。(第3回)

※本稿は、ジョン・アメイチ『巨人の約束 リーダーシップに必要な14の教え』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。

■クルーズ船で出会った給仕係

先日、クルーズ船で企業のリーダーシップに関するカンファレンスが開催された際に、わたしは講演を行った。講演の翌日、朝早くに誰かが船室のドアをノックした。ドアを開けると、そこには紅茶をお盆に乗せたスチューワードが立っていた。親切にもわたしのために持ってきてくれたようだ。

前日の講演で、わたしが紅茶好きで早起きだという話をしたのを聞いたのだろう。講演で言い忘れていたが、朝起きてすぐのわたしは少々機嫌が悪い。そんなわけで、最初わたしはうつろな目で困惑した表情を浮かべていたに違いない。部下が有意義だと勘違いして何かをしたとき、リーダーは時にそんな反応をするものだ。部下を見てとりあえず何かを言う。「ええと……。わかった。ありがとう」

わたしはお礼を言い、さっさと紅茶を受け取ってドアを閉めようとした。すると彼の視線がわたしを通り越して、部屋のなかへと移った。恥ずかしながら、前日わたしが行った講演がテレビに映っていたのだ。わたしは慌てて言い訳した。いつもは6時半に起きて自分の動画を見たりはしないが、前夜にメアリー・ポータスの基調講演を視聴しているうちにうたた寝してしまったんだよ、と。

彼はうなずき、「そうですか。わたしたちも船室のテレビでカンファレンスの動画を見られるんですよ」と言った。

彼が発した「わたしたちも」という言葉には含みがあった。あきらめの感情とでも言おうか。個人としてではなく、まるで目に見えない底辺層の名もなき代表としてしゃべっているかのようだった。逆に言えば、彼は利己的な目的のために来たのではないということだ。集団的な洞察を共有するために、代表としてわたしのところへやって来たのだ。

■「わたしたちは見えない存在」

「船室のテレビであなたの講演を見て、あなたならわたしたちのことをわかってくれるんじゃないかと思ったんです」彼がテレビを指しながら言った。

彼の話を聞いて自分を恥じたが、表情に出さないよう努めた。2人で立ち話している間、わたしはとっとと紅茶をもらって、ドアを閉めてベッドに戻ろうと考えていたからだ。

気を取り直すと、わたしはドアを開けて彼を招き入れた。彼は椅子に座り、わたしは紅茶を2杯注いで、彼と向かい合うようにベッドに座り、2人で黙って紅茶を飲んだ。以前に結婚と家庭の心理療法士になるための訓練を受けたとき、沈黙にはパワーがあることを学んだ。今日の利用文化では、沈黙は過小評価されている。黙々と考えた挙げ句に突然ひらめいたことが、しばしばブレイクスルーや斬新なアイデアとなるにもかかわらず。

やがて、スチューワードはわたしを見ると、ささやくような小声で話し始めた。

「この船内で、わたしたちは見えない存在なんです。お客さまが来ると、通行の邪魔にならないよう壁に身体を押しつけます。支配人がやって来ると、何か悪いことをやっていると疑われないよう、壁に身体を押しつけるんです」

■「わたしたちを自動販売機みたいに扱う」

「みんなは、わたしたちを自動販売機みたいに扱うんです」と彼は続けた。「お金を投入するみたいに指示を出し、わたしたちがそのとおりに正確にやるまでイライラした様子で見てます。この船内で一番人間らしく扱われるのは、指示どおりにできなかったときですかね。まるで彼らのほしいものがわたしたちの体内で詰まってしまったみたいに、わたしたちの身体を揺すりたそうにするんです」

各社の自動販売機
写真=iStock.com/NonChanon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NonChanon

彼はさらに船上での生活と仕事に関する力学や政治学を話してくれたので、組織の構造が複雑ながらも何となく理解できるようになった。わたしはクルーズ業界のことを何も知らない部外者だったが、彼が流暢かつシンプルに話してくれたので、彼自身や同僚たち、上司や乗客が毎日どんなことを経験しているのか、全体像がわかるようになった。わたしは目を丸くしながら話に聞き入った。

わずかな“自由”な時間中に、この若者と仲間たちはカンファレンスの講演を聴いた。そしてわたしの講演を見て、チャンスだと思ったのだ。そのチャンスを前に、彼は勇敢かつ少々無防備な行動に出た。

創造力を発揮するとまではいかなかったが、わたしが飲みたがるだろうと考え、紅茶を持ってわたしの部屋までやって来た。彼はこのチャンスを捉えて、自分と他のスチューワードたちの日々の経験を改善するために、何かしらアドバイスをくれそうな人と接触しようとしたのだ。おまけにかなりのリスクを冒して。彼自身も言っていたが、招かれてもいないのに彼が乗客を訪問することを上司は許さなかっただろう。

あらゆる面で、彼がしたことはリーダーシップだった。

■「人材」が人として見られていない

この短いやり取りを通して、あのスチューワードが仕事で責任を負う以上のこと、権限以上のことができることは明らかだった。だが、彼のようなケースはまれではない。

企業は「優秀な人材」を集めるには時間もリソースもかかると嘆く――「人材獲得競争が起きているぞ!」と。だが多くの場合、人材はすぐそばにいるのに、ふさわしい役割を担っていない。なぜならその“人材”または“人的資源”が人として見られていないからだ。多くの労働者は画一化され、分業化されて、ラベルの貼られた箱に詰められて、決められた進路を進むことになる。その進路から逸脱するケースはまれだ。

一度給仕の仕事に就いたら管理職にはなれない。一度管理職になったら営業担当者にはなれない。一度営業担当者になったら技術者にはなれない。

わたしたちAPS(注1)は、複雑な構造を持つグローバル企業と連携して働いている。そうした組織では、権限の範囲を超えて働くのは簡単ではなく、さまざまな規定を調整する必要があるうえに、膨大な数の従業員がいる。このような官僚主義的な構造のなかでは、労働者を人として認識するのは簡単ではないかもしれない。

だが、新型コロナの危機以降、労働者は人間らしく扱われるようになった。将来栄える企業は、この傾向に従うと共に、人材を柔軟に異動させてさまざまな役割を担わせ、これまでとは違うやり方で進化する必要があるという事実を受け入れる企業だろう。こうした戦略の再考が必要なのは、マッキンゼーが行った最近の調査(注2)でも明らかだ。同調査によると、2016〜2030年の間に世界中で7500万〜3億7500万人もの労働者が、職種の枠を超えて仕事を探さなければならなくなるという。

(注1)著者が創業したコンサルタント会社「APSインテリジェンス」
(注2)Manyika, J., Lund, S., Chui, M., Bughin, J., Woetzel, J., Batra, P., Ko, R.&Sanghvi, S.(2017)Jobs lost, jobs gained: What the future of work will mean for jobs, skills, and wages.[online]McKinsey.

■知らない間に従業員が自動販売機になった気分になる

人間が貢献できる範囲を定める古くて厳格で、時に暗黙に決められている境界線は、イノベーションの理想や破壊的な変化をもたらす思考とは対極にある。境界線はパフォーマンスを低下させ、人々をみじめにする。ルーズルーズでしかない。

わたしが協働している組織のほとんどが、自動化や人工知能の開発を進めており、自社のプロセスやテクノロジーを人間らしくしようとしている。その間にも多くの組織では、知らない間に、従業員がロボットになったような気持ちを抱くようになる。自動販売機になったような気持ちになるのだ。クルーズ船で出会った、あの若いスチューワードと同じように。

■「自販機」ではイノベーションは起こせない

おまけに自販機はイノベーションに適さないという問題がある。自販機は変化に適応できないからだ。誰かがお金を投入して品物を選ぶと、自販機はその商品を提供してくれる。板チョコを注文すれば、板チョコが出てくる。

だが、あなたが選択した商品を吟味して、もっと良いものを推薦することは許されない。板チョコの代わりに、にんじんやポテトチップスを勧めることはできないのだ。仮に商品がなかで詰まって出てこなければ、あとはただ身体を揺すられるのを待つしかない。誤って2枚の板チョコを出しても、1枚を回収することもできない。

従業員を自販機のように扱えば、自販機のサービスしか期待できないが、それで問題ないときもある。だが、組織が短期間の危機的状況を何度も乗り越えながら、長期的に成功し続けるには、自販機以上のサービスが必要になる。だからこそ、人を単なる業務内容として扱わず、唯一無二の個人として扱うと約束してほしいのだ。

職場において人間が画一化されるのは、決して新しい傾向ではない。実際、会社に所属する人たちの呼び名にもその傾向は表れている――たとえば「従業員」「人材」「人的資源」などといった用語だ。こうした用語は人から人間性を奪い、画一化を押しつける。

繊細な違いよりもカテゴリーを優先させる。個人の能力の独自性や重要性を認識していない企業や、過小評価している企業には、こうした用語がなじむ文化がある。どんな人も、組織の一員と認められて仕事に取り組めば能力を発揮できるのに。

■「自販機」はいつしか暴走する

とはいえ、人事考課の無駄なルーティン、非効率的な古くさい業務、柔軟性に欠ける効率化目標といった、やっかいなプロセスや方針によるダメージに比べれば、用語によって非人間化する影響など軽いものだ。こうしたプロセスや方針は、組織的に仲間たちを人間扱いしない環境を生む一因となる。

おまけに人間を機械、モノあるいは「資源」として扱い始めると、人間に対して暴挙とも呼べることをしでかすことがある。たとえわずかでも人を人間以下だと思った瞬間、その人に対する合理的な扱い方が大きく変わるからだ――しかも悪い方へと。そしてその傾向が乱暴な形で暴走したケースを、わたしたちも見たことがある。差別、奴隷、大量虐殺はいつも、最初に人間以下と見なされた集団がターゲットとされてきた。

ロボットの集団
写真=iStock.com/iLexx
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/iLexx

■ユナイテッド航空の「乗客引きずり降ろし事件」

職場で人間を画一化して非人間化するとどうなるか、その極端な例も起きている。こうした例は残虐でも暴力的でもないかもしれないが、警戒するほどでなくても、確実に不安材料となる。注目を集めた事件を一つ紹介しよう。

2017年にユナイテッド航空がオーバーブッキングした際に、乗客を強引に引きずり降ろした事件だ。航空券は完売しており、乗客の1人デイビッド・ダオ・デュイ・アンは航空券代を支払い、すでに搭乗を終えていた。ところが同社は4人の従業員を目的地の空港まで送らなければならず、席を空けるためにコンピューターで無作為に4人の乗客を選び、降機を促した。

ユナイテッド航空の旅客機
写真=iStock.com/gk-6mt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gk-6mt

ダオが降機を拒否すると、乗務員が空港のセキュリティスタッフを呼んだ。彼らは文字どおりダオを座席から引きずり降ろし、通路を引きずって無理やり航空機から降ろしたのだ。その光景に驚きぞっとした他の乗客が、携帯電話のカメラでその状況を撮影した。

その後動画がインターネット上で拡散すると、ユナイテッド航空のオスカー・ムニョスCEOは乗客を排除したのは「乗客を再搭乗させなければならなかったからです」と釈明し、さらに傷口を広げることとなった。さらにその後、ムニョスは予定されていた取締役会長への昇進が取り消され、ユナイテッド航空は嘲笑の的となり、市場価値が4%――約7億7000万ドル――も下落した。なぜこんなことが起きたのか?

■やがて顧客をも「モノ」として扱うようになる

組織が人を人として見なくなったら何が起きるか? それを示す教科書のような事例が航空業界で起きたことは驚くほどのことではない。長年の間に、乗客はさまざまな面で人間扱いされなくなっていた。そんなわけでユナイテッド航空の乗客排除事件は許しがたいことだが、企業風土が誤った方向へそれるとこのような事態が起きるのは当然であり予測できることだ。

ジョン・アメイチ『巨人の約束 リーダーシップに必要な14の教え』(東洋館出版社)
ジョン・アメイチ『巨人の約束 リーダーシップに必要な14の教え』(東洋館出版社)

いつも乗客を余分な荷物のように扱っていれば、業務に不都合であれば、当然、余分な荷物のように通路を引きずってもいいと考えるようになる。組織が人間――従業員と顧客の両方――をロボットか牛か自販機のように扱うと、目に余るような命令や方針にも従えるようになるのだ。

従順で疲れ切った一般職員は、自分のなかの論理的思考、倫理観、道徳観、判断力を黙らせて、命令に従うだろう。経営者に奉仕するために、彼らはお金を払っている顧客を余分な荷物以下の存在として扱う。そんなことをすれば、経営者の評判と価値が地に落ちるというのに。

だからこそ人間性と個性を見失ってはいけないのだ。だからこそ、従業員のなかに業務内容以上のものを見るよう約束してほしいのだ。企業文化がどうなるかは、そうした姿勢にかかっている。従業員が潜在能力を発揮できるか否かもだ。究極的にはこうした姿勢がなければ成功できないだろう。

(ジョン・アメイチ(OBE))

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