1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「1日も早く無条件で停戦すべき」は誤りである…元外交官が斬るウクライナ戦争にまつわる俗説4パターン

プレジデントオンライン / 2023年8月17日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tomas Ragina

ロシアのウクライナ侵攻について、様々な報道がある。元外交官の宮家邦彦さんは「中には陰謀論に近い言説もある。情報を正しく判断するにはポイントをおさえる必要がある」という――。

※本稿は、宮家邦彦『世界情勢地図を読む』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

■専門家たちは「侵攻はあり得ない」と分析していた

ロシアのウクライナ侵攻開始前、多くのロシア専門家は「侵攻などあり得ない」と分析していました。なぜ彼らは侵攻を正確に予測できなかったのでしょうか。

不勉強? とんでもない。彼らはプーチンという人物の人となりを詳しく調べ、かくも冷徹で狡猾なプーチンが、ロシアを崩壊させるようなバカな戦争を始めるはずがない、と結論付けました。

専門家たちの最大の誤りは、プーチンも「人の子で、間違える」ことを予測できなかったことです。

なぜプーチンは判断を誤ったのでしょうか。驕り、怒り、老化など様々な説がありますが、私の仮説は、プーチンがロシアの民族主義イデオロギーに固執するあまり、国家と国民の長期的利益を犠牲にしたから、というものです。

一般に、政治指導者の判断ミスは「高く」付きますが、特にその指導者が絶対的独裁者である場合、その判断ミスを矯正することは事実上不可能に近いので、非常に厄介です。

■プーチン大統領の4つの誤算

プーチンの誤算は大きく分けて4つあります。

第1の誤算は、ロシア軍の能力不足とウクライナ軍の大善戦でした。自分が生まれた故郷を守るウクライナ人と他国を侵略するロシア人では、戦う意欲、すなわち兵士の士気のレベルが違うのも当然でしょう。

第2の誤算は、ウクライナに対する間違った歴史認識です。ウクライナは元々独立国で、「ロシア化」したのは18世紀以降に過ぎません。皮肉なことに、ウクライナという民族国家を初めて作ったのは他ならぬプーチン自身だったのです。

第3の誤算は、プーチンの予想を超えたNATOの結束力でした。NATOはソ連崩壊後、同盟に不可欠な「敵」を失いました。ところが、ロシアはNATOに不可欠な「敵」として復活し、NATOの存在意義を回復させてしまったのです。

第4の誤算は、ロシアの情報戦能力の貧弱さです。ロシアは2016年のアメリカ大統領選挙でそのサイバー「攻撃」能力の高さを世に示しましたが、今回はアメリカの情報戦攻撃の前に、そのサイバー「防衛」能力の脆弱(ぜいじゃく)さを露呈しました。

■プーチンが侵攻を決断した日

プーチンが侵攻を決断したのはいつでしょうか。

公開情報を見ると、アメリカがウクライナ国境沿いのロシア軍の動きに警告を発し始めたのは2021年の4月です。10月にはアメリカの国防長官がウクライナを訪問して支援を表明し、12月になるとアメリカ政府がロシア軍の侵攻は「差し迫っている」と警告し始めました。

ロシアはもっと早く侵攻したかったのでしょうが、結果的に侵攻開始は翌2022年2月24日となりました。私は、プーチンが最終的に侵攻の腹を決めたのは、米軍がアフガニスタンから撤退した2021年8月末だったと思っています。

■ウクライナ戦争の4つの論点

2022年2月24日、ウクライナで始まったプーチン大統領の「特別軍事作戦」をめぐる議論は尽きることがありません。この戦争に関しては今も世界各地で様々な情報分析や陰謀説が飛び交っています。今日の国際情勢を正確に理解するためには、この戦争の意味を正しく分析し、現在の国際政治・経済の潮流の中で、この戦争が如何なる意味を持つかを知る必要があると思います。

ここではまず、通説や俗説を踏まえて「悪魔」と「天使」にさまざまな意見を象徴的に語ってもらい、それらの真偽を見ていきましょう。

悪魔のささやき

①NATO(北大西洋条約機構)が進めた「東方拡大」は、ロシアにとって国家安全保障上の重大な脅威であり、プーチン大統領にはウクライナ侵攻に踏み切らざるを得ない切実かつ正当な理由があったことを忘れてはならない

②就任後にクリミア半島奪還を主張する対露強硬政策を打ち出すなど、ゼレンスキー・ウクライナ大統領はロシアを必要以上に挑発したのであり、戦争勃発の責任の一端はウクライナ側にもある

③アメリカも例外ではなく、ロシアのウクライナ侵攻前に「米軍の軍事介入はない」と明言したバイデン大統領は、プーチン大統領に軍事侵攻の成功を確信させただけでなく、ロシアの軍事侵攻を事実上黙認した責任がある

④この戦争は多数の民間人を巻き込む悲惨なものであり、長期化すればロシアが戦術核兵器を使用する可能性すらあるので、1日も早く無条件で停戦すべきである


天使のさえずり

①NATOの東方拡大は当時のヨーロッパ政治の潮流であり、NATO内でも「拡大」に反対する意見は少数だった

②2014年のロシアによるクリミア併合は国際法違反であり、ゼレンスキー大統領の主張は正当である

米軍不介入宣言は、ウクライナにおける戦闘を核戦争にエスカレートさせないために必要不可欠だった

④戦争の帰趨は「外交」ではなく「戦場」で決まるが、ロシアが核兵器を使う可能性は限りなく低い

■4つの論点について解説する

①NATOの東方拡大は間違いだったのか

これには両論あります。

ロシア側は1990年2月9日に、アメリカのベーカー国務長官がソ連のゴルバチョフ書記長に対し、「NATO軍の管轄は1インチも東に拡大しない」と約束したとし、NATO側に騙(だま)されたと主張します。これに対し、アメリカ側はあくまで「仮説的なものであり、国際約束ではない」と否定しています。

他方、当時、アメリカ国内にも、冷戦戦略の立役者ジョージ・ケナン元駐ソ連大使が「NATO拡大は冷戦後のアメリカの政策で最も致命的な誤り」と述べるなど、東方拡大への反対論はありましたが、民主化を推進した旧東欧諸国がNATOの拡大を強く求めたため、結局、東方拡大は続きました。

宮家邦彦『世界情勢地図を読む』(PHP研究所)
宮家邦彦『世界情勢地図を読む』(PHP研究所)
②ゼレンスキー大統領の評価

ロシアはユダヤ系ウクライナ人であるゼレンスキー大統領を「ネオナチ」などと批判していますが、同大統領はコメディアン出身ながら、ロシア侵攻後も首都キーウを脱出せず、戦争を指揮するなど、今や国民の英雄となっています。

③バイデンの米軍不介入宣言

一部には侵攻前にバイデン大統領が「米軍の派遣はしない」と明言したことがロシアの侵攻を招いたといった批判もあります。しかし、米軍が直接介入すれば、米露間の戦闘となり、核戦争にエスカレートする可能性があります。あの時点では、アメリカが不介入を明言したことは戦略的に正しかったと思っています。

④ロシアは核兵器を使うか

仮に、ロシアがウクライナ国内の戦場で追い詰められてウクライナ軍や国民に対し戦術核兵器を使うとしましょう。NATO側は、国際法上も人道的見地からも、ロシア側の責任を徹底的に追及するだけでなく、精密誘導通常兵器のみでロシア陸海空軍の主力と中枢を徹底的に破壊するはずです。ロシアにとっては、軍事的にも政治的にも、得るものより失うものの方が遥かに大きくなると思います。

戦略的判断ミスをしたロシアに出口はありません。経済状況も中長期的にロシア側には不利ですが、ロシア、ウクライナ双方とも「敗北」などは考えていないので、停戦成立の可能性は当面低いでしょう。停戦交渉は紛争当事者の一方または双方が「敗北」を考えた時に初めて始まります。

【図表1】各国のロシアへの対応
出典=『世界情勢地図を読む』

■俗説4テーマの答え合わせ

最後に、悪魔と天使のコメントのそれぞれについて、私の採点とその理由を書いておきます。○は肯定、△は肯定でも否定でもない、×は否定を表しています。

【図表2】宮家の採点
出典=『世界情勢地図を読む』

----------

宮家 邦彦(みやけ・くにひこ)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1953年神奈川県生まれ。78年東京大学法学部卒業後、外務省に入省。外務大臣秘書官、在米国大使館一等書記官、中近東第一課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任。2006年10月~07年9月、総理公邸連絡調整官。09年4月より現職。立命館大学客員教授、中東調査会顧問、外交政策研究所代表、内閣官房参与(外交)。

----------

(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 宮家 邦彦)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください