「配属ガチャ」「人事ガチャ」が日本人の成長意欲を奪っている…社内公募や選択研修が機能しない根本原因
プレジデントオンライン / 2023年8月17日 10時15分
■負の影響が強い「仕事は運次第」という意識
今回のテーマは、ある意味でリスキリングの「最後の難関」とも言える、人々の学びへの「意思」を創るという点です。
前回のコラムでは、他者を経由した「炭火型」の動機付けの方法の一つとして、コーポレート・ユニバーシティによる学びの共同体づくりを提案しました。日本人が苦手とする新しい人とのつながりづくりを組織的にデザインすることで、継続的な学びへの動機付けを期待するものです。
これらはいわば他者からの「もらい火」的な動機付けの方法です。しかし、焚火(たきび)の延焼がどこかに「種火」がなければ難しいように、あまりに学ばない日本のビジネスパーソンの学びへの意思を調達するには、それ以外の仕掛けも当然必要になってきます。鍵を握るのは、「キャリアの仕組み」です。
日本は、「配属ガチャ」「人事ガチャ」と呼ばれるように、ジョブローテーションや業務命令異動を通じポジションと仕事内容、勤務地まで会社がコントロールし、それに多くの従業員が大人しく従うという、珍しい慣行を持っている国です。そしてこれが、学びの意思を抑え続けます。今は経理や営業でも、数年後は違うかもしれない。そうしたジョブ・チェンジの可能性が専門領域を深めることを阻害するからです。
筆者が中原教授と共同調査したデータを分析しても、就業者の「学びなおし」への意欲へ大きく負の影響を与えているのは、「仕事は運次第」という意識です。キャリアや仕事全般について、「自分の計画通りにいくことはない」という意識を持っている人は、さまざまな属性の影響を取り除いても、学び直しの意識が大きく低くなっていました。仕事が運や偶然に左右されるという感覚は、主体的な学びの大敵です。
![【図表1】「学びなおし意欲」の阻害要因](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/3/1200wm/img_13b0c41dacc6a3d2339c25a68226649e219626.jpg)
■「雇用を流動化」も有効な策ではない
日本のキャリアについて考える時、人はしばしば、「硬直的な市場をもっと流動化させよ」「解雇規制を緩和せよ」といった発想に飛びつきます。中高年になったら自動的に外に出るキャリアを考えさせる「40歳定年制」などのような提案もしばしば聞かれます。企業の外にある「外部労働市場」を活性化させ、転職を促進すれば、みな学ぶようになるはずだ、というロジックです。
さて、そうした流動化によって、人は学ぶようになるでしょうか。答えはNOです。流動化推進派の人たちは、大企業正社員のことばかり頭にあるようですが、日本で流動性が高く、転職が多いのはアルバイト・パートといった非正規雇用の領域、そして中小企業で働く人々です。そしてその領域は、日本の中でも最も学ぶ習慣のない領域と見事に重なっています。
![段ボールに入った荷物を持ちオフィスのエレベーターに乗っている男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/1200wm/img_034ca2217dbf1dbc9db1b816cc41e531155829.jpg)
■必要なのは「内部労働市場」のアップデート
筆者が主張するのはむしろ逆です。日本人に学びの種火を作るには、企業の中の「内部労働市場のアップデート」を図ることが必須のプロセスです。
具体的には、キャリアについての「対話」をベースにした社内のジョブ・マッチングの仕組みで社内の人材流動性の「質」を変えていくことです。拙い造語ですが、「対話型ジョブ・マッチングシステム」の仕組みと呼んでいます。
■「対話型ジョブ・マッチングシステム」と「公募制」の違い
対話型ジョブ・マッチングシステムとは、世代を問わず、キャリアについての他者との「対話」の機会をベースにおき、社内公募や副業、社内留職のような形で事業部が人材を募集し、それに個人が手を挙げて流動していく仕組みです。
この社内のジョブ・マッチングシステムを構成する各部分は、個別制度としてはいま多くの企業がすでに行っています。伝統的な企業も、「標準登用年齢」のような年功的な昇格の運用を廃止し続けていますし、自ら手を挙げてポストに応募する社内公募制は、中小企業にまで広がってきました。
問題は、それらの施策がほとんど機能していないこと、そしてそれに対して対策を講じられていないことです。
例えば、社内公募制は多くの企業で整備されましたが、ふたを開けてみれば応募が極めて少ないことが圧倒的に多くあります。同じように、選択型の研修には「いつものメンツ」しか集まらず、越境学習のプログラムに手を挙げるのは20代の元気な従業員だけ……。キャリア施策の現場はそのような「笛吹けど踊らず」のオンパレードです。
そうした施策が犯している誤りは、日本のビジネスパーソンに、「キャリアへの自発的意思」があることを前提としてしまっている点です。しかし、仕事についての何かしらの意思(やりたいこと、達成したいこと、具体的な目標)を持っているビジネスパーソンは、感覚的には10人に1人程度しかいません。
つまり、多くの企業のキャリア施策は、従業員の主体性への「過剰期待」状態にあります。「これからの時代のキャリアはこうあるべきだ」という「べき論」をもとに、欧米企業のような施策を持ってきても、残念ながら日本人相手には上滑りします。
また、本社が考える「きれいゴト」のようなキャリア施策に、事業部はついていきません。従業員が異動を断ったり優秀人材がでていったりしてしまうことは、事業の運営にとっては非合理的です。きれいなキャリア制度だけ作っても、現場はついてこない。そうした限界が明るみになってきているのが昨今の「キャリア自律」ブームの裏側です。
■対話の経験が豊富な人はキャリアへの主体性が高い
では、そうしたキャリアへの能動性や主体性をいかに日本人に創り出せるのでしょうか。これこそがリスキリングの肝です。そこで参考になるのが、〈変化適応力〉について筆者が行った分析の結果です。
ここで言う〈変化適応力〉とは、変化が起きても活躍できるだろう、適応していけるだろうという自己効力感です。背後には、挑戦し続ける気持ちや目標をセットしていく力などがあることが分かっています。この〈変化適応力〉が高い従業員の特徴の一つに、キャリアについての「対話の経験」が豊かであることがあったのです。自分の仕事やキャリアについて誰かに自己開示し、相談するという経験を持つ人ほど〈変化適応力〉が高くなっていました。この〈変化適応力〉だけでなく、主体的にキャリアを築いていこうとするキャリア自律の度合いも、キャリア・カウンセリングを受けた経験と正の相関があることがわかっています。
![話をするビジネスパーソン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/e/1200wm/img_1e0ede7be12ea2e3e6454312c17ebfca152770.jpg)
■上司やキャリアアドバイザーへの相談は有効
さらに、この「対話」がもたらす効果についてより詳細に分析すると、「誰と話すのか」「どのように相談するのか」次第でも、統計的な関係が異なりました。
まず、「誰との対話か」という点については、「上司」や「仕事の知人」「キャリアアドバイザー」との相談経験が、〈変化適応力〉を高めていました。
![【図表2】誰との対話が「変化適応力」を向上させるのか](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/2/1200wm/img_c20469aa06f92b8808c0638865e12e87216103.jpg)
■「ただの共感」や「正解を与える」のは良くない
さらに、「どのような相談をするのか」という点も興味深い結果が得られています。
相談相手から「客観的な意見をもらう」タイプの相談をしていると、〈変化適応力〉にプラスの影響が見られました。相談相手から「わかるわかる」のような同調的な「共感」や、「こうすればいいよ」という「正解」のようなアドバイスを引き出そうとする相談では、むしろ〈変化適応力〉とマイナスの関係が見られました。これだけで因果関係を明確にできるものではありませんが、この結果は大変興味深いものです。
![【図表3】どんな相談が変化適応力を引き出すのか](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/7/1200wm/img_f793b7dad6da70486def9324c1415b21195658.jpg)
そして、〈変化適応力〉にプラスの影響を与えていた対話のもう一つのポイントは、「自己開示」が深いレベルで行われていることです。自己開示とは、自分の弱みや目標などを赤裸々にどれくらい他者に開陳できるか、です。簡単に言えば「腹を割る」こと。これも、キャリア後半の中高年になるほどできなくなってしまいます。
■対話の持つ「創発」的な効果
普段、私たちの多くは、他者とのコミュニケーションのことを「伝達」のプロセスだと考えています。思いや情報など、相手が知らないことを伝えることこそがコミュニケーションの中心だと考えています。とりわけ、ビジネスの現場は、そうした「伝達」としてのコミュニケーションが全体を覆っている場でもあります。
ですが、これまでのコミュニケーションについての社会科学の多くが明らかにしてきたのは、対話には、人々の相互作用を通じて何らかの「違い」を生み出す、創発的な作用があるということです。この意味で、対話とは「創る」コミュニケーションです。
あいづちや問いかけ、助け船や推測など、さまざまな反応が聞き手から返ってくることによって、対話は即興的かつ共創的な性格を持ちます。相手の話を聞きながら、憮然(ぶぜん)とした表情で黙り込んでいることすらも、「反応」として話し手に大きな影響を与えます。
とりわけ、日本語は、会話における「あいづち」や「うなずき」が英語の約3倍多い言語だとも言われています。コミュニケーションの「聞き手」とは、受動的に情報を伝えられる存在ではなく、その場の対話を成り立たせる共同の語り手(Co-Narrator)なのです。
■キャリアの主体性を育む会話例
そのような対話はどのように進むのでしょうか。
相談者が、「自分のキャリアの進むべき道がわからないんです」「このまま働き続けていていいのかな、と悩んでいます」という「自己開示」を行うとします。いきなりこうした話ができる人はいませんので、こうした本質的な話題になるまでには、ある程度のラポール(信頼)形成や場の設定が必要です。
そうした自己開示に対して、対話の受け手は「こういう会社に転職したらどうか」「専門の大学院に行くべきだ」といった「アドバイス」をすぐにしてはいけません。それは相談の満足感は増すかもしれませんし、教えた側も悦に入ることができるかもしれませんが、変化への効力感を育てません。
必要な対話は、次のようなものです。
まずは、「うんうん」「それでそれで」といったあいづちや態度によって、話を積極的に聞く姿勢を示します。聞いてくれない人に、自己開示はできません。
その後、「これまでどのような思いで働いてきたんですか?」「何をしている時が楽しく働けていますか?」「いつ頃からそう思い始めたんですか?」といった、別の角度からの「問い」を投げかけることです。
往々にして、悩んでいる相談者はそうした問いを自分に対して考えたことがありません。しかし、問われた時には、改めて考えることになりますし、相談相手に対して「言葉」にすることを求められます。
「思い返せば、同期の仲間と部署横断で行ったプロジェクトは楽しかったかもしれない」「2年前に嫌な上司に変わったことが転機だった」……与えられた問いに対しての「答え」を探すプロセスが始まります。それにさらに「上司はどんな人で、どんなことが嫌と感じるのでしょうか……」と問いを重ねていくことができます。
このように、対話的なコミュニケーションとは、「最短距離で答えに飛びつく」コミュニケーションではなく、「答えを探していくプロセスそのもの」です。居酒屋でいくら同僚に愚痴ってスッキリしても、信頼できる上司からの「君はこうするべきだ」というアドバイスを鵜呑みにしても、本人の変化に対する前向きな心理にはつながりにくいということです。仕事やキャリアについて本気で語れば語るほど、もともと「言うつもりが無かったこと」「考えてもみなかったこと」や「言葉にして初めて気が付いたこと」が生み出されていくのです。
![何かに気が付いた人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/4/1200wm/img_54451d22c77fd24c66283b650b294d68101474.jpg)
■対話を使って「キャリアの意思」を創る
キャリアについての相談や対話を観察すれば、こうした創発的な効果は随所に見られます。
自己分析のように「じっと手を見る」タイプの振り返りを自力で行っても、キャリアや学びへの「意思」を見つけられる人は少数ですが、他者との対話という相互作用を通すことで、光明が差すようになんらかの「意思」や「思い」が創発されてくる。このことが、「独白(モノローグ)」と「対話(ダイアローグ)の決定的な差です。
対話型ジョブ・マッチングシステムのベースに「対話」を置くべき理由は、どうやって「初動」の意思を発生させるのかに対する答えを、この対話が持つ創発性がもたらしてくれるからに他なりません。
![【図表4】対話の即興性と共創性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/a/1200wm/img_ba978f0f6139dbbaf3654a444aa28a1b152535.jpg)
■「対話」の機会を設けている企業は少ない
今、従業員のキャリアについて真剣に考えている先進的な企業から、こうしたビジネスにおける「対話」の効果は少しずつ重要視されるようになってきました。キャリア相談室やキャリア開発室などのキャリア関連組織の設置が進んできました。しかし、「対話」の機会を作るコンサルティング担当者の配置となると6~10%に過ぎず、ここ20年間でほとんど伸びが見られません。こうした機能の増強が、これから従業員のキャリアを本気で考えるには避けて通れない方向性です。
![【図表5】企業の人材マネジメントに関する実態調査](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/8/1200wm/img_1869b302203afd8d497ff1c857d8330a224136.jpg)
■対話的なコミュニケーションの増やし方
キャリア・コンサルタントを配置できない場合でも、対話的なコミュニケーションの機会は、工夫次第ではいくらでも作れます。
例えば、ピア・カウンセリングのようなキャリア・トークイベントです。全体のファシリテーターを一人置き、各メンバーが4名程度のテーブルに分かれ、キャリアシートなどを手元に用意しながら、いくつかのテーマで問いかけを行い、自由に話していくイベントを行うのです。筆者も参加したことがありますが、同じ社内の他職種の人たちと、キャリアや目標について話し、客観的な声をもらうのは、貴重な経験でしたし、その人とのつながりは今でも仕事に活きています。
他にも、対外的な1on1やキャリア・カウンセリングを行う対話の外部サービスも続々とでてきていますし、元管理職を企業横断的なメンターとして社内に配置する企業もでてきています。上司には逆に話しにくいことも、他組織の人であればかえって自己開示できることもよくあります。
すでに上司と部下の1on1を実施している企業は、その場をより有効に活用するために、月に1回を「キャリア1on1」といった特別テーマでの1on1にすることもできるでしょうし、上司へのコミュニケーション研修・トレーニングも行われるべきことでしょう。
「お金がない」「時間がない」場合でも、このような工夫を凝らせばいくらでも対話の機会は増やせます。「自分の仕事はこう人から思われているのか」、「こういう発想は自組織では出てこなかった」といった外部からの刺激を受けながら、自分の思いや経歴について語ることによって、先ほどの「共創的」な効果は得られます。現状は、こうした対話の機会を増やさないまま、「公募制」や「社内FA」や「留職制度」といったマッチングの制度だけが広がっています。
■迷った時は勇気をもって誰かに自己開示してみよう
こうした対話が持つ効果は、働く一人一人の個人にも参考になるものです。
「何も好きなことがない」「仕事でやりたいことなんてない」……今、このようなキャリアの悩みはどの世代にも多く聞かれます。「自律的なキャリア」ブームは、その悩みをさらに深くしています。
しかし、焦る必要はありません。筆者の経験では、そうした人のほうが「普通」です。
![小林祐児『リスキリングは経営課題』(光文社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/5/1200wm/img_e527179ecf1d848bf143c454951eb64b131589.jpg)
個人にできることは、他者に「腹を割って話すこと」です。同調や正解をくれる「いつもの相手」ではなく、耳の痛いことや自分と違う視点をくれそうな相手に相談してみることです。先ほどのような対話を繰り返せば、多くの人は新しい言葉を自らのキャリアに与えることができていると思います。そこで見つかる言葉こそが「創発」的な効果なのです。
また、人からキャリアの相談を受けるときにも、ここで紹介した知見は役に立つものです。キャリア相談をされる側になるとき、多くの人は具体的な「アドバイス」を与えようとしてしまいます。しかし、それでは先ほど見たような「対話」の創発的な効果を十分に期待できません。必要なのは相手が自己開示できるような「傾聴」と、あなた自身の視点からの相手への真摯(しんし)な「問いかけ」です。
当然ですが、キャリアへの意思は人と話せば100%見つかるというようなものではありませんし、他者との対話には、いつもの安全地帯から、「勇気が必要な場」へと少し踏み出すことが必要になってきます。しかし、「何を学べばいいんだ」「何もやりたいことなどない」と迷った時こそ、目の前の相手に腹を割り、そこから生まれてくる言葉と意思の「創発」に賭けてみること。人をリスキリングへと突き動かす「種火」は、この勇気こそが与えてくれるように思います。
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パーソル総合研究所上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(ダイヤモンド社)など共著書多数。新著に『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)がある。
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(パーソル総合研究所上席主任研究員 小林 祐児)
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