なぜ帰省ラッシュの新幹線で「子供の泣き声」が嫌われるのか…日本の子育て政策が上手くいかない根本理由
プレジデントオンライン / 2023年8月15日 13時15分
■「電車の中で子供が泣いていいのか」問題
今年のお盆休みは、相次ぐ台風の接近に気を揉んだ人も多いのではないだろうか。
コロナ禍以来4年ぶりに夏休みを満喫したい、そんな声が大勢である。
移動する新幹線や飛行機のなかで、赤ちゃんの泣き声や、子供の騒ぎ声が気にならない人はいない。
親の躾がなっていない、あるいは、子供だから当たり前、など、さまざまな意見が出てくる。
どの立場にせよ、好き好んで子供の泣き声を聴きたい人はいない。
騒いでいる子供が近くにいなければラッキーだが、今年の夏は、コロナ禍前と比べても家族連れが目立つように思えるから、誰もが多かれ少なかれ、子供の泣き声を聞いていると思われる。
「電車の中で子供が泣いていいのか」問題とは、ともにライターのばるぼら氏とさやわか氏の対談本『僕たちのインターネット史』(亜紀書房、2017年)で論じたもので、「ネットの論争では、曖昧で誰も決められないことであるほど人々は熱中する」(同書)象徴として挙げている。
お盆、ゴールデンウィーク、年末年始といった長期の休みのたびに、SNSを中心に「新幹線や飛行機の中で子供の泣き声は是か非か」との議論が盛り上がる。
車内や機内での大声を禁ずる法律はないし、泣いた子供を鎮めるのが親の義務というわけでもない。
それでも、子供の声を不快に思う人は少なくない。
■「うるさい」としか思えなくなっている私
実際、まさにこの原稿を書いている今、新幹線の私の真後ろの席で子供が騒いでいる。
泣いてこそいないものの、テーブルを出したり閉まったりして背中に振動がくるし、時には「まだつかないの〜」と大きな声を出す。
慌てて父親らしき人物がデッキに連れ出す。
そう、私もかつて赤ん坊だった娘とともに新幹線に乗ったときには、子供がグズりそうになると急いでトイレ付近に逃げていた。
誰かに注意されはしなかったし、文句を言われたのでもない。
幸いにして私の娘は泣き叫ばなかったから、ちょっと待てば落ち着いたのだろうし、多少の「騒音」なら許されたに違いない。
しかし、私の「内なる世間の目」が私を許さなかった。
不機嫌な子供をそのままにしておくのは親として失格なのではないか。躾がなっていない、と言われるのではないか。
心の声が、あのころの私を縛っていた。
さっきまで私の座席が揺れるたびに、後ろにいる子供を母親らしき人も「そんなことしたら、前の人がイヤでしょ」と注意していた。
とはいえ、すぐに諦めたのか、座席を蹴らせたままにしているし、「あと何十分でつく〜?」との大きい声もしばしば聞こえる。
ただ「うるさい」としか思えなくなっている私は、自分がかつて後部座席の親子と同じ立場だったことなど、ほとんど忘れているのだろう。
■「保育園落ちた日本死ね」への共感
忘れているのは、あの騒動についてもである。
「保育園落ちた日本死ね!!!(*1)」。
2016年2月15日に「はてな匿名ダイアリー」への投稿が話題になった頃、私もまた、保育園から落選通知を受け取り、強く共感した。
「一億総活躍」などというスローガンが飛び交い、男性の育児休業取得が推進されていた中で、保育園の枠は狭かったからである。
認可保育園ではなく認証保育園に、それも週に2回も預かってもらえた上、育児休業中で、延長してもらえた私は、かなり恵まれていたと言わねばなるまい。
当時、血眼になって保育園を探した。
入れるところを探す、一択であり、次に、どの場所なら通勤と両立できるのか、が来る。
子供のため、と考える余裕は、本当に申し訳ないが私には残されていなかった。少しでも良い環境を、なんて探す余力は、まったくなかった。
認証保育園への通園がポイント制の中で効いたらしく、無事に次の年、2017年の春から近所の認可保育園に入れた。
当初、通園を渋っていた娘には、今も保育園から続く友だちが多く、現時点での結果としては良い選択だったと思いたい。
でも今の私は、もうあの投稿へのシンパシーをほぼ思い出せなくなっている。
当事者ではなくなるとともに、数年は関心を持ち続けていた待機児童問題についての報道も、だんだんと目に入らなくなっていた。
■「学童落ちた」は社会現象にならなかった
この春、「保育園落ちた日本死ね」で苦労した世代が、子供の小学校入学に差し掛かり、学童保育にも入れなかった、という声が相次いだ(*2)。
「学童落ちた」は、ここ数年、春先になると風物詩のようにSNSに多く投稿されるものの、盛り上がりは一部にとどまり、社会現象にはなっていない。
「こども家庭庁」ができて、「異次元の少子化対策」を岸田政権が掲げるほど、「こども政策の推進(*3)」に政治は熱心な姿勢を見せてはいるものの、あのブログに熱狂的とも言えるほど共鳴した空気は消えた。
![2023年4月に発足した「こども家庭庁」=2023年4月3日、東京都千代田区](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/d/1200wm/img_cd0f3599530402bf6288dc5049c2ca8e481700.jpg)
ここに、私(たち)が新幹線や飛行機で子供の泣き声にイラつく理由がある。
子育ては、自分が関わっている限りは切実で、絶対に譲れない問題だからこそ、ひとたび時間が過ぎれば、完全に他人事になるからである。
■たった数年で怒りを忘れてしまう
待機児童問題のように、声を上げる人が多く、関係するステークホルダーが見えやすければ、マスメディアも取り上げるし、世間も沸騰する。
かたや「学童落ちた」のように、自己責任で片付けられてしまいがちになれば、もはや、世の中の同情は寄せられず、社会の片隅に押し込められる。
この文章を書いている私は、二重の意味で罪深い。
「保育園落ちた」の当事者だったのに、たった数年でその怒りを忘れているだけではない。大学教員にとって少子化は、あくまでも18歳人口の減少、つまり、自分の給料に直結する受験者数や入学者数との兼ね合いにおいて(のみ)懸念するものだからである。
日本という国のかたちを考える上で最大級のテーマである少子化は、大学、とりわけ私立大学に勤める者にとっては、間近に迫った受験料収入の低下という近視眼的な側面で(だけ)捉えがちである。
本来ならば長期にわたる深い視点を提供すべきなのに、まずは目先の課題に囚われる。
この点でもまた、広い意味での子育てを他人事にしているのである。
■「シルバーデモクラシー」から抜け出す道
さらに高齢化社会が、これに拍車をかける。
秋田県仙北市議会では、今年3月、80歳を迎えた市民に5000円を支給する「敬老祝い金」を廃止する市提案の条例案を否決した。
![仙北市役所(写真=Ogaj1017/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/1200wm/img_a5c2612ea10469cef4d9e44d36c10bc7503366.jpg)
仙北市は廃止によって浮いた財源を子育て支援に回すとしていたものの、総額170万円の支給予算は、「人生の先輩への敬老の気持ちがあれば、努力して生み出せる金額だ」との主張により継続が決まった(*4)。
シルバーデモクラシーの典型例と言えよう。
少子高齢化に伴い、有権者の中で多くを占める高齢者を優先する政策が通りやすくなる。仙北市で起きたのは氷山の一角に過ぎない。
国レベルで見れば、政府が出している予算(一般歳出)の半分以上(50.7%)を社会保障関係費が占める(*5)。
もちろん、この社会保障関係費の全部が全部、高齢者のために使われているわけではないものの、この費用を少なくしない限り、子育ての予算を増やすのは難しいのではないか。
■「子育ては他人事」ではない
希望はある。
兵庫県明石市で今年3月まで市長を務めていた泉房穂氏は、在任中の10年の間に、子供関連の予算を2倍以上、人員を3倍以上に増やすことに成功した。
泉氏もまた、「子どもの予算を確保するには、高齢者の予算を回すしかない」(泉房穂『社会の変え方』ライツ社、2023年)と思い込んでいたのだが、実は、そうではなかった。
泉氏は「高齢者から削らずにお金をつくり、新たな子ども施策を実施していきました。子どもへの支援は子育て層だけでなく、まち全体へとプラスの効果が及びます。地域経済が回り出し、税収増にもつながる。結果、高齢者施策の充実にもつながります」(同書)という。
少なくとも、「子育ては他人事」といった意識を変えるだけでも、事態は大きく変わるのではないか。
新幹線や飛行機で子供の泣き声にイラついた私もあなたも、まずは、行き先の自治体が、どんな子育て政策をしているのか、見直してみよう。まずは他人事ではなく、自分のこととして子育てを捉え直す絶好の機会になるに違いない。
(*1)「保育園落ちた日本死ね!!!」はてな匿名ダイアリー、2016年2月15日
(*2)「『保育園落ちた日本死ね』から7年…『学童落ちた』SNSに投稿相次ぐ "留守番の練習"を提案する自治体も」TBS NEWS DIG、2023年3月8日配信
(*3)「こども政策の推進(こども家庭庁の設置等)」内閣官房ウェブサイト
(*4)「子育て支援に充てるはずが…80歳への『祝い金5千円』廃止案を否決」朝日新聞デジタル、2023年3月18日配信
(*5)「令和5年度一般会計予算歳出・歳入の構成」財務省ウェブサイト
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神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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