諸悪の根源は「銀行」である…ノーベル平和賞・ユヌス博士が訴える「世界中で格差が拡大している根本原因」
プレジデントオンライン / 2023年8月21日 13時15分
■コロナ禍で広がった格差
――ユヌス博士は貧困層に無担保で少額融資する「マイクロクレジット」を創案し、2006年にはノーベル平和賞を受賞されました。一方、依然として世界では経済格差が広がりつつあります(※1)。
※1:世界不平等研究所の「世界不平等レポート2022」では、世界の上位1%の富裕層が世界の富の約40%を保有している(2021年)。前回のレポートでは上位1%の富裕層が占める富の割合は22%(2016年)で、格差が拡大している。
パンデミックは全世界を襲い、経済システム全体の動きを止めました。
当時、各国の政府はさまざまな救済策を打ち出し、巨額の資金を投じて経済のエンジンを再始動させようとしました。私はそれに対し、政府や企業に「エンジンを再始動させないで、元に戻らないで」と訴えました。私たちが作った経済のマシンは、貧困や環境破壊、気候変動などさまざまな問題をもたらしており、後戻りはいただけません。
パンデミックのおかげでこれまでの経済システムを止めることができたのはラッキーでした。新しいマシンを設計し、これまでとは違ったやり方でスタートを切る好機です。私たち自身がつくり出したすべての悪、すべての困難を是正し、これまでとは違ったやり方でつくることができるのですから。
そんな中、人々を救うべく登場したのが、新型コロナウイルスのワクチンでした。私たちは世界に対し、ワクチンに知的財産権を認めるべきではないと呼びかけました。(ワクチンに関する情報は)公開されるべきで、どの国も自分たちで製造して誰もが接種を受けられるようにすべきだと。でも、なかなか耳を貸してもらえませんでした。
そして、少数の国だけがワクチンを独り占めしました。ワクチンは非常に高価だったうえ、世界のワクチン輸出の80%を10カ国が占めていると言われる状況になったのです。
今の経済システムはこのように振る舞うのです。「生命」と「利益」のどちらを選ぶかという点で非常に残酷です。多くの人が命を落としたのに、利益が優先されました。先進国の製薬会社は多額の利益を手にし、ワクチンの独占を続けました。
そしてあなたの言う通り、パンデミックの間に数多くの人々がさらに貧しくなりました。貧しくなかった人々まで貧しくなり、貧困とはかなり離れたところにいた人々も、貧困に陥りました。数多くの人々が苦しみました。でも同時期に、てっぺんにいるごく少数の人々は巨額の富を手にしました。経済システムの働きが、いかに醜悪か分かるというものです。
■このままでは先進国でも貧困層は増えていく
――日本のような先進国でも15%の世帯は相対的貧困状態(※2)にあり、「貧困問題」は存在します。豊かな国も例外ではないということでしょうか。
※2:「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」より
経済システムは富やリソースを底から吸い上げ、てっぺんへと送るように設計されています。ポンプのようなものです。おかげで、底は常に空っぽというか、ほとんど何も残っていない状態のままです。
その一方で、てっぺんにいるごく少数の人々はとてつもなく豊かになります。その下にいるたくさんの人には、全体の富のほんの小さなひとかけらしか残りません。これはどこでも見られる現象です。世界的に見てもそうだし、国内的に見てもそうです。
![【図表1】世界の富の不平等な分布](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/5/1200wm/img_f526a7b575c638e22080577f9cb02082100720.jpg)
みんなが「豊かな国」と言うとき、いったいどういう国を指しているのでしょうか。国全体の富を人口で割った場合の富が大きいということですよね。国民すべての富を計算に入れるなら、1人あたりの富は非常に多い。でもてっぺんの10%の人々の1人あたりの富と、底辺の10%の人々の1人あたりの富を比べれば、その差は歴然です。経済のマシンは常にそうなるように動いているからです。
これは日本だけの問題ではありません。世界で最も金持ちの国、アメリカはどうでしょう。私たちはアメリカでもマイクロファイナンスのプログラムを運営していますが、それは生活していけない人たちがいるからです。国からの小切手だけに頼って生きている人たちがいるのです。
■「福祉」が必要なのはシステムの欠陥
人々が生き延びるための月々の支援を行うプログラムがあるということは、その国には金を稼ぐことができず、自力では生活が立ちゆかない人々がいるということです。だから国が彼らの生活の面倒を見なければならないのです。
では、国の支援を必要としている人々がいるのはなぜでしょう?
本来ならどんな人にも自活能力はあるのですが、経済システムはそれを許さない。だから国民から税金を集め、そこから施しをするわけです。施しに頼った生活というのは、経済システムがもたらした病と言っていいでしょう。
すべての富がてっぺんに行ってしまうのは、マシンに欠陥があるということです。個人や企業に問題があるからではありません。企業はシステムが「金をつくれ」と言うのに従っているだけのこと。どれだけ金儲けができたかが成功のものさしになっているのです。
そのプロセスの中で、あなたは金儲けをひたすら続けることになる。そして多くの人々は置いてけぼりにされる。これがいまのマシンがもたらす結果なのです。
![経済学者のモハマド・ユヌス博士(写真右)とインタビューを行う国際教育評論家・村田学氏](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/a/1200wm/img_8aa0b49c1f38fdc73778153caf4774a6161193.jpg)
■諸悪の根源は「銀行」
――システムはどうしたら変えられるのでしょうか。
例えば水をくみ上げるマシンがあるとします。水を低いところから高いところにくみ上げるだけのものです。
![経済学者ムハマド・ユヌス博士](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/d/1200wm/img_5d09ae0c637ab297c0681cefa33af811174512.jpg)
でもニーズが、高いところに水をくみ上げるのではなく、低い方に流すことにある場合は、どうすればいいでしょうか? そう、逆に動かせばすべての水は低い方に流れますよね。現行のマシン、つまりいわゆる経済システムは、(富を)上の方に送るように作られています。その逆のマシン、つまり(富を)下の方に送ったり、下だけでなく全体に分配するようなマシンがあればいいのです。
ではマシンを設計し直すにはどうしたらいいか。
(例えば)速く走る乗り物が必要とされているとしましょう。あなたはいろいろ考えた末、馬車を使うことにします。ただし、馬は使いたくありません。そこで小さな機械を作って馬車の中に設置します。そうすると、馬なしでも馬車は乗り物として機能するようになります。マシンを設計するとはそういうことなのです。
だからまず、目的は何かを定義するのです。目的が決まったら、あとは一生懸命にマシンを設計する。誰にでもできることです。
例えば私は、(人々に富が行き渡らないという)問題の元凶は銀行だと考えました。だから銀行を再設計し、貧しい人々に金を貸すことのできる銀行をつくりました。金融関係者は「グラミン銀行のやっていることはすばらしい」と口を揃えて言うのですが、従来の銀行のあり方を変えようとする人はいません。なぜでしょうか。それでみんなが幸せになるなら、どの銀行もやるべきなのに。
■法律が問題なら法律を変えればいい
何が問題なのでしょうか? よく言われるのが「銀行法で許されていないから」というものです。ならば銀行法を変え、すべての人に門戸を開き、みんなに金を貸すようにすればいいのです。
相手を問わず資金を貸し出すのは、金をドブに捨てることでもなければ、社会福祉プログラムでもありません。これはビジネスです。貸したお金は利子を付けて返してもらい、必要経費はそこから出し、利益も上げる。(他の銀行と)変わるところはありません。なのに、それでも無理だと言うのです。銀行への規制は非常に厳しいからできないと。
私たちは日本と同様にアメリカでもマイクロファイナンスの事業を行っています。NGO(非政府組織)として運営しているのですが、融資額は年に10億ドルを超えます。融資はきちんと返済されていて、自立した経営ができています。それでも銀行にはなれないのです。
理由は、私たちがやっているようなことを銀行法が認めていないからです。つまり、これは法律の問題であり、法律は変えなければなりません。解決法は分かっているわけです。
■マイクロファイナンスの誤ったコピーが生まれる理由
――グラミンの仕組みは世界中に広まりました。しかし、理念と異なり、利益を求める動きも出ています。
それはグラミン銀行の適切な解釈とは言えません。是正しなければなりません。
コピーの仕方を間違えたのです。私が作った車のコピー商品を作ったら、前には進まず後退してしまうような車ができてしまった――というところです。つまり設計に欠陥があるわけではありません。組み立てが間違っていたのです。となれば、設計書に立ち返って正しい方法で組み立てなければなりません。
そういうことをする人々は辛抱が足らず、マイクロファイナンスの何たるかをきちんと学ぶことができなかったのでしょう。
――グラミン銀行からも追放されてしまいました。
政府は私がグラミン銀行のトップであることを快く思わず、グラミン銀行から私を追い出しました。たぶん、(総裁の座にいると)私が非常に強い政治力を手にするからでしょう。私はバングラデシュの非常に多くの家族、貧しい家族たちとつながりを持っていますからね。
■大切なのは資本主義のイメージを変えること
――とても残念なことです。ユヌス博士は貧困をはじめとするさまざまな社会課題に対する解決方法として、資本主義のビジネスの仕組みを応用しながら「損失ゼロ、配当ゼロ」で運営する「ソーシャル・ビジネス」を提唱していますが、それも十分に広がっているとは思えません。広がりを阻むものはなんでしょうか。
私としては広がりつつあると思いたい。みんなが私の言うことに耳を傾けてくれていると思いたいですね。
問題は、人でもなければ政府の政策でもなくシステムにあると私は考えます。システムはいわゆる「資本主義」のあり方のイメージそのものです。だからこそ資本主義はそういうやり方で機能するのです。底辺から金やリソースを奪っててっぺんに送り、金儲けのタネにするというやり方で。
ビジネスのコンセプトの土台には、経済学における人間についての定義があります。経済学では人間は、「個人的な利害に突き動かされる存在」と定義されます。私欲に突き動かされるものだというわけです。
これは経済学の基本ですが、私に言わせれば人間についての誤った解釈です。人は利他のためにも行動します。そうでなければ世界中に慈善団体が存在する理由が説明できません。
現在の文明は私たちを崖っぷちに追い込んでいます。この星の上で私たち人類が生き残るための時間はあまり残されていません。この文明に殺されてしまう前に、私たちは新しい文明を創らなければならないのです。
この文明は利益の最大化に基礎を置き、私たちが人の命に目を向けなくなるようしむけました。私たちはカネの依存症になってしまったのです。だから分かち合いの精神にもとづく、新しい文明を建設するのは急務です。(後編につづく)
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1940年バングラデシュ チッタゴン生まれ。チッタゴンカレッジを経て、ダッカ大学で修士号を取得。フルブライト奨学金を得て渡米し、1969年にヴァンダービルト大学で経済学の博士号を取得。1974年の大飢饉による貧困の現状を目の当たりにし、バングラデシュの貧困撲滅のための活動を始める。1983年、マイクロクレジットを行うグラミン銀行を創設。同国の貧困撲滅と平和構築に貢献した功績が称えられ、2006年にグラミン銀行とともにノーベル平和賞を受賞。ビジネスを通して社会課題を解決する「ソーシャル・ビジネス」を提唱し、50社以上のグラミン関連企業を経営。国連や多国籍企業、大学等の教育機関ともパートナーシップを組み、世界中でソーシャル・ビジネスを実践し続けている。
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国際教育評論家
アメリカ生まれ、日本育ちの国際教育評論家。3歳でアメリカの幼稚園を2日半で退学になった「爆速退学」経験から教育を考え続ける。国際バカロレアの教員研修を修了し、インターナショナルスクール経営などを経てie NEXT & The International School Timesの編集長を務める。
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(経済学者 グラミン銀行創設者 ムハマド・ユヌス、国際教育評論家 村田 学 構成=村井裕美)
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