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日本がIT後進国になったのは「技術力の差」ではない…数多のチャンスをすべて潰してきた「著作権法」という闇

プレジデントオンライン / 2023年8月22日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mathisworks

■厳しい著作権法が日本のITをダメにした

前回の記事(20年前なら日本のIT技術は世界一だった…天才プログラマーの7年半を奪った「著作権法」という闇)において、2004年にファイル共有交換ソフト「Winny」を開発した東京大学大学院特任教授(当時)の金子勇氏が著作権法違反幇助罪で逮捕、起訴されたことで、日本が世界のIT革命に乗り遅れた件を取り上げた。

その一方で、動画配信システム「YouTube」が生まれたアメリカでは、1998年に制定されたデジタル・ミレニアム著作権法で、検索エンジンや動画サービスなどのサービス・プロバイダーは、法律に定める要件を満たしていれば著作権侵害の責任を負う必要がなく、そのおかげでYouTubeが世界を席巻するようになったこともお伝えした。

厳しい著作権法が日本を“IT後進国”にし、著作権法を柔軟に活用したアメリカがIT産業の最先端を走り、多くのIT企業が莫大な収益を世界中から集める結果となったわけである。

■米国IT産業を盛り立てた「フェアユース」という考え方

そしてもう一つ、アメリカでITビジネスが発展した著作権法に関する規定がある。それが、利用目的が公正(フェア)であれば著作権者の許諾なしでも著作物の利用を認める「フェアユース」規定である。フェアな利用であるかどうかは、「利用の目的」「利用される著作物の市場に与える影響(市場を奪わないか)」などの4要素を総合的に見た上で判断されている。

IT関連の著作権侵害裁判でこのフェアユースが認められた事例を紹介する。スマートフォン向けOS(基本ソフト)「アンドロイド」の開発をめぐり、オラクルが著作権侵害でグーグルを訴えた訴訟である。

2005年、グーグルはアンドロイドを開発する際、オラクルが著作権を所有するJava SEのうちの、アプリケーション・プログラム・インターフェイス(API)の一部(全体の0.4%・宣言コード部分)を複製した。

著作権侵害で訴えたオラクルに対し、グーグルはこれをフェアユースであると主張した。

一連の裁判で、アメリカの最高裁は総額90億ドル(約1兆円・当時)の損害賠償を求めていたオラクルの主張を退けた。その判決理由の一つとして、最高裁は「利用の目的」を挙げ、下記のように言及している。

《グーグルの目的は、異なるコンピューティング環境(スマートフォン)における異なるタスク関連システムを創出し、その目的の達成・普及を助けるプラットフォーム(アンドロイド・プラットフォーム)を創出することだった。》

つまり、著作権侵害による90億ドルもの損害よりも、企業のイノベーションを優先させたのである。別の作品を作るために原作品を利用するパロディーにフェアユースを認めた1994年の最高裁判決以来、アメリカでは、これがフェアユースの判断基準になっている。フェアユースは“ベンチャー企業の資本金”だ。アメリカでグーグルをはじめとしたIT企業が躍進したのは、著作権に関わる、こうした考え方によるところが大きいのだ。

■日本ではまったく逆の判決が出ている

一方日本では、まったく逆の判決が最高裁により出されていた。

ご記憶の方も多いかと思うが、今から35年前の1988年、カラオケの著作権使用料を払わずに営業していたスナック店の著作権侵害が争われた「クラブキャッツアイ事件」の裁判である。

日本音楽著作権協会(JASRAC)が、カラオケスナックが演奏権を侵害したとして損害賠償を請求した裁判で、最高裁は、これを認める判決を出した。

店で歌っている客は「歌う」、つまり「演奏する」ことによってお金を儲けているわけではないので著作権侵害とはいえない。ただし、店主は客の歌唱を管理し、これによって利益を得ているため、著作権を侵害していると結論づけたのだ。

この判決はのちに「カラオケ法理」と呼ばれるようになる。この考え方がその後、カラオケ関連サービスだけでなく、インターネット関連サービスにも広く適用されるようになった。それがネット関連新サービスを提供するベンチャーの起業の芽を摘み取り、日本のIT化・デジタル化を遅らせる原因にもなったのだ。

カラオケ法理が適用されたインターネット関連サービス判決
ファイルローグ事件(2005年3月、東京高裁)
利用者のファイルリストを中央サーバーで管理し、利用者が音楽ファイルを交換できるようにするサービス

録画ネット事件(2005年11月、東京高裁)
テレビ番組を録画して、インターネットを通じて利用者の所有する端末に転送するサービス

MYUTA事件(2007年5月、東京高裁)
利用者がインターネットを通じて楽曲の音源を事業者のサーバーにアップロードし、必要に応じて利用者の所有する端末に楽曲をダウンロードするサービス

TVブレイク事件(ジャストオンライン社)(2010年9月、知財高裁)
利用者が音楽・映像などを投稿する動画投稿サイト

まねきTV事件(2011年1月、最高裁)
利用者が預けた機器を通じてテレビ番組をインターネット経由で転送するサービス

ロクラクII事件(2011年1月、最高裁)
テレビ番組を事業者の機器で受信・録画し、インターネットを通じて利用者の所有する端末に転送するサービス
※カッコ内は判決の確定した時点と裁判所

■経済成長率の高い国ではフェアユースが導入されている

この判決が、日本のIT産業のイノベーションを阻む元凶となったと言っても過言ではない。

例えば、事業者が利用者のファイルリストを中央サーバーで管理し、利用者が音楽ファイルを交換できるようにするサービスがレコード会社などから訴えられた「ファイルローグ事件」では、2005年3月に東京高裁が事業者の著作権侵害を認める判決を下した。

また、インターネット経由で海外に住む日本人が日本のテレビ番組を視聴できるようにするサービスを提供していた事業者が、テレビ局(NHKと民法キー局)から訴えられた「まねきTV事件」では、2011年1月、最高裁が事業者の著作権侵害を認めた。テレビ番組を受信・録画する機器を利用者自身が事業者に提供し、その利用者のみが録画した番組を視聴できるサービスであったにもかかわらず、である。

どちらの事件も、事業者が著作権物を管理し、それを利用者に提供して利益を得ることは著作権侵害にあたるとした「カラオケ法理」が、インターネット関連サービスにも適用された例である。そしてこれ以外にも、カラオケ法理が適用されたインターネット関連サービスの著作権侵害裁判はいくつもある。

このままでは日本のIT産業がイノベーションを起こすことはできず、IT後進国のままで、大きな経済成長も望むことができなくなってしまう。フェアユース規定は台湾やシンガポール、イスラエル、韓国など、すでに複数の国と地域で導入されており、どの国もコロナ禍真っただ中の2021年にGDP成長率を大きく伸ばしている。

【図表】フェアユースを導入した国と地域(導入年)と2021年のGDP成長率
筆者作成
※GDP成長率はIMF「Real GDP growth」より - 筆者作成

■2度の改正で「AIの読み込み」は可能になったが…

日本でもフェアユースのような判断基準を用意すべきだ。一定の基準に基づいてケース・バイ・ケースで判断する方式を採用すれば、現在の厳しすぎる著作権法の不備を補える。

実は日本でも、内閣に設置された知的財産戦略本部が2016年に提案した「知的財産推進計画」を受けて、日本版フェアユースが検討されてきた。アメリカのフェアユース規定が権利制限規定の最初に登場するのとは異なり、日本版フェアユースは権利制限規定の最後に受け皿規定を置く案である。具体的には「利用行為の性質、態様」について、「以上の他、やむを得ないと認める場合は許諾なしの利用を認める」という規定を末尾に設けるものであった。

【図表】権利制限の柔軟性の選択肢
筆者作成

この規定の導入を検討し、二度にわたる著作権法改正が行われた。二度目の2018年改正でやっと実現したのが「著作物の表現の享受を目的としない利用」だ。これによりAIに著作物を読み込ませることは可能になったが、「やむを得ないと認める場合は許諾なしの利用を認める」は含まれなかった。

■日本版フェアユースの導入が切り札

2018年改正法で追加された30条の4は、「著作物の表現の享受を目的としない利用」であれば商用目的でも利用を認める点で、ヨーロッパを中心とした非商用目的に限る国よりは利用しやすくなった。このため、「日本は機械学習パラダイスだ」と呼ぶ知財法学者もいた。2018年の法改正時には、情報解析のための著作物利用は著作者の権利を通常は害さないとみられていた。生成AIのようにアウトプットにつながる利用は想定していなかった。

生成AIの登場により、文章や画像を誰でも簡単に作成できるようになり、イノベーションが期待される一方、著作権が侵害される懸念が増した。このため、政府は6月に公表した「知的財産推進計画2023」で「急速に発展する生成AI時代における知財の在り方」を重点施策に掲げ、7月から文化庁著作権分科会法制度小委員会で、AIと著作権に関する論点整理を行うことになった。具体的には、30条の4に掲げる「非享受目的」に該当する場合、著作権者の利益を不当に害することとなる場合(30条の4はただし書きでそういう場合は対象外としている)などについて基本的な考え方を明らかにすることとした。

この経緯からいえることは、「やむを得ないと認める場合は許諾なしの利用を認める」日本版フェアユースの必要性である。デジタル・ネット時代に対応するための柔軟な権利制限規定を検討した2018年の改正は、「著作物の表現の享受を目的としない利用」を認めることにより、従来、必要の都度、追加されてきた個別の権利制限規定よりは柔軟な規定を導入した。それでも5年先も読めないような技術革新の激しい時代に追いつけないことが、日本版フェアユースの導入の必要性を裏付ける。

フェアユース規定のメリットは、著作権者から訴えられてもフェアユースが認められると判断すれば、判決を待たずに見切り発車でサービスを開始できること。この規定をバックに先行するアメリカ企業に、日本市場までもが草刈り場にされてしまっている。1970年代に始まったリバース・エンジニアリングを皮切りに、画像検索サービス、文書検索サービス、書籍検索サービス、スマートフォン用OSなどの新技術・新サービスがそれである。 

【図表】新技術・新サービス関連サービス合法化の日米比較
筆者作成

フェアユース規定を導入した国の中で、2021年のGDP成長率が最も高かったイスラエル(8.6% IMF-World Economic Outlook Databaseより)は、国民一人あたりの起業会社数も世界一多く、国を挙げてイノベーションを奨励し、起業促進に取り組んでいる。そのため、アップル、グーグル、マイクロソフトなどのIT大手が、買収候補のベンチャー企業を求めてイスラエル詣でをしている。

ちなみに、同じ2021年の日本のGDP成長率は2.1%で、昨年はさらに落ちて1.1%だった。フェアユースの導入が、これからの日本のIT産業のイノベーションを促進することは間違いない。ポストコロナに向けた日本経済の立て直しのためにも、日本版フェアユースを一刻も早く導入する必要がある。

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城所 岩生(きどころ・いわお)
米国弁護士
国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)客員教授、米国弁護士(ニューヨーク州、ワシントンD.C.) 1941年生まれ。東京大学法学部卒業、ニューヨーク大学修士号取得(経営学・法学)。NTTアメリカ上席副社長、成蹊大学法学部教授を経て、2009年より現職。著書に『国破れて著作権法あり 誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』(みらい新書)、『音楽を取りもどせ! コミック版ユーザー vs JASRAC』(みらいパブリッシング)、『音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題』(みらいパブリッシング)、『JASRACと著作権、これでいいのか 強硬路線に100万人が異議』(ポエムピース)、『フェアユースは経済を救う』(インプレスR&D)、『著作権法がソーシャルメディアを殺す』(PHP新書)、『米国通信改革法解説』(木鐸社)、『米国通信戦争―新通信法で変わる構図』(日刊工業新聞社)など。

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(米国弁護士 城所 岩生)

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