自閉症でも関西弁を話す子がいた…『自閉症は津軽弁を話さない』を書いてから浮上した"新たな謎"とは
プレジデントオンライン / 2023年8月24日 9時15分
■まったく予期しない事例が見つかった
「自閉症の子どもで方言を話すようになる子もいますよね?」
ある学会での自主シンポジウムが終わり部屋をでたところで、関西の特別支援学級の先生から声をかけられました。
私は、「自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよね)」という心理士の妻の一言をきっかけに“自閉スペクトラム症の人々は方言を話さないのか?”という研究を行ってきました。調査は、自閉スペクトラム症の人々の方言使用が少ないという印象が全国で見られることを示し、一連の研究結果を本(『自閉症は津軽弁を話さない』福村出版/角川ソフィア文庫)にまとめました。
もちろん、自閉スペクトラム症でも方言を話す人もいます。しかし、相手や状況によって柔軟に方言と共通語を使い分けるのは苦手です。ところが、その先生は、それまで共通語しか話していなかったがある時から関西弁を話すようになってきた自閉スペクトラム症の子どもがいると言うのです。このような事例は、まったく予期していませんでした。
■テレビ音響のほうが言語を習得しやすい?
この出来事の直前まで、私は前述の本に対して寄せられたさまざまな意見や議論について考えていました。
まず、自閉スペクトラム症の人々が方言を話さないことについて、音響音声学研究者である峯松信明先生(東京大学)から「音声の絶対音感者説」という解釈が提出されました。自閉スペクトラム症の子どもは、人の声をその絶対的特徴で聞いてしまい、同じ「おはよう」でも人や場面によって各々“違う”ものとして捉える。そのため、周囲の人々のことばをなかなか習得できない。一方、テレビなどは、音響的に似た音が繰り返されるために習得しやすいという説です。
それまで、私は以下のような解釈を考えていました。
1)共同注意や意図理解の問題のために周囲の人のことばを学ぶことが難しい
2)相手との親しさにあわせたことばの使い分けが上手く出来ない
峯松先生の説は、これらに加えて、<音の聞きとりの問題>を提起するものでした。
いままでも音声処理が原因ではないかとの議論はありました。方言が共通語よりも自閉スペクトラム症にとって音声処理が難しいという、“ことばの差”に原因を求めるものでした。
■自然なやり取りよりも「繰り返し視聴」が覚えやすい
しかし峯松先生の説は、方言と共通語が使われる“状況”に焦点を当てています。人との自然なやり取りの中では言語習得が困難だが、メディアの繰り返し視聴を通じて言語習得しているという点では私の解釈と一致しています。実際、DVDのセリフを丸覚えし、現実の類似場面でそのセリフを使っていたという子がいます。
そのほかにいただいた意見の中で、私が考えなければならなかったのが“コミュニケーションの問題”でした。自閉スペクトラム症の主特徴のひとつは社会的コミュニケーションの障害です。
私は、人と人が円滑にコミュニケーションするためには、互いに同じような物の見方・知識・社会的振る舞いなどについての情報を共有している必要があると考えました。
日本では、“朝の挨拶は「おはよう」といって頭を下げる”という情報が、多くの人々に共有されています。こういう情報は個々の人々の中から自然に発生してきたものではありません。もともと他人の中にあった情報で、それを私達は獲得し共有しています。その社会の人々の多くがもっている情報を自分の中に取り込むことで、類似のものの見方・知識・社会的振る舞いをもつ集団の一員になっていきます。つまり、ある意味で均質化していくのです。
■「暗黙の知識・ルール」が身に付きにくい
このような情報の伝わり方には、少なくとも2つのパターンがあります。
1)ことばや文字などで明示的になされるもの
2)人との自然なやり取り(社会的相互作用)のなかでなされるもの
後者のような形で伝えられるものの中に、「暗黙の知識・ルール」と呼ばれるものが含まれます。あえて、ことばで言わなくても人とのやり取りの中で、獲得しているのが当然と思われる知識・ルールです。しかし、自閉スペクトラム症の人々は、人との自然なやりとりじたいがうまく行かず、その中で伝えられるはずの「暗黙の知識・ルール」が身に付いていないことがあります。
多くの人にとっては、普段自然にやっていることで伝わっている、あるいは身に付けているだろうと思っている知識や社会的振る舞いが獲得できていないことが自閉スペクトラム症の人の場合あるのです。
この自然な人とのやり取りのためには、人の声・表情・身振り・視線等(社会的手がかり)への注意、人への注目、共同注意、意図理解などが大切な役割を果たします。“普通”の定型発達と言われる人は「注意を向けて!」と言われなくても、相手の声の調子や表情が変化するとそこに注意が向いてしまいます。ある意味、そのような特性をもっているとでもいえるでしょう。
■謎が解けると思った矢先に新たな謎が
しかし、自閉スペクトラム症の人では人が発する社会的手がかりへの注意、人への注目に弱さがあり、そのために人との自然なやり取りが十分に維持されず「暗黙の知識・ルール」が獲得しにくくなっています。
そして、社会的手がかりへの注意・人への注目・共同注意・意図理解などの弱さは、社会的ルールに従って行動することにも影響を及ぼします。「相手の雰囲気を感じ取って、ことば遣いをかえましょう」といわれるとそういうルールがあるのはわかっても出来ないとなります。知識として知ってはいても実行できないのです。
コミュニケーションをこのように情報の獲得・共有、そしてその運用という視点で整理してみました。
なんとか整理がつきはじめたと思った矢先に冒頭の「(今まで使っていなかった)方言を話すようになる自閉症の子どももいますよね」という情報でした。しかも、前書で方言を話さない事例として紹介したかず君も、学校卒業後に方言を話すようになったというのです。私のこれまでの解釈に反するものでした。いったい何が起きているのか。新たな謎が浮上しました。
![小学生](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/f/1200wm/img_cfa6f2946ed7704dcb61b55d007fd198398422.jpg)
■日本語話者家庭なのに英語を話す子が現れた
そこで、それまで共通語だったが方言を話すようになった自閉スペクトラム症の事例について調査するため、保護者および担任の先生へ質問紙での調査や聞き取りを行いました。方言を話すようになった時期は児童期から青年期までとさまざまでしたが、その頃から以下の点が共通して見られました。
1)対人的スキル/対人的認知スキルの顕著な獲得
2)同級生や同年代の友人との関係性の変化
3)人への興味・関心の増加や人への気遣い
保護者や先生は、方言を話すきっかけとして、周囲の人々との関係性の変化を挙げています。対象人数が少なく、確実なことは言えないのですが、自閉スペクトラム症の人々でも人へ興味・関心をもち、自ら同年代と関わり仲良くなることで社会的スキルを獲得し、みんなが話している方言を使うようになったようです。
その後さらに、おどろくべき情報が自閉スペクトラム症幼児の保護者から寄せられました。そのお子さんは、生まれてからずっと日本在住で両親とも日本語話者でありながら英語しか話さないというのです。
■家庭で話さない言語を喋る事例は海外でも
前書でとりあつかった問題に出された質問・疑問に対してなんとか整理が出来たとおもったところで次々に寄せられる謎。
これらをまとめて『自閉症は津軽弁を話さない リターンズ』(福村出版)として上梓しました。そして今回、角川ソフィア文庫から文庫として出版されます。その本の最後に、この謎解きの旅は続きそうだと書きました。これは間違っていなかったようです。
実は、アイスランドの自閉スペクトラム症コミュニティでは「自閉スペクトラム症の若い人はアイスランド語よりも英語を好んで話す」というコンセンサスが高まっており、北アフリカの自閉スペクトラム症に関わる実践家は学齢前や学齢初期であるにもかかわらず(テレビ等でしか聞くことのない)現代標準アラビア語を顕著に習得している自閉スペクトラム症の子どもに頻繁に出会うそうです。
日本の津軽、アイスランド、北アフリカ(アラビア語圏)でみられる現象に共通性はあるのでしょうか。アイスランド、北アフリカの報告者は、自閉スペクトラム症の子どもたちがメディアから言語習得している可能性を指摘しています。上述したように私もその可能性を考えています。
■言語発達研究では「ありえない」が…
しかし、メディアからの言語習得という解釈には、言語研究者の一部から強い反論があります。言語発達研究は、子どもがことばを学ぶには生身の人間の表情やリアクションを含めたコミュニケーションが重要であることを示しています。「定説に反する。ありえない」ということです。
私は、主に英語を話すようになったアイスランドの自閉スペクトラム症当事者および家族に実際にインタビューをしました。小さい頃はアイスランド語を話していたが、興味をもったメディアコンテンツの視聴を通じて英語を習得し、家庭でもほとんど英語で話しているということです。
また、共同研究者とともに、幼児期から英語しか話さないとされた日本在住の自閉スペクトラム症の子どもに小学校入学まで関わってきました。やはりメディアの影響がうかがえました。
これらの背景に、近年のメディアコンテンツの質・量の豊かさ、メディア機器の操作性・応答性の向上、スクリーンタイムなどの問題が存在するように見えます。
現場から上がってくる報告と実証的とされた研究結果の相違。この2つを融合する解釈はあるのでしょうか。
■この問題は障害児心理学では収まりきらない
北アフリカの研究者は、上述の現象はアラビア語圏で自閉スペクトラム症の子どもに関わる実践家ならだれもが知っているけれど、科学的文献の中ではいまだ未解決の不可解な現象、と述べています。
![松本敏治『自閉症は津軽弁を話さない リターンズ』(角川ソフィア文庫)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/2/1200wm/img_a26cec9ab8053c11c3eedd7a8213f173289040.jpg)
現実に目の前にある現象というのは、特定の学問領域には収まりきらないものだと感じます。私の専門は障害児心理学ですが、音響音声学、言語発達、社会言語学、アイスランドやアラビア語圏の言語事情、さらにはメディアの進化などにも目配りをしなければいけなくなっています。
現在、アイスランドやアラビア語圏の事例、そして英語しか話さないとされた自閉スペクトラム症幼児のその後についてまとめているところです。加えて、言語発達の実証的研究成果と現場からの報告をつなぐ解釈の検討も進めています。
「なぜ自閉スペクトラム症で生じるのか?」「自閉スペクトラム症以外では生じないのか?」「どのようなメカニズムで生じるのか?」という問いの解決へ向け、光が見えてきました。
いつかご報告できればとおもっています。
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公認心理師、特別支援教育士スーパーバイザー、臨床発達心理士
1957年生まれ。博士(教育学)。1987年、北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。1987年、稚内北星学園短期大学講師。89年、同助教授。91年、室蘭工業大学助教授。00年、弘前大学助教授。03年、弘前大学教授。11年、弘前大学教育学部附属特別支援学校長。14年、弘前大学教育学部附属特別支援教育センター長。16年10月より、教育心理支援教室・研究所『ガジュマルつがる』代表。
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(公認心理師、特別支援教育士スーパーバイザー、臨床発達心理士 松本 敏治)
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