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「良い会社に入りたい」では奴隷のまま…ノーベル平和賞・ユヌス博士が訴える「日本人に不足していること」

プレジデントオンライン / 2023年8月22日 13時15分

ムハマド・ユヌス博士 - 撮影=堀隆弘

収入を増やすにはどうすればいいのか。ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス博士は「現在の教育では、雇われ仕事に就くというマインドセットが刷り込まれており、本来持っている創造性が発揮されなくなっている。人間は生まれついての起業家であることを意識してほしい」という――。(聞き手=国際教育評論家・村田学)(後編/全2回)

■「仕事を見つけろ」というアドバイスは完全に誤り

(前回からつづく)

――ユヌス博士がおっしゃるようにビジネスコンセプトを変えていけば世界は変わると思うのですが、そうはならないのはなぜでしょうか。

金融システムに問題があるというお話をしましたよね。金融システムが貧しい人々に門戸を開かないのです。

さらに、経済システム全体が「生きていくためには雇われの仕事を見つけなければならない」という考えで作られているということでしょう。仕事を見つけさえすれば、金を稼いで家族の面倒を見ることができるというわけです。

でも私は以前から、仕事(勤め先)を見つけなさいと人々に迫るのは完全に間違った考え方だと指摘してきました。人は独立した存在であり、他の誰かのために働くために生まれてくるのではありません。人間は無限の創造的な能力を持って生まれてきます。

ただしその能力は、他人のために働いていては使われません。学校に行って、大学に行って、学位を取って働き口を見つける。でも働き口が見つかれば、あなたの創造性やいろんなものは使われないままになってしまいます。なぜなら(雇われの)仕事に就くということは命令されて働くことだからです。命令に従うだけで、独自のものを作り出すことはありません。

■人は生まれながらに起業家である

――起業家が増えていくことが一番大事なのでしょうか。

人間は生まれついての起業家です。

だから教育を与える場合も、雇われ仕事に就く準備をさせるのではだめなのです。教育は、若い人を雇われ仕事ができるように育てるシステムになってしまいました。これは誤った教育です。教育システムは若い人たちを起業家になれるように育てるべきなのです。

マインドセットはとても重要です。これは教育システムによって頭に刷り込まれるのですが、いまの教育システムというのは、どこかの会社のどこかのオフィスのよき従業員を育てるためのものになっているので、そういったマインドセットになってしまう。

私に言わせれば、誰かに仕えるために働くことは奴隷制度の遺産です。人の下で働くことを受け入れた瞬間、創造的な能力は不要になってしまいます。

学校は教育を担う一方で、若い人々に銀行を紹介する役割も担うことになるでしょう。彼らが事業案を思いついたら銀行から金を出してもらう。そうすれば学校にいる間から事業を始めることができます。「すべての人は起業家である」とみんなが考えることができれば、これは本物の教育システムになるでしょう。

経済学者のムハマド・ユヌス博士(写真右)とインタビューを行う国際教育評論家・村田学氏
撮影=堀隆弘
経済学者のムハマド・ユヌス博士(写真右)とインタビューを行う国際教育評論家・村田学氏 - 撮影=堀隆弘

■バングラデシュで生まれた女性起業家たち

そう言える理由は、バングラデシュでは1000万人の女性、字を読み書きできない女性たちが、雇われ仕事を見つけるのではなく自分で事業を始めるためにグラミン銀行から金を借りたからです。字を読み書きできない女性たちが100ドルだとか200ドルの借金で起業家になれるのですから、誰もが起業家になることができるのです。

つまり起業家になる力は誰にでもあるという命題に異議を唱えるべきではありません。答えはもう出ているのです。

資金を手にした瞬間に彼らは商売を始め、収入を得られるようになります。1つのローンを返済したら次のローンを借りてレベルアップし、成長していきます。

■社会で活躍するチャンスが与えられない女性

――実際にはGoogleやAmazonのような世界的企業でもほとんどトップは男性で、日本の大企業もほとんどが男性です。ユヌス博士はこのような状況をどのようにお考えですか。

私は男性だとか女性だとか分けて語るつもりはありません。この場合、すべての人間が起業家なわけで、男女を区別してはいません。

とはいえバングラデシュでは、銀行で門前払いを食らうのは貧しい人々に限った話ではなく、あらゆる階級の女性、たとえ裕福な女性でも門前払いされてしまいます。

女性が相手だと、銀行のマネジャーは「ご主人に相談はしましたか? ご主人とお話がしたいので、連れて来てもらえますか?」と言うのが常です。でも男性がビジネスプランを手に会いに来たとしたらどうでしょう。「奥さんに相談しましたか?」とか「奥さんと話がしたいので一緒に連れてきてもらえますか」なんて聞かれたりはしないでしょう。これはどういうことでしょうか。

つまりバングラデシュの銀行システムは貧しい女性たちだけでなく、すべての階級の女性に門戸を閉ざしているのです。無理だと言われてしまう。だから私は女性への貸し出しに力を入れようと考えました。

また、同じ金額を貸すのであっても、男性よりも女性を通して家族に金がもたらされたほうが、家族への影響はずっと大きくなることがさまざまなケースで何度も確認されました。女性に貸すほうが子供や家族の利益になるのです。男性は家族よりも、自分の楽しみを、自分のケアを、友人たちと楽しむことを優先したがる傾向があります。

それを目の当たりにした私たちは、男性に貸して金の無駄遣いをしてはいられない、女性に貸すべきではないかと考えました。女性を優先することに力を入れようと私は提案し、ついには(借り手の)97%が女性になりました。

ムハマド・ユヌス博士
撮影=堀隆弘
ムハマド・ユヌス博士 - 撮影=堀隆弘

■女性に投資すれば経済規模が2倍になる

――日本では30年間不景気が続いていますが、銀行が女性に投資すれば変わるでしょうか。

先ほどすべての人間は起業家だとお伝えしました。つまり女性を除外したら、起業家は半分に減ってしまうということです。

女性の起業家たちがどれほどうまくやっているか見てみればいいのです。特殊な例を持ち出しているわけではありません。まずは女性は男性と同じ人間であることを受け入れるべきです。同じ人間だということは起業家だということであり、本人たちの扱える範囲内で便宜を図っていくべきだし、それが経済全体にとって利益になります。

創造性あふれる女性起業家たちが市場に参入すれば、経済規模はいきなり2倍に成長しますよ。

■商業主義的なオリンピックを変える

――日本でいうと状況はなかなか変わりません。いまトップにいる人たちのマインドが変わることはあるのでしょうか。

自分が手がけているいろいろな仕事が私に幸せをもたらしてくれるのですが、その1つが(来年の)パリ五輪です。スポーツには大きな社会的影響力があるというのが私の持論です。でもその社会的なパワーはまるで活用されてきませんでした。

スポーツと人との間には非常に強い感情的なつながりがあります。もし自分の(応援している)チームが勝てば飛び上がって喜んで、眠れなくなるほど興奮します。負ければ誰とも口を利きたくなくなり、くやしくて泣いたりします。強力ではありますが、このパワーは商業目的、つまり物をたくさん売るためにしか使われていません。

偉大なヒーロー的存在の選手が特定の腕時計を身に着けていれば、みんながそれを欲しいと思いますよね。つまりこれはスポーツの持つパワーの商業利用もしくは娯楽のための利用です。人々を楽しませはするけれど、社会的パワーとしては全く活用されていません。

そうした問題提起を繰り返していたところ、国際オリンピック委員会(IOC)に呼ばれて話をする機会を得ました。2016年のリオデジャネイロ五輪の時で、そこにはパリのアンヌ・イダルゴ市長率いるフランス代表団もいました。イダルゴ市長は非常に感銘を受けてくれて、すぐに私をディナーに招いてくれました。意見交換をする中でイダルゴ市長から「五輪をソーシャル・ビジネスに変えることはできるでしょうか?」と問われ、私はもちろん可能だと答えました。

次に私はパリに招かれ、そこでも質疑応答が行われ、2024年のパリ五輪の招致はこの路線で進めることになりました。フランスのマクロン大統領とイダルゴ市長と一緒に私もローザンヌにあるIOCの臨時総会に出席し、パリが開催地に選ばれるよう、フランスで開催すべき理由をプレゼンしました。ライバルはロサンゼルスでしたが、24年の大会の開催地に選ばれたのはパリでした。

パリ市庁舎のオリンピックマーク
写真=iStock.com/Martina Rigoli
パリ市庁舎に飾られたオリンピックリング - 写真=iStock.com/Martina Rigoli

■貧困層の住宅となる選手村建設

私たちはどうすればパリ五輪を「人々を助けるための大会」へと作りかえることができるか話し合いました。単に金を投じるのではだめなのです。パリ五輪の予算は70億ユーロです。ではどのように設計すればいいのか。

私が提案したのは単純なことでした。どの大会でも選手村を作らなければなりません。選手たちが一堂に会して2~3週間、滞在する大きな建物ですが、閉幕後は街のどこかに建つ無用の長物になってしまいます。誰にも必要とされず壊されるか、安値で提供されるかどちらかです。でもそれでは金の無駄です。

そこで家のない人々のために、家賃が払えなくて困っている人々のために、寮の費用が払えない貧しい若者たちのための「村」として転用できるような選手村を設計してみてはどうですか、と提案しました。五輪に出場する選手たちは、この村に一時的に滞在する「ゲスト」です。村には市場ができ、貧しい家庭の子供たちの学校もできるでしょう。貧しい家庭も学生も、慎ましい住居を手にすることができます。そうすれば施設は機能し続け、投じたお金も生きます。この(不要になった施設をどうするかの)問題は五輪のどの大会でも問題になっていました。

選手村が作られるのは競技会場もあるパリ郊外のサンドニ地区のあたりです。サンドニはパリとその近郊で最も貧しい地区と言われています。私が(構想段階で関係者に)お話ししたのは、五輪のおかげで、サンドニは新しいパリになるだろう、ということです。住んでいる人々の生活が変われば、多くの人がこの新しいパリを訪れるでしょう。

チャレンジではあるけれど、資金はあるのだからできない相談ではありません。

■人間がつくった問題なら人間が解決できる

――開幕まであと1年。楽しみですね。

コロナ禍の最中は行くことがかないませんでしたが、その後にパリを訪れたら、美しい選手村が姿を見せていました。(『アラジン』の物語に出てくるような)ジーニーが来たのです。ジーニーが作った美しいパリが目の前にありました。私は建築家ではないけれど、構想は実現しました。

資金があって何かを建てるなら、社会的な目的のための大きな建物を建てるべきなのです。ただ単に建てて壊すだけのためではなく。五輪が終わったら何もかも終わりというわけではないのですから。人々の生活は変わらなければならないのです。

いま世界にはさまざまな問題がありますが、私は変われると信じています。そもそもいかなる問題も、私たち人間がつくりました。人間がつくった問題なら、人間が解決できるはずです。

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ムハマド・ユヌス 経済学者 グラミン銀行創設者
1940年バングラデシュ チッタゴン生まれ。チッタゴンカレッジを経て、ダッカ大学で修士号を取得。フルブライト奨学金を得て渡米し、1969年にヴァンダービルト大学で経済学の博士号を取得。1974年の大飢饉による貧困の現状を目の当たりにし、バングラデシュの貧困撲滅のための活動を始める。1983年、マイクロクレジットを行うグラミン銀行を創設。同国の貧困撲滅と平和構築に貢献した功績が称えられ、2006年にグラミン銀行とともにノーベル平和賞を受賞。ビジネスを通して社会課題を解決する「ソーシャル・ビジネス」を提唱し、50社以上のグラミン関連企業を経営。国連や多国籍企業、大学等の教育機関ともパートナーシップを組み、世界中でソーシャル・ビジネスを実践し続けている。

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村田 学(むらた・まなぶ)
国際教育評論家
アメリカ生まれ、日本育ちの国際教育評論家。3歳でアメリカの幼稚園を2日半で退学になった「爆速退学」経験から教育を考え続ける。国際バカロレアの教員研修を修了し、インターナショナルスクール経営などを経てie NEXT & The International School Timesの編集長を務める。

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(経済学者 グラミン銀行創設者 ムハマド・ユヌス、国際教育評論家 村田 学 構成=村井裕美)

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