「テストは平均20点」授業についていけない"境界知能"の中1が特別支援の対象にならない単純で深刻な理由
プレジデントオンライン / 2023年8月30日 8時15分
※本稿は、宮口幸治『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■自治体によって異なる認定基準
「IQ70未満」が知的障害の判定の目安ですが、その数字はあくまでも目安です。例えば、知的障害の認定基準について、東京都では「軽度とは、知能指数(IQ)がおおむね50から75」と、京都市でも「発達指数又は知能指数が51から75の場合は、障害の内容は軽度とする」とされている一方で、埼玉県では「知能指数がおおむね70以下」とのことです。
このように知的障害の障害認定基準は自治体によって違います。ということは、住んでいる場所によって、知的障害とされるかどうかが変わってしまうわけです(自治体による線引きの違いが責任能力の判断に影響を与えるのならば、裁判の判決(※)が変わっていた可能性もあります)。
※2019年11月、就職活動のために上京した境界知能の女性が、空港のトイレで赤ちゃんを産み、殺害。2021年9月の裁判では、彼女の知的能力は「低いとはいえ正常範囲内で大きな問題はない」と判断され、懲役5年の実刑判決が下された。
■変遷する知的障害の基準
そもそも知的障害の基準を「IQ70未満」としたのは1970年代以降のことで、それ以前は「IQ85未満」が基準だった時期がありました。
現在、日本の医療現場では、世界保健機関(WHO)が発刊するICD(国際疾病分類)の第10版(ICD-10)を使用して、疾病分類を行っています(2023年3月現在、第11版への切り替え中)。
このICDですが第9版までは、およそ10年単位で改訂が繰り返されてきました。1965~1974年は第8版(ICD-8)が使用され、この10年間は、IQ70~84が境界線精神遅滞という定義がなされていました。
「精神遅滞」は、今でいう「知的障害」のことです。つまり、現在の「境界知能」は、かつて知的障害に含まれていたことになります。これを現在の日本に当てはめますと、実に約1700万人(人口の約14%、およそ7人に1人)が知的障害という推計になります。
それが第9版(ICD-9:1975~1984年)以降になると、知的障害は現在のIQ70未満に変更となりました。変更の背景には、IQ70~84も含めてしまうとあまりに知的障害の人口が多くなってしまうので、支援者の確保や財政の面でも追い付かなくなるという事情もあったと推測されます。
■気づかれず支援につながらない
しかし、知的障害の基準が変わったとはいえ、IQ70~84のかつて「境界線精神遅滞」と定義されていた人たちは、障害が治ったわけではなく依然存在します。それなのに、支援の対象外とされたというのが、問題なのです。
彼ら・彼女らは子どもの頃から、「勉強が苦手」「コミュニケーションが苦手」「運動が苦手」といった学習面や身体面に問題を抱え、生きづらさを抱えているケースが少なくないのです。にもかかわらず、境界知能であることに気づかれず、さらには支援につながることが少ないため、勉強でつまずいたり、仕事が続かなかったり、引きこもったり、だまされたり、最悪な場合には、利用され犯罪に手を染めて刑務所に入ってしまうことすらあるのです。
では、軽度知的障害であれば気づかれるのかといえば、そうとも言い切れません。見た目や普段の生活態度ではほとんど区別がつかないケースもあります(知的障害を疑いながら注意深く見れば、学習上や行動上のつまずきがわかってきますが)。
また、ひと口に「軽度知的障害」とはいっても、中等度に近いIQ50と境界知能に近いIQ69では困りごとのレベルはかなり異なりますので、ここも注意が必要です。
中学1年生の今、テストが20点のTくん
Tくんは、小学2年生くらいまでなんとか勉強についていけましたが、中学1年生の今、もう授業は難しくてついていくのが困難です。テストの点数は、5教科合わせて500点満点のところ100点くらい。1教科平均20点です。先生の板書は7割くらい書き取れますが、自分で問題を解くことは難しいです。
家庭では、勉強せずにスマホでゲームをしたり動画を見て過ごしたりすることが多く、課金が月額1万円を超えることもあります。また、「宿題はやった?」と聞くとやっていないのに「やったよ」などと、よく嘘をつきます。
親御さんは、Tくんの進路が心配です。親御さんの願いは「過去に戻りたい」「頭をよくしてほしい」「未来を見てみたい」という痛切なものです。
このTくんの知能水準は、だいたいどれくらいだと推定されるでしょうか。Tくんは現在、通常学級で過ごしています。小学2年生くらいまでなんとか勉強についていけたそうですが、裏を返せば、それ以降今まで相当にしんどい思いをしていることが推察されます。
また、よく嘘をつくということですが、2つの原因が考えられます。ひとつは「聞く力」の弱さです。聞き取れずになんと答えていいかわからないときに、とりあえず「うん」と答えてしまっているようなケースです。
もうひとつは、心理的側面からは、嘘をつくことで得をする場合です。得というのは、例えば、叱られずにすむ、注目されるなどが考えられます。Tくんの場合は、おそらく前者のケースと考えられました。
■特別支援の対象にはならない
読者のみなさんは、このようなTくんに対して、できれば特別支援学級に編入し、Tくんの特性に合った学校生活をサポートしていくことが望ましいと考えないでしょうか。
しかし、実はTくんは知能検査では境界知能域に相当しましたので、特別支援学級のレベルではなく通常学級のままで授業を受けることになりました。このレベルでは特別支援の対象にはならないことが、学校教育では通常のようです。ですので、点数があまりよくなくても、最初から先生に「知的障害があるのでは?」とはなかなか思われないのも、事実なのです。
■厚労省が把握する以上に知的障害者は多い
知的障害は、児童相談所や病院などで知能検査を受けることでわかります。ただし、目立った困りごとがなければ、そもそもそういった機関に相談にも行きませんからますます気づかれないままです。
![宮口幸治『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』(SB新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/7/1200wm/img_17edf4a88424e3a539288408c72d5171113337.jpg)
知能指数は基本的に正規分布(平均値の度数を中心に、正負の度数が同程度に広がる分布)に沿っていますので、統計的には、日本の人口の約2%(約250万人)の人がIQ70未満に該当し、知的障害の可能性があることになります(2023年時点の日本の人口は1億2477万人)。
しかし、厚生労働省が把握している知的障害者は1%未満です(2016年の厚生労働省の調査では、総人口1000人当たりの知的障害者は9人)。2000年代までさかのぼると0.5%もいませんでした。
つまり、知的障害のある人は、厚生労働省が把握する人数よりも多いと推計されます。では、なぜ調査で把握された人数のほうが少ないのかというと、楽観的な見方をすれば、社会の中でうまく生活できていて、診断を受ける必要がないのかもしれません。しかし悲観的に見れば、障害があって困っていても気づかれずに支援の枠から外れてしまっている可能性もあるのです。
なお、厚生労働省が把握している知的障害者というのは、療育手帳所持者の推計値です。この手帳は、自治体によって「愛の手帳」(東京都・横浜市)、「愛護手帳」(青森県・名古屋市)など呼び名が違う場合があります。
療育手帳を取得するメリットは、各種福祉サービスを受けられる、障害の証明(「障害者割引」を受けられる)、「障害者求人」への応募が可能になることなどが挙げられます。この療育手帳を取得する必要がないということは、福祉サービスを必要としていないとも受け止められてしまうこともあります。しかし、困っていないから療育手帳がいらない、というのならばまだいいのですが、本人も周囲も困りごとの原因が、知的障害にあることに気づいていない場合があります。
「私はどうして勉強ができないんだろう?」
「どうして仕事がうまくできないんだろう?」
などと困っていたとしても、それだけで知能検査を受けに行く人など、ほとんどいないのが現状です。
![落ち込んで顔を伏せる子ども](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/6/1200wm/img_d6998cd42abdc9663a2d3731f30d17d4150915.jpg)
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立命館大学教授
日本COG-TR学会代表理事。京都大学工学部を卒業。会社勤務後、神戸大学医学部を卒業。精神科病院、医療少年院勤務を経て、2016年より現職。医学博士、子どものこころ専門医、日本精神神経学会精神科専門医、臨床心理士。著書『ケーキの切れない非行少年たち』が大ベストセラーになる。
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(立命館大学教授 宮口 幸治)
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