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なぜ東京・丸の内のオフィスビルは日本で一番高いのか…三菱地所が新規事業にやけに熱心な本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年8月27日 9時15分

三菱地所が東京駅日本橋口前で開発を進める「TOKYO TORCH」プロジェクトの完成イメージ(出典=PR TIMES/三菱地所)

三菱地所は「丸の内の大家」とも呼ばれる名門企業である。しかしこの優良企業は、保守的な不動産管理会社に甘んじることなく、時代の変化のなかで、不動産事業の新たなモデルに次々と取り組むことで成長を果たしてきた。

現在の三菱地所は、丸の内をさらに時代を先取りした街へと進化させようとしている。コロナ禍を経て、都心のビジネス街でもデジタル化による働き方の変化は止まらない。そのなかにあって三菱地所は、丸の内エリアでのイノベーションのエコシステムの育成を進めており、事業創造のための人と人との交流の拠点としての可能性を活性化しようとしている。

■イノベーションで未来を切り開いてきた歴史

三菱地所株式会社は東京・丸の内という一等地に多くのビルを保有し、管理している。丸の内は東京駅の西側、皇居とのあいだに広がる日本を代表するビジネス街である。三菱グループをはじめとする国内外の有名企業などがオフィスを構える日本経済の中枢のひとつであり、高層ビルが林立している。

この丸の内を地盤とする不動産会社という三菱地所の立ち位置は、保守的な資産管理会社を想起させるかもしれない。だがそうではない。三菱地所は、変化に挑むことに貪欲な企業である。

三菱地所の統合報告書には、「時代の先を読んだ新たな提案やビジネスを創造していく」ことの必要性が説かれている。たしかに、歴史を振り返れば、三菱地所はイノベーションによって自らの未来を切り開いてきた企業である。

■草が生い茂る原野だった丸の内

丸の内の開発の始まりは、今から130年ほど前にさかのぼる。明治政府は軍部移転の莫大な費用を賄うために、丸の内一帯を払い下げることにした。しかしなかなか買い手は見つからず、当時の三菱社社長の岩崎彌之助が買い請けた。

価格は当時の東京市の年度予算の3倍にのぼる128万円。当時の丸の内は茫々と草が生い茂る原野で、周囲からは無謀と揶揄される決断だったが、これを機に、三菱はビジネス街の開発へと乗り出し、1894年には赤レンガ造りの三菱第一号館が竣工する。つまり三菱地所という企業は、原野にオフィスビルが立ち並ぶビジネス街を創造するという、真っ白なキャンバスに絵を描いていくようなイノベーションへの挑戦のなかから生まれ、育っていったのである。

1920年頃、レンガ造りのオフィスビルが立ち並ぶ丸の内
1920年頃、レンガ造りのオフィスビルが立ち並ぶ丸の内(写真=Unknown creator/PD-Art (PD-old-100)/Wikimedia Commons)

こうしたチャレンジ精神は、その後も三菱地所のなかに引き継がれていく。その結果として、現在の三菱地所は、丸の内でビルを管理する不動産会社からは大きくスケールアップした企業グループへと成長を遂げている。

■拡大し続ける事業分野

今では三菱地所グループの事業分野は、丸の内のビジネス街のエリアマネジメントにとどまらない。国内外でのオフィス、住宅、ホテル、商業施設、物流施設の開発や運営・管理をはじめ、空港運営やファンド運用などへと事業は広がっている。そして丸の内エリアでは、1995年の丸ビルの建て替えの発表を皮切りに、大規模な再開発が進む。

三菱地所は、時代の流れのなかで、国内外の不動産のアセット事業、そしてノンアセット事業の各種のイノベーションに果敢に挑んだり、取り入れたりすることで、成長を遂げてきた。このイノベーションとの関係性を抜きに、現在の高収益企業としての三菱地所は存在しない。

■リモートワークにもコロナ以前から取り組んでいた

そして今、コロナ禍を経て、われわれはオフィスに出勤しなくても、仕事の多くはリモートでできることを体験してしまった。このデジタルワークの体験が、丸の内に居並ぶ大企業のオフィスなどに変化を迫ることは確実である。

アフター・コロナの日々においても、オフィスでの仕事の見直しは止まらないだろう。デジタル・ツールの進化がやむことはなく、そこから生じる働き方のイノベーションに乗り遅れる企業は、時代の変化から確実に取り残されていくであろう。

三菱地所では、コロナ禍に遭遇する以前から、本社などでのリモートワークの導入、そして柔軟で多様な働き方の試行に取り組んでいた。三菱地所にとってみれば、コロナ禍のなかで生じた新しい働き方は、すでに試みていた取り組みを後押しするものにすぎなかったのではないかと思われる。

このように三菱地所は、新しいオフィスのあり方を、クライアントや社会の要求が高まってから検討しはじめるのではなく、自らがいち早く探索し、開発し、体験してみることに貪欲である。三菱地所は、顧客追従型ではなく、リード・ユーザー型のイノベーターとして、新時代のオフィスのあり方に向き合おうとしている。この会社がうたう「進取のDNA」は絵空事ではなく、日々の行動のなかに組み込まれている。

■DX時代におけるビジネス街の存在価値

リモートワーク、さらにはAIでもこなせる仕事が広がっていく時代を迎えて、企業が丸の内のようなビジネス街に居を構えることに、どのような価値があるのだろうか。三菱地所はコロナ禍に遭遇する以前から、この課題に向き合っていた。

丸の内は近代日本の黎明(れいめい)期から高度経済成長期、そして現在に至るまで経済社会や産業のインフラとして機能してきた。背後に国内外の巨大なビジネス空間が重層し、さらには首都圏の広域交通の要衝でもある。

現在の三菱地所は、今後も丸の内から新たな産業を生み出し、未来の日本の経済社会を発展させるべく、人と人との交流をはじめ、街をさまざまな実験の舞台とする「オープンイノベーションのフィールド化」に、ビジネス街としてのリアルの価値を見いだしている。ベンチャー企業の事業開発の支援オフィスである「EGG」、起業家・スタートアップ支援ネットワークの「The M Cube」などを運営し、イノベーションのエコシステムを丸の内で育むだけではなく、自らもこのエコシステムを使い、社内での新規事業に積極的に取り組み、自社の事業を活性化していこうとしているのである。

■「黒子」から「最新オフィスワークの実践者」に

自らも試行に積極的な三菱地所の姿勢は、2018年の本社移転にも表れている。それ以前の三菱地所は、再開発の進む丸の内のなかで相対的に古びたビルに本社を置いていた。再開発で生まれた最新のビルはクライアントに提供し、自らは黒子に徹していたのである。

ところが三菱地所は、2017年竣工の大手町パークビルディングに、2018年に本社を移転する。新本社は、「新たな価値を創造し続けるオフィス」の実現をめざしたものだった。最新のオフィス空間を自ら体験することで、社員たちはその便利さや快適さを実感することになった。リモートワークもこの時期に導入されている。

三菱地所新本社オフィスの全体イメージ(出典=三菱地所)
三菱地所新本社オフィスの全体イメージ(出典=三菱地所)

■新規事業創出を目指す「アクセラレータープログラム」

そして、スタートアップとのオープンイノベーションによる新規事業創出を目指す「アクセラレータープログラム」、三菱地所の既存事業にはない知見をもつ人材を公募により受け入れる「副業・兼業人材の公募」、業務時間の10%を通常業務以外の社内変革に充てることを必須化する「10%ルール」などの制度が、この時期に相次いで創設されていく。10%ルールの対象となるのは、自ら手を挙げて行う新規事業だけではなく、他の社員が行うこうした新規事業のサポート、あるいは業務効率化のための取り組みなども含まれる。

さらに2021年には、2009年に導入された「新事業提案制度」の参加対象者をグループ社員にまで拡大。同制度の一層の強化を図った。社員が自発的に提案した新規事業を、社内コンペを経て採択し、社内ベンチャーを走らせていくこの制度は、社内外の人材を柔軟に活用できるようになったこともあり、一段と活性化しているという。

■未来を先取りする社内ベンチャーが続々と

現在では、以下のような街や生活にかかわる社会課題を解決し、未来を先取りしようとする6つの事業をはじめ、全部で約20の新ビジネスが「新事業提案制度」から生まれ、デジタル・マーケティングなどを取り入れたスピード感のある活動を展開している。

1.膝栗毛

膝栗毛は、三菱地所が、JTBグループと連携して手がける、デジタルとリアルを組み合わせた「歩き旅」体験のサポート・サービスである。歩き旅を行う前、最中、そして終えた後の情報収集やガイドやコミュニケーションを、ひとつのアプリを通じて提供することができる。このアプリを活用した地域の観光コンテンツの開発やプロデュースを、自治体や商店街や企業などから受託することで、収益化を図っている。

2.WELL ROOM

WELL ROOMは、三菱地所が提供する多言語対応のヘルスケア・サービスである。提携先医療機関とクライアント企業をつなぎ、外国語対応ができる健康診断実施医療機関の予約システムに加え、外国語によるメンタルヘルス相談や産業医相談のサービスなどをオンラインで提供している。日本で暮らす外国人が増える一方で、母国語で相談できる医療機関は限られる。WELL ROOMでは、まずは予防医学の領域から、日本の企業で働く外国人の健康をサポートする事業を開始している。

オフィス家具の引取・販売「エコファニ」の倉庫兼 ショールーム 「池袋Base」の店内(出典=PR TIMES/三菱地所)
オフィス家具の引取・販売「エコファニ」の倉庫兼 ショールーム 「池袋Base」の店内(出典=PR TIMES/三菱地所)
3.エコファニ

エコファニは、三菱地所が手掛けるオフィス家具のリユースのための引き取り・販売サービスであり、家具レンタルを手がけるユーユーレンティア株式会社と連携して事業を進めている。三菱地所には、丸の内エリアを中心とした東京駅周辺のテナントの入退去の情報が集まってくるとともに、ビルの建て替えなどで生じる一等地の空き区画を、引き取った家具の置き場としても活用することができる。エコファニは、リユース品に興味はあるが、現物を見て決めたいという顧客の要望に東京駅周辺で応えることができ、家具をセットアップしたオフィスの賃貸などにも対応している。

4.GYYM

GYYMは、三菱地所が提供する都度(つど)利用型のジムネットワークサービスである。GYYMの利用者は、個別の入会金や月会費などを支払うことなく、好きなときに好きなだけ、GYYMの契約先の300以上の施設を予約して利用することができる。料金は、混雑状況によって価格が変動できるダイナミック・プライシングが導入されており、施設側は状況に応じて新しい顧客を獲得しながら、稼働率を向上させることができる。フィットネスのライトユーザーは、自分のペースでより安価に施設を利用することができ、ヘビーユーザーは複数のジムを併用しながらトレーニングライフを充実できる。

5.30min.

30min.は、三菱地所が提供する家事代行サービスである。より気楽に家事代行を使えるように、30min.では30分単位での利用が可能となっている。30min.は三菱地所の管理マンションなどを中心にサービス提供をはじめており、家事代行スタッフが特定のマンション内や地域内を循環しながら働く仕組みをつくることで、短時間利用と業務量の確保を両立させようとしている。

入居者同士のコミュニティを重視した「コリビング(Co-Living)」を提唱する、Hmletの集合住宅のパブリックススペース(出典=PR TIMES/三菱地所)
入居者同士のコミュニティを重視した「コリビング(Co-Living)」を提唱する、Hmletの集合住宅のパブリックススペース(出典=PR TIMES/三菱地所)
6.Hmlet Japan

Hmlet Japanは、三菱地所とシンガポールのHmlet社による合弁会社である。Hmletが手がけるCo-Livingは、入居者同士のコミュニティ形成に重点を置いたシェアハウスの一形態で、ニューヨーク、ロンドン、シンガポールなどの世界都市においてミレニアル世代を中心に普及しつつある。居室には家具などが備え付けられており、コミュニティー・マネジャーが、入居者同士のコミュニティ形成をサポートする。海外転勤などの際に利用すれば、現地でのスムーズなネットワーク形成などが可能になる。このCo-Livingの事業を、Hmlet Japanは日本で展開している。

■アフター・コロナにおけるオフィスの役割

以上の三菱地所の取り組みから学ぶべきことは何なのか。三菱地所は、これらの新規事業を、丸の内で自社が構築してきた先進的なオフィスやエコシステムをはじめ、ソーシャルキャピタルを活用しながら進めている。このコロナ禍以前から続く挑戦は、われわれに2つの問いを投げかけているように思われる。

第一は、アフター・コロナにおけるオフィスの役割である。コロナ禍を経て世界中の企業が、オフィスワークの創造的破壊をさらに押し進めようとしている。

コロナ禍によって、リモートワークの体験は一気に広がった。しかし、不必要な出勤や出張を控えたり、オフィス面積を削減したりするだけでは、企業の未来は開けない。

オフィスは効率的に作業を行うためだけにあるのではない。リモートワークが生みだすオフィス空間や働き方の余裕を、新たなビジネスの創造に振り向けなければ、未来に向けた企業の成長は生じない。一方で、シェア・オフィス、ワーケーションなどの選択肢の拡大も止まらない。都心の一等地のビジネス街、そしてそこにオフィスを構えることの価値の問い直しは今後も続くだろう。

■オフィスワークの最先端を自ら体験し提案

第二は、デジタル時代のイノベーションの可能性に、自らがユーザーとなって参加しようとする姿勢である。旧態依然としたオフィスで働く人たちが、デジタル時代に合ったオフィスワークの企画や提案を行うことができるのか。

三菱地所はオフィスの先端を、自らが率先して体験するなかで提案しようとしている。これは傍観者的な提案ではなく、自社内で新規事業に取り組み、そこで学んだスピード感やデジタル・マーケティングの活用方法を共有しながら進める、先端オフィスのあり方の提案である。

デジタル時代にあっても三菱地所は、オフィスのマーケティングにリード・ユーザーとしてかかわり続ける姿勢を崩していない。イノベーションの可能性を、企業がオープンに社外のリード・ユーザーから学ぼうとする姿勢は重要だが、さらに自らもリード・ユーザーとして参加しようする同社の姿勢は新鮮である。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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