甲子園に出られなくても人生が終わるわけではない…高校野球の「勝利至上主義」は完全に間違っている
プレジデントオンライン / 2023年8月22日 13時15分
■神奈川県予選であった「誤審」騒動
この前の当コラムで、7月27日に行われた高校野球神奈川県選手権大会の決勝、慶応対横浜で、球審が足をつったために途中交代したことを紹介したが、この試合は「審判のジャッジ」でそれ以上の注目を集めた試合でもあった。
この試合の9回表、3対5で負けている慶応の最後の攻撃で、無死一塁で丸田選手の打球は一二塁間のゴロに。横浜の二塁手はこれを捕ると遊撃手に送球、遊撃手は二塁に触塁して一塁に送球。一塁はセーフとされたが、少なくとも二塁はアウトで1死一塁かと思われた。だが、二塁塁審は二塁走者もセーフを宣した。無死一、二塁となった直後に慶応の渡辺選手が逆転3ランホームランを放ち、慶応の劇的な勝利となったのだが……。
試合後、横浜の村田浩明監督は、「ちょっと信じられない。完全にこっちから見ても余裕のアウト。本当は僕が審判さんのところに行ってプロ野球のように言えればいいんですけど。高校野球なので選手を行かせましたけど、『離れた』の一点張りだったので。納得いかない部分もあったし、本当はずっと抗議したい気持ちもあった」と記者団に語った。
ここからネット上では「慶応は審判の『誤審』で甲子園を勝ち取った」かのような言葉が飛び交った。
■審判のジャッジは「絶対にして最終」
基本的な問題として、野球の試合では「ストライク、ボール」と「アウト、セーフ」の判定は審判のジャッジで決まる。たとえアウトに見えたとしても審判が「セーフ」と言えばそれが絶対にして最終だ。誤審は存在しない。
このプレーの動画を何度も見たが、横浜の遊撃手は送球を受けて、二塁ベースの縁をスパイクで擦るようにしてから一塁に送球している。スパイクで蹴り上げられ二塁周辺の土が飛び散っている。
筆者の見るところ、昔の感覚なら確かにアウトだっただろう。
昭和の時代、一塁走者は併殺を阻止するため、ベースではなく野手に目掛けて滑り込んだり、腕を上げたりして送球を妨害していた。内野手はこうした走者のアタックを避けつつ送球するために、ベースに触れるか触れないかで送球していた。
審判は、タイミング的にアウトであれば、実際に塁に触れたか触れなかったかは重視せずにアウトを宣した。いわゆる阿吽の呼吸だ。アメリカではこれをネイバーフッドプレーと言う。ベースのネイバーフッド(ご近所)を野手のスパイクが通過したら触塁したことにするということだ。
しかし日米ともにコリジョンルールが導入され、本塁突入の際に走者がアウトを阻止するために捕手めがけて走り込んだり、捕手が走者の走路をふさぐことが禁じられるとともに、二塁でのプレーでもラフプレーは戒められ、触塁について、より厳密に判定するようになった。
■決して「明らかな誤審」ではない
さらにNPBやMLBでビデオ判定が導入されると、従来タイミング的にアウトとされていた判定の中にも、ビデオで見ればセーフだった事例があることがわかり、プロだけでなくアマの審判もより厳密、厳格にジャッジするようになった。
慶応対横浜戦の件の判定も、タイミング的にはアウトだったのだろうが、最新の知見を得ていた審判は、より厳密に確認してセーフの判定をした可能性がある。
元審判の中には「最近の審判は、見た目だけでなく『音』にも留意している。あの判定では、野手がスパイクで塁に触れた際に出る微細な音が確認できなかったから、セーフにしたのではないか」と言う人もいた。
ともあれ、あのプレーは「明らかな誤審」と断じるような単純なものではなかったのは間違いのないところだ。
野球だけでなくスポーツでは、審判は「マスターオブゲーム」であり、試合においてはすべての権限を有している。それを否定して試合は成り立たない。
■リスペクトがあったとは言えない
それを前提にすれば、横浜高校の村田浩明監督の発言は、適切だったとは言いがたい。村田監督は同時に「審判をリスペクトしている」と言ったが、試合直後に、当事者たるチームの監督が、審判の最終判定に対して表明した強い疑念は、その言葉とは裏腹のものだった。
後追いの報道では、村田監督は試合後、審判団に2時間も食い下がったとのことだ。これが選手のお手本と言える態度だろうか?
審判の判定への抗議は認められている。この試合でも控え選手が審判にジャッジについて問いただしている。さらに、審判の資質に疑念があるのなら、各県高野連に公式に異議申し立てをすることも可能だ。場合によっては審判の適格性が審議されることもあるだろう。
しかし、当事者が、目の前のプレーで、自チームに不利な判定をされたからといって執拗(しつよう)に抗議することがまかり通れば、試合は成り立たない。
元パシフィック・リーグ審判員で、審判技術委員、日本野球規則委員会委員を歴任した山崎夏生氏はこう語る。
「まずあの二塁での判定を『誤審』だという前提の下に論議されていることに非常に違和感があります。触塁があったか否かは微妙で、NPBのようにリプレイ検証をしても触塁を確認できる絶対的映像が見つかりませんから、判定は覆らないでしょう。何を根拠に『余裕でアウトだった』と決めつけるのか、敗れた監督の言葉にはグッドルーザーとしての潔さも誇りも全く感じられませんでした」
■審判を守るためにリプレイ検証が必要
「プレーは選手のものですが、判定は審判のもの。その触塁をきちんと見せられなかったなら、厳しい言い方ですが雑なプレーです。それを高度なプレーだと主張するならば判定のリスクも伴うものだという覚悟が必要です。
また第三者がたった一つの判定で人生が変わる、などと言うのはあまりにも大袈裟。運も不運も平等で、それを恨めばその後も愚痴と泣き言ばかりが続き、笑い飛ばせば運も向くはず。大谷選手はファウルをホームランと判定され甲子園を逃したらしいが、それがどうした? と言いたくなる。
ただ、こういったSNSでの誹謗中傷やスポーツの本質を理解しない人があまりにも多くなり過ぎたがために、アマチュア野球界でもリプレイ検証は必要になってきたのかなとは思います。それはあくまでもこんな『事件』から審判を守るために、です」(山崎夏生氏)
■審判を下に見る風潮
筆者は、常々日本球界は「審判へのリスペクト」が少ないと痛感する。今回の例だけでなく、プロ、アマ問わずプレーがもつれると「審判に問題がある」かのように言われることがしばしばある。その根底にあるのは、「審判のステータスの低さ」だ。
日本プロ野球は、草創期から元プロ選手が数多く審判に転身してきた。古くは二出川延明、苅田久徳のように野球殿堂入りした大野球人も審判になったが、戦後はプロで実績のない選手が審判に転向することが多くなった。
そういう審判が判定する試合では、監督やコーチが露骨な抗議をすることが多かった。「現役時代は大した実績なかったくせに、偉そうな顔をしやがって」という審判を見下げた感情が根底にあるのだ。試合後も「あの審判はダメだ、なってない」とあからさまに言う監督もいた。
そうしたプロ野球の態度が、アマ球界にも影響を与え「審判軽視」の風潮ができたのではないか。
■甲子園もボランティア
アマチュア球界の審判は、甲子園という大舞台であっても全員が「ボランティア」だ。わずかな謝礼と移動費だけで球審、塁審を務めている。防具など審判用具は自前だ。それでも審判は高度な審判技術を維持するために勉強会を開いたり、日々練習をするなど研鑽を積んでいる。
審判の仕事は「間違えずにジャッジをして当たり前」であり、疑念が残れば今回のように非難される。アマチュア審判であっても、個人が特定されればプロ野球の審判のように誹謗中傷にさらされるリスクも生じる。まさに「労多くして功少なし」だ。
日本では野球競技人口の減少が問題になっているが、審判員もなり手が減少している。若手が少なく、高齢化も進行している。大学、高校、社会人などを掛け持ちする審判も多い。
そうした状況で「疑念が残る判定」で審判を非難する風潮が広まれば、ますます審判の成り手は減ってしまうだろう。
■高校野球の現状と高野連の理想との乖離
地方の県高野連審判部に所属して活動しているある審判員が実情を吐露する。
「批判については、審判である以上受け入れていかなくてはならないでしょう。それはわれわれ審判の宿命だとは思います。
審判が批判されるのは、日本全体が『審判=絶対に間違えてはならない』という文化になっていることも背景にあるかと思います。時代の流れの中で、高校野球の審判『委員』に国民や関係者が何を求めるかを検討していく時がきていると思います。
われわれは些少の審判代で活動しており、交通費や道具代も自己負担、休みの日は家を空けて試合に行きます。審判のなり手も限られているので、平日も頼まれて仕事を休む人も多いです。中には、審判活動が中心になってしまい家庭崩壊した人もいます。なり手が少ないために、この暑い季節にも70歳を超えた方がグラウンドに立ち、審判しています。
そういった実情を知らない野球関係者やメディアが、批判的な意見を出すのではないか、と感じています。処遇改善もさることながら、審判の世間的地位を上げないといけないと感じます。高校野球の現状と高野連が掲げる理想との、かなりの乖離(かいり)を感じています。高校野球だけでなく、社会全体が昔ながらボランティア精神に頼った運営等では難しい状況になっているのではないでしょうか」
■根底にあるのは「勝利至上主義」
スポーツマンシップの考え方では、スポーツは「チームメート」「相手選手」「ルール、競技そのもの」「審判」へのリスペクトが前提となっている。審判の軽視は、スポーツが成立する前提を脅かす。
甲子園を頂点とする高校野球は、トーナメント制により一戦必勝を宿命づけられる。何が何でも勝たないといけないという「勝利至上主義」が、己に不利な判定をした審判へのリスペクトを欠いた抗議につながる。そういう形で審判への軽視、蔑視がつのることが、審判を志望するボランティアの減少につながる。まさに悪循環だ。
あえて言うが、甲子園に出られなくても、人生が終わるわけでも、野球人生が終わるわけでもない。
それよりも大事なことは「正しいスポーツマン」になることではないのか。「スポーツの基本的なルール」を理解し、スポーツと共に人生を生きていくことではないのか。筆者はそう考える。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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