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中国人がマグロの旨さに気づいてしまった…豊洲の仲卸が「セリで勝てない」とこぼす中国業者のエグい買い方

プレジデントオンライン / 2023年8月27日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alvarez

食料品の値上げが続いている。調達・購買コンサルタントの坂口孝則さんは「海外のバイヤーは日本の買い手よりも高い価格で仕入れている。食料に対する日本の購買力が落ちているという現実を直視するべきだ」という――。(第2回)

※本稿は、坂口孝則『買い負ける日本』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■マグロを買い漁る「中国人バイヤー」

年始恒例のマグロの初競り。2023年には豊洲市場で青森の大間産本マグロに3604万円の値がついた。落札者は「銀座おのでら」を運営するONODERA GROUPと水産仲卸「やま幸」だった。また常連として「すしざんまい」の木村清社長の姿もあわせて全国ニュースで報じられた。

そのいっぽうで、中国人バイヤーの存在が大きくなっている。

水揚げ金額が日本一であると知られる焼津港では中国人バイヤーが跋扈(ばっこ)する。もちろん跋扈といっても違法な行為をやっているわけではない。中国人のあいだではマグロの解体ショーが人気だという。中国の富裕層を中心に日本旅行などの経験から「マグロの旨さに気づいてしまった」ため、日本に質の高いマグロを求めて中国人バイヤーたちがやってきている。

中国人バイヤーは「かなりの量を求め」かつ「金払いがいい」。そうなると仲介業者も売らないはずがない。中国人バイヤーは中国人バイヤーで、中国の消費者が求める金額上限まで仕入れることは経済合理的だ。世界では一人あたりの魚介類消費量が50年で2倍になったのに対し、中国ではなんと約9倍にも伸びている。日本はその魚介類消費量は50年前と比べて下回っており、中国に肉薄されている状況だ。しかも、肉薄されているのは一人あたりだが、両国では人口がまったく違う。

■世界中で需要が高まり“買い負け”が多発

水産庁が公表している1988年から2020年の「まぐろ類」の国内生産量は26万トンから11万トンに下がっている。また輸入量は46万トンから28万トンと同じく減少している(農林水産省「漁業・養殖業生産統計」、財務省「貿易統計」)。

各弁当店でマグロが仕入れられずに使用魚を変更したといったニュースが流れた。マグロだけではなく漁業者から卸売業者に販売している魚種は総じて2022年に前年より値上がりした。それは大衆魚にも及ぶ。マグロのような高級魚だけではなく、円安、漁獲量の減少や原油価格の高騰に加えて、諸外国への買い負けが生じているからだ。

2022年には大手回転寿司チェーンが価格改定を発表したのも記憶に新しい。またズワイガニも5年で倍近くの金額になっている。世界中で食する人たちが増えた。需要が急増し、かつ日本は高値で応札できていない。結果、日本の輸入量は2022年までの10年で約2割減少し、そして金額は約2.2倍になった。水産資源だけではない。牛肉も中国に「買い負け」する場合が多い。

カニ
写真=iStock.com/ranmaru_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ranmaru_

中国は牛肉輸入量が激増している。2016年に50万トンちょっとだったのに2021年には233万トンに上った。市場では台湾や韓国などのアジアの国々が牛肉を買おうと争う。日本では手に入らない状況を「ミートショック」と呼んだ。

■他国は日本より3割以上高い価格で購入している

他国が買い争う肉を調達しようと努めても「高くて、買ってもその価格で売れないから儲からない」とする日本商社もいた。世界の業者も中国が高く買ってくれるため、日本の企業にふっかけることもあった。しかし日本が買ってくれなくても中国が買ってくれる。むしろ日本から諸外国への牛肉の輸出は急増しているほどだ。

同じく中国を中心としたバイヤーらが日本国内の買い手より3割以上高い価格で購入する。日本の商品を高く買ってもらえる状況は喜ばしいともいえるが、喜んでいいのだろうか。また、低糖質で人気になっている羊肉も中国の火鍋消費の伸びに影響を受けている。日本が羊肉の3割を調達するのはニュージーランドだが同国は中国へも多く輸出する。中国は旺盛な需要を誇る。日本の同国からの輸入は2020年から2021年にかけ一時、減少した。

また、ブラジル産の若鶏肉も値段が高騰している。理由は他国が高値で調達するため、日本が買い負けているからだ。数年前までは日本より高く買ってくれる国はなかった。多くのブラジル養鶏農家は商社を通じて鶏肉を販売する。養鶏農家が言語の違う国に、貿易実務まで請け負って販売するのはなかなか難しいからだ。

■養殖魚も大きな影響を受けている

このところ商社のもとには「日本が買ってくれる価格よりも中国が買ってくれる価格のほうが高い」と値上げを交渉されるようになった。日本がその交渉を断ると中国に振り向けるといわれる。これも経済合理性のため養鶏農家を責めるわけにはいかない。

日本では若鶏肉ではなく、これまで無視されてきた親鶏肉がミンチ材料に使われるようになった。それでも日本が買い負けるケースが多くなった。他国はブラジル産を選択していなかったが、ウクライナ戦争でウクライナからブラジルに切り替えたため全面的に品薄になったのだ。たまたま2022年は鳥インフルエンザもあり、鶏めしの素を作っているメーカーは供給不足から生産を停止せざるをえなかった。

これら食肉はもはや調達戦争の色合いさえある。食肉を忌避する宗教はあるものの、国連食糧農業機関のデータでは、一人あたりGDPと食肉需要はおおむね正の相関にある。新興国の経済成長が続く限り肉の奪い合いになる。

なお食料のうち養殖魚であれば諸外国の影響を受けないと考えるかもしれない。しかし昨今に生じたのは養殖業者の呻吟(しんぎん)だった。餌に含まれる魚粉の価格が上昇していたからだ。

■肥料や家畜の餌も中国に依存している

魚粉はペルー産のカタクチイワシが原材料だが、そのペルー産を中国が高額で調達していた。中国は世界の豚肉消費量で圧倒的比率を占め、魚粉は養殖業ではなく主に養豚むけだった。

養豚場
写真=iStock.com/Rat0007
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rat0007

中国の業者は魚粉がいかに高騰しようとも高額で予約注文を入れることで量を確保した。日本にとっては養殖のコストのうち6割強を占めるため影響は大きかった。養殖業者はいかに魚粉を使わないかを研究し、大豆の油かすなどを与える試行錯誤も続けている。

水産庁も新たな飼料原料の開発を目論む。「養殖業体質強化緊急総合対策事業」として養殖コスト低減対策事業に補助金を入れる。おそらく補助を提供するための関係者の努力は相当なものだっただろうが、それまで魚粉が採用されていたのは低コストだったからだ。代替案の低コスト化、安定調達体制など課題は山積みだ。

さらに、日本は食卓に並ぶ食品だけではなく、その農作物の肥料や家畜の餌も輸入に依存している。肥料のうち塩化カリウムはロシアとベラルーシから大量に輸入していた。これらが滞っているのは周知のとおりだ。また尿素は中国とマレーシアから、リン酸アンモニウムは中国からだ。中国からは調達できているが、将来にわたる安定性はあやうい。

■大臣級が動かないと問題が解決できない

2022年には農林水産副大臣が急遽モロッコに向かい、リン酸アンモニウムの供給をお願いした。農林水産省によると「安定供給に協力したいとの発言」があったそうだ。この応答は力強いと思うものの、トップが動かないといけないくらい食料・肥料原料の奪い合いが起きている。

地球の収穫量は増えるものの無限ではなく、人口増も大きい。異常気象も食の奪い合いを加速させる。実際に、肥料の国際価格は種類によっては数年前から数倍になっている。さらに窒素肥料の大部分はアンモニアを原料とするが、拍車をかけるように、各国の工場では燃料となる天然ガスなどの高騰で不安定さがにじむ。アフリカでは肥料の投入を抑える農家が増えるほどだ。

農作物でも家畜でもそうだが、育てるコストの上昇分を回収できるかは運しだいといえる。たとえば和牛を育てても、出荷するまでに数年がかかる。途中で飼料の高騰があっても出荷時点の市況価格とは関係がないためロスが生じる可能性があるからだ。

■コメが過剰になり、小麦依存が進んだ戦後の日本

よく知られる数字だが、カロリーベースの食料自給率は38%だ。主食のコメは75%で健闘しているものの、小麦は17%、畜産物も16%にすぎない。カロリーベースだけではなく生産額ベースも下がっている。

もともと日本は記録の残る1930年には小麦の自給率は67%だった。戦後まもなくも40%を超えていた。しかし米国からの要請で過剰な小麦在庫を引き受け、学校給食でもパンを採用した。次にコメが過剰となり、小麦は世界への依存が高まっていった。

ロシアとウクライナは小麦の世界輸出量の3割を占めていた。戦争により、あるいは政治的に同二国からの供給が減ったのだから世界的な高騰は当然だった。どの国も世界価格に影響を受ける。アメリカ産やカナダ産も上昇した。政府は農家減少に歯止めをかけようとしたり、国内堆肥の活用、国内での小麦の生産への補助金を出したりしている。2030年までには食料自給率を45%までに伸ばそうとしているが、楽観はできない。

さらに、重要な穀物にトウモロコシがある。2020〜2021年にはトン100ドル強だったのが2023年初頭には250ドルほどに急騰している。中国が米国からの輸入を増やしている。米中経済戦争の結果、中国が交渉の末、米国に米国産の輸入増を約束した結果だ。

■食料自給率が横ばいなのはむしろすごい

中国は米国に依存する形になった。そこでウクライナ戦争が起き、取り合いが本格化した。

ウクライナは世界のトウモロコシ輸出の10%強を占めていた。食料生産地帯を被害地とする戦争は市場を高騰させた。さらにウクライナの農家は穀物を長期保存する空調設備を有していない点も痛手だった。また、世界各地で天候不順もあったし、穀物を使ったバイオ燃料の需要も高まった。さらに日本は調達困難を味わった。

日本で食料・農業・農村基本法が策定された1999年から24年が経った。同法は食料の安定供給の確保を狙うものだった。ただ、そこから食料自給率は横ばいで上昇していない。ただ、よく横ばいで踏みとどまったというべきか。

農業に従事する人は123万人でほとんどが60歳以上。さらに廃業を選ぶ人たちもいる。当然、農地も総産出額も減っている。ここ近年、生産資材の高騰で農家は危機的状況に陥った。実際に農業関連企業の倒産状況を見るとコロナ禍が始まった2020年、2022年は過去20年で最多件数になっている。海外からの肥料や飼料は高騰。しかも国内では高く買ってもらえないからコストを自ら負担するしかない。

■世界でもっとも農林水産物を輸入する国だったが…

高度成長期であれば文字通り日本は成長していたため、食料が値上がりしても調達できた。しかし相対的な地位は下がっている。もちろん無策だったわけではない。日本は第二次世界大戦を経て、さらに米国の禁輸措置、1973年の「大豆ショック」も経験したため予防的な取り組みを開始していた。他国への調達ソースの拡充や資金援助なども広げた。ただ現在では日本は食料の相対的な購買力が落ちている。

坂口孝則『買い負ける日本』(幻冬舎新書)
坂口孝則『買い負ける日本』(幻冬舎新書)

100円で仕入れたものを200円で販売しているとする。仕入原価は50%だ。もし、諸外国の成長やインフレによって仕入れるものが200円になったとする。自国も成長し仕入れ価格の倍の400円で販売できれば問題がない。ただ、日本はそうではないので「調達する力」が落ちている。

昔の経済力のままなら既存の構造で良かったのかもしれない。1998年には世界のなかで農林水産物をもっとも輸入しているのは、533億ドルの日本だった。日本は最重要顧客で誰もが日本を向いていた。しかし人口急増と経済成長により、2021年には中国が1251億ドルとトップになった。なお中国は世界の食料消費量に占める比率として、野菜と豚肉で50%前後、果物・穀物が25%前後と、圧倒的な状況にある。

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坂口 孝則(さかぐち・たかのり)
調達・購買コンサルタント
未来調達研究所株式会社所属、講演家。2001年、大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。原価企画、調達・購買に従業。現在は、製造業を中心としたコンサルティングを行う。『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『未来の稼ぎ方』『買い負ける日本』(すべて幻冬舎新書)、『製造業の現場バイヤーが教える調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。

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(調達・購買コンサルタント 坂口 孝則)

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