なぜYOASOBIはこれほど売れたのか…アーティストを悩ませる”ネタ切れ”問題を分業体制で解決した
プレジデントオンライン / 2023年9月12日 7時15分
※本稿は、山川隆義『瞬考 メカニズムを捉え、仮説を一瞬ではじき出す』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■物事の背景を理解していなければ解決方法にはたどり着けない
海に浮かぶ氷山の一角を想像してほしい。
海面から突き出ている表層だけを見ても、氷山の全体像を正確に捉えていることにはならないことは明白である。
海面の下にも氷山は形を成している。また気候、海水の温度や海流などの「背景」が影響して、氷山の一角という「事象」を作り出している。
氷山の一角だけを見ていても、「氷山の正確な形」や「なぜそのような形になったのか」はわからないが、気候、海水の温度や海流などの「背景」もきちんと押さえれば、全体像を紐解くヒントになる。
ビジネスでも同様で、背景に「なぜそうなったのか」というメカニズムが隠されており、それを見つけることができれば、課題の原因に対処して、打ち手を講じることができる。
コンサルティングでも「なぜこのプロジェクトをするのか」という背景について、プロジェクトオーナーに徹底的にヒアリングするようにしている。
氷山の一角にもそれを形成した背景があるように、会社で直面する問題にも背景が存在する。その背景を解像度高く掴むことができれば、課題が生まれた原因や経緯がわかるので、目的が決まり、プロジェクトの方向性がはっきりする。
コンサルティングでやるべきことが一気に明確になるのだ。
■敏腕マネージャーが独立する韓国、大物芸能人が独立する日本
本節では、エンターテインメント業界の動向のメカニズムを探っていく。その過程で「背景を考える、とはこういうことなのか」と気づいてもらいたい。
日本では、ここ10年、大物アーティストや芸能人の独立が多数起きている。
引退した安室奈美恵や、元SMAPの新しい地図、俳優の米倉涼子など、大物の独立が相次いでいる。
しかし、韓国の芸能界で、独立する芸能人は少ないが有能なマネージャーは次々に独立している。
なぜ韓国では敏腕マネージャーが独立し、日本は大物アーティストや芸能人が独立するのか。
ここにも背景があり、メカニズムが隠されている。
今では誰もが知っているBTSを輩出したHYBE(設立時の社名はビッグ・ヒット・エンターテインメント)は、韓国のJYPエンターテインメントという大手事務所にプロデューサーとして所属していたパン・シヒョク氏が独立して作った会社である。
■背景にあるのはマーケットの成長速度の違い
HYBEができるまで、韓国で大手芸能事務所といえば、少女時代や東方神起を輩出したSMエンターテインメント、NiziUやTWICEを輩出したJYPエンターテインメント、BIGBANG、BLACK PINKなどを輩出したYGエンターテインメントの3社であった。
他にもSMエンターテインメントのマネージャーが独立したCre.Kerエンターテインメント(現ISTエンターテインメント)やビッグ・ヒット・エンターテインメントから独立したスターシップ・エンターテインメントなど、韓国では大手事務所から優秀なマネージャーやプロデューサーが独立し、新たなアーティストを輩出している。
一方、日本はマネージャーが独立するというより、アーティストが事務所から独立することのほうが多い。
この背景を考えてみると、K-POPは市場が世界に急拡大しているうえ、ファンもグローバルだ。K-POPアーティストのYouTubeのコメント欄は、ハングルだけでなく英語、スペイン語、ポルトガル語など、さまざまな言語で書き込みがされている。
一方、日本のアーティストの海外進出は限定的であり、ファンは日本人中心である。
つまり、マーケットの成長という背景があるからこそ、韓国はマネージャーが独立するのである。
一方、日本の音楽マーケットは急成長しているわけではない。市場が成長しないと、パイの奪い合いが始まるため、アーティストが独立するのではないかと考えられる。
これが韓国ではマネージャーが独立し、日本ではアーティストが独立するメカニズムである。
■市場が拡大している分野でどんなネットワークを築くか
しかし、日本の音楽シーンの歴史を長く見てみると、1960年代、1970年代、最大手の渡辺プロダクションから、当時の優秀なマネージャーが独立してアミューズやホリプロなどを立ち上げていることがわかる。
そして長らく、音楽マーケットが成長を成し遂げてきた。
まるで現在のK-POP業界と同じである。
1960年代、1970年代の日本の音楽マーケットは急成長していたことを考えると、「市場が成長する=新たな参入が相次ぐ=マネージャーが独立する」というメカニズムが働いていたのだろう(このメカニズムからの類推で、ベンチャーキャピタリストは、例えばサイバーエージェントやリクルートに在籍している、仕事のできるマネージャーくらいの人材には一度会っておく、というネットワーク構築の手法が考えられそうである。市場が拡大している分野で戦っている企業から独立した優秀な人材が、次のトレンドを作る可能性があるからだ)。
■K-POPもいずれ飽和すれば日本と同じ道をたどる
「市場が成長していればマネージャーが独立し、市場が成長していなければアーティストが独立する」というようなメカニズムが音楽マーケットにあるわけだが、このメカニズムからマーケットがどのように変化していくかも予測することができる。
今後もしばらく韓国では、優秀なマネージャーの独立が続き、新たなK-POPアーティストがデビューすると考えられる。
しかし、日本において、ここ10年で起きているメカニズムを考えると、いずれ韓国も、アーティストの独立という問題が避けて通れなくなる可能性がある。
K-POPのマーケットが飽和するまでには、まだまだ時間がかかるかもしれないが、マーケットが飽和するとパイの奪い合いが始まる。
パイの奪い合いが始まれば、放っておくと、K-POPも日本と同じような状況になるだろう。
一方、日本においては、現在はアーティストの独立が起きているが、新たなマーケットが誕生し拡大すれば、マネージャーやプロデューサーの独立が盛んになるはずだ。
実はこの成長のきざしがすでにあり、私はYOASOBIに注目している。
音楽ランキングに登場するYOASOBIの楽曲をよく聴く人、彼らの新曲に注目している人は無数にいるだろうが、私は彼らの生み出した楽曲制作のメカニズムの仕組みとその可能性に注目している。
2021年、海外で一番視聴された日本のアーティストが、YOASOBIであった。斬新なところは、小説が歌詞のもとになっているところである。
小説をもとにした歌詞があり、アニメーションをつけ、歌い手が歌う。これは革命的に斬新だ。ヒット曲の「夜に駆ける」は、星野舞夜の小説『タナトスの誘惑』がもとになっている。
■YOASOBIの革新性は分業制によるネタ切れ回避にあり
楽曲制作は、もともと古くは、作詞家、作曲家がいて、歌手がいるという世界だったが、1980年代以降は、作詞、作曲、歌唱すべて自身で行うシンガーソングライターが多数デビューした。
著作権料は作詞3%、作曲3%、歌唱印税1%なので、シンガーソングライターになれば7%である。
歌手にとってはシンガーソングライターになるほうが、著作権料という点では実入りが多い。
しかし多くの場合、自分の恋愛体験や友人、知人の体験をもとに歌詞が書かれたりするため、年を取ってくると、歌詞にするための体験も減ってくる。
また、年齢を重ねるごとに、若者たちの感覚とはどうしてもずれてくるため、流行りの作品を生み出すことは非常に難しくなる。
YOASOBIがすごいのは、かつてのアーティストが直面していた楽曲制作の課題を、分業体制によって解決したところにある。
YOASOBIは、もともとソニー・ミュージックエンタテインメントの小説&イラスト投稿サイト「monogatary.com」に投稿された小説を音楽にするプロジェクトからスタートしている。
若者が書いた小説には、それぞれの体験が書き綴られており、そこには歌詞のもととなる可能性がある原作が多数存在する。
■「小説×音楽×アニメーション」は一大ジャンルになる可能性がある
つまり、シンガーソングライター一人の経験だけでは限定的だが、小説の素材となる若者の体験は無数にあるため、歌詞のネタ元が無限にある。
それらを音楽にすることで、YOASOBIは新たな分野を構築している。
これにアニメーションのPVを付け加えることで独特の世界観ができあがっている。小説とアニメーションと音楽の分業による掛け算である。
YOASOBIモデルを世界展開することができれば、日本の得意分野に持ち込める可能性がある。日本がK-POPの真似をしても、世界に打って出るには相当な工夫が必要だ。
であれば、YOASOBIモデルのような、新たな分野をグローバル化するほうが、勝ち目があるはずだ。
BTSをはじめとする多くのアーティストの活躍により、K-POPはブームからジャンルに格上げされた。
同様に、小説と音楽とアニメーションの融合分野は、ブームからジャンルに格上げされる可能性がある。実際、YOASOBI以外にもAdoやヨルシカをはじめ新たなアーティストが出現している。
そして、ジャンルが増えることで市場が拡大し、グローバル規模になれば、今の韓国と同じように、日本でもプロデューサーが独立してビジネスを開始する動きが起きるはずだ。1960年代から1970年代にかけて、日本の芸能界で起きたメカニズムが現代の韓国で起こり、現在日本で起きているメカニズムが、いずれ韓国で起きるかもしれない。
これこそ、アナロジーである。アナロジーを使えば未来予測もできる。
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ビジネスプロデューサー
京都大学工学部および同大学精密工学修士(生産システム工学 専攻)。横河ヒューレット・パッカード株式会社(現在の日本ヒューレット・パッカード合同会社)、ボストン コンサルティング グループ(BCG)を経て、2000年に株式会社ドリームインキュベータ(DI)創業に参画。2005年取締役副社長、2006年から2020年まで代表取締役社長。現在はビジネスプロデューサーとして、エンターテインメント、証券、産業財、ヘルスケア、IT分野の企業における社外役員及びアドバイザーとして活動するとともに権利マネジメントビジネスを実践。
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(ビジネスプロデューサー 山川 隆義)
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