海外企業の「中国脱出」はさらに加速する…「不動産バブル崩壊」で中国経済が根本から崩れ始めたワケ
プレジデントオンライン / 2023年8月28日 9時15分
■中国信託大手の支払いが遅れている
8月中旬、中国で高利回りの資金運用商品として需要が高かった、“信託商品”の市場に衝撃が走った。一般的に“信託商品”とは、ノンバンク企業が設定や運用・販売を行う、信用力が相対的に低く高利回りの金融商品を指す。その大手である中融国際信託は、信託商品購入者の一部に約束通り資金を返すことができなかった。
今回の事件の背景には、中国国内の不動産バブルの崩壊に伴い、不動産やインフラ関連の民間企業や地方政府系企業の資金繰りが急速に逼迫(ひっぱく)していることがある。その影響を受け、不動産やインフラ関連のプロジェクトや関連企業に資金を貸し出した中融国際の信託商品の資金繰りも悪化した。
高利回りの投資商品の価格が下落する不安が高まったのは、今回が初めてではない。2022年の年初、大手不動産デベロッパーの恒大集団(エバーグランデ・グループ)が販売した、金融商品から資金が約束通りに返らない懸念が高まった。当時、購入者は早期の資金返還を求めデモを起こしていた。
足許、不動産などへの投資に依存した、中国の経済成長は限界を迎えつつある。先端分野での米中対立の先鋭化、不動産市況の悪化などで、海外に流出する資金も増えた。今後、経済環境の厳しさは増し、返金が難しくなる高金利商品などは増えるだろう。これまで懸念されてきたことが、いよいよ現実のものになりつつある。中国経済の先行きの不透明感は一段と暗雲が立ち込めている。
■中国で需要が高い高金利商品の実態
中融国際の顧客企業のうち、“湖南金博碳素(KBCカーボン)”と“南都物業服務集団”は、投資していた信託商品の返金が期日までになされなかった事を明らかにした。8月中旬、KBCカーボンと南都物業の株価は下落した。
信託商品とは、中国で取引される高利回りの資金運用商品の一つをいう。中融国際などのノンバンクは、こうした高金利商品を使って富裕層や事業法人などから資金を調達する。ローン債権などに投資するファンドを設定し、個人や企業などに投資資金の拠出を求める。こうした金融仲介のあり方は預金の収集を経由しておらず、“シャドーバンキング=影の銀行”などと呼ぶ。
中融国際などが設定したファンドは、地方政府傘下の投資企業である“地方融資平台(LGFV)”や民間の不動産デベロッパーなどに資金を貸し出した。特徴は利回りの高さだ。その分リスクも高い。KBCカーボンが購入した信託商品の予想収益率は7.0~7.2%(年当たり)だったと報じられた。8月中旬、中国10年物国債の流通利回り(長期金利)は2%台半ばだったことを考えると、いかに高金利を提供していたかが分かる。
■銀行借り入れが難しい中小企業が集中
高い利回りの要素の一つに規制がある。中国では信託商品に加え、銀行が設定や販売に関与する投資商品もある。一般的に“理財商品”と呼ぶ。銀行が扱うため、銀行理財商品と呼ぶこともある。
銀行は資金決済、信用創造、金融仲介など社会と経済の安定に欠かせない機能を持つ。そのため、銀行への規制は強化された。また共産党政権は銀行の預金と貸し出しの金利を実質的に管理している。銀行は信用リスクの低い大企業などへの貸し出しを優先した。
一方、ノンバンク向けの規制強化は遅れた。リーマンショック後、中国などでノンバンクのローン(レバレッジの提供)を、いかに監督するかが金融行政上のテーマの一つとなった。銀行借り入れが難しい中国の中小企業などにとって、ノンバンクの重要性は高まった。信託会社は高い利回りを宣伝文句に資金を集め、それを企業などに貸し出した。
■地方政府の幹部も出世争いに利用
中国では、信託商品などに国や地方政府などの“暗黙の保証”がついているとみる投資家は多かった。それも、信託商品の需要増加を支えた。暗黙の保証とは、元利金支払いが行き詰まっても、「担保の売却や政府の支援などによって投資家は損失を被らない」との思い込みだ。今回の償還遅延によって、そうした思い込みはもろくも崩れ始めた。
共産党政権は、2014年まで地方政府の資金調達を厳格に規制してきた。基本的に地方政府は、認められた債券の発行以外の手段で資金を調達することが難しかった。
その一方、地方の共産党幹部は、中央政府から課される経済成長率目標を達成しなければならなかった。それができないと出世ができないからだ。そのため資金を自力で調達し、道路や鉄道の建設を増やして生産活動を活発化し、雇用と所得の機会を増やすことが必要だった。
■不動産頼みの経済運営は限界にきている
そこで、地方政府は資金調達のため“地方融資平台”と呼ばれる投資会社(政府系の企業)を設立し、信託会社や銀行などから借り入れを行った。リーマンショック後、共産党政権が投資の積み増しで経済成長を重視し、「不動産の価格は上昇する」という過剰な強気心理も高まった。その中、地方の融資平台向けの債権などに、「政府の保証がついている」との過信も広まった。
しかし、ここへきて「すべての高金利商品に保証がついているわけではない」と気づく投資家は急速に増えた。中融国際の運用する数十の信託商品でも支払いは滞った。中融国際の主要株主である中植企業集団の資金繰りが急速に悪化し、債務再編の恐れが高まっていることも明らかになった。現実に直面した投資家の一部は、監督当局である国家金融監督管理総局に介入を求めたと報じられた。
リーマンショック後、中国は世界的な超低金利環境の長期化期待、マンション価格の上昇期待を背景に投資を積み増し、高い経済成長を実現した。中融国際の事業運営の行き詰まりは、そうした経済運営が限界を迎えつつあることを示唆する。
■習政権が方針を転換するとは考えづらい
足許、中国の不動産や固定資産の投資は減少している。家計は支出を削減して債務の返済を急ぎ、個人消費、新規の融資の伸びも鈍化気味だ。経済全体でバランスシート調整の圧力は強まった。
8月21日、景気下支えのために共産党政権は追加の利下げを発表した。また、習政権は地方政府の債券発行枠を拡大し、銀行や地方政府傘下企業の資金繰り支援を強化するよう指示した。
ただ、中融国際の状況を見る限り効果はあまり期待できない。まず、不良債権の処理によって雇用の喪失は増える。それは、一党独裁体制の長期化を目指す習近平政権にとって避けなければならない問題だろう。経済格差の拡大を抑えること、SNSを通した人々の結託を防ぐことなどを目的に、成長期待の高いIT先端分野では民間企業に対する締め付けも強まった。
短期間で、習政権が経済運営の方針を転換するとは考えづらい。むしろ、地方政府の債券発行枠を拡大して政府系企業などの資金繰り支援を強化しつつ、経済と社会への統制を強める可能性は高い。それで問題の根っこが解決できるとは考えにくい。当面、債務問題の深刻化は避けられそうにない。
■企業の中国脱出はいっそう増える恐れ
そうした状況下、海外に拠点を移す中国の企業は増えるだろう。台湾問題などの地政学リスクの高まり、人口減少よる労働コスト上昇などを背景に、中国からインドやASEAN諸国、自国内などに生産拠点を移す海外企業も増えた。中国の雇用機会は減少し、社会全体で閉塞(へいそく)感は高まるだろう。
それと同じタイミングで、高金利商品の価格が大きく下落すると、投資資金の返金を求めるデモは激化する可能性もあるだろう。債務問題の深刻化によって、相対的に信用力が低く金利の高い商品の市場に混乱が生じる可能性は高まる。
そうなると、習政権への不満や批判も増えることも予想される。高金利商品のデフォルトは、中国経済の重大な波乱要因になるかもしれない。それが現実のものになると、世界経済にもマイナスの影響が及ぶことは避けられない。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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