経済がボロボロになっても脱炭素に固執する…「EUの優等生」だったドイツが世界の投資家から見捨てられたワケ
プレジデントオンライン / 2023年8月28日 7時15分
■直接投資流入は歴史的な低水準に
ドイツの政権運営が揺れている。現在のドイツの政権は、オラフ・ショルツ首相を擁する中道左派の社会民主党(SPD)を首班とし、第1パートナー政党を環境左派の同盟90/緑の党(B90/Gr)、第2パートナー政党を自由主義の自由民主党(FDP)から成る連立政権である。その連立政権を混乱させているのが、B90/Grである。
直近では、投資政策をめぐって、SPDとB90/Grの間で軋轢が生じている。ドイツの直接投資は、現在、外国からの受け入れが急減していることで知られる。最新2023年4~6月期の直接投資流入は名目GDP(国内総生産)の0.3%と、前期(0.1%)からわずかに増えたものの、依然として歴史的な低水準にとどまっている(図表1)。
■脱ロシア、中国排除で経済停滞は避けられない
ドイツ経済研究所(IW)によると、ドイツへの投資が減少している主な理由は、同国の電力事情が不安定化していることにある。2022年のドイツは、ロシア発のエネルギーショックが直撃し、歴史的な物価高騰を経験した。一方ショルツ政権は、B90/Grのイニシアチブの下、脱原発・脱炭素・脱ロシアの三兎を追う戦略に邁進した。
すでにドイツでは消費者物価の上昇は一服したが、ショルツ政権による急激な再エネ・LNGシフトで電力供給が不安定性を高めているため、エネルギー価格がエネルギーショック前の水準に戻る展望は描きにくくなっている。こうした状況から、外資系企業は、ドイツに対する投資に慎重にならざるを得なくなっているようだ。
ドイツ経済の復調には、外国からの投資流入が必要不可欠である。にもかかわらず、B90/Gr出身のロベルト・ハーベック副首相兼経済・気候相は、中国を念頭に、ドイツ向け投資に対する規制の強化を模索している。ショルツ首相や経済界は中国との関係を重視しているが、ハーベック副首相はそれとは真逆のスタンスを貫いている。
■ショルツ政権の足並みを乱す環境政党
投資政策のみならず、財政政策の在り方に関しても、B90/Grは連立政権の足並みを乱している。ショルツ政権は8月16日、数十億ユーロ規模の法人税を減税することで経済成長を後押しする「成長機会法案」を審議した。自由主義の立場から「小さな政府」を良とするFDPの肝いりの法案だったが、B90/Grの反対で合意に達しなかった。
より正確には、B90/Grに属するリザ・パウス家族・高齢者・女性・青少年相が、この成長機会法案に基づく減税措置と同時に、児童手当の拡充を声高に求めたため、3党間の合意に達しなかったのである。FDPは小さな政府を良とする立場から減税は支持するが、歳出の拡大には反対の立場である。そのため、議論がまとまらなかったわけだ。
そもそもショルツ政権は、財政拡張志向の左派の2党(SPDとB90/Gr)と健全財政志向のFDPという「水と油」の関係を内包する連立政権であることから、発足の当初から早々に空中分裂するのでないかという懸念があった。実際にこれまでの政権運営で、FDPは、SPDとB90/Grが志向する政策に対して、たびたび疑義を呈してきた。
■経済よりも「脱炭素」に固執
例えばSPDとB90/Grは、電気自動車(EV)シフトを重視する立場だが、FDPの主張を受けて、2035年以降も新車供給に合成燃料(e-fuel)を用いた内燃機関(ICE)車を容認する道が拓かれている。FDPは連立政権の足並みを乱すというよりも、左派勢力による理念先行の政策を、現実的な方向に修正してきたようにも見受けられる。
SPDは左派政党だが、責任政党としての経験が豊かであり、現実的な対応ができるしかし責任政党としての経験に乏しいB90/Grの場合、SPDとの違いを明確する必要があるとはいえ、理念先行の主張に終始している。これまでのところ、3党連立の足並みを乱しているのは、FDPではなく、むしろB90/Grといって差し支えない。
■有権者の「支持離れ」が進んでいる
このようにドイツの政治をかき乱すB90/Grに対し、有権者の支持も離れている。政党支持率調査を確認すると、B90/Grの支持率はロシア発のエネルギーショックが生じた2022年半ばに、最大野党である中道右派のキリスト教民主同盟・同社会同盟(CDU/CSU)に次ぐ2位につけていたが、今は4位にまで低下している(図表2)。
また第2ドイツテレビが8月18日に発表した世論調査では、信頼できる政治家上位5傑を占めたのは、B90/Br以外の政治家だった。具体的には、首位がボリス・ピストリウス国防相、次点はショルツ首相(ともにSPD)、3位がバイエルン州のマルクス・ゼーダー首相(CDU/CSU)、4位がクリスティアン・リントナー財務相(FDP)だった。
6位になってようやくB90/Gr出身のアンナレーナ・ベアボック外相が、7位にハーベック副首相兼経済・気候相がランクインする。両名ともB90/Grを代表する政治家であり、外相と副首相兼経済・気候相という政権の要職を担っている。その両名に対して有権者の支持が集まっていないところに、有権者のB90/Gr離れが端的に表れている。
広く知られているように、有権者の不満を吸収しているのは、中道右派の最大野党であるUnionではなく、極右政党として知られるドイツのための選択肢(AfD)である。AfDはすでに、SPDを抜いて支持率で2位となっている。ドイツで最も過激と忌み嫌われたAfDの台頭を、B90/Grが促してしまったきらいは否めないというところだ。
■急激な脱炭素政策に、有権者は不満を募らせている
環境政党あるいはラジカルな環境・エネルギー政策に対して有権者の不満が募っていることは、7月に行われたスペイン総選挙でも明らかとなった。ペドロ・サンチェス首相を擁する中道左派の与党・社会労働党(PSOE)は1議席を増やしたが、最大野党である中道右派の国民党(PP)が48議席を積み増し、第1党に返り咲いたのだ。
当初は、ラジカルな環境・エネルギー政策を批判する極右政党ヴォックス(VOX)の台頭が予想されたが、同党は結局19議席を失う大敗となった。直前に有権者が、VOXよりも現実的なPPに期待を寄せたことが、VOXの大敗につながったようだ。またPSOEと協力関係にある極左政党スマル(Sumar)も、改選前から7議席を減らし敗北した。
英国でも、首都ロンドン西部で行われた下院補選で、劣勢が伝えられていた与党の中道右派・保守党の候補が勝利を収めた。保守党の候補が、中道左派のロンドン市長が進める環境対策に対する反対票の受け皿となったわけだ。このように、環境政党あるいはラジカルな環境・エネルギー政策に対する有権者の不満は、各地で確実に高まっている。
■「ヨーロッパの優等生」から「ヨーロッパの病人」へ
こうした実情に鑑みれば、ドイツ政治もまた、環境・エネルギー政策を現実的な方向に修正せざるを得ないはずだ。責任政党としての経験が豊かなSPDの場合、まだそうした期待が持てる。しかし責任政党としての経験に乏しいB90/Grの場合、これまでの経緯を踏まえると、現実的な方向に軌道を修正する展望が描きにくいといえよう。
政治の混沌は経済の停滞と裏腹の関係である。ドイツの次回の総選挙は2025年10月以前と、まだ2年近い歳月がある。この間も、B90/Grがショルツ政権の運営の足を引っ張る事態が続けば、ドイツ経済の停滞もさらに促される。ドイツは再び「ヨーロッパの病人(the sick man of Europe)」への道を着実に歩んでいるように見受けられる。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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