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作業員の命より静岡県の水が大事…リニア妨害のために「100年前の大渇水」で不安を煽る川勝知事の「情報工作」

プレジデントオンライン / 2023年8月28日 7時15分

2021年10月26日の川勝知事会見。丹那トンネルの実例を踏まえたリニア工事への懸念を発表した(=静岡県庁) - 筆者撮影

リニア中央新幹線の着工を拒否し続けている静岡県の川勝平太知事が、約100年前に大渇水をもたらした「丹那トンネル工事」を持ち出した。ジャーナリストの小林一哉さんは「100年前とは地質調査の正確性も工事の技術もまったく違う。いたずらに県民の不安を煽るべきではない」という――。

■「100年前の大渇水」をリニア妨害に利用する川勝知事

約100年前のJR東海道線・丹那トンネル(全長7804m)掘削工事で箱根芦ノ湖3杯分に相当する、約6億トンの水が静岡県の丹那盆地から失われた渇水被害は、地元では知られている。

着工から開通まで約16年もの歳月がかかり、数多くの犠牲者が出た世界のトンネル史に名を残す超難関工事としても有名である。

川勝平太知事は記者会見などで度々、リニア問題にからめて丹那トンネルの大渇水を取り上げてきた。

静岡県のリニア担当者は、JR東海の「全量戻し」の影響について、疑念や懸念を示す材料のひとつに丹那トンネル工事の渇水をわざわざ挙げて、地元の会合などで説明している。

そんな県リニア担当者の“情報戦”が功を奏してか、最近、静岡県内、特に大井川流域の住民らの間で、リニア中央新幹線南アルプストンネル静岡工区工事によって、再び、丹那盆地の大渇水と同じ惨事が繰り返されるのではないかという不安や懸念が広がっている。

また、「リニア工事で丹那トンネルの二の舞になる」などというフェイクニュースが流れ、不安感をさらに煽っている。

本稿では、丹那トンネル工事を正確に説明するとともに、一体、なぜ、このような科学的根拠のないうわさの類いが信じられるようになってしまったのか、わかりやすく伝える。

■技術が未熟で経験と勘頼みだった

東海道線熱海駅と函南駅の地下約150m付近を貫通する丹那トンネル工事は1918年、当時の鉄道省によって国家プロジェクトとしてスタートした。

トンネル掘削計画時に、東京帝国大学地質学教授をはじめ著名な専門家を総動員して地質調査等が行われた。ただ、当時の調査では、活断層やこの地域独特の温泉余土という特殊な地質について明らかにできず、掘削に何ら問題はないとされた。

最先端工法とされる当時のトンネル掘削技術は、極めて未熟であり、ほとんど手作業で、経験と勘と「山の神様」が頼りで、粘り強く完成までこぎつける以外には方法がなかった。

このため、実際の掘削で初めて困難と遭遇した。膨大な湧き水、温泉まじりの粘土との苦闘、それを象徴する水抜きトンネルは総延長約1万5000mにも及び、丹那トンネルの全長7804mの2倍近くにも達した。

当時の丹那トンネル工事の湧水状況(日本国有鉄道編『鉄道80年のあゆみ 1872―1952』より)
当時の丹那トンネル工事の湧水状況(日本国有鉄道編『鉄道80年のあゆみ 1872―1952』より)

1921年4月、熱海口から約300m進んだところで、約40mにわたって崩落する大事故が起きている。掘削した岩屑をトロッコで運ぶための漏斗(じょうご)の穴に、大きな石が詰まり、漏斗の石を取り除こうとした作業員16人が崩落で圧死した。

その後も計3度も大事故が起こり、工事全体では67人が犠牲となった。丹那トンネル熱海口の真上には殉難碑が設置されている。その後の調査では、工事に動員された朝鮮人や女性もいたとされ、実際の死者は112人あるいはそれ以上と報告されている。

67人の犠牲者を悼む殉難碑。丹那トンネル熱海口の真上に設置されている(=熱海市)
筆者撮影
67人の犠牲者を悼む殉難碑。丹那トンネル熱海口の真上に設置されている(=熱海市) - 筆者撮影

■湧水の減少で水田やワサビ田に影響が出た

着工から5年目となる1923年9月1日には関東大震災が発生。トンネル内の直接的な被害はなかったが、翌年秋頃から丹那盆地で湧水の減少が見られた。当初は、関東大震災の影響と考えられた。

その後も湧水の減少は一向に止まらず、範囲も広がったため、1925年1月から渇水調査が始まった。

1927年には飲料水、水田、ワサビ田、牛乳腐敗、水車の運行停止などの被害拡大が見られ、渇水被害によって稲作ができなくなり、農家の収入は3分の1以下に減ってしまった。

1930年、丹那断層が2.4mも動く北伊豆地震が襲い、丹那トンネル工事とともに渇水被害にも追い打ちをかけた。

これらの苦境を乗り越え、1934年に丹那トンネルがようやく開通した。

トンネル完成後に、渇水被害への救済策を話し合い、稲作から酪農中心の農業への転換などを図るため、鉄道省は農家に対し多額の補償金を支払った。

■「新丹那トンネル」は渇水もなくわずか3年で開通

渇水の主な原因は、熱海側にある滝知山(標高649m)周辺に広がる温泉と粘土の混じった温泉余土だった。

滝知山の西側に広がる丹那盆地は豊富な湧水で知られ、温泉余土が丹那盆地の地下水を遮る役割をしていた。熱海側からトンネルを掘りぬくことで温泉余土を取り除いて、丹那盆地の地下にあった巨大な貯水池に横穴を開けてしまい、大量の湧水がトンネル内部に流出してしまったのだ。

これが芦ノ湖3杯分もの大量湧水の原因だったが、当時は、温泉余土などの特殊な地質を解明できるほどの科学技術を持ち合わせていなかった。

丹那盆地の渇水を招いた最大の原因は科学技術の遅れである。

それから約30年後、東海道線と並行して走る東海道新幹線は、1964年10月の東京オリンピック開会に間に合わせるよう4年5カ月という短い工期で全線を開業させた。最大の難所とされた新丹那トンネルは、16年もかかった丹那トンネルの経験と、最新の地質調査、掘削技術をフル活用し、わずか3年で貫通した。

丹那盆地の地下約150mを東海道線の丹那トンネル、東海道新幹線の新丹那トンネルが通っている(=函南町)
筆者撮影
丹那盆地の地下約150mを東海道線の丹那トンネル、東海道新幹線の新丹那トンネルが通っている(=函南町) - 筆者撮影

太平洋戦争を挟んで、戦後の急速な科学技術の発展が後押しした。

大規模な崩落や渇水の被害などはなかったが、トロッコなどの事故で21人が殉職した。

■順調に開通した「新丹那トンネル」には一切言及せず

川勝知事は会見などで、リニア妨害を意図して、何度も丹那トンネルによる丹那盆地の大渇水を話題にしてきた。

2020年11月号の雑誌『中央公論』の論文「国策リニア中央新幹線にもの申す」で、川勝知事は「トンネルを掘れば、水が出ます。約100年前、東海道線の丹那トンネルの掘削で箱根芦ノ湖の約3倍分の水が失われ、水ワサビと水田の丹那盆地は干上がりました。その悲劇は静岡県民の記憶に刻まれています。一旦、失われた水は二度と戻ってきません」と述べている。

ところが、何らの渇水被害が見られなかった新幹線の新丹那トンネルについてはひと言の言及もなかった。

■函南町長の発言を都合よく利用する川勝知事

2021年10月26日の知事会見で、「丹那トンネルの実例を踏まえた南アルプストンネル工事への懸念」(川勝知事)について、文献調査を行ったとして、県リニア担当者が発表した。

担当者は、『丹那隧道工事誌渇水編』(鉄道省熱海建設事務所編、1936年)を基に、トンネル工事中に丹那盆地の湧水枯渇66カ所、地下水位がトンネル付近の130mまで低下、想定外の突発湧水があり、流出した水量は芦ノ湖3杯分の6億トンに及ぶなどと説明した。

また、『丹那トンネル開通・函南駅開業50周年記念誌』(1984年)を基に、当時の函南町長が「多くの人は、水は再び復すると期待していた。失った水は戻らない。お金で解決せず、(トンネル)湧水をポンプアップして丹那に戻す方法を講ずべきだった」という言葉を紹介した。

担当者は、この函南町長の言葉が、現在のリニア工事への懸念をそのまま表現しているとした。

担当者のこの発言の背景には、川勝知事がリニア工事における湧水流出について「水一滴も県外流出は不許可」という姿勢を崩さないことがある。

「工事中の人命安全確保」を最優先するJR東海に対して、「トンネル湧水の全量戻しが当然」の論拠に、函南町長の言葉を使ったのだ。

■水が一滴でも流出するならリニアは通さない

静岡、山梨県境付近は約800mもの断層帯が続き、突発湧水によるトンネル工事の危険性が指摘される。

県境付近の工事について、JR東海はトンネル掘削をする際、静岡県側から下向きに掘削していくと、突発湧水が起きた場合、水没の可能性が高く、作業員の生命の安全が図れないとしてきた。

このため、山梨県側から上向きに掘削する工法を説明。上向き掘削の場合、工事期間中の約10カ月間に最大500万トンの水が山梨県側へ流出すると試算した。県専門部会では、「一滴の水も県外流出できない」か「工事中の生命の安全」かが議論となっていた。

2021年10月当時、国が設置した有識者会議は、2年近くの議論を重ね、JR東海がトンネル湧水全量を大井川に戻すことで、県境付近工事中の山梨県側への流出を含めて、「中下流域の表流水への影響はほぼなし」とする結論をまとめる方向にあった。

ところが、川勝知事は「トンネル湧水の全量戻しがJR東海との約束であり、全量戻しをできないのであれば、工事中止が約束だ」などと有識者会議の結論を否定した。

“命の水”を一滴でも戻すことができないのであれば、リニア工事の中止あるいはルート変更を要求していた。

■作業員の命よりも静岡県の水を優先する川勝知事

JR東海によれば、人命安全を確保するために機械による無人化工法の検討を行ったが、現在の技術レベルでも、作業員の立ち合いを避けることはできず、また、突発湧水の予見は非常に難しいとしていた。

2021年10月27日、岐阜県瀬戸トンネル事故で、リニア工事による初めての死亡事故が発生した。専門家は「作業員が現場にいる状況は避けられず、このような事故が発生するリスクは必ず存在する」と指摘した。

どう考えても、「人命の安全確保」が優先されるべきだが、静岡県は「失われた水は戻らない」として、「工事中のトンネル湧水全量戻し」を強硬に主張、その論拠に世紀の難工事・丹那トンネルの事例を挙げたのだ。

筆者が『丹那トンネル開通・函南駅開業50周年記念誌』を確認すると、当時の函南町長が「丹那盆地の永久に失った水」と問題にしたのは、工事期間中に流出した芦ノ湖3杯分の6億トンのことではなく、トンネル工事後、50年たっても依然としてトンネル内に流れ出ていた湧水10万トン(日量)のことだった。

そもそも丹那トンネルの計画当初から、工事中の湧水を丹那盆地に取り戻すという考えはなかった。トンネル工事は本来、水を抜くことが目的である。

■函南町長であればJR東海の案に納得したはず

失われた水は戻ってこないが、新たな湧水が生まれている。

当時、丹那盆地には10万トンの湧水が湧き出てトンネル内の湧水となっていた。熱海側に流れ出る4万トンは行政区域の違いで手の出しようがないが、函南町内の丹那トンネル「西口」の田方平野に流れ出る6万トンをポンプアップして丹那盆地へ戻す方策もあったと、函南町長は考えたようだ。

函南町長の「永久に失った水」が工事後の湧水であるならば、JR東海は、リニア工事でトンネル内の湧水全量をポンプアップして導水路トンネルを使って、大井川に戻す方策を示している。

現在ならば、函南町長が「後悔の念」を抱くことはなかっただろう。

現在の丹那盆地では見渡す限りの水田が続く(= 函南町)
筆者撮影
現在の丹那盆地では見渡す限りの水田が続く(= 函南町) - 筆者撮影

それなのに、県担当者は「50年後の県民が後悔しないようJR東海と対話を尽くしたい」などと述べ、函南町長の言葉を、県境付近の工事中の湧水流出に対応する結論に使った。

「失われた水は戻らない」として、県担当者は「『トンネル湧水の全量戻し』は当然」などと述べた。工事中と工事後では意味合いが全く違う。これでは、故意に事実を歪めて、印象操作したことになる。

■丹那トンネルの教訓は渇水ではなく「安全な工事」である

記者会見後の新聞各紙は「湧水枯渇66カ所 水位130メートル低下 丹那トンネル工事被害 文献調査 県『リニア水問題 教訓』」(静岡新聞)の見出しなどで静岡県の思惑通りの大きな記事が掲載された。世論誘導が図られ、県民の多くに「丹那トンネル工事の被害」が惨事の印象を植えつけた。

その後も静岡県は、丹那トンネル工事による渇水状況を題材に、さまざまな会合で、「『トンネル湧水の全量戻し』は当然」とする資料として使っている。

実際には、丹那トンネルの「惨事」として伝えなければならないのは、3度の大事故が起こり、67人の犠牲者(公式発表)が判明していることだ。

リニア南アルプス工事で、静岡県内の犠牲者を1人も出すべきではないことが、「丹那トンネルの教訓」であることは言うまでもない。

JR東海が、本当にリニアの早期開業を望むならば、静岡県の「情報戦」を黙って見ているだけでなく、「丹那トンネル」の正しい情報を正確にわかりやすく伝える対応に取り組まなければならない。

このままでは、「水一滴の県外流出も許可できない」と反リニアに徹する川勝知事の印象操作の術中にはまり、問題解決は遠のき、リニア開業はますます遅れていくだろう。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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