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「岡本太郎の絵の前でじっと立っていた」3歳で自閉症と診断された少年をアーティストにした"奇跡の遠足"

プレジデントオンライン / 2023年9月9日 9時15分

佐藤楽音(GAKU)さん - 筆者提供

佐藤楽音(GAKU)さんは3歳の時に自閉症と診断されたアーティストだ。父親で自ら福祉施設を経営するアイム代表の佐藤典雅さんは「がっちゃんが絵を描くことに目覚めたきっかけは、スタッフのココさんに出会ったことだ。彼女が岡本太郎の絵を見せに連れて行ったところ、1カ所に1分も立ち止まれないがっちゃんが、5分も立ち止まっていたのだ」という――。

※本稿は、佐藤典雅『GAKU,Paint! 自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

■「環境を自閉症の子に近づける」

がっちゃんが中学校の支援学級を卒業した時点で、自前でノーベル高校をつくったのには理由がある。実はボクも知らなかったのだが、高校は義務教育ではないため、支援学級がない。支援学級の生徒たちが卒業後に行くのは、特別支援学校(元養護学校)である。

この特別支援学校は、従来イメージされている障害(ダウン症など)を前提とし、就労支援へ向けた訓練に重きを置いている。

しかし、がっちゃんのような自閉症は行動パターンが規格外(ボクはニュータイプと呼んでいる)で、就労支援の内職作業には向いていない。そのため、彼を特別支援学校に通わせるのは難しいように思えた。

そこで、通信サポート校である明蓬館の協力を得て、ノーベル(ノーベル高等学院)をつくった。生徒はアイム(※当時は放課後デイサービスのみ運営)に通っていたがっちゃんとタクミくんの2人となった。

「自閉症の子を普通に近づけるのでなく、環境を自閉症の子に近づける」

そんな高い理念を持って始めたノーベルだったが、こちらの思惑は早くから崩れ始めた。

■ほぼすべての指示を無視するがっちゃん

優等生のタクミくんは同じ自閉症でもおとなしい生徒で、なんでも指示通りに動く子だった。高校の卒業資格を取るために、毎日勉強していた。しかしがっちゃんといえばその反対で、ほぼすべての指示を無視し、マイルールで自由奔放に過ごしていた。

やがてがっちゃんもノーベルの2年生になり、荒れる思春期真っ只中となった。

ノーベルでもアインシュタイン(※「アインシュタイン放課後」アイムが運営する放課後デイサービス)でも、がっちゃんの扱いには手を焼いていた。毎回教室が大騒動になるので、社長の息子でありながら放課後デイに出入禁止になる事態だ。息子のためにつくった福祉施設で出禁とは、笑えないジョークか何かだ。

「やっぱり高校なんてつくらないで、特別支援学校に任せておけばよかったかな」

初めてボクは後悔し始めた。

■長年連れそってきた猫「ココちゃん」が亡くなった

ちょうどそんな頃、わが家では悲しい出来事があった。長年連れそってきた猫のココちゃんが、19才で息を引き取ったのだ。ココちゃんはハワイで拾った子猫で、ずっと一緒に過ごしてきたメンバーだ。

がっちゃんは動物が近くに来るのを嫌がる。だからココちゃんが近くに来ると“No!”といって毎回逃げ去る。でもココちゃんの存在自体はまんざらでもないらしく、“Cat”と呼んでいた。

わが家にはココちゃんの姿はなくなり、写真が飾ってあるだけだ。当然さっちゃん(※がっちゃんの母)とりりちゃん(※がっちゃんの妹)は大泣きだ。がっちゃんも、どことなく寂しそうだった。

しかし、ちょうどココちゃんがこの世を去ったその翌月に、入れ替わりでもう一人のココが現れた。英語表記も同じCOCO。それが、現在がっちゃん担当のココさんだ。彼女が面接に現れたときに、ボクはふとこう思ってしまった。

「もしかしたらココちゃんからのプレゼントで、ココさんがやってきたのかな」

GAKUさん(左)とココさん(右)
筆者提供
GAKUさん(左)とココさん(右) - 筆者提供

■真っ赤な髪とマニキュアのココさんが現れた

とはいっても、面接に現れたココさんの見た目は、童顔のココちゃんとは正反対だった。ココさんは、真っ赤な髪とマニキュアで面接にやってきた。強い黒のマスカラとアイシャドウ、そして全身黒のモード系の服装。

(あ、ティム・バートンがやってきた!)

これがココさんへの第一印象だ。ココさんの前の職業を聞くと、パリコレでも活躍していたファッションデザイナーだという。

「なんでそんな方が、うちに来たいんですか?」
「実は、私の身内にも発達障害の親族がいまして。人生最後の仕事は、発達障害に関われる仕事にしたいと考えていました」

ふむふむ、なるほど……。すると彼女から意外な質問をされた。「髪の色はこのままでも大丈夫ですか? あとこのマニキュアも」

「なんで、そんなこと聞くんですか?」
「実はアイムの前にいくつかの福祉施設で面接を受けたのですが、全部断られまして。このヘアカラーとマニキュアでは、利用者家族にとって失礼だから直してきてくれといわれて。でも、それじゃあ、私の存在が失礼みたいな言い方じゃないですか」

なるほど。福祉業界は、ヘアカラー禁止、マニキュア禁止、アクセサリー禁止、地味な服装といった保守的な世界だ。

「そうしたらうちのダンナがネットで調べてくれて、ここの社長さんだったら大丈夫なんじゃないかといわれて応募しました」
「大丈夫ですよ、うちは気にしないですよ」

というわけで、ココさんはパートタイマーとしてアイムに入ることになった。

ここから、がっちゃんの新しいチャプターが始まる。

■「この子かわいい! この子と関わってみたい!」

ココさんはファッション業界で長年働いてきただけあって、結構気が強い(映画『プラダを着た悪魔』を見ればわかるだろう)。ボク自身、TGC時代に非常に気が強いファッション関係者を相手にしてきたので、慣れてはいた。

ココさんと話したところ「ちょっとしたことではめげないだろう」と感じた。そこで、最も手強い生徒が揃っているアインシュタインで働いてもらうことにした。その手強い生徒の中でも最強なのが、がっちゃんだ。

ココさんは現場に入ると、さっそくがっちゃんの噂を耳にして興味を持った。

「社長の息子なのに出禁になっている子がいるって、一体どんな子?」

がっちゃんのその頃のマイブームは、全身の毛をハサミで切ってしまうことだった。

まず、性器に生えてくる毛を切ってしまう。髪の毛も自らバリカンで刈ってしまう。だからがっちゃんは、いつも変な五分刈り状態だった。さらには、眉毛とまつ毛もハサミで切ってしまう始末だ。このときのがっちゃんは、完全なヤンキールックスだった。

でも、ココさんはそんながっちゃんに一目惚れだったという。

「この子かわいい! この子と関わってみたい!」

ココさんはこう強く思ったそうだ。

GAKUさん
筆者提供
GAKUさん - 筆者提供

■スーパー多動症のがっちゃんの担当は大変

ココさんが入って、2カ月ほど経ってからのことだ。そのときはまだ週2、3日のパートだった。そんなココさんが、ボクに話があるという。

「がっちゃんを担当させてください! がっちゃんは午前中、ノーベルですよね? そこのスタッフが辞めると聞いたので、私が担当したいです」

スーパー多動症で、いうことをまったく聞かないがっちゃんの世話は、大変だ。こんな大変な役回りを志願するようなスタッフがいるとは、思えなかった。

「……いいですけど、本当にいいんですか」

ちょっと意表をつかれたが、ココさんならがっちゃんに対してマウントをとれるかもしれないと思った。

「では、常勤になってください。午前はノーベルでがっちゃんの担当を、午後はアインシュタインでお願いします」

ここから、がっちゃんとココさんの物語が始まった。がっちゃんが高校2年生の夏のことだ。ココさんも最初のうちは、がっちゃんに勉強をさせようといろいろな方法を試していた。

がっちゃんの学力を見ようと、算数のドリルを試しにやらせてみたところ、足し算と引き算はなんとかできることがわかった。掛け算も九九まではできた。ただ厳密にいうと、数字を掛けているのではなく足し算をしていたのだが……。

そして割り算を試したところ、がっちゃんの中には「1より小さいもの」という概念がないということを知る。

「1÷2」は「0.5」ではなくて「2」なのだ。リンゴをふたつに割れば、それは「2個」になる。これはがっちゃんが正しいといえば正しい。

■「どうやら空間認識能力は人一倍あるみたいね」

また、図面で円のケーキを3つに切る線を書かせようとすると、ベンツのロゴのようなY字を書くことができない。どうやっても、T字にしか円を区切ることができないのだ。

絵に関して興味深かったことがある。

ココさんが図工の授業で、札幌にある時計台の写真をプリントして写生をさせてみた。するとがっちゃんは、いきなり用紙の真ん中に丸い時計を描いた。それから時計を囲い込むように、建物全体を描いていったのだ。

一般的には、用紙の中に構図が収まるように建物全体から描いて、最後に時計を描き込むだろう。でもがっちゃんは逆の順番で描いていき、しかも建物がピッタリと用紙に収まっていた。

「この子、どうやら空間認識能力は人一倍あるみたいね」

ココさんは、がっちゃんが描いた時計台を見て感心したようにいった。

写真左から、ココさん、GAKUさん、父親の佐藤典雅さん
筆者提供
写真左から、ココさん、GAKUさん、父親の佐藤典雅さん - 筆者提供

■「がっちゃんを遠足に連れていっていいですか?」

がっちゃんのスーパー多動症ぶりはものすごく、がっちゃんに普通の授業を受けさせるのはほぼ不可能だった。それを見かねてココさんが提案してきた。

「のりさん、がっちゃんを遠足に連れていっていいですか? 机での勉強の代わりに、社会勉強としていろいろな体験をさせたほうがいいと思うので」

たしかに、そのほうがいいだろう。

がっちゃんの集中力が続くのは5分程度だったので、通常の授業ではもたない。運動の授業も試してみたけれど興味を示さず、指示された運動はいっさいしない。こういうときのがっちゃんは、まったく聞こえていないかのように指示をスルーする。

そして、毎日ノーベルを脱走しては、エジソンやコンビニで珍事件を発生させていた。ここは遠足にでも行ったほうが、お互い楽だろう。

「そうですね。遠足を増やして、好きなところへどこでも連れていってください」

とはいえ、これはこれで大変なタスクだ。がっちゃんはいつも走り回っていたからだ。

■ココさんはがっちゃんを美術館に連れて行った

でも、そんながっちゃんのペースに一方的に引っ張られるココさんではなかった。珍獣使いのようにがっちゃんを制しながら、頻繁に遠足に出かけていくようになった。

ココさんの実家は、銀座で画廊をやっていたそうだ。ココさんも若い頃は画家を目指していたらしい。

そんな背景のためか、ココさんはがっちゃんに絵を見せようと思い、美術館に連れていくようになった。

ロスに住んでいたときは、ボクはがっちゃんをよくGettyなどの美術館に散歩がてら連れていっていた。でも、がっちゃんは絵に関心を持つことはなく、いつも小走りでウロウロするだけだった。

ココさんが連れていっても、やはりそれは同じだった。ココさんは毎回小走りで動き回るがっちゃんを追いかけ、疲れて帰ってきていた。

■岡本太郎の絵の前でじっと立っていた

そんなある日、奇跡が起こった。誰も想像することのない出来事だった。

ココさんはその日、川崎市にある岡本太郎美術館にがっちゃんを連れていった。その日、美術館から戻るとココさんが興奮して報告しにきた。

佐藤典雅『GAKU,Paint! 自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)
佐藤典雅『GAKU,Paint! 自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)

「がっちゃんが、一カ所に5分間立ち止まっていました!」
「え、同じところに立って動かなかったの」

がっちゃんは、1分として同じところに立ち止まることができない性格だ。それが5分静止していたとは、信じ難い話だ。

「そうなんです! 1枚の絵の前でずっと釘付けになっていました!」
「がっちゃんが、絵をじっと見ていたの……」

これはもっと信じ難い話だ。がっちゃんが、美術館で絵に関心を示したことはなかった。この報告を聞いて、ボクも他のスタッフも驚いた。

でも、本当の奇跡は翌日に起きたのだ……。まさかそこから新しい物語が始まるとは、そのときは、誰も夢にも思っていなかった。

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佐藤 典雅(さとう・のりまさ)
アイム代表
BSジャパン、ヤフージャパン、東京ガールズコレクション、キットソンのプロデューサーを経て、自閉症である息子のために福祉事業に参入。川崎市で発達障害の児童たちの生涯のインフラ構築をテーマに活動している。神奈川ふくしサービス大賞を4年連続で受賞。著書に『療育なんかいらない!』(小学館)がある。息子であるGAKUは国際的なアーティスト活動が注目され、数多くのメディアで取り上げられている。 アイムのHP

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(アイム代表 佐藤 典雅)

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