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なぜマスコミは「ジャニーズ問題」をスルーしてきたのか…「事務所との癒着」だけではない根本的な問題

プレジデントオンライン / 2023年8月31日 18時15分

ジャニーズ事務所(=2023年8月4日、東京都港区) - 写真=時事通信フォト

ジャニーズ事務所の「再発防止特別チーム」が故ジャニー喜多川氏による性加害を認める調査報告書を公表した。新聞やテレビなどのマスコミは、なぜこの問題を正面から報じてこなかったのか。元毎日新聞記者の宮原健太さんは「抑制的な報道の背景には『スキャンダルは週刊誌の仕事』というマスコミの勝手な役割分担がある」という――。

■報じられなかったジャニー氏の性加害疑惑

ジャニーズ事務所の創業者である故・ジャニー喜多川氏が所属タレントに性加害を繰り返していた問題では、『週刊文春』などがが何度も報じていたにもかかわらず、テレビや新聞(一般紙)などのマスコミは黙殺を続けてきた。

その原因としては、マスコミがジャニーズ事務所の所属タレントを多く起用している関係で「マスコミと事務所の癒着によって、忖度(そんたく)があったのではないか?」と指摘されている。

8月29日にジャニーズ事務所が公表した「外部専門家による再発防止特別チーム」による調査報告書でも、「マスメディアの沈黙」という項目が設けられ、以下のように記載された。

「ジャニー氏の性加害を取り上げて報道すると、ジャニーズ事務所のアイドルタレントを自社のテレビ番組等に出演させたり、雑誌に掲載したりできなくなるのではないかといった危惧から、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えていた状況があったのではないか」

「被害者ヒアリングの中でも、ジャニーズ事務所が日本でトップのエンターテインメント企業であり、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えざるを得なかっただろうという意見が多く聞かれた」

ただ、マスコミが黙殺してきた問題は、ジャニーズ事務所の性加害だけではない。

■問題は「マスコミと事務所の癒着」にとどまらない

例えば、映画監督の園子温氏が女優などに性加害を繰り返していた疑惑については、『週刊女性』が最初に報じ、『週刊文春』なども関連する話題を報じているが、マスコミは沈黙を続けている。

また歌舞伎俳優の市川猿之助氏の一家心中事件は、テレビや新聞のニュースはあくまで警察捜査の経過を伝えることに重きを置いており、事件前に『女性セブン』が報じていた猿之助氏の性加害疑惑は無視されている。

つまり、ジャニーズ事務所の問題に限らず、著名人による性加害問題は見過ごされるケースが非常に多い。

そして、その原因は「マスコミと事務所の癒着」という個別的な問題ではなく、報道業界の構造的な問題ではないかと、私は考えている。

それは一体何なのか。

報道の実態について問い直すとともに、マスコミの限界をどう覆すべきかを考えていきたい。

■ネットで取り上げられて、ようやく報道される

5月16日、立憲民主党は「性被害・児童虐待」に関するヒアリングを国会で開き、元ジャニーズ所属の2人を招いた。藤島ジュリー景子社長が性加害問題について謝罪する文書と動画を発表した2日後のことだ。

ヒアリングで元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏は「今は被害者が声を上げた時に失うものが多すぎる。そもそも(被害が)隠されてきたので、ここでしっかり(性加害が)許されないということを示していきたい」と訴えた。

ジャニーズ事務所元所属タレントのカウアン・オカモト氏(右)と橋田康氏
筆者撮影
ジャニーズ事務所元所属タレントのカウアン・オカモト氏(右)と橋田康氏 - 筆者撮影

また、ヒアリング後には報道陣に「最初はマスメディアが取り上げなかった状況から、今の時代はネット社会でいろいろな著名人が取り上げていただいたりしたことによって広まり、見ている国民の皆さんがコメントや拡散をしてくれたおかげで、ジュリー社長が顔を出して謝罪ということに繋がり、国会で法律の整備の議論となった。徐々に、確実に、1人1人が同じ方向を向き始めたと感じている。未来の子供たちや夢をかなえたい人の安心感や勇気になるチャンスにしたい」と話した。

その上で、記者からの「ネットメディアや海外メディアがなかったら問題は闇に葬られていたか?」という問いには、「(今は)いろんな形で広まって全員が同じ方向を向いている」と前置きした上で「以前の状態では何も変わらなかったと思う」と指摘した。

■裁判所はセクハラ行為を「真実」と認めていた

ジャニー氏による性加害を巡っては、ジャニーズ事務所が創業された1960年代から週刊誌で繰り返し報道されてきた。

1988年にはアイドルグループ「フォーリーブス」のリーダーとして活躍した故・北公次氏が著書『光GENJIへ』の中で、ジャニー氏から体を触られるといった性被害を受けていたことを告白。

1999年には『週刊文春』がこの問題について14週にわたって取り上げるキャンペーン報道をし、ジャニー氏とジャニーズ事務所は記事の内容が事実に反するとして、名誉毀損(きそん)で損害賠償を求めて提訴。しかし、この裁判の中ではジャニー氏による少年たちへのセクハラ行為について「真実である」という認定がなされ、判決が確定した。2004年2月のことだ。

このように、これまでさまざまな報道や事実の積み重ねがあったにもかかわらず、新聞やテレビなどのマスコミはこの問題を大きく扱うことなく、被害が見過ごされてきた。

そして今年3月、イギリスの公共放送局BBCがドキュメンタリー「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」で改めて問題を取り上げて再燃し、ネットメディアなどで大きく扱われ、藤島ジュリー社長が謝罪するまでに至っている。

■「不確かな情報」では、テレビや新聞は書けない

一体なぜ、マスコミはこの問題を放置し続けてきたのか。

そもそも日本のテレビや新聞の性加害について報道が非常に抑制的であるという実態がある。

私はフリージャーナリストとして独立するまで、新聞記者としてさまざまな事件、事故、裁判などの取材をしてきた。

性犯罪についての記事も書いてきたが、テレビや新聞などが扱うものは、刑事事件や民事訴訟になった問題に限るという印象が強い。

つまり、被害者が被害に遭ったことを警察に告発して捜査してもらい、加害者が逮捕、起訴されたものや、裁判所に被害について損害賠償を求めて提訴したものについては扱うが、それ以外については取り上げるハードルが非常に高いと感じている。

なぜなのか。

その理由の1つは訴訟リスクを新聞やテレビが過度に警戒しているからだ。

刑事事件や民事訴訟となった性加害は、加害者が逮捕、起訴されたり、裁判を起こされたりしたという事実関係が揺るぎないものとして存在しているため、テレビや新聞も報道する。

しかし、そうでない性加害については、被害者がいて被害について訴えていたとしても、それが事実であるか裏取りをすることが難しいとして、扱うのを放棄してしまうのだ。

中途半端な取材で記事を書けば、加害者側から「事実無根だ」と名誉毀損で訴えられる可能性もあるため、知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのである。

■政治家による性加害問題も多くが週刊誌発

私が全国紙政治部記者として働いていた経験からも思い当たる節がある。

2022年5月、『週刊文春』が細田博之衆院議長について、女性記者へ深夜に「今から家に来ないか」と誘うなどセクハラ行為を繰り返していたことを報じると、国会で大問題となり、野党から議長不信任決議案が提出されるなど政局化。この問題についてテレビや新聞も一斉に報道するようになった。

学制150年記念式典で、祝辞を述べる細田博之衆議院議長
学制150年記念式典で、祝辞を述べる細田博之衆議院議長(写真=文部科学省ホームページ/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

だが、細田氏の件に限らず、吉川赳衆院議員の未成年女性へのパパ活疑惑など、国会議員による性加害の問題は多くが週刊誌発。それで問題が大きくなったら新聞やテレビが追いかけるという構図は常態化していた。

しかも、当時の私も含めて多くのマスコミ記者は、それを当たり前のこととして受け入れていたように思う。どこか「議員のスキャンダルについて報じるのは週刊誌の役割で、テレビや新聞は日々の政府与野党の動きを追うのが仕事」と暗黙の線引きをしてしまっていた。

■マスコミの「勝手な役割分担」

私はこの暗黙の線引きこそが、ジャニーズ事務所を含め、さまざまな性加害問題が見過ごされてきた原因ではないかと感じている。

その根底には、刑事事件や民事訴訟になっていない性加害問題を忌避し続けてきたマスコミの報道姿勢がある。「性加害などのスキャンダルは週刊誌の仕事」という勝手な役割分担を作り出して、報道を抑制的にしてきた。

政治家が関係している場合は、テレビや新聞も日々の動きを追っている政治に直結する話となるため、週刊誌報道を起点に大々的に報道される。一方、芸能界内での性加害となると、週刊誌が大きく扱って話題になっていても、マスコミは無視をする場合が多い。

冒頭に取り上げたカウアン氏の言葉通り、性加害問題は「被害者が声を上げた時に失うものが多すぎる」。被害を訴えることによって、周囲から好機の目で見られてしまう二次被害(セカンドレイプ)に繋がる恐れがあるほか、今回のジャニーズ事務所での問題のように、加害者が社会的に、あるいは経済的に優位な立場にいる場合は、被害者は自分の地位が脅かされる可能性があるため、声を上げられないことも多い。

■報道の主役はネットに移り変わりつつある

そのため、性加害は刑事事件にも民事訴訟にもならず、被害者が泣き寝入りしてしまうことがあるわけだが、こうした表に出ていない問題を発掘して世に問うことこそメディアの役割であるはずだ。

ジャニーズ事務所での性加害問題が置き去りにされてきた裏には、マスコミが自らの役割を放棄してきた怠慢がある。

一方で、今回のジャニー氏による性加害問題が再発掘されたように、報道業界自体に構造の変化が起き始めている。

問題に再び関心が集まったきっかけは海外メディアの報道や、SNS上でガーシーこと東谷義和氏がカウアン・オカモト氏の被害告白を取り上げたことで、その後もネットニュースによって多くの人々に伝播していった。

Youtubeでクリエイティブ・コモンズ表示 3.0以下に公開された動画動画「ガーシーのショート暴露⑧」よりガーシー(東谷義和)の顔部分
Youtubeでクリエイティブ・コモンズ表示 3.0以下に公開された動画動画「ガーシーのショート暴露⑧」よりガーシー(東谷義和)の顔部分(写真=NHK応援チャンネル/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

もはや多くの人々がマスコミからではなく、ネットから情報を入手するようになっているからこそ、これまでの週刊誌報道とは違い、ジャニーズ性加害問題を白日の下にさらすことができたのである。

東谷氏は名誉毀損容疑で逮捕されるなど、さまざまな問題も起こしているが、もはや報道の主役がテレビ新聞から、ネットやSNS、それも個人による発信に移りつつあることを象徴していると言えるだろう。

■筆者が「ユーチューバー」になった理由

私自身、新聞記者を辞めてフリージャーナリスト、ユーチューバーとして独立したのも、そのような大きな時代の変化を感じ取ったからだ。

マスコミが情報の発信源を握り、多くの人々がテレビ新聞からニュースを得ていた時代はデジタル化とともに終わった。

単に媒体が紙やテレビからネットに移っただけでなく、ブログやSNSなどを使って誰もが発信主体となる「一億総発信社会」を生み、魅力あるインフルエンサーがマスコミよりも影響力を持っている。

こうした変化によって、今までマスコミが無視をしてきた問題が、さまざまなネットメディアや個人に取り上げられるようになり、暗黙のルールによって歪められてきた報道が是正されていく機会も多くなるだろう。

もちろん、それらは玉石混交で、陰謀論のようなデマを振りまく人が多いのも事実だ。

新しい時代に健全な報道を根付かせるためには、きちんとした取材力を持った個人ジャーナリストを育てていく必要があり、私も新しいメディアの形を模索している者として、その一助を担っていきたいと思う。

一方、マスコミもデジタル化の影響を受けて空中分解をする中で、会社員である記者集団から個人ジャーナリストの集まりへと変化する可能性があり、報道の未来はまだまだ流動的だ。

このように、デジタル化によって「一億総発信社会」となる中、報道もマスコミの特権から万人のものへと変わりつつある。

ジャニー氏による性加害問題の再発掘は、そのことを端的に示しているのである。

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宮原 健太(みやはら・けんた)
ジャーナリスト
1992年生まれ。2015年に東京大学を卒業し、毎日新聞社に入社。宮崎、福岡で事件記者をした後、政治部で官邸や国会、政党や省庁などを取材。自民党の安倍晋三首相や立憲民主党の枝野幸男代表の番記者などを務めた。2023年に独立してフリーで活動。YouTubeチャンネル「記者VTuberブンヤ新太」ではバーチャルYouTuberとしてニュースに関する配信もしている。取材過程に参加してもらうオンラインサロンのような新しい報道を実践している。

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(ジャーナリスト 宮原 健太)

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