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「正直、商社ならどこでも良かった」そんな伊藤忠の石井敬太社長が「でも財閥系には入らなくてよかった」と振り返るワケ

プレジデントオンライン / 2023年9月6日 9時15分

撮影=門間新弥

【連載#私の失敗談 第6回】どんな人にも失敗はある。伊藤忠商事の石井敬太社長は「いまだから言えることだが、当時は正直、採用してもらえる商社ならどこでもよかった。でも、財閥系の商社に入っていれば、いまの立場にはなっていなかったと思う」という――。(聞き手・構成=ノンフィクション作家・野地秩嘉)

■最初の配属先は、存続の危機にあった

伊藤忠商事は2年前の2021年3月期決算で株価、時価総額、純利益でトップとなる「3冠」を初めて達成した。それ以後、資源高もあって三菱商事、三井物産に次ぐ3位となっている。だが、かつての「総合商社万年4位」の姿はない。総合商社3強のなかで、もっとも注目されているのが伊藤忠だ。

その伊藤忠を指揮する社長COO(最高執行責任者)、石井敬太の失敗とは――。

【石井】新入社員の頃です。失敗・チョンボの毎日でした。ただ、人生最大の失敗というわけではありません。もし、最大の失敗をしていたら、クビになっていて、この立場にはいません。みなさんが期待されるようなドラマチックな「大失敗からの逆転人生」みたいなことは今の時代は難しいんじゃないでしょうか。

当社はリスクコントロールをきっちりやっていて、1人の人間が大事件を起こさないようにリスク管理しています。ただし、そうはいっても、小失敗というか、小さな判断ミスは日常で起きています。それは事実。

さて、失敗について。入社後、化学品の課に配属され数年がたった頃、課の決算に大きな穴があく程の巨額の損失が発生することが判明しました。原因は、思惑買いでした。

キシレンという化学品にリスクを張って多額の買い契約をしたところ、価格変動へのヘッジができず、コントロール不能な状態になって、課の経営が危うくなるほどの損失を負ってしまった。そんな時代でしたから、私は若手の頃からリスクコントロールって大事なんだなと思っていました。

■2年で終わるはずが、5年間続けた

当社の新入社員は営業に配属されると「受け渡し」という業務に就きます。先輩が決めてきた商売の商品の受け渡しをする。商品を安全にお客さまのもとに届けてこそ仕事が完結するので、その部分を担当するわけです。

私は5年、やりました。通常は1年か2年ですが、新人が入ってこなかったから、やったのです。

化学品の受け渡しとは積み込むタンカーを手配すること。私の担当は国内と近海の手配で、例えば名古屋から京浜に運ぶ、徳山から神戸に運ぶ、あるいは京浜から宇部に運ぶ。毎日、8隻から10隻の船を手配して8種類程度の化学品を積んで運ぶ。

まだアナログな時代ですから、PCもスマホもありません。受け渡し用の分厚い台帳をめくって、配船を決めていく。今はもうメーカーさんがご自身でやっています。どこの船が本日どこにいるというのも電話で船会社に問い合わせていましたが、今は位置情報でわかるんじゃないですかね。

当時は商社が用船手配をして納入をしていました。その仕事を入社1カ月後ぐらいからやりました。

■いちばん安くて、いちばん早い方法を探す日々

私がやっていた内航船は物流が多くて船が足りなかった。船をアレンジするだけで大変だったんです。三菱商事さん、三井物産さんはパートナーの船会社がいるから、用船も手間はかからない。伊藤忠は化学品用タンカーのオペレーションをやっている船会社に依頼をして、積み地(出発港)と揚げ地(到着港)の各担当者と連絡を取り合いスケジュールを調整しなくてはならなかった。

夕方の5時までに船名を連絡しなきゃいけない。連絡すると、現地担当者は「危険物の船積みです」と海上保安庁に船名を登録する。まあ、複雑な手続きのいる受け渡しだった。とにかく船積みと航海の時間をきっちり把握して、メーカーさんに連絡しないと、彼らは困るわけです。もし船積みが遅れて、港への到着が遅れると、最悪の場合、プラントが止まってしまう。これはもう大失敗ですから、プラントを止めていたら、私はこの場にはいません。

伊藤忠の石井敬太社長
撮影=門間新弥

船が見つからなかったり、船積みが遅れたりしたことは何度もありました。失敗です。日本近海をそれぞれの会社の船がバラバラで動いているから、「今、おたくの船はどこにいるんですか?」と聞いて、把握しなきゃいけない。荷揚げ後の空になった船を捕まえて、次の積み地へ走ってもらう。近くにいた船なら運賃が安く済むけれど、なければ遠くから来てもらわなきゃいけない。そうなると運賃が高くなる。これも失敗です。

■新橋の赤ちょうちんで情報収集に励む

先輩が取ってきた仕事に採算外のコストが発生するわけですから。自分の失敗で先輩に迷惑をかけたのがほんとにつらかった。なんとかしなきゃいけないと必死になって挽回策を考えました。最初の頃は慣れてないから、用船手配が下手くそでしたね。

ある船会社に邪魔されて、船をうまく手配できなかったこともありました。これじゃいかんと自分なりに考えたのは、情報のネットワークを作ること。それにはまず、自分を覚えてもらわなくてはならない。「伊藤忠で配船してるのは石井だ」と認めてもらわないと、仕事にならない。

そこで、船会社のおっかない先輩たちをお誘いして、新橋の烏森口にある赤ちょうちんへ連れて行くわけです。

「よろしくお願いします。うちは、こういう航路に商品を週に何回は運んでます」と話をして、酒を飲む。飲みながら船の情報を聞く。そうしているうちに船の業界の人たちと親しくなり、業界で知られるようになりました。

「伊藤忠は石井だ。石井は配船が上手い」と。となると、他の商社の船積み担当がわたしのところに聞きに来るようになるんです。

■社長は心配性じゃないとできない

こちらが情報をあげると向こうも情報をくれるようになる。三菱でも三井でも、みんな船積み担当者は仲間になっていく。「何かあったら伊藤忠の石井に聞け」と言われるようになり、少しは失敗を挽回できたと思います。

大切なのはリスクコントロールです。風が吹いて船が港に着かなかった場合はどうするか。他の港に揚げるのか。どうやったら被害を最小限に食い止められるのか。つねに最悪のシナリオを想定して、いくつかのオプションを持つようにしました。

今でも、役に立っています。仕事って、想定内であれば儲(もう)かるんですよ。でも、世の中は甘くない。必ず想定外のことが起こります。そうすると儲からなくなる。儲けるには最悪のシナリオについても考えておくこと。それが商社パーソンの仕事だと思うんです。被害を最小限にして脱出することができるのかどうか。リスク管理を具体的にどういうふうにするかです。

伊藤忠商事の石井敬太社長
撮影=門間新弥

リスクマネジメントは大物には無理かもしれません。大物はイケイケになってしまう。私のような心配性じゃないとできない仕事です。岡藤(正広、会長CEO)さんだって、リスクに関しては細かくてかっちりしてますからね。

■伊藤忠が第1志望というわけではなかった

伊藤忠に入った1983年の頃、大学生の就職人気は三菱商事、三井物産、東京海上、サントリーといったところで、残念ながら伊藤忠はトップ10ではありませんでした。商社を受ける学生は第1志望が三菱商事、第2志望が三井物産、第3志望が住友商事。丸紅と伊藤忠はどっちでもいいかなといった程度。

私自身、伊藤忠だけを志望していたわけではありません。ですが、就職試験の集団討論で、ここが自分にいちばん合うと思いました。

集団討論は最終試験のひとつ前。受験生同士があるテーマで議論をして、最終的に、ひとりがチームの結論と理由をまとめて報告する。私は今でもそのときにいたメンバーを覚えているんですよ。繊維部門の諸藤(雅浩 現デサント副社長)さんとか同じグループでした。諸藤さんの発言、印象に残ってます。

グループにはいろいろな人がいました。自分の言いたいことだけ言うやつ、すぐまとめようとするやつ、司会に徹するやつ……。うまく機能すると最終的に結論がまとまっていく。

私自身は司会者。MCでした。面白いことに、討論しているうちに仲間っぽくなっていくんですよ。

不思議ですけれど、討論をしていてアットホームな感覚になっていった。仲間になるんです。そこで考えました。

「三菱さん、三井さんに行ったら、もっと優秀なやつがいるだろう。それに財閥系の雰囲気が自分には合わないような気がする。それなら俺はここで生きていこう。ここが居場所だ」

そう思ったんです。実際、正解でした。伊藤忠って、アットホームな会社で、一緒にいるうちに自然とチームができていく。

■ひっくり返されても飛び込むのは「商人魂」があるから

受け渡しを終えて化学品の営業になってから、財閥系のメーカーにも飛び込み営業をしました。買ってくれることもあるんですよ。財閥系商社よりもいい条件をだしたら、先方もわかってくれる。ただ、同じ条件だったら、ひっくり返ることがたびたびだった。

「石井さん、ごめん、上司が同じ系列から買えと言うから」

ひっくり返されてもそれは挫折でも何でもないんですよ。

かえって、「絶対に負けないぞ」と商人魂が出てくる。若くても部長クラスに飛び込んでいったり、人脈を駆使して幹部を紹介してもらったり、幹部がよく行くという銀座の高級クラブに行ったり……。

「すみません、初めてご挨拶させていただきます、石井です」と言ったら、「お前は若いのにこんなところに来てるのか」って言われて。

自腹ですよ。それでも、ひっくり返されても、キャンセルになっても、ますます、飛び込んでいきました。

伊藤忠ってそういう商人魂があるんですよ。祖業の繊維部門なんかもっとすごい。

繊維の営業マンって商売に対して熱心で、私がタイで現地法人の社長をやっていた時、洪水(2011年)がありました。繊維のメンバーはいつの間にか海のようになった町を移動するためのゴムボートや、下半身まで覆う胴付きの長靴を売り歩いていました。商魂たくましいんです。彼らは、どこかの国にポンと放り投げても、何か商売して帰ってきます。

うちは財閥系よりも人は少ない。それでも彼らに伍してやっているのは商人魂があるからだと思う。

それから海外店だと財閥系は昔からの支社長の邸宅があります。一軒家の屋敷で、そこでパーティをやったりする。でも、うちは業績が苦しかった時代に売ったので、賃貸マンションです。パーティはできない。肩身は狭いけれど、それでも商人魂で頑張るしかない。

伊藤忠商事の石井敬太社長
撮影=門間新弥

■現場に感動があれば、若手はちゃんと育つ

最近、入ってきた人たちは就職人気ナンバーワンで入ってくるので、ハングリー精神はあまりないのかなとも思っていたんです。ですが、違いました。

先日、アメリカに出張したんです。各地を回ったんですが、伊藤忠が出資している事業会社に出向している若手社員がイキイキとしてやってるのを見ました。最近の世代は冷めてると言われているけれど、そんなことなかった。私が見た彼らは現場主義で、現場同士でわいわいやって、仕事してました。

現地の事業会社を見に行った時、うちの若い社員が現地の社員とじゃれ合っていた姿でわかりました。昔、新橋の烏森口の赤ちょうちんにいた時の自分と同じ姿でしたから。仕事から得られる感動は現場から生まれる。現場にぶち込めば商人として磨かれるんです。

彼らは海外で外国人と押したり引いたりしながら入り乱れて仕事をしたいんだな、と。商社で仕事をする人って困ってる人を助けたいとか、この人たちと笑顔になりたいとか、成功体験を味わいたいとか、感動の現場にいたいんです。それが伊藤忠らしさです。彼らがちゃんと育っているのを見て、最後の夜、ちょっと飲み過ぎました。

■ユニフォームとレコードが並ぶ社長室

伊藤忠が今後注力する分野についても少しお話しします。公式には、特定の事業領域に依存しないで全体的に収益を押し上げていく。資源分野などに依存することなく、全体的に収益を押し上げるのが経営スタイルです。一方で、当社としては最大の消費者接点を持つファミリーマートを中心としたリテール分野を中心にする。

生活消費分野において、消費者接点を活かし、脱炭素ソリューション等もからめていく。マーケットインの目線で事業変革を加速していく。

まあ、こんなところですけれど、わかりやすく解説すると、どんな分野でもハンズオン、つまり、現場に入り込んでいって感動する。感動の度合いが大きいところが自然と成長する。感動すれば一生懸命、働くわけですからね。

「どこの会社行っても、社長室っておもろないやろ」って岡藤が言ったんです。それで、岡藤の部屋へ行くと、マリリン・モンローのポスターがあったり、盆栽が飾ってあったり……。

私は社長応接室に大谷翔平選手のユニフォーム、ラグビーのユニフォーム、ビートルズ、ローリングストーンズ、ザ・フーのLPレコードジャケット、マイルス・デイビスの写真を飾りました。

ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズのLPが壁にかかった伊藤忠商事・石井敬太社長の社長室
撮影=門間新弥

■「始まった! という感じがする」一曲

ビートルズのLPは『ザ・ビートルズ・セカンドアルバム』のキャピトル版。僕が小学生の頃、親父がアメリカ出張で買ってきてくれたものです。

A面の1曲目は「ロールオーバー・ベートーベン」。「ベートーベンをぶっ飛ばせ」っていう曲。この曲のイントロで気持ちが入る。ボーカルはジョージ・ハリソン。ビートルズのA面1曲目のボーカルはジョン・レノンかポール・マッカートニー。でも、このアルバムのこの曲はジョージが歌ってます。ヘタウマなソロもジョージ。ドラムもノリがよくて、これを聞くと本能的にスイッチが入ります。始まった!という感じがする。

よーし、きたきたきた。自分を奮い立たせる一曲です。

ですけれど、いちばん好きなプレイヤーはマイルス・デイビス。

大学生の時、やっぱりジャズを聞かなきゃ大人じゃないなって。あの頃は大人になりたかった時期でしょう。最初はマイルスのどこがいいのかまったくわからなかったけれど、段々のめり込んでいって、「やっぱりマイルスは帝王だな」って。

■圧倒的な個性で商売をしていく

マイルスのすごいところはその時代に流行った音楽をなんでもマイルス風に変えてしまうところ。圧倒的な個性を持っている。最初、マイルスはモダンジャズから入りました。だが、そこにとどまるわけではない。ジミ・ヘンドリックスとやろうとしたり、プリンスとやりたいと言ったりもする。さらにはラップの世界にも入っていく。

そして、マイルスが入るとどんな音楽もマイルスの音楽になってしまう。それでいて、時代とともに自分も変わっていく。

商社がそうです。そうならなきゃいけない。時代の変化に合わせていかないと長く生き残れない。

生成AIをはじめとする新しいテクノロジーが入ってきて、世の中は大きく変わっていく。変わっていく社会のなかでも伊藤忠は商売しなきゃいけない。マイルス・デイビスのように周りを取り込んで、圧倒的な個性で商売をする。「ひとりの商人、無数の使命」、そんな伊藤忠を目指したい。

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石井 敬太(いしい・けいた)
社長COO
早稲田大学法学部卒業後、1983年4月伊藤忠商事に入社。有機化学品第一部基礎原料課でキャリアをスタートさせる。伊藤忠インターナショナル会社 化学品・エネルギー部門(ヒューストン駐在)、有機化学品第一部長を経て、2010年よりインドシナ支配人(バンコック駐在。伊藤忠タイ会社社長、伊藤忠マネジメント・タイ会社社長を兼務)。2018年エネルギー・化学品カンパニー プレジデントを経て、2021年4月より現職。

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(社長COO 石井 敬太 聞き手・構成=ノンフィクション作家・野地秩嘉)

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