あの時代に女性をビジネス対象とした男性はいなかった…ワコールがブラジャーで天下をとれた本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年9月6日 10時15分
※本稿は、雑誌「プレジデント」(2023年9月15日号)の掲載記事を一部抜粋したものです。
■50年後は経済で米国と戦えると信じていた
――創業者がどんなに非凡でも個人の能力には限界があります。企業がどこまで成長できるかは、創業者を助ける「補佐役」の顔ぶれで決まるともいわれます。その点、ワコールHDの創業者・塚本幸一は、まだ同社が個人商店だった時期に、三菱重工業に勤務していた営業の川口郁雄(後に副社長)、東京商科大学(現・一橋大学)出身で財務の天才といわれた中村伊一(後に副社長)といった「自分より優れた人材」を苦労の末に獲得していますね。
【北】塚本幸一という人は非常にハンサムな、いい男です。だから女性にもてたのは当然ですが、それとともに「男が惚れる男」でした。その人間としての魅力が、ワコールの成功の礎を築いたと感じます。終戦の翌年の1946年、九死に一生を得てインパール戦線から帰国した塚本は、和江商事という会社を立ち上げました。そこで復員兵の仲間を集めて、模造真珠のネックレスや装身具を売り始めたのが事業の始まりですね。
【塚本】ええ。父は旧制滋賀県立八幡商業学校(八商、現・八幡商業高校)を卒業してすぐ兵隊に取られたので、戦争が終わって帰国しても仕事がなかった。それで自宅の借家を事務所にして、着物の帯締めやらアクセサリーを風呂敷に包んで行商を始めたんです。創業間もない頃に加わって、後に副社長になる川口、中村の2人は八商の同級生でした。父は弁論部で口がうまく、川口は柔道部にいて一番ケンカが強かった(笑)。そして中村はとにかく成績優秀で勉強ができたそうです。
【北】川口と幸一が再会したのは八幡商業の同窓会でした。そのとき川口は京都の三菱重工経理部で働いていましたが、幸一の誘いに乗り、天下の大企業から、模造真珠やブローチを売っていた零細企業に転職を決めたのがまず驚きです。しかも川口は硬派な柔道部の寡黙な男。その彼が、ハンサムで弁論部という「文弱の徒」である幸一に、自分の人生を預けたのが実に面白い。
【塚本】父の会社に人が集まったのは、父の妹の夫で当時、八商の先生をしていた木本寛治の口利きも大きかったようです。
【北】木本自身も後に工場長として和江商事に加わりますね。入社した川口は営業のリーダーとして会社の成長を支え、一方の中村は財務面で会社を切り盛りし、晩年には京都証券取引所理事長にまでなります。社員5人ほどの個人商店時代に、三国志の関羽と張飛のような傑出した2人を仲間にできたのだから大したものです。それには幸一個人の魅力だけではなく、有言実行で夢を実現する力も必要になります。
【塚本】それで言うと、父は創業すぐから「世界を目指す」と言ってました。当時は給料の遅配があったぐらいなので、社員の誰も信用しなかったけれど、あるとき「十年一節五十年計画」というのを発表するんです。「最初の10年で国内市場を開拓、確立し、次の10年で国内に確たる地位を築き、次の20年で海外市場を開拓して、最後の10年で世界企業になる」と宣言した。中村も川口もそれ聞いて「ほんまかいな」と半信半疑だったはずですが、「おもろそうだから、ついて行こう」と思ってくれた。しかもその計画が、少しずつ本当に実現していきました。
【北】それこそが、塚本幸一が持っていた稀有な構想力なんだと思います。同じく京都発祥の世界的企業・京セラの創業者、稲盛和夫は長期の事業計画を立てないことで知られています。それは、半導体のような変化が激しい業界で長期計画を立てても、そのとおりに物事が進む確率は低く、逆に計画に縛られる弊害が大きいからです。しかし塚本は敗戦で焦土になった日本を見て、これから人々の暮らしは豊かになって洋装化が進んでいき、50年後には再びアメリカと経済で戦えるまでに成長するだろうと信じていた。
![作家の北康利氏](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/a/1200wm/img_6a91dc135627dacace391b7d58c382c3682192.jpg)
■“女傑”たちを使いこなしたのも幸一ならではの見事な手腕
【塚本】その夢を実現するために「女性」をビジネスの対象にした、というのが慧眼だったと思います。日本中の男性が敗戦に打ちひしがれる中で、女性たちの多くは戦争が終わり、いち早く元気を取り戻していました。もんぺや防空頭巾を脱いだ女性は、和服より着るのが簡単で、おしゃれな洋服を楽しむようになるだろう。そうなれば下着も洋風のものを身につけるはずだ、と考えたんですね。
【北】幸一は女性の下着という「男子一生の仕事」とは誰も思ってもいない商品を広めることで、日本中の女性を幸せにしようとした。かつて財界で主流を占める会社といえば、鉄鋼やエネルギーなど重厚長大産業ばかり。しかし幸一は女性のファッションという生活様式を変えることで、日本の文化そのものをアップデートした。そうした実績をひっさげ、京都商工会議所会頭や関西経済連合会副会長といった財界の要職を歴任します。そこが何より経営者として優れていた点であり、生き方としてカッコいいと思うところです。
■女性下着の販売を男性がやるわけにはいかない
【塚本】創業当時は、日本女性で洋装をする人は少なく、ましてやブラジャーなんて身につけたことがない人がほとんどでしたから、初めのうちは商売を広げるのに非常に苦労したようですね。北さんが本に書かれていますが、初のデパート進出である京都の髙島屋では、青星社という会社と「販売合戦」をして勝つことで、ようやく売り場を獲得できたと聞いています。
【北】昭和25年10月の「四条河原の決戦」ですね。そのとき「女性下着の販売を男性がやるわけにはいかない」というので店頭での販売を任せ、見事にライバル会社を打ち破ったのが、内田美代という女性社員です。内田は今でいうキャリアウーマンのはしりで、ワコールを黎明期から成長期にかけて支えた“女傑”の一人として伝説的な存在ですね。
![ワコールHD創業者・塚本幸一を支えた両副社長と創業期の“女傑”たち](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/4/1200wm/img_c4c3c3eb03d98d8582e933486412ffe4521054.jpg)
【塚本】ワコールは和江商事のときから傑出した女性が何人も頑張って、会社をもり立ててくれました。内田はまさに立役者の一人です。
![北康利『ブラジャーで天下をとった男』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/9/1200wm/img_297028bacac9a892ec36b3af06395719251956.jpg)
【北】内田は軍人の娘で、私が取材したとき「当時、売り子って水商売みたいなイメージでしたから、絶対無理やって言うたんです!」と60年以上前のことを昨日のことのように話してくれました。そこを幸一は「内田しかおらん」と頼み込んで、彼女をセールスレディに抜擢し、それが見事に当たった。川口の営業力や中村の財務知識もそうですが、幸一の軌跡を見ていると「自分より優れた能力」を持つ人の力を借りることで、事業を成長させていったことがわかります。「俺の言ったことを黙ってやれ」とイエスマンを集めるのではなく、様々な能力を持つ社員に「君たちの力でビジネスを広げてくれ」と頼んだ。その人材ポートフォリオを早いうちから作り上げたことが、経営者として稀有な才能だったと感じます。
【塚本】父よりいろんな面で優れていた人は世の中にたくさんいたでしょうが、父には、そういう人たちを「惚れさせる」魅力があったんでしょうね。
【北】そう思います。また、その人材ポートフォリオは男性だけに偏らず、内田のほか生産管理で大活躍した渡辺あさ野、デザイナーの下田満智子といった“女傑”たちを使いこなしたのも幸一ならではの見事な手腕です。女性活用という点でも今の経営者はもっと幸一の姿勢に学ぶべきだと思います。
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作家
1960年、名古屋市生まれ。旧・富士銀行に入行、資産証券化の専門家として活躍し、みずほ証券財務開発部長を最後に2008年に退職、本格的な作家活動に入る。山本七平賞受賞の『白洲次郎 占領を背負った男』をはじめ近代日本を形作った人物の評伝を多数執筆。最新作は『ブラジャーで天下をとった男 ワコール創業者塚本幸一』(プレジデント社)。
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ワコールホールディングス名誉会長、京都商工会議所会頭
1948年、京都市生まれ。父はワコール創業者の塚本幸一氏。伊藤忠商事勤務を経てワコール(現・ワコールホールディングス)に入社、常務、副社長を経て87年、2代目社長に就任。2018年に会長となり、22年に取締役を退任し名誉会長。20年から京都商工会議所会頭を務める。
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(作家 北 康利、ワコールホールディングス名誉会長、京都商工会議所会頭 塚本 能交 聞き手=本誌編集部 構成=大越裕 撮影=永野一晃)
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