1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

米国の一部ではガスコンロが設置禁止に…換気扇では除去できない「ベンゼン滞留」という健康リスク

プレジデントオンライン / 2023年9月8日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Seiya Tabuchi

■台所から有害物質が家全体に広がっていた

米スタンフォード大学の研究チームが、家庭用ガスコンロの危険性を明らかにした。

研究チームが著し、科学ジャーナル『Environmental Science & Technology』に掲載された論文によると、ガスコンロでの燃焼により発がん性物質のベンゼンが生成され、調理終了後も寝室を含む家庭内に数時間にわたって滞留するという。

ベンゼンは製油所やたばこの煙などにも含まれる有害な化学物質だ。これが家庭のガスコンロからも生じていたことを、初めて定量的に明らかにした。

研究チームは論文で、「ベンゼンに曝(さら)されることで、がん、がん以外の健康への影響を引き起こす」と指摘している。比較的短期間でも一定量以上を吸い込むことで、がん以外の影響として、血球の産生が抑制される。慢性的に吸い込むと、がんの一種である白血病やリンパ腫のリスクが増大するという。

研究グループによると、アメリカではガスコンロで調理する家庭が全家庭の3分の1以上(4700万世帯)を占める。ニューヨークやカリフォルニアなどの一部都市において、新築物件へのガスコンロの導入を禁止するなどの対策が進んでいる。

専門家は今回の研究を受けてパニックになる必要はないと強調しながらも、窓を開放した換気など適切な対策を講じるよう呼びかけている。

■ベンゼン濃度はたばこの副流煙以上

実験で研究チームは、カリフォルニア州および西部コロラド州の複数の家庭を訪れた。ガスコンロおよびガスオーブン計33個を1台ずつ稼働させ、空気質の変化を確認した。

強火のガスコンロ、または約180℃に設定したガスオーブンを45分間使用した場合のベンゼンの排出量は、2.8~6.5μg/分だった。これは電熱線式のコンロと比較して10~25倍の高さだという。

キッチンで観測されたベンゼン濃度は、最大で11.6ppbvとなった。OEHHA(カリフォルニア環境衛生危険性評価局)が定める急性暴露基準値の8ppbvを上回る。この実験のおよそ3割のケースで、室内における受動喫煙として許容されるベンゼン濃度(0.34~0.78ppbv)の上限を上回った。

研究チームは実験で、もう一つ重要な点を指摘している。それは、ガスコンロから発生するベンゼンは、台所の換気扇やレンジフードでは除去しきれない場合があることだ。また、窓を開けずに室内のドアだけを開放した場合、かえって有害物質がほかの部屋に拡散する結果になった。

実験では、75~140平米の6軒で、室内のドアを開放し、オーブン(約250度)を1時間半使用。調理から6.5時間後までのベンゼン濃度の変化を調べた。すると、ベンゼンが家庭内に滞留し、「コンロを止めた後も数時間にわたり、寝室のベンゼン濃度が長期的な健康基準値を上回るケースがあった」という。

■台所から寝室にまで拡散する

キッチンから最も離れた寝室で測定したが、6軒すべての寝室において、ピーク値が平常時の5~70倍に達する結果となった。ある家庭では寝室のベンゼン濃度がピーク時に8.9ppbvとなり、OEHHAによる急性暴露基準値の8ppbvを20分間にわたり上回っている。

研究チームのロバート・ジャクソン博士は、調査に同行したニューヨーク・タイムズ紙に、こう語っている。「私が最も驚いているのは、汚染物質の濃度がいかに高いかという点に加え、いかに速く家中に拡散するかということです」。とくに都市部のマンションの間取りでは寝室がキッチンから近いことが多く、郊外よりも影響が大きいという。

論文の筆頭著者であるスタンフォード大学のヤナイ・キャシュタン博士(地球システム科学)は、米科学雑誌の『サイエンティフィック・アメリカン』に対し、実験中の家庭では高いベンゼン濃度が記録されたと語っている。カリフォルニア州などの石油精製所の敷地境界線でこれまでに観測された最大値を超える例も頻繁に見られたという。

■ニューヨーク市などでは新設を禁止

もっとも、安全基準を上回る環境に一時的に滞在しただけでは、直ちに健康被害が及ぶものではない。しかしアメリカの一部の地方政府は、健康への影響を重く受け止め、ガスコンロを規制する動きに出ている。

ニューヨーク市は今後、ほぼすべての新築ビルで天然ガスの使用を禁止する。2027年以降に許可を出す建築計画に適用し、暖房や調理を含めたガスと石油の使用を禁じ、電気など他のエネルギーを使うことが義務づけられる。

ニューヨーク5番街
写真=iStock.com/deberarr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deberarr

カリフォルニア州の規制当局は、段階的にガスコンロを禁止するよう模索している。すでに州内の一部の都市では新築住宅への設置が禁じられているほか、IH調理器の導入が進むように奨励金を出している都市もある。

サイエンティフィック・アメリカン誌によると、論文の責任著者であるスタンフォード大学のロバート・ジャクソン教授(地球システム科学)は、「車の排気管のすぐそばに立って、わざわざ汚染物質を吸い込むような人はいないことでしょう」と例えている。

「ですが私たちはコンロのすぐそばに立ち、排出される汚染物質を吸っているのです」と教授は強調する。

■「夕食の調理法にまで口を出すべきでない」という異論も

ガスコンロの禁止は行きすぎだとする異論もある。カリフォルニア州バークレー市議会は2019年、新築物件を対象に、天然ガス設備の導入をほぼ全面的に禁止する条例を可決した。全米でも初の試みで、現在までに数十の都市が追随している。

だが、カリフォルニア州レストラン協会などが規制に反発している。AP通信によると連邦控訴裁判所は今年4月、バークレーの条例を覆す裁定を下した。連邦法は家庭におけるエネルギー規制の決定権は連邦政府にあると定めており、控訴裁は条例がこれに違反すると判断した。市側は上訴する見込みだ。

米政治専門紙のヒルは今年7月、ガスコンロ禁止をめぐる賛否の議論が連邦議会でも白熱していると報じている。米消費者製品安全委員会がガスコンロの禁止を推進しているが、これを阻止する文言が「金融サービスおよび一般政府」の資金調達法案に盛り込まれた。

修正案を提出した米民主党議員は、「ワシントンの官僚たちはいい加減に度を超えた行いを改め、アメリカの家庭に夕食の調理法を指図するようなことはやめるべきだ」と述べ、ガスコンロの規制は行きすぎた政策であると訴えている。

開いた窓
写真=iStock.com/brizmaker
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/brizmaker

■家庭で取れる対応手段はあるのか

高濃度のベンゼンが健康被害をもたらすことは、以前から知られてきた。しかし、元腫瘍学者のジャン・キルシュ博士は、従来よりも低い濃度のベンゼンによる被害がこのところ注目されていると説明している。彼女はサイエンティフィック・アメリカン誌に対し、「工業の世界で浴びるような量ではない比較的低い量でさえ、有害な結果をもたらすとの情報が続々と上がってくるようになりました」と語る。

家庭用コンロが有害物質の発生源であるとするならば、料理をする一般的な家庭に動揺が広がりかねない。キルシュ氏は、いたずらに不安を煽(あお)ろうとしているわけではないとも補足している。「パニックを起こす意図はありません。リスクがあるのならば、それを低減したいということなのです」。

家庭では、どのような対策が取れるだろうか。調理器具にはさまざまなメリットやデメリットがあるが、ことベンゼンの吸入予防という観点では、ガスコンロ以外の選択肢を視野に入れると良いようだ。論文責任著者のジャクソン教授は、IH調理器、スロークッカー、オーブントースターなど、電気による調理器具が使える場面ではそちらを使うよう提言している。

■頭を抱えるチャイナタウンの料理人たち

しかしながら、ガスコンロには、ほかの調理法では出せない利点がある。強力な火力だ。サンフランシスコ・クロニクル紙は、サンフランシスコ市街のチャイナタウンに構える人気店「チャイナ・ライブ」を取材している。

強い火力で料理をする人
写真=iStock.com/Zian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Zian

明るい店内に面した同店のオープンキッチンでは、4台の強力なガスバーナーが中華鍋を熱している。メニューの4割がこれらの鍋を通るほど、この店では重要な役割を担う。ガスコンロ禁止の政策は、シェフたちの頭痛の種だ。

オーナー料理長のジョージ・チェン氏は、禁止の理由はよく理解できると認めながらも、料理文化を消滅させかねないと危機感を募らせる。中華料理やアジアの料理は、時間をかけてカリフォルニアでも定着してきた。チェン氏は、「なぜ失いたいと考えるのでしょうか。私には理解できません」と憤る。

ガスコンロの規制は新築物件に適用されるため、チェン氏の店がすぐに影響を受けることはない。それでも、火力あっての中華料理のシェフたちは、将来への強い不安を禁じ得ないようだ。

一般の家庭でも、強い火力でパラッと炒めたいシーンは引き続き存在する。論文責任著者のジャクソン教授は、ガスコンロを引き続き使う場合、積極的に窓を開け放つよう勧めている。換気扇だけでは空気中のベンゼン濃度が十分に下がりきらないことがあるため、窓の開放が重要だという。

■窓をしっかり開けて換気をしよう

親しんできたガスコンロが危険視される風潮には、戸惑いを禁じ得ない。しかし、コンロに限らず、身の回りの安全基準は年を経るごとに見直されてきた。数十年前であれば常識だった光景のなかにも、現在の感覚で振り返れば危険や不衛生だったものごとは数多い。ガスコンロも、かつて使われていた物珍しい品のひとつになるのかもしれない。

とはいえ、現時点で直ちにガスコンロの使用をやめることは難しい。また、今回の研究の結果に過剰反応する必要もないだろう。健康への影響を数値化したひとつの例として、冷静に受け止めることが大切だろう。

例えば暑い日には冷房を効かせ、窓を閉め切ったまま調理したい場面も多い。調理中と直後だけでも窓を開けて換気に配慮することで、有害なベンゼンを吸い込むリスクは抑制できると論文でも指摘されている。

身近に潜んでいた知られざるリスクのひとつとして、心の片隅にとどめておきたい。

----------

青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

----------

(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください