なぜヤフーはLINEを作れなかったのか…元ヤフー社長が訴えたい「変わらないこと」の本当の恐ろしさ
プレジデントオンライン / 2023年9月12日 9時15分
■必要な失敗を経験した人から成功に近づいていく
私自身の失敗は嫌というほどあります。そもそも、経営者が「失敗」から得ていく教訓には大きく2つあると思っています。
何か新たなチャレンジのために行動していくうえで、失敗というのは付きものでしょう。むしろ、失敗がなければ、うまくいくようにもならないのではないかと思っています。ですから、一つの結論として現在の私が思うのは、必要な失敗を経験した人から成功に近づいていくということです。「失敗」という名目の、いわば貯金が貯まっていって、とくに大きな成功の機会は訪れる。
もう一つ、必要な失敗をすることによって、リスクに対する捉え方が非常に敏感になったり、現実的になったりしていくことがその人をアグレッシブに鍛えるという結果になるのではないでしょうか。
事業家として当然、未知のチャレンジをしていくわけですが、それは、失敗を恐れてチャレンジすることに消極的になるのではなくて、むしろ、失敗のリスクの伴うチャレンジをどんどんしていくことで成功に近づいていくのだろうと、ふだんから考えています。
それは、さまざまな失敗を積み重ねることによって、致命傷には至らないようにリスクコントロールができるようになっていくととらえています。
■「電脳隊」時代の後悔
私自身の歩みは、学生のときからの起業家時代とYahoo! JAPANの経営者時代に大別できます。
まず、起業家時代については、先日、自分のツイッターで私が学生時代に設立したITベンチャーの「電脳隊」という会社の回顧録を書いたところです。そのまとめとして、パートナーシップを結ぶときは順番を間違えないことが大事になると強調しています。これは、逆にいうと、順番を間違えて失敗した私自身の実体験に基づいているからです。
最初はパソコンのインターネット事業を展開して、かなり早い時期からサービスのモバイル化にシフトしました。当時のモバイルインターネット事業で、われわれのように独自の開発ツールを作って売る会社にとっては、最大手の通信キャリアと組むことがすごく重要だったんです。
当時のわれわれは、その最大手と組もうとせず、ほかのところへ行ってしまった。その結果、競合キャリアの回し者と見なされ、最大手となかなか組むことができませんでした。最後の最後で、そのことが非常に大きな重い経営課題となって、会社を売却するところに至ったという痛烈で超大きな失敗体験です。
■過信と知識不足で「組める相手と組めなかった」
いまから考えれば、われわれが開発したオリジナリティーの高い技術を持っている状況であるなら、最大手のキャリアとも全然組み得たと思います。
しかし、他のキャリアとも同時並行で組んでいけるだろうと見立てていた。敏感さが足りなかったのでしょう。むしろ、その通信キャリア同士で実は強烈な競争にしのぎを削っていて、われわれが同時並行でつきあえるような状況ではすでになかったんです。最大手と手を組めたはずなのに組まなかったという致命的な教訓になりました。
複数の通信キャリアと手を組めるだろうと思っていた過信、そしてキャリアの競争環境の激しさを理解していなかった知識不足です。
■技術だけでは成功できない…手を組む相手を見極める重要性
それは、いまでもわれわれの経営方針に通じています。たとえば、たまたま声をかけてきてくれたところとパートナーシップを結ぶ交渉を始めたときでも、途中で立ち止まって、「いま話し合っているところが最大手といえるのか」と必ず確認するようになった。
あるいは、「最大手とも交渉しなくていいのか」というように、手痛い経験があるからこそ、ものすごく大きな教訓になっています。いわば、その瞬間でのスクリーンショットのシェアのことといいかえられますから、見極めるのはそう難しいことではありません。大事なのは、それを冷静に考慮に入れるかどうか、ということです。
必要な失敗をした事業こそ成功していくし、失敗が深ければ深いほど大成功につながっていくとも実感しています。
■「Yahoo! BB」の経験と「PayPay」の成功
冒頭に申し上げたとおり、必要な失敗をしたほうから成功していくし、失敗が深ければ深いほど大成功につながっていく。2000年代前半、ADSLサービス「Yahoo! BB」を普及させるために、駅前や家電量販店でモデム機器を大々的に無料で配ったとき様々な混乱が起きたことも、後になって振り返れば貴重な経験でした。
たくさんの体験を積み重ねてきたからこそ、たとえばスマートフォン決済サービス「PayPay」を急成長させることができたという感覚があります。Yahoo! BBの経験なくして、PayPay普及の一発勝負でうまくいったかどうかはわかりません。何か新しいものを普及させるときのやり方がもたらす成功と失敗の結果というのは、本当に表裏一体だと痛感します。
Yahoo! BBのADSLにしても、すぐに光ファイバーによるインターネット通信に取って代わられていったりと、事業の将来と最終的な成否はわかりません。その瞬間でのスクリーンショットによる判断と申し上げたとおりです。ただし、いろいろな経験がPayPayには生きているのはたしかです。
さらに、QRコード決済という意味では、たしかにキャッシュレス化を一気に広めたと思います。すぐ隣を見れば、強敵もたくさんいますから、PayPayの成功に安住せず、日々精進というところです。
■「Yahoo!メッセンジャー」が「LINE」に負けたワケ
ヤフーを主語にして私が語るならば、PC全盛の時代から「Yahoo!メッセンジャー」というサービスがあったわけです。韓国で当時、はやり始めた「カカオトーク」のようなメッセンジングサービスとして「LINE」が登場し、あっという間に現在のように圧倒的なシェアを持つに至りました。
プロダクトとしては以前からあったのにもかかわらず、スマートフォン時代に、Yahoo!メッセンジャーをいまのLINEのような一強の存在に、ヤフーはしようと思えばできたはずなのに、見立ての甘さ、発想の誤りから、そのようにできず、2014年3月にサービスを終了しました。ヤフーの致命的な失敗の一つですね。
しかし、次の段階では、LINEと経営統合(2021年3月)するという、まったく違う方法で挽回することができました。
最大手とパートナーシップを結ぶ状況になった際、さらに、「その最良の相手が将来も最大手であるのかどうかはわからない」というテーマは別途ありまして、応用編の話です。相手とわれわれの将来は、現時点のスクリーンショットを見るのとは違って、見立てるのが不可能といっていいくらい、めちゃくちゃ難しいことです。手を結ぶと決めた相手を信じるしかない、という次元の世界になってくると思います。
■なぜ日本は「デジタル後進国」と言われるようになったのか
ここまで申し上げてきたように、たとえばYahoo!メッセンジャーのケースがわかりやすいでしょう。PC上のメッセージングサービスとしてユーザーからの支持もシェアも非常に高かったのに、LINEのように、PCユーザーには振り向かず、スマホに特化したメッセージングサービスに一挙に覆されることになりました。
典型的なイノベーション・ジレンマに、われわれは陥っていたんです。「そうなるかもしれないことをわかっていたのに、なぜ、やらなかったのか」という自問自答を繰り返すことになりました。
DXが日本では後れているという一般論についても、問題をもう少しきちんと分解して考えたほうがいいと思います。日本の社会全体が、あるいは民間のサービス全体がDXで後れているということは、そんなに心配するレベルではありません。アメリカのGAFAMは世界で先端的なサービスを、みんなが活用していますし、われわれだって一所懸命にやっていますから。
日本全体が遅れているのではなくて、行政や行政にまつわる分野。たとえば、医療や公共交通などの特定のジャンルで著しく遅れているという、自己認識が大事になると思います。なぜ遅れているのかというと、ひとえに、新しいものを容易に受け入れないような土壌があるのではないかと思います。
技術革新(イノベーション)ではなく、“勤勉革命”で何とかしようとしすぎているのではないでしょうか。
■「政府が悪い」と言うだけでは何も解決しない
技術でもっと生産性を上げることができるはずなのに、「技術革新は自分の仕事を奪うものだ」という思い込みにとらわれている人が少なからずいるからかもしれません。とくに、1台のタクシーを複数組の乗客が乗り合いで利用するライドシェアがいっこうに進んでいないことを目にするたび、働く人の根性でやろうとか、勤勉精神で何とかしようという風潮を感じます。怠けている人はいない、しかしがんばり方を間違っているのではないでしょうか。
あえて挙げるなら、競争環境がないのは一つの特徴といえるでしょうか。われわれがGAFAMと戦うとすれば、技術を用いて生産性を上げたり、付加価値を高めたりしなければ、顧客に選んでいただけません。しかし、行政にかかわる事業というのは独占状態ですね。1つの行政区には1つの区役所しかありませんし、公共交通も基本的には地域ごとに許認可事業で寡占状態のままです。医療・病院の業界にも競争原理が一応は導入されていますが、自由化というにはほど遠い。
競争がない、というのは、やはり大きな問題ではないでしょうか。単に行政が悪いというロジックで片づけるのではなく、競争原理がないという問題点こそ見ていく必要があるのではないか。競争原理が働かない結果、がんばり方を間違えるという悪循環に陥っているように思えます。
■技術の力で日本を変えるしかない
物流業界が直面している「2024年問題」(※)は、わかりやすい変化のきっかけになると思います。
※働き方改革関連法によって2024年4月1日以降、自動車運転業務の年間時間外労働時間の上限が960時間に制限されることによって発生する問題の総称。
物流や移動にかかわる仕事に従事してきた人たちに依存してきた勤勉頼り一辺倒では、もはや駄目、ということになったわけですよね。「ちゃんと休みましょう」という世の中に変わり、働く人たちの勤勉だけでは人手は確保できず、社会生活が成り立たなくなる。それでようやく技術で解決するしかない、という流れになってきた。
もっと早く勤勉至上主義から技術革新へとシフトできていれば、トラックや公共交通の自動運転化は、より促進されたでしょう。それでも、2024年に問題が表出するまで追い込まれ、新しい方法でしか解決できないとなった結果、日本は技術革新を起こして前に進んでいくしかありません。
いままたインバウンドによる観光客であふれかえる日本でいっこうに進まないライドシェアについても、私はツイッターで発信しつづけてきました。
ただし、ライドシェアを推進したとしても、ドライバーの絶対数を必要とするのですから、それは過渡期的なことでしかありません。
公共交通は、とくに都市部より地方で、すでに深刻な問題になっている。それくらい切迫しています。よりAI化、自動化、無人化をどんどん進めていくしかないでしょう。このままわれわれ日本の最大の失敗に陥るのか、すんでのところで技術によって革新をもたらすのか、その瀬戸際に立っているのではないでしょうか。
■規制は「悪」なのか
少子化、人口減に高齢化、さらに生産年齢人口も急激に減っていく中、定年退職をした高齢者に働いていただくなど社会の担い手を無理やり増やしてきたわけですけれども、それもいずれ限界が訪れる。たくさんの課題が生まれて、それを解決できない古い規制があるのでなくしましょう、という考え方もあります。
反対に、発展の著しい生成AI技術は可能性と同時に権利も保護しなければならない。ビッグデータの活用にはプライバシーや倫理上の問題も伴います。規制を強化する必要も考えられなくてはなりません。
いまの問題としては、新しい事象が起きているのに、昔の規制をそのままにしているために何かができなかったり、あるいは何かを試みるときにその規制が著しい障害になったりしているのであれば、状況に応じて変えなければならないでしょう、ということです。
都会から離れて住む者として実感する例でいえば、公共交通のドライバーが圧倒的に足りないのに、規制が変わらないのはおかしい、ということでしょうか。規制に限ったことではありませんが、変えるとは、取っ払うこともあれば、むしろ強化することも必要になるという認識を持っています。
■日本を本当の「優しい国」にするために
変えるということに、反対はつきものでしょう。ただし、規制をそのまま維持するのが「優しい」ことに必ずなるとは、私は考えていません。新しい状況に対して困っている人がいるのなら、それを解決するのが本当の優しさだと思うからです。
規制を緩和することによって、一部の人が既得権から外れ、冷たくされたと恨みを抱くかもしれませんけれども、新しい状況に対して困っている多くの人を救うのなら、それが「優しい」と思います。
国内で約25万人といわれるタクシー運転手がさらに減っている。その何十倍、何百倍もの「移動難民」と呼ばれる人たちが救われ、助かるために、最大多数の最大幸福という観点で、どのようにするのがいいのか。議論の余地は、そう多くはないことでしょう。
日本のパスポート取得率は人口の2割を切っていますから、海外旅行の経験のない人がとても多い。インバウンドの盛んないまの日本では、海外の観光客が炎天下でタクシーが拾えずに汗だくで路上に立ち尽くしている光景が珍しくなくて、多くの日本人は海外旅行というのはそれが当たり前のものと思う人が少なくなくなっています。
しかし、世界ではシェアリング・エコノミーというイノベーションが起きて、タクシーなどに乗りたいときに乗れないということはなくなっている国が多くあります。規制を取っ払うと同時にイノベーションを起こして、困っている多くの人たちに優しくすべきなのではないでしょうか。
2023年10月に、ヤフーとLINEが一つの会社に統合して、「LINEヤフー」として新たなスタートを切ります。みなさんにとって、より便利なものをスピード感をもって、もっともっと出していきます。
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Zホールディングス会長
1974年生まれ、東京都出身。青山学院大学在学中に設立したベンチャー企業「電脳隊」を経て、2000年にヤフー入社。「Yahoo!モバイル」や「Yahoo!ニュース」などの責任者を経て、18年にヤフー社長CEO(最高経営責任者)。21年3月ZホールディングスとLINEの経営統合に伴い、Zホールディングス代表取締役社長Co-CEOに就任。23年より現職。
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(Zホールディングス会長 川邊 健太郎 聞き手・構成=ノンフィクション作家・樽谷哲也)
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