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「北方領土を返す気はゼロ」プーチンが今夏日本にした忌々しい行為…権力者が入植し、支配誇示する常套手段

プレジデントオンライン / 2023年9月6日 11時15分

新年度が始まった2023年9月1日、ウラジーミル・プーチン大統領は、成績が優秀な生徒30人を集めて「重要な対話」と呼ばれる授業を行った(=ロシア・モスクワ) - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

■今夏プーチンが日本に向けてやった忌々しい行為

今年で78回目の終戦記念日を迎えたが、北方領土における「終戦」はまだ訪れていない。かの地を巡っては、このところきな臭い動きが見られる。今夏、ロシアは9月3日を「対日戦勝記念日」と一方的に宣言してきた。さらに、根室半島と歯舞群島の間にある貝殻島の灯台に、ロシア正教の十字架を設置した。北方領土の実効支配を強めるとともに、ウクライナ戦争で対立する日本を牽制する動きと見られる。そこには、「宗教」を使った植民地政策の、常套手段が隠されている。

筆者は過去にビザなし交流団員として、北方領土を訪れている。2012年の択捉島を皮切りに、2013年には色丹島、2015年には択捉島と国後島を訪問している。ちなみに歯舞群島は、ビザなし交流の中には組み込まれていない。

北海道根室半島の納沙布岬に設置されている望遠鏡を覗き込むと、手に取るような近さに北方領土を捉えることができる。岬からもっとも近い距離にある北方領土が、歯舞群島の貝殻島である。貝殻島は満潮時には水中に没する「低潮高地」にあたる。したがって全容を視認することは難しいが、そこには“ピサの斜塔”のような古い灯台が傾いて立っている。灯台は戦前の1937(昭和12)年に、わが国によって設置された。

白く塗られる前の貝殻島灯台
撮影=鵜飼秀徳
白く塗られる前の貝殻島灯台 - 撮影=鵜飼秀徳

貝殻島は納沙布岬から、わずか3700メートルの距離にある。島と灯台とを結ぶ中間ラインより北側は、ロシアが支配する海域である。常に銃器を装備した国境警備隊が目を光らせている。

根室沖を警戒するロシアの沿岸警備隊
撮影=鵜飼秀徳
根室沖を警戒するロシアの沿岸警備隊 - 撮影=鵜飼秀徳

毎年6月、貝殻島海域では、日露民間交渉に基づくコンブ漁が解禁される。今年のコンブ漁は、9月末まで実施される予定だ。歯舞群島海域で採れた昆布は、最高級の「歯舞コンブ」ブランドで、市場に出回る。肉厚で、おでんの具材などに使われる。

4月に妥結した交渉では、204隻の船と3081トンのコンブ採取に対し、8254万円をロシア側に払うことで合意した。1隻当たり40万円程度の負担になる計算だ。

このようにロシアにカネを払うことで、北方領士の一部海域で操業が可能になる。しかし、両国の領土紛争の最前線にあるこの海は安全とは言いがたく、過去にはロシア側の銃撃で命を落としたり、拿捕(だほ)されたりしている。

「カニの甲羅の中に賄賂の札束を詰め込んで、警備隊に渡す習慣が、旧ソ連時代にはよくあった」

根室のある有力者は、かつて筆者にこう明かしていた。ウクライナ戦争や、北方領土問題を抱えつつも、海の上では、なんとか経済活動が行えている。

■植民地支配で権力者は「宗教施設」を利用する

だが、「陸上」ではそうはいかない。北方領土はわが国固有の領土だが、日本の無条件降伏後の1945(昭和20)年8月28日にソ連軍が択捉島に上陸。9月1日に国後島と色丹島、同月3日には歯舞群島に侵攻した。以来、返還交渉は一進一退を繰り返しながらも、現在まで膠着(こうちゃく)状態が続いている。そして、昨年ウクライナ戦争に突入したことで日本との関係性は戦後最悪の状態になり、今年のビザなし交流も中止になっている。

ロシアのプーチン大統領は今夏、北方四島への侵攻を完了させた9月3日を「軍国主義日本に対する勝利と第2次大戦終結の日」と定める法案に署名し、成立させた。明らかに日本に対する牽制である。

そして、貝殻島灯台でも、8月下旬から異変が起きている。貝殻島灯台は、元はコンクリートの灰色の地肌をみせていた。しかし、24日には作業員が乗ったボートが横付けされ、ペンキで白く塗られてしまった。続いて26日には、灯台上部にロシア正教の「八端十字架(8つの先端を有する十字架)」が、翌27日にはロシア国旗が掲げられた。

この十字架をめぐっては、サハリンのロシア正教会が宗教画「イコン」とともにロシア軍に手渡したとの報道もある。

国後島のロシア正教会
撮影=鵜飼秀徳
国後島のロシア正教会 - 撮影=鵜飼秀徳
イコン画がかけられた国後島のロシア正教会の内部
撮影=鵜飼秀徳
イコン画がかけられた国後島のロシア正教会の内部 - 撮影=鵜飼秀徳

貝殻島灯台は、わが国による保守点検ができないため、2014年からは消灯が続いていた。しかし、ここにきて再点灯されたことも確認されている。北方領土の南限である貝殻島灯台の「ロシア化」、つまり実効支配を国際的に見せつける目的がありそうだ。

それは、ロシア正教のシンボル、八端十字架の設置から読み解くことができる。なぜなら、これまでの歴史を振り返れば、植民地支配において権力者は「宗教施設(や宗教用具)」を、うまく利用してきたからだ。

かつて日本も、元はアイヌの地であった北海道や、中国大陸や南洋諸島においての植民地政策で「寺院」を利用してきた。植民地に寺院を建立していくことを「植民地開教」という。

その嚆矢(こうし)は明治期の北海道開拓である。明治新政府が樹立すると、アイヌの土地の完全なる植民地化に舵を切る(同化政策)。

■日本もかつて宗教をすごい勢いで「前線」に進出させた

蝦夷地は北海道と改称され、開拓使が設置された。開拓使初代長官の黒田清隆は北海道の開発に本腰を入れて乗り出していく。新政府は御雇い米国人ホーレス・ケプロンを顧問に据え、1872(明治4)年までにアイヌの土地を収用してしまった。

北海道開拓が進むに従って、東北や北陸を中心とする内地から人々がムラ単位で入植。その際に、寺院や神社が一緒にくっついていった。

宗教施設は、移民のコミュニティを強化する役割があり、故郷の象徴でもある。また寺院は、開拓中に死んでいったムラ人の弔いという重要な機能も担った。

北海道進出には、浄土真宗教団が新政府の政策に協力する形で真っ先に手を挙げている。1869(明治2)年6月、東本願寺が北海道開拓を政府に申し出て、許可された。東本願寺はすぐさま、横浜から船で調査隊を派遣した。

さらに浄土宗の増上寺が、1869(明治2)年9月に日高地方や色丹島などの開拓を認められ、入植を始めた。北海道はあまりにも広く、また新政府の予算も潤沢ではなかったため、地方の藩や有力寺院などに土地を分け与えて支配させたのだ。これを分領支配という。

鵜飼 秀徳『絶滅する「墓」:日本の知られざる弔い』(NHK出版)
鵜飼 秀徳『絶滅する「墓」:日本の知られざる弔い』(NHK出版)

開拓した色丹島は、正式に増上寺の寺領として組み込まれた。だが、寺領であったのはわずか1年ほどであった。

北海道開拓に続き、大陸への植民地化政策でも同様に、寺院が積極的に進出していく。その最初は、京都の東本願寺(真宗大谷派)だ。1876(明治9)年に、上海に別院を建立した。その後、北京などにも寺院が建立された。

日清戦争以降、太平洋戦争まで、日本仏教界は政府と歩調を合わせるかごとく、シベリア、樺太、台湾、朝鮮半島、満州、中国、南洋諸島に進出する。

たとえば、浄土真宗本願寺派(総本山・西本願寺)は終戦までに368の寺院を建てている。曹洞宗は255カ寺を開教した。日本仏教界での全体の開教数は不明だが、ゆうに1000カ寺は超えるとみられる。植民地政策に乗って、すさまじい勢いで宗教が「前線」に進出していったのである。

上海に建てられた東本願寺別院(明治41年)
撮影=鵜飼秀徳
上海に建てられた東本願寺別院(明治41年) - 撮影=鵜飼秀徳

宗教施設を設置することは、その地が主権の及ぶ場所であることを国際社会に主張するための既成事実となる。宗教は人間活動の基盤そのもの。寺や教会はコミュニティの核であり、占領した側の「定着」を意味するからだ。

北方領土ではソ連侵攻後、日本人集落にあった寺が全て取り壊された。代わって最も立地環境のよい場所に、ロシア正教会の教会が建てられた。筆者も教会の内部を見学したが、そこには金などで装飾がなされた荘厳な空間が広がっていた。そして、時の鐘が集落にこだましていた。ロシアは日本に北方領土を返還する気など、さらさらないのだと、感じた次第だ。

色丹島の教会の司祭
撮影=鵜飼秀徳
色丹島の教会の司祭 - 撮影=鵜飼秀徳
色丹島の教会
撮影=鵜飼秀徳
色丹島の教会 - 撮影=鵜飼秀徳

宗教の戦争利用は、いつの時代も世界各地で行われ続けていることではある。しかし、本来、宗教は人々の救済、恒久平和を目的とするものとはいえ、現実の権力と宗教との結びつきを見ると、虚しさが込み上げてくるのも正直なところである。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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