なぜ同族経営企業は間違えるのか…ジャニーズ事務所とビッグモーターに共通する「カリスマ経営」の問題点
プレジデントオンライン / 2023年9月7日 9時15分
■「典型的な同族経営企業」
8月29日に公表された、ジャニーズ事務所の「外部専門家による再発防止特別チーム」による調査報告書では、同社を「創業者一族(特にジャニー氏及びメリー氏)が絶大な権力を掌握して経営全般を担う典型的な同族経営企業であった」と位置づけている。
ジャニーズ事務所は、創業者のジャニー氏と、妹のメリー氏が相次いで亡くなると、「コーポレートガバナンス基本原則」を策定・公表したほか、コンプライアンス推進室とコンプライアンス委員会を設立したが、性加害については取り上げなかった。
メリー氏の娘・藤島ジュリー氏が代表取締役に就いたのは2014年、取締役に就いたのは1998年であり、まだジャニー氏が元気だったころである。調査報告書でも指摘されているように、暴露本も、週刊文春が1999年10月に始めたジャニー氏による性加害の特集も、彼女は知っていた。
今年5月14日に同社が公表した「見解と対応」のなかで、ジュリー氏が「知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした」と述べたことは、すでに散々批判されている。
これ以上、ジュリー氏個人を責めても仕方がないだろう。
根本的な問題は、同社が「典型的な同族経営企業」であったところにある。
■ビッグモーターと同じ構図
創業者一族が株式のほぼすべてを持った状態で、社長の首だけすげかえる。ジャニーズ事務所のとった対応は、あのビッグモーターと、まったく変わらない。
ビッグモーターは、創業者で前社長の兼重宏行氏のワンマン経営により拡大したものの、息子で副社長の宏一氏とともに、組織ぐるみの不正が疑われているほか、ハラスメント疑惑も報じられている。
同社もまたジャニーズ事務所と同じく同族経営であり、株式の100%を、宏行氏と宏一氏による資産管理会社(ビッグアセット社)が持ってきた。
7月25日の記者会見で、宏行氏は、「資本構造はそうだが、私も息子も経営に一切関与することはない」と断言したものの、その後、ビッグアセット社について何も公表していない。
ジャニーズ事務所は株式をそのままジュリー氏が持っており、ビッグモーターは会社を挟んでいる、その違いはあるとはいえ、創業者一族による資本の支配という点では変わらない。
ジュリー氏も、兼重親子も、ともに株をすべて手放す。経営者の責任の取り方としては、それ以外にない。
ここで考えるべきなのは、同族経営がどんなマイナスの影響があるのか、その負の側面についてである。
■同族経営の「負の側面」
「ジャニーズ事務所の役職員の誰もが、ジャニー氏に対して意見を言うことができず、また言おうともしなかったと考えられる」。
忖度、保身、崇拝、遠慮、誰も何も言えず、言わなかった理由には、さまざまな種類があるだろう。
同族経営の負の側面は、こうした心理的な要素だけではない。
いやそれよりも、大切なものがある。
それは、組織における管理・支配のシステムである。具体的には、とかく弊害ばかり言われがちな「官僚制」を整えられるかに組織が続く鍵がある。
わたしは以前、松下電器(いまのパナソニック)とトヨタ自動車において、創業家の「三代目」がどう振る舞ったのかが、両社の分かれ道だったと、拙著『「三代目」スタディーズ』で論じた。
■パナソニックとトヨタ自動車の違い
パナソニックは、創業者・松下幸之助という「経営の神様」を崇め奉り、後年になって「松下幸之助歴史館」を作った。その反面、同氏の孫であり、松下家三代目の正幸氏が2019年に取締役を外れたのを最後に、創業家は経営には関わっていない。
![パナソニックミュージアム 松下幸之助歴史館の外観。大阪府門真市。(写真=CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/4/1200wm/img_74373f4ea1f3c7335d4397f182b85277639413.jpg)
一方、トヨタ自動車は、今年4月に創業家出身の豊田章男氏が社長を退き会長になったものの、同氏の息子・大輔氏は、同社の大型新規事業ウーヴン・バイ・トヨタのSenior Vice President(上級副社長)を務めており、関係は続いている。
パナソニックは創業「者」(松下幸之助)を名実ともに神様として扱っているのに対して、トヨタ自動車は創業家を柱としながらも徹底した経営システムの改善を続けている。
両社の差は、官僚制、つまり、個人に頼らず仕組みで回らせられているかどうか、にある。会社としての良し悪しというよりも、ここに企業風土、企業文化の違いがある。
ジャニーズ事務所もビッグモーターも、創業者=カリスマに寄りかかるばかりで、物言えば唇寒しを隠れ蓑にして、組織を動かすシステムを作らなかったし、作ることができなかった。
■同族経営企業はどこで間違えるのか
かつて、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは、『支配の諸類型』で組織や集団を従わせるタイプを3つに分けた。
![マックス・ヴェーバー(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/0/1200wm/img_20e228b2fa20d28e3d139b7ee1e24d651266862.jpg)
「合法的支配」、「伝統的支配」、そして「カリスマ的支配」の3つである。
松下幸之助氏、ジャニー喜多川氏、さらには、ビッグモーターの兼重宏行氏は、いずれも、その人だからこそできた偉業に基づく「カリスマ的支配」だと言えよう。
同族経営企業が間違えるのは、カリスマ亡き後なのである。
「カリスマ的支配」を引き継ぐ形での「伝統的支配」、つまり、何となく続けてきた習慣や前例をそのまま続ければ良いのだと安易な道を選んでしまうところに落とし穴がある。
ジャニーズ事務所が創業者を失った後もなお過去を清算できなかったばかりか、世間からの批判が高まるまで小手先の対応で済むと思い込んでいたのは、同社が「伝統的支配」に逃げ込んだ結果にほかならない。
同社にせよビッグモーターにせよ、不祥事の対応にあたって創業家が株式を持ち続けたまま、すぐには動かなかったのは、カリスマの威光を引きずり、伝統を守れば経営を続けられると安直に考えたからではないか。
■なぜ「官僚制」が機能しないのか
「カリスマ的支配」を続けられない以上、トヨタ自動車の「ジャストインタイム」に代表される生産方式に基づき、合理的なシステム=「合法的支配」へと移らなければならない。
そのシステムは、誰もがその役割に忠実に、かつ誰が担っても差がないように仕事をする官僚制でなければならない。
しかし、同族経営企業、それも大きな企業は、この官僚制が機能しない。カリスマに依存し、伝統にあぐらをかいているからだけではない。
なぜか。
マスメディアが沈黙するからである。
ジャニーズ事務所の調査報告書で「マスメディアの沈黙」と表現されている通り、同族企業が巨大になり有力になればなるほど、「マスメディアからの批判を受けることがない」ため「自浄能力を発揮することもなく、その隠蔽体質を強化」するまま止まらない。
理にかなった体制を作るインセンティブもメリットも、どこにもないからである。
■ジャニーズ事務所を増長させたもの
評論家の本橋信宏氏は近著『僕とジャニーズ』で、1988年に起きたジャニーズ事務所所属タレントのスキャンダルをめぐる対応が分水嶺だったというAV監督の村西とおる氏の証言を載せている。
「うち(ジャニーズ事務所)が放送局や出版社のトップにクレームを入れたら、うちが上に立てるんだってことを学習してしまった」(同書、48ページ)。
こうした態度を許し助長したのが「マスメディアの沈黙」であった。
マスメディア自身、「典型的な同族経営企業」ではないとしても、「カリスマ的支配」や「伝統的支配」に甘んじているところもあるのではないか。創業者ではなくても、偉大なカリスマに忖度して、あるいは、威光を傘に着て尊大に振る舞っている人間がいるのではないか。
その反省なくしては、ジャニーズ事務所の新しい体制がどうあれ、まずはマスメディアが沈黙から抜け出さないかぎり、いくらでも同族企業をめぐる不祥事は続くだろう。
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神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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