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「現代の最上級の丁寧語」で書かれている…教養を深めるうえで「歴史小説」が非常に有用だといえる理由

プレジデントオンライン / 2023年9月10日 9時15分

高位の武士の登城風景と推定される古写真。1860年ごろ撮影、撮影者不詳。(画像=放送大学/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

教養を深めるには、どうすればいいのか。直木賞作家の今村翔吾さんは新著『教養としての歴史小説』で、「歴史小説を読むといい。歴史小説のセリフは、現代の最上級の丁寧語で書かれており、美しい日本語を学ぶことができる。また日本全国の地名、姓、名物にも自然と詳しくなれる」という――。

※本稿は、今村翔吾『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。

■「現代の最上級の丁寧語」で書かれている

今回は、歴史小説を日々のインプット・アウトプットに生かしていく方法について考えていきましょう。

前回(「史実からかけ離れた歴史ドラマはアリなのか…直木賞作家が『司馬史観を批判するのはおかしい』というワケ」)でも言及しているように、歴史小説で使われているセリフは、当時の人が話していた言葉の通りではありません。作家は当時の会話の雰囲気や語彙(ごい)をできるだけ残しつつ、会話を構成しています。

ですから、歴史小説のセリフは、現代における最上級の丁寧言葉に近いといえます。少し真似をすれば、美しい日本語を話せるようになるということです。

ちなみに私が「美しい日本語で書かれている歴史小説」に挙げたいのは、『溟(くら)い海』(藤沢周平著、『新装版 暗殺の年輪』文春文庫に収録)、『樅(もみ)ノ木は残った』(山本周五郎著、上/中/下 新潮文庫)、『敦煌(とんこう)』(井上靖著、新潮文庫)といった作品です。この3人はとにかく文章が上手いです。作家の能力をレーダーチャートに表したなら、「文章力」のところは突出するのではないかと思います。

また、語彙を増やす上で歴史小説を読むことは、打ってつけの方法です。何しろプロの私でさえ、いまだに「この言葉、どういう意味?」という言葉を目にする機会がたくさんあります。特に昔の作家の作品を読んでいると、「この人ら、よう言葉知ってはるわ〜」と感心することもしばしばです。

■知らない漢字が出てきても恐れないで

知らない漢字を目にすると、最初はストレスを感じます。しかし、心配しなくても大丈夫です。読書量が増えていけば、漢字のつくりや前後の文脈からおおよその意味は推測できるようになります。また、わからない言葉をいちいち調べないでも読み進めることは可能です。

ただし、調べるのが苦にならない人は、知らない漢字を確認してみてください。漢和辞典で調べるのもいいですし、今は手書きで漢字を検索できるスマホアプリもあります。知らない漢字でも、何回か目にしているうちに脳内に定着し、自分が文章を書くときに使えるようになってきます。

漢字
写真=iStock.com/Modilus
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Modilus

知らない漢字といって思い出すのは、吉川英治の作品です。私が吉川英治にハマったのは中学1年生の頃でした。古本屋で全集を手に入れ、ページを開いた途端、違和感に気づきました。旧字体で書かれていて、読めない漢字だらけだったのです。

それでも、読めないながらも意味を想像しつつ読み進めていたら、不思議と旧字体が理解できるようになりました。英語を聞き続けていたら、あるとき急に理解できるようになるといいますが、それと似ているのかもしれません。当時はネット検索が一般的ではなく、検索できたとしても偏の読み方すらわからなかったので、自分の頭で推理しながら、どうにか読み解いていました。祖父に聞いて読み方を教えてもらったりするのも、なかなか楽しい経験でした。

■小説家が「漢語的表現」を使うとき

「屹峭(きっしょう)」という言葉を初めて知ったのは、山本周五郎の作品を読んだときでした。屹にも峭にも「けわしい」という意味があり、「屹峭たる断崖」といった表現で用いられます。一目見て何となく「険しい崖だろうな」と思ったのですが、実際に漢字を調べて意味を確認しました。それでも一度読んだだけでは、なかなか頭に定着しません。2回目に読んだときに、やっと自分の脳内辞書に記録されたという感触があり、自分の小説にも使うようになりました。

同様の経緯で覚えた言葉に「松籟(しょうらい)」もあります。籟には「ひびき」の意味があり、松の梢(こずえ)に吹く風をあらわします。ちなみに東京・渋谷には松濤(しょうとう)という高級住宅地がありますが、松濤も松に吹く風を波にたとえていう言葉です。

松風といっても意味は同じですが、松籟は漢語的な表現であり、視覚的にもニュアンスの違いがあります。私の場合、読者の知的欲求度が比較的高いと思われる単行本では、意図的にこういう漢字を使っています。

また、校正段階で全体的に平仮名が多くて緩んでいると感じたときに、少し硬めの漢字を使うと締まりの良い印象が生まれることもあります。作家によっては特有の語彙もあるので、言葉使いの癖に注目するのも面白い読み方です。

■知らず知らずのうちに雑談のスキルが上がる

昭和の高度成長期には、社会人の多くが司馬遼太郎や池波正太郎の作品を読んでいました。だから、作品を読んでいるだけで、職場の上司や同僚とのコミュニケーションが円滑になるという側面もありました。

それに比べて、現在は歴史小説の読者が確実に減っています。小説の話題で雑談が盛り上がるというシチュエーションはめっきり少なくなりました。しかし、個別の作品の話題で盛り上がれなくても、小説を読んでいれば、それなりに雑談のスキルは上がります。全国各地の地名や大名家、食材などの雑学知識が知らず知らずのうちに蓄えられていくからです。

春の岩手公園
写真=iStock.com/nattya3714
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nattya3714

ビジネスでは、地方出身者とお会いする機会が多々あります。私は「どちらの出身ですか?」と尋ねることがよくありますが、「岩手です」という答えが返ってきたら、「岩手といえば盛岡?」と重ねて問います。たいてい県庁所在地の人口が多いので、これは穏当な聞き方です。

小説で得た知識が生かされるのは、ここからです。「盛岡じゃないんです」という答えが返ってきたら、とにかく知っている地名を適当に並べていきます。「花巻、遠野、釜石、大船渡、奥州、一関……」一発で当たれば盛り上がりますし、逆に10くらい市名を挙げていくと「よく岩手の地名をご存じですね」といわれます。どっちにしても会話がはずむのです。

■名字から出身地を推測できる

さらに、「岩手だったら、菊池さんとか及川さんが多いですよね」などというと、「なんでそんなこと知っているんですか⁉」とびっくりされます。

私は苗字から出身地を推測するのも得意です。たとえば、毛利さんとお会いしたら「山口県出身ですか?」と聞きます。長州藩の毛利家に縁があるかもしれないからです。「うちの毛利は違うんです」と言われたら、次の仮説をぶつけてみます。「あ、もしかして毛利秀頼とか、尾張系の毛利ですか? 毛利と書いてモリって読むタイプですか?」。こんなふうに聞いていくと、さらに「よく知ってますねー」と感心されます。

あるいは、出身地の市町村名を聞くと、近隣の城や名所旧跡も思い浮かびます。

「あー○○市ですね。それなら□□って山城ないですか?」と尋ねると、やっぱりびっくりされます。

「ありますけど、地元の人しか知らないようなところですよ。よく知ってますね!」
「一度行ってみたいんですよ」
「いやいや、あんなのただの山ですって」

こんなふうに会話が盛り上がることが、たびたびあります。

■「格好いい大人」になれる教養

歴史の雑学を披露して、周囲から一目置かれるケースもあります。私が20代の頃、戦時中の資料を展示した博物館を見学したときのことです。展示品の中には千人針(せんにんばり)が置いてありました。

今村翔吾『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)
今村翔吾『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)

千人針とは、1枚の布に1000人の女性が1針ずつ赤糸を縫いつけ、1000個の縫い玉を作ったものであり、武運長久・安泰を祈って出征兵士に贈られていたものです。学芸員さんにいろいろお話を聞いている中で、ふと思い出した知識をしゃべってみたところ、非常に驚かれました。

「千人針って1人1回ですけど、寅年の人は年齢の数だけ縫うことができるんですよね?」
「なんでそんなこと知ってるんですか。お若いのに!」

「虎は千里を行き千里を帰る」という故事から、寅年生まれの女性に年齢の数を縫ってもらうと効果が大きいとされ、糸で虎の絵を描くことも多かった。だから戦時中は寅年の女性が重宝され、あちこちで引っ張りだことなった――。こんな知識を何かの本を読んだ記憶があったのです。

歴史の雑学は、人生において直接役立つとは限りませんが、人間にある種の深みをもたらしてくれます。教養があれば、格好いい大人になることができるともいえるでしょう。

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今村 翔吾(いまむら・しょうご)
小説家
1984年京都府加茂町(現・木津川市)生まれ。関西大学文学部卒。小学5年生のときに読んだ池波正太郎著『真田太平記』をきっかけに歴史小説に没頭。32歳のとき『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。2022年『塞王の楯』で第166回直木三十五賞受賞。著書に『イクサガミ 天』『イクサガミ 地』(いずれも講談社文庫)、『八本目の槍』(新潮文庫)、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)など。

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(小説家 今村 翔吾)

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