親が田舎出身だとマンションの購入権すらない…日本の親ガチャとはレベルが違う中国の「階層ガチャ」の実態
プレジデントオンライン / 2023年9月11日 10時15分
■「日本のバブル崩壊の再来」とは違う
中国の不動産不況が深刻化している。2021年に中国恒大集団が経営危機に陥って以降、市場は低迷し続け、碧桂園も今年1月~6月期の連結決算で最終損益が489億元(約1兆円)の赤字に転落した。
この状況を見て、日本がかつて経験した不動産バブル崩壊の再来を見ているようだとの分析も多いが、不動産問題を含めて、日本人が中国を見る上で、日本とは大きく異なる点がある。それは中国の都市部と地方部には目に見えない格差が存在する、ということだ。
「そんなこと、わかりきっている」という読者も多いだろうが、それは日本人が想像する「格差」とは異なる。日本にも経済的、社会的などさまざまな格差があるが、その多くは経済的な問題に起因する。お金がないから大学に進学できない、お金がないから不動産が買えない、といったことが社会的な格差につながっている。
しかし、お金さえあれば、東京でも、大阪でも、不動産を買う条件は基本的に一律だ。その都市に住んでいなくても、誰でも平等に不動産を買うことができる。
だが、中国では、出身地(戸籍)などによって、不動産を買うお金があるのに、買うことができないという理不尽な問題が存在する。この点については後述するが、背景にあるのは「階層」の存在だ。
■どの「階層」の親に生まれたかで人生が決まる
日本の福島第一原発から処理水が海洋放出された際、中国から日本に嫌がらせ電話をかけてきた人が大勢いて、日本人の対中感情は悪化したが、そうした行為を「中国人の恥だ」と冷ややかに受け止めている人々や、自ら寿司店に足を運んだ人々も大勢いた。
現に、9月最初の週末、上海にオープンしたばかりの「くら寿司」には大行列ができて賑わっていたというし、福島県の「会津ラーメン」を扱う店には「中国人が迷惑をかけて申し訳ない」という電話もかかってきた。
日本人の目には不思議に映るかもしれないが、これは巨大な国に、あまりにも「階層」やレベルが異なる人々が一緒に住んでいるからだ。「階層」は経済的な問題だけでなく、出身地、戸籍、学歴、情報格差など、あらゆることを含む。
もし中国人として生まれたら、どんな階層に生まれたかによって、人生はスタート地点から、大きく異なってしまう。そもそも、どこ出身の、どのような「階層」の親に生まれたかが大きな問題で、その子どもは、自らの努力ではどうしようもないことが多いからだ。
むろん、日本にも「階層」は存在するし、「親ガチャ」という流行語も生まれたが、これも、日本では経済的な要因が大きいだろう。しかし、中国では、前述の通り、出身地、戸籍、学歴などの問題が根底にある。
■中国人にとって不動産は「ガチャ」の象徴
自らの「階層」を変えることもできるが、そこには、自分より「階層」が上の人と結婚するとか、一流大学に入学して、有名企業に就職するなど「階層」の異なるステージに這い上がるしかない。あるいは、何らかのコネを掴んで、海外留学し、そこで自分の「階層ロンダリング」をして、本来の「階層」を帳消しにするしかないのだ。
深刻な問題だが、彼らにとって、自分がどの階層の出身なのかを最も痛感させられるのが、不動産を入手するとき、といってもいい。中国人にとって不動産は非常に大事なものだが、それすらも、お金ではなく階層の問題で買えない人が大勢いるからだ。
別の言い方をすれば、いま問題となっている不動産不況によって、中国人の間に以前からあった階層や格差が改めて浮き彫りになったともいえる。日本人の目にはまったくわからないことだが、中国恒大集団の本社前で抗議活動をしている人々の多くは、中国の「階層ガチャ」で不運だった人々だ。
■農村戸籍の人は大学進学や就職でも不利になる
以下、具体的に説明しよう。前述の通り、中国では、出身地(戸籍)などによって、たとえ不動産を買うお金があっても、買うことができないという問題が存在する。どういうことなのかというと、政府が長年、都市部を優遇し、人々を都市戸籍と農村戸籍に分けて扱ってきたからだ。
簡単にいえば、大都市の人は生まれながらにして都市戸籍を取得し、不動産を買うだけでなく、大学進学、就職などの面でも優遇されるが、農村戸籍の人は優遇されないということだ。
彼らはそのまま農村に住んでいれば問題ないのだが、彼らが都市に移り住んだ場合、問題が生じる。一時的に都市の戸籍(都市生まれの人が持つ都市戸籍とは異なる団体戸籍と呼ばれるもの)には入れてもらえるものの、生まれながらに都市戸籍を持っている人々とまったく同じ扱いではない。
つまり、簡単にいえば、同じ上海市に住んでいるのに、上海生まれ、上海育ちで都市戸籍を持つ人々は上の階層の人、地方出身で上海に移り住んだ人は下の階層の人、として扱われるということだ。
もう少し具体的に説明すると、以下のようなケースがある。
■7年納税しても、独身であればマンションを買えない
Aさんは四川省出身で農村戸籍を持っており、上海の大学に進学した。在学中は、前述のように、一時的な団体戸籍に入るので、上海で医療機関にかかることもできるし、差別を感じることもなかった。
だが、大学卒業後、上海の企業に入社する場合、都市戸籍を持っている人と違って不利だ。なぜなら、企業はできるだけ、もともと都市戸籍を持っている人を採用したいからだ。企業の規模などによっても異なり、最近は状況が変わってきているが、もし農村戸籍の人を採用するなら、企業はその人に、上海の都市戸籍(団体戸籍)に入る準備をしてあげなければならず、企業側の負担は大きくなる。
そこで、不動産の話だ。優秀だったAさんは何とか上海の企業に入社することができ、上海の団体戸籍にも入り、上海生まれの同僚以上にバリバリと仕事に邁進した。入社5年目、そろそろ頭金もたまったのでマンションを購入しようと思ったが、Aさんは上海市の不動産政策を調べてみて、はたと気がついた。自分は上海の不動産を購入できない身分である、ということにだ。
Aさんは団体戸籍保持者だったため、上海市内のマンションを購入する条件が整っていなかったのだ。地方によって政策は異なるが、上海市の場合、7年間納税していなければ不動産を購入できない決まりとなっている。また、団体戸籍保持者で、かつ独身者は7年間納税しても購入できない決まりだ。
■なぜ都市部の人は家を持てるのか
ほかにも、夫婦の1人が団体戸籍、もう1人が都市戸籍の場合など、戸籍によって購入できる条件が事細かに分かれている。これは本人には何の落ち度もない「出身地による差別」だが、現にこうした理不尽な問題があちこちで起きている。
逆に上海生まれ、上海育ちで上海の都市戸籍を持っている人は、不動産購入の点でも非常に有利な立場にある。中国人が不動産を購入できるようになったのは1990年代からで、それまで人々は単位と呼ばれる組織(企業や学校、団体などの勤務先のこと)から非常に安い家賃で住宅を支給されていた。不動産が民間に開放されるようになると、それを安く払い下げられ、1つ目の持ち家を持ったという経緯の人が多い。
中国の不動産は2000年代に右肩上がりで値上がりしたため、1軒目を転売して2軒目を持ち、財産を築いていった。このようにして、都市生まれの人々は不動産を数軒持っていることが当たり前になり、その子どもはそれを受け継ぐことができた。2020年に中国人民銀行が発表した都市部住民世帯を対象とした資産状況に関する調査では、住宅保有率は96%に達していたが、都市部に住む人々が不動産を持てた背景には、こうした理由がある。
■念願のマンションを目前にバブルが崩壊した
地方部出身のAさんのように、必死で働いて頭金をためる必要もないし、子どもは親が所有する不動産があるので、そこに住んで、給料もまるまる自分のために使うことができる。
このように、同じ都市部に住んでいる人々の不動産購入という点ひとつ取ってみても、その人のもともとの「階層」によって命運は大きく分かれている。現在、各地で発生している不動産問題は、マンションの建設中から住宅ローンの支払いが始まっているのにもかかわらず、マンション建設が遅々として進まず、不動産を喉から手が出るほど欲しいと思っている人たちの手に渡らないのではないか、という社会不安も引き起こしている。
ここまで述べてきたように、都市部の人々は時代の波に乗り、比較的簡単に不動産を入手できたが、地方出身の人々はそうではなく「ガチャ」で外れた人々だ。恒大集団の本社前でデモしていた人々の中に「私の目が黒いうちに、どうか家を持たせてください!」と叫んでいた女性がいたが、背景にはこうした中国特有の事情もあるということだ。
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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